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皇帝暗殺  作者: 無銘、影虎
【第四幕】 The Assassin
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4_8 逃げろ

ユリアヌスは皇宮を訪れていた。

 マリアを弔ってから数日、私邸にひきこもっていたが、官吏が決裁できない案件が参席しているというので参内せざるを得なかった。いまいましい。あらゆる決済にユリアヌスの目が必要だった。小さなものはもはや官吏にまかせていたが、組織が決裁の仕組みをもっていない。ただ上位者にまわしているだけだ。これも帝国が改善しなければならない課題の一つだが……。

 「そのようなこと、もはやどうでもよい」

 ユリアヌスからは心のつぶやきが音になって溢れる。

 人と顔を合わせ、ユリアヌスを演じなければならない煩わしさを考えて、日暮に政務室にやってきた。

 本来は、皇帝が決裁する書類が山のように置かれている。

 皇帝はいまごろひとりで酒を煽っているだろう。そして下手くそな詩を書いている。

 最近、おぼえたという趣味だ。

 食の贅沢にも、政敵の処刑にも、美女にも飽きて、最近の趣味になったのだという。皇宮に招かれた、あの小さな吟遊詩人に披露すると言っていたが、どうなっただろう。

 あの吟遊詩人のことだ。きっと歯に衣着せぬ批評をしてしまうだろう。

 そうして、また、ひとつ死体が増えることだろう。

 (ほんとうにくだらない演劇だ)

 ユリアヌスには怒りしかない。何日たっても繰り返し襲ってくる怒りと絶望。

 (どの口が、この国を変えるなどとほざいたのか)

 書類は手にもったままいっさいに目に入らない。

 怒りはどうしても自分に向いてくる。

 やはり、自分を最も傷つけるのは、自分だ。


 国のことよりも、たったひとりの少女の命のほうが大事だった。

 いまさらながらその思いに心臓がつぶされそうになる。

 (いや、国を変えれば、そうして死ぬ命も……)

 だが、ディオスが皇帝になれば、ユスティア教徒の弾圧は帝国全土に広がるだろろう。すでに本土周辺で帝都と同じようなことが行われている。

 自ら命を捧げにくるユスティア教徒が無抵抗なのをよいことに、虐殺はたいそうはかどっているそうだ。

 そうした話は蟄居同然のユリアヌスの耳にも入ってくる。


 ユリアヌスは激昂し、机を叩いた。


 「どうされました。尋常ではありませんぞ」

 気づくと、部屋にはディオスおよび近衛騎士の姿があった。

 

 しかし、ユリアヌスは〈演じつづけること〉ができなかった。


 「何の用だ!!」

 また机を激しく叩く。

 近衛騎士、そして隊長のディオス。もはや憎悪の対象でしかない。

 

 (娘を、マリアを返せっ!……)

 心の中で叫ぶ。


 「おやおや、いかがされた。ほんとうに……。私どもは皇宮の警邏をしております。むしろこのような時間に何をされているのか気になったのです」


 「なんでもないっ! ほうっておけ!」

 乱暴な口をきく。これではまったく〈ユリアヌス〉ではない。


 「それと……。先日、処刑したユスティア教徒を裏で支援していたという者が皇宮に出入りをしているという話を聞きましてな」

 ディオスは言いながら笑いを含んでいる。


 (そういうことか)


 こんな時間にディオスが自ら宮殿で警邏などしない。自分がいることを聞きつけたのか。

 駆け引きができる精神的な余裕がない。

 それに、はっきりとした殺意を感じる。

 それはこちらも同じかもしれないが。


 「あなたがユスティア教を支援し、かつ、信徒を養女に迎え、かくまっていた事実は、われわれ騎士隊はとっくに承知している」

 そういってディオスがユリアヌスの前に投げ出したのは、ユリアヌスがマリアに買い与えた〈約束の書〉、それにマリアが手習で書いていた文字。それは〈約束の書〉を書き写したものだった。


 「皇帝のそばにありながら、これはどういうことですかな。ユスティア教徒の公職追放は先日、元老院でも承認されて、帝国内に布告されたはずですが」

 ディオスは完全にユリアヌスを射程に捉えている。

 殺気が満ちている。逮捕ですらないだろう。もはや事実はディオスによってつくられる。

 

 ユリアヌスは駆け出していた。


 あまりに突然だったせいか、近衛騎士の対応は遅れた。

 しかし、すぐさま追いかけてくる。


 (逃げろ、逃げろ、逃げろ!!!)


 ユリアヌスは駆ける。しかし、〈この体〉は、運動に適していない。高齢であり、貧弱な男だ。

 すぐに先陣に追いつかれる。

 

 「賊があ!!」

 騎士のひとりが振った一太刀がユリアヌスの背中を切り裂く。


 激しい痛みと熱が背中を駆け抜ける。

 しかし、ユリアヌスは走り続ける。


 (なぜ、なぜ、僕は逃げているんだ?)


 駆けながら思う。


 (帝国の政治を歪ませた皇帝総代官、ユリアヌスが死ぬんだぞ。死ぬのは〈僕〉じゃない)


 無我夢中で駆けた。

 だが、距離はひらかない。


 (なんで、こんな命に執着するんだ!!)

 旅をしてきた仲間たちとも別れた。マリアももうこの世にいない。


 自問自答しながら、呪文スペルを暗誦する。

 そして、振り向き、魔法を発動する。


 〈足枷〉


 騎士の一団が転倒する。

 唯一使える魔法。何度も使うことで磨きがかかってきた。


 (なんで逃げるんだ。もう生きてる意味なんて……!!)


 だが、気づけば、ユリアヌスは皇帝カルスの私室にたどり着いていた。


 「はあ、はあ、ああああ……!」

 呼吸が激しく乱れている。

 バルコニーで詩作にふけっていた皇帝カルスは驚き、振り向く。


 「どうした!? ユリアヌスよ!」


 「暴漢におそわれました……」

 ユリアヌスは言う。

 

 「なんだと!? 近衛騎士はなにをしておる!!」


 「近衛騎士こそ、その賊です……」


 「どういうことじゃ!!」


 「貴様が知る必要はない!!」

 ユリアヌスは懐から青い光を放つ短剣を取り出すと、皇帝の懐に飛び込んだ。

 確実にその腹を貫く。


 (僕はまだ生きる。悪だろうが権力が必要だ! この腐った世の中を変える!)


 次の瞬間、意識が遠のく。


 ※  ※  ※


 だが瞬時に目覚めると短剣を探す。


 同時にディオスが室内に飛び込んできて、すぐさま〈ユリアヌスの遺体〉を剣先で貫く。


 その間に、〈皇帝カルス〉は短剣を後ろ手に隠す。

 〈ユリアヌスの遺体〉が覆い被さっている。

 まだ、意識がないふりをする。


 「あっ!!」


 そのとき子どものような、高い声音が月夜の中に響き渡った。


 それを合図にしたかのように〈皇帝カルス〉は上半身を起こす。


 「陛下、ご無事で……」

 近衛騎士隊長が呟く。


 しかし、安堵の声であると受け止めることはできなかった。

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