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皇帝暗殺  作者: 無銘、影虎
【第四幕】 The Assassin
37/47

4_3 密約

 【帝都レムシア/皇宮】


 翌月、皇帝カルスが帝都に帰還した。

 西方蛮族との戦いでおよそ三か月の遠征。皇帝は参陣したものの後方から一度も動かず、戦線が膠着すると現地総督に委任し、兵を退いた。そして帰還途中に保養地で一か月滞在し、ゆっくりと戻ってきた。

「最高司令官の帰還を神々に感謝いたします」

 宮廷は定型の言葉で皇帝を迎えた。

 自分がユリアヌスになったときに、皇帝は不在だったため、はじめてその姿を見る。

 北の海にある島の出身である皇帝カルスは、その地方の風習である長髪をそのままにしていた。レムシアの男はみな短い髪をしているので、戦場ではよく目立ち、敵方からは畏怖の象徴だった。

 しかし、いまは贅肉のたっぷりとついた体で、馬に乗るのにも難儀していた。

「ご無事のお帰りをお喜び申し上げます。大神が輝ける者にご加護をお与えになりました」

 ユリアヌスは定型の挨拶で皇帝を迎える。

 ちらりとその手指を見ると、しっかりと「ふたつの指輪」の片割れがはまっている。

「うむ。これでしばらくは異民族も帝国の威光に手出しも出来まいて」

 皇帝は満足げにいう。

 冗談だろう。

 今回の戦、皇帝は後方で戦況を見守っていたに過ぎない。

 前線はこう着状態で、一ヶ月ののち、なんの戦果も上げずに皇帝は引き上げている。

 しかもその後、保養地に移動して半月を過ごしている。

「帝国の威信は守られた」

 そう言ったのは、うしろに控えていた皇太子ザゴラキスだ。

 皇帝軍に従軍していたものの、同様に前線に出ていない。

 今回の戦は戦線を押し戻し、侵略を受けた土地の奪還だったはずだ。

 戦略的にみれば、失敗以外の何ものでもない。

 それをあたかも成功のように吹聴している。

 帝国本土では辺境の戦局は正しく伝わらない。皇帝のプロパガンダが優先的に耳に入る。まあ、大敗して戻ってくるよりはましだったかもしれない。


「祝宴の準備はできております」

 ユリアヌスはふたりに告げる。

 馬鹿馬鹿しい。会計を確認したが、とんでもない贅沢がこの後、皇宮で繰り広げられる。茶番でしかない。

「うむ。ご苦労」

 皇帝ではなく息子のザゴラキスが代わりに答えた。

「皇帝の剣」という尊称が元老院から与えられている。

 これは事実上の後継指名である。

 いまの治世が続くだけでも帝国の危機だというのに、ザゴラキスが継ぐことになったらと思うと絶望的な気分になる。

 どうにかして後継からはずさなくては。


「ユリアヌス殿」

 夕刻の支度の手配を続けようと踵を返したところで、背後から呼び止められた。

 皇帝親子と同様、甲冑に身を包んだままだ。

 長剣を履いたまま、短槍も携えている。

 皇宮でこのような姿でいられるのは近衛騎士でしかあり得ない。しかし、皇帝とともに帰還したとあれば、ひとりしか考えられない。

「ディオス殿」

 ユリアヌスは表情の緊張を解いて、答える。

「留守居、ご苦労でした。変わりはありませんかな」

 短髪に顎髭たげを生やしている。

 屈強な肉体であるのが重装備隙間からも見える。

 齢39歳。

 平民出身ながらも数々の武勲をたて、近衛騎士隊長にまでのぼりつめた男。

「帝都の治安については騎士隊の方のほうがお詳しいでしょう」

 ユリアヌスは答えた。

 親しさはないが丁寧な受け答え。

 おそらく敵対者にはみなこような態度であるはずだ。

「左様ですな。とえく離れた属州にあっても帝都のことは毎日のように知らせが届きます」

 ディオスはいたって平然と答える。

 近衛騎士という機構を完全に承服している自信があるからこその余裕だろう。

「今宵は盛大な宴で労わせていただきます」

「かようなことをしている時ではないというのにな」

 ディオスは独り言のように呟いた。

「えっ」

 思わず口にしてしまった。

「戦果はなにひとつありません。誰もが知るところです」

 ディオスははっきりとそう言った。

「いや、なんでもありません」

 そして言い捨てるようにユリアヌスから離れる。

 そのつぶやきは嘆きのようであった。


 自分と思うところは同じか。


 次期皇帝。

 ユリアヌスを通して元老院とつながっているザゴラキス派、近衛騎士を背景に兵士の支持を集めているディオス派。このままザゴラキスが世襲をすれば末期と言える帝国に改善の見込みはないうえに、非支持者が多く政権が不安定になる。いっぽうでディオスがクーデターを起こそうものなら、また帝国は内乱状態に陥ってしまう。

 ディオスに穏便に帝位を明け渡す。

 そのためにはザゴラキスから継承権をとりあげる必要がある。


 ユリアヌスは手元の指輪を見つめる。魔法を使うときのように集中すると、魔力刻印の文字が光を発しているのがわかる。魔法を使ったことのあるものにだけ見ることのできる魔力反応だ。

 これさえあれば、「皇帝の剣」をディオスに移し替えることもできるだろう。

 もともと市民から支持の強いディオスだ。

 政権交代の混乱は起きない。

 そして「ふたつの指輪」をあらためてディオスに贈ろう。

 帝国を救うための、よき政策を提言しよう。


 これが最後の4年間になる。


 ※  ※  ※


 宴は貴族、軍の有力者、富裕層を招いて盛大に行われた。

 いっぽう城下でも、国庫から酒と食料がふるまわれる。

 帝国の防衛ラインは異民族に徐々に押し込まれている。その動きに変化がなかっただけというのに、まるでひとつの地域の侵略に成功したかのような騒ぎだ。

 結局のところ、帝都の市民はもっとも安全なところにおり、辺境の戦になど興味、あるいは想像力が及ばないのだろう。

 このていたらくに声をあげ、批判するのは学者や、平民でも高官の経験者、元老院のなかでも心ある者だけで、彼らがいくら声をあげても市民は聞く耳をもたない。

 平和と皇帝の振る舞い酒に酔っていた。

 そして今日も皇帝批判の急先鋒だった法学者がまったく関連性のない罪に問われて処刑されようとしていた。

 お膳立てしたのはユリアヌスだ。

 でっちあげの罪であるのに、裁判において被告人の不利になる証言が相次いだ。すべてユリアヌスの手配だ。そのことをユリアヌスは知りながらもどうしようもできなかった。

「今日は二重に祝いだ」

 学者が貶められるまで2年の歳月がかかった。それを喜ばすにはいられない皇帝が祝杯をあげる。


 醜悪な宴だった。


 ユリアヌスは得意ではない酒ながら、手持ち無沙汰に杯を口に運びつづけ、冷静な判断力を失いつつあった。焦りはある。あと4年、ユリアヌスとしてのうのうと生きていくことは考えられない。

 無意味な人生で終わりたくない。

 そして、ふらつく足を運びながら、ディオスの元に向かう。

「どうされた、ユリアヌス殿?」

 ディオスは近衛騎士の職分として酒や料理にはいっさい手をつけず、警備に徹していた。あの醜悪な権力者を見たあと、この男の実直な姿の美しいこと。

「あちらで、一杯お付き合いいただけませんか」

 少し離れたバルコニーのテーブルへと誘う。

「これは珍しいことで……」

 ディオスは一瞬、不審な顔をみせたが、了承し、のちの業務を部下に引き継いだ。


「どういう風のふきまわしでしょうか?」

「こたびの戦は帝都ではこのような浮かれ騒ぎですが、ほかはどうなのでしょうな」

「どう、とは?」

 探るような口ぶり。

「帝国の国境は大いなる危機にさらされております」

「……」

「こたびの無意味な遠征。誰が支持しましょうか。それを批判し続けた議員が同日に処刑される。由々しきことです」

「あなたは、軍事には口を出されなかった。ましてや、件の処罰についてはあなたにも関わりのあること。それを由々しきこととは」

 そうだろう。ユリアヌスであればそんなことは言わない。


 ユリアヌスであれば。

 でも、そうじゃなかったら?


