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皇帝暗殺  作者: 無銘、影虎
【第四幕】 The Assassin
43/47

4_9 最高権力者

【レムシア本土 / 街道】


 皇帝カルスは、帝都への帰途についていた。

 側近ユリアヌスの暗殺未遂事件から3か月が過ぎている。高官についていたユリアヌスの親族はことごとく追放され、そののち不慮の事故に遭っている。

 ユリアヌスに近しい有力貴族も近衛騎士たちによってその不正が明らかとされ、正式な裁判を経て、それぞれ弾劾された。このことでディオスはさらに帝都での信望を高めた。帝都の市民なら子どもでも噂に知るユリアヌスという〈悪〉はついにその正体を明らかにし、帝位を奪おうとして返り討ちに遭った。


 そう、そういう〈物語〉だ。


 皇帝カルスはこれを受け、近衛騎士隊長ディオスに恩賞を与えたばかりか、「皇帝の剣」の称号を授けた。事実上の後継指名である。

 もちろん、元老院は全会一致で承認した。

 民会も、兵士たちも誰にも異論はなかった。


 皇帝カルスはその後、北の辺境の激戦地域に近衛騎士を従えて軍を率いていた。

 カルスがそうした行動をすることは極めて稀だった。

 属州の民は歓喜し、皇帝を迎えた。

 帝都では最悪の支持率とはいえ、こうした辺境ではやはり皇帝の存在は大きい。兵士の士気もあがり、現地の指揮官にも戦略的な選択肢は増えるというものだ。


 「陛下がこちらにお越しになるとは……」


 この地の戦略を預かる将軍、マクシスは驚きを隠せない。

 なにしろ、在任中、一度たりとてこの土地を訪れていない。


 皇帝カルスは、人払いをして、将軍マクシスと会談を希望した。


 「今回、率いた兵士の一部はこのまま貴殿に預ける。さらなる防衛に役立ててくれ」

 

 「恐れ入ります」


 「いままで苦労をかけた」


 「もったいないお言葉……」

 マクシスはその熊のような巨体を居心地が悪そうに揺らしている。


 「このたびは、もうひとつ将軍にお願いしたいことがあって参った」


 「はい」


 「知っての通り、余は〈皇帝の剣〉に近衛騎士隊長のディオスを指名した。余が身罷ったならば、彼の者があらたな皇帝となるだろう」


 「ええ」


 「その時は、貴殿に助けてもらいたい。その軍事的才能と、何よりも清廉な信条で」


 「ありがたきお言葉ながら、しかし、陛下はこの辺境の一将兵になにゆえ……?」


 「うむ。外聞ではあるが、よく知っておる。そなたのような者こそ、いまの帝国には必要じゃ」


 「なんと……」


 「信じられぬかもしれないであろうな。じゃが、次期皇帝ディオスはこの国を本気で改革しようとしておる。余もそれに賭けたい。これが帝国の存亡にかかわる未来への賭けじゃ」


 「わかりませぬ。なぜ陛下御自身ではなく、ディオス殿が……」


 「元老院を金と恐怖で支配し、政治を放り出し、帝国民から嫌われ、支持を失い、放蕩三昧の皇帝に何ができようか。ははははは」


 「……」


 「悪いな。冗談じゃ。貴殿にこれを預けておく。そなたのことをよく知る者から預かったものじゃ。これは余が貴殿を信じる証でもある」


 そう言って皇帝がマクシスに手渡したのはひとつの小さな箱だった。

「いつか時がきたらその箱を開けてほしい。そして、決断してほしい」


 皇帝はそう言い残して去っていった。


 しかし、マクシスは、その後、すぐにその箱を開けてしまう。


 そこには兵士の勲章が入っていてた。


 それは自分が百人隊長の時代に授与され、記念に自分の名と、銘を刻んだメダルだった。

 〈誇り高き戦士に、誇り高き戦いを〉

 間違いなく自分が刻んだものだ。

 だが、これは昔の部下に与えた。面白い若者だった。

 いつか別の戦場で出会えたらと託した。

 (それがなぜ……)


 そして、一枚の紙切れ。

 そこにはこう書かれている。


 〈ついに、「それなり」の立場につく日が来た、ということです。ぜひお力を〉


 「どういうことだ……?」

 マクシス将軍の脳裏の映像はやはりあのときに戻る。

 たった半年、自分のそばに置いていた、人相は悪党だったが、世界を探求しているような賢人のような若者。

 その、名前を思い出そうとしていた。


 「アルトリウス……?」


 ※  ※  ※

 

 皇帝は北方の軍事支援を終えて、そのまま帝都に帰還しようとしていた。

 いつもなら静養地に数ヶ月滞在するところを、そのまま帝都に戻ると宣言したので、皇帝に近い人物は驚いていた。

 道中にある軍事拠点で寝泊まりをし、帝国の本土に入ってからは、どこの都市にも入らず、レムシア街道と呼ばれる帝国最大最高の幹線道路をただひたすらに戻る。

 そして、大きな施設のない分岐路で、皇帝は休息をとることにした。

 小屋がみっつほどある、かつての宿場だが、ほかに大きな宿場町ができてから打ち捨てられた場所だ。


 「陛下、このような場所ではなくとも、あと少し行けば宿場町があります」

 側近のディオスが言う。


 「わかっておるが、少し疲れた。中に入って少し休みたい」


 「かしこまりました。では、周囲に警備体制を整えます」

 ディオスは言った。


 「ああ、そうじゃな。それが済んだら余の元に来てくれ。アレをいっぱいやりたい」


 「御意」


 数十分後、ディオスが皇帝が休息をとっている小屋にひとりでやってきた。

 手には〈命水〉がはいった壺を携えていた。


 「おお。よいよい。これがあれば余は満足じゃ」


 「はい。ゆっくりと英気を養っていただければと」


 「貴殿もいっしょにどうじゃ?」


 「私は任務中ゆえ」


 「これは酒ではなかろう? 気力と生命力を底上げするものであって、精神を鈍麻させる〈酒〉とはまったく別のものであろう? お主がそう言ったはずだが?」


 「そうであっても、任務中に体に影響を及ぼすものは控えたいと……」


 「そなたが勧めたものであろう。なにゆえにそれほどまでに拒否をする」


 「そこまでおっしゃるのなら……」


 「うむ。よかろう。乾杯といこう。帝国の輝かしい未来に!」


 「帝国の未来に」

 ディオスは復唱して盃を掲げ、それから一気に飲み干す。


 「貴殿は、これから皇帝となる」

 皇帝カルスははっきりとそう言った。


 「はい。しっかりとつとめます」

 ディオスも敬礼する。


 「……そう。でも、信用できないよ」

 とたん、皇帝の声色は変わる。


 「……は?」


 「あんたの考えと、僕の考えは違う」


 「……」


 「考えが違うなんてよくあることさ。どちらが正しいかなんてわからない。でも、僕には僕の野望がある。ここまできて、それを果たさずには死ねないんだ」


 ディオスは皇帝を凝視しながら、いっさい言葉を発しなかった。

 皇帝は杯を傾けながら、ご満悦の表情だ。


 しばしの沈黙が流れたあと、ディオスは口を開いた。



 「お前は、――誰だ?」

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