4_7 大虐殺
【帝都レムシア】
ユリアヌスは頭を抱えていた。
命を狙われている。ディオスと近衛騎士たちに。
そして、近衛騎士たちはユスティア教徒の迫害を行おうとしている。
あと、数年、マリアとともに平穏な日々を過ごして死ねるのなら、かまわない。そう思っていた矢先だ。
(これが運命なのか)
次期皇帝候補のザゴラキスが排除されたことで、ディオスの視界に遮るものがなくなった。だからこそ自分――ユリアヌスの排除に動き出したのだとしたら、下手を打ってしまったことになる。協力者となったはずだったが、信用されなかったか。あるいは、その程度では覆らない遺恨があったのか。
(どちらにしろ――)
ディオスが皇帝となったら、ユリアヌスの命運は尽きることになる。
いや、それよりも早いか。
「はははははは……」
そうだ、自分が悪党であることを忘れていた。
自ら望んで帝都の嫌われ者になったんじゃないか。
何をいまさら。
カルスの系譜を断絶させる。ディオスの世にする。
全部、思い通りになるじゃないか。
そのために、ユリアヌスになったんじゃないか。
願いが叶ったんじゃないか。
望んだ命の使い方だったんじゃないか。
「ははははは……」
ユリアヌスの笑い声はかすれていく。
※ ※ ※
帝都では先日逮捕されたユスティア教徒たちの処刑の話題でもちきりになっていた。
裁判は即決で、反逆罪が適用されて死刑が決まった。
反逆罪は古くよりあったが、適用される例はあまり多くはなく、数十年ぶりではないかということだった。
過去の例を見ても、かなり大きな事件で適用されている。そのうちいくつかは政敵排除のために執行されたものもあるのではないかと噂されているものもある。
いずれにしろ、抗議集会だけで反逆罪が適用されたのははじめてだろう。
しかも、刑はディオスの発案で〈公開処刑〉になるとのことだった。
帝都にいるレムシア市民は、この発表を喜んだ。まるで、お祭りがはじまるかのように。
それだけ、ユスティア教徒との日頃の軋轢、不満はあったということだ。
私邸に戻ると、いつものようにマリアが迎えた。
「お父様……」
いつものような弾ける笑顔ではない。ひどく深刻な表情だった。
「処刑の話を聞いたんだね」
「はい……」
「すまない、マリア……」
自分にはこれを止める手立てがない。せめて指輪の力が残っていれば。
「いいえ、お父様はなにも悪くありませんし、同胞たちも神の元にゆけるのですから」
そうだった。ユスティア教徒はそういう考え方なのだ。
命を捨てて、この世を去ることが素晴らしい、と。
「この世の在り方のほうが間違っているのだろうか……」
ユリアヌスは独りつぶやく。思わずして口に出してしまった。
「お父様、その通りです。人と社会、争いを生むことしかありません。ですから、神の声に従い、その罪から遠ざかり、清く命をまっとうすべきなのです」
マリアはユリアヌスの手をとっていう。
「……」
(この世界を否定して生きる?)
それもひとつの考え方ではあるかもしれない。
だけど、それではこの世に生まれた意味とはなんなんだ。
生まれてくるべき世界ではない場所に生まれてきた意味とは。
頭が痛くなる。しばらく忘れかけていた〈命の意味〉が苦しみをうむ。
ユリアヌスは駆け出して、自室に籠った。
〈命水〉をコップにそそぎ喉に流し込む。
一日の服用は一口ということだったが、とても足りないような気がした。
※ ※ ※
〈命水〉は日々欠かせないようになっていた。
酒はいろいろなことを忘れさせてくれるが、〈命水〉はすべてが肯定できるような気分になる。
このまま、日々を過ごしていれば、満足に死ねるだろう。
(死ぬまで、あと、3年だったかな?)
近衛騎士とディオスの動向には気をつけながら、夜道やひとりの時を気をつけていれば、きっと問題はない。
公務以外で出かけることもやめて、マリアと適度に過ごせればいいか。
(よしよし、それでいい)
「お父様、足下がふらついています」
廊下でマリアと出くわすとそのようなことを言われる。
「おお、そうかね。私は満足だよ。私の娘になっくれてありがとう」
その言葉はそのまま自分を肯定することができた。
「……」
※ ※ ※
反逆罪のユスティア教徒の処刑は、帝都最大の闘技場で市民を招待して行われることとなった。
ユリアヌスには特等席が用意されたが、行くつもりはない。かように醜悪な見せ物に熱狂する市民の顔が見たくないというのが、いちばんの理由だ。
心を支配する悩み事は最大の敵だ。
考えれば考えるだけ、人生の無駄だ。
ユリアヌスは〈命水〉をあおりながら、虚空をながめていた。
少しマリアと話でもしよう。
小姓に声をかけ、マリアを呼ぶように伝える。
しかし、小姓はひとりで戻ってきた。
「旦那様、マリア様はいらっしゃいませんでした。それとこれが……」
「なんだ」
一枚の紙切れが渡される。
とても拙い筆跡で、短い文章が書いてあった。
だけど、いままでの手習いで、いちばん上手に書けていた。
〈おとうさま、いままで、ありがとうございました。まりあは、かみさまのもとに、まいります〉
※ ※ ※
闘技場は収容人数を超える人数がひしめき合っていた。すでに大歓声が上がっていて、とんでもない熱気につつまれていた。
闘技場には30人あまりの〈反逆者〉が十の形に組まれた木に張り付けられていた。
ユリアヌスはその光景を奴隷でも入れる場所にやっと入り、目撃していた。とんでもない轟音と、人混みに阻まれて、はっきりと舞台が確認できない。
だが、しばらくすると、歓声は鳴り止んだ。
人をかき分けると、舞台にディオスが現れたのが確認できた。
「レムシアの元老院及び市民の諸兄らよ!」
ディオスが、静粛した会場に向かって高らかに声を上げる。
「これより、皇帝および帝国に対して重大な反逆を企てた者たちへの処刑を開始する!」
会場はまた歓喜の雄叫びがあがる。
ディオスはしばらくその声を聞き続け、手を上げて制止する。それから、余韻を楽しむかのような数秒を味わってから、ふたたび両手をあげて叫ぶ。
「ご存じのとおり、この度の被告はユスティア教を信じる者たちだ」
その言葉に観客は怒りの声をあげる。
「彼らは帝国の法を守らず、皇帝を否定し、我らレムシアの英霊をも否定している。しかしながら、帝国の利益にすがっている」
さらに大きな歓声。
「許されないことは明白だ!」
ユリアヌスは耳を抑える。
「そして彼らは我々に申し出た。……被告に殉じて命を差し出したい者がいると!」
ディオスがそう言って会場の一角を指さすと、入場門から、人がわらわらと入ってくる。
みな、後ろ手に縛られ、粗末なボロを纏っている。老若男女、さまざま。驚くべきはその人数。処刑される人数の10倍はいようかという数。
ユリアヌスは目を走らせる。
(マリア!マリア!マリア!マリア!)
続々と入場してくる信徒の中に我が娘を捜す。
この中にはいない、わずか、希望をもっていた。
だが、その想いは打ち砕かれる。
マリアの姿を見つけた。
「マリア!」
ユリアヌスは叫ぶ。
客席の前へ進もうとする。しかし、熱狂した観客に弾き返される。肘打ちを腹部に受ける。無粋な老人は祭りの外に追い出される。
磔の罪人が火にかけられた。
少しずつ燃え広がる炎に対して、神への感謝を口にする喜びの表情。
処刑人とともに殉教を望んだ数百人の信徒は、檻から放たれた猛獣の餌食になった。
誰ひとり逃げ出すことはせず、跪いて祈りを捧げている。
そこに容赦無く爪をたて、喉元から食いちぎる獣。
その光景に思わず悲鳴をあげると、獣が興奮して襲いかかる。
ひとり、またひとり。
獣が食い飽きて罪人に見向きをしなくなると、あらたな獣が投入される。
ユリアヌスがしっかりと会場を見ることができるようになったのは、夥しい死体の山が出来上がってからだった。
それから、まだ息のありそうな信徒に、近衛騎士がとどめの一撃を加える〈後始末〉をしていた。
ユリアヌスは、娘の遺体に近衛騎士が意味もなく何度も刃を突き刺す光景を目の当たりにしていた。