「私は帝国の明日を憂いております」

 酔いがまわってきて、もはやユリアヌスを演じることが面倒になってくる。

 自分とディオスなら、帝国を変えられる。

 変えられるはずだ。

 ディオスはさらに怪訝な顔して、返答に窮している。

 かまうものか。

「ザゴラキス殿には後継から降りてもらいましょう」

「なにを!」

 冷静沈着な男にはじめて驚きという強い感情が見えた。

 そうだろう。ザゴラキスの後ろ盾になっているのはユリアヌスだ。そして元老院に多くいるユリアヌス一派だ。

「こたびの戦、ザゴラキス殿はなんの戦果もあげておりませぬ。皇帝に次ぐ軍副司令官をまかされたにもかかわらず」

 そもそも〈皇帝の剣〉という尊称は元をたどれば軍事的な名誉からきている。レムシアにとって輝かしい軍功をあげたものに贈られる。それがいつしか次期皇帝の名称になった。

「度重なる敗戦……敗戦と言っていいでしょう。軍事境界線は常に不安定で、帝国民には不満が溜まっています。誰かが責任をとらねばならないでしょう」

「そうではあるが……」

 ディオスはいまだ言葉を控えている。

 実際、これが茶番だと理解しつつの遠征帯同だったのに違いない。それは皇宮関係者すべてがそうだ。だからこそ、その中心にあるべきユリアヌスの発言に警戒している。

「はっきりと申し上げて、〈皇帝の剣〉が彼の方であるのには懸念がある」

「……」

「折りをみて、陛下に具申しようと考えています。一旦、元老院の承認をいただいた後継の地位を取り下げていただくよう」

「……わかりませぬ。ザゴラキス殿を誰よりも推していたのはあなただったはず」

「気が変わり申した」

「にわかには信じられませぬ」

「そう警戒なされるな。本心です」

「それで、あなたの考えはうかがったが、私にそれを伝えた意味とは」

「力を貸してほしいのです。ザゴラキス殿には今回の軍功が不足だったことを理由に、後継の座を自ら辞していただき、辺境の属州で新たな軍役についていただく。反対するものはおりますまい。こたびのひどい戦の責任をとる意味でも有効でしょう。帝都はまだしも、現地の属州民は今回の戦、けじめをつけなければ納得のいかないものが帝国に反乱を起こすやもしれません。そのへんはあなたも危惧されているのでは」

「あなたが属州に関心をおもちだとは知りませんでした」

 いいぞ。言葉に遠慮や警戒がなくなってきている。

「あなたの口添えがあれば、陛下は元老院と近衛騎士の両者から決断を迫られることになる。ことは間違いなく運ぶと思います。もちろん、政治的に一時的な処遇だというのは陛下にも殿下にもご理解していただきます」

「だが、殿下を退けたところで、新たな〈皇帝の剣〉は遠からず選ばれねばなりません」

「あなたの返答次第ですかな」

 じっとディオスを見つめる。その顔はまるで変化がないようではあったが、言外に伝わったのが、間違いなくわかる。

 だが、ここで、ユリアヌスという人物を考えれば、どこまでも自己中心的な理由がなければ説得力がないということはわかっている。

「もちろん、条件があります」

「……」

「まず、私は先日、デキムスという新興貴族から土地の寄進を受けました。しかし、その後、彼ものは不審死を遂げています。あなたの近衛騎士は、デキムスが川に落ちたと推定される日の夜に、私と彼が会っていることを突き止め、そのことの調査を続けていると思います」

「……」

 ディオスはあくまで無言。どのような返答も不利益になると警戒しているようだ。だが、それこそがまさに答えそのものでもあった。

「調査は切り上げていただきたい。もちろん、私は嫌疑をかけられるようなことはなにもないからです。いいですな」

 酔いも手伝って大胆に口が動く。

「……」

「次に、新皇帝が立たれたのなら私は領地に引っ込んで、政治には関わりません。そのささやかな夢を保証していただきたい」

 政権交代をしたら間違いなくユリアヌスは処断されるだろう。それを回避するかわりに協力するという申し出だ。もちろん、この命など惜しくはない。だが、そう言わねば信頼されない。

「ザゴラキス殿下が帝位につけば、おのずと叶う希望では?」

「そうでしょう。しかし、数年ももちますまい。あなたを含め、反対派が多くいるうえ、お父上の威光のもとでなければなにごともできぬでしょう。辺境の戦での劣勢は喫緊の課題、それこそ帝国が滅びることも現実になるやもしれない」

「つまり、余生を安泰に過ごしたいと」

 もはや、ディオスも言葉を選ばない。

 そうだ。それでいい。

 俗物ユリアヌスはどこまでも自己保身にしか興味はない。

 ディオスにとってみればこれ以上ない安い条件だろう。ユリアヌスはカルス帝が退いたあとも、ザゴラキスが新皇帝になるなら、ひきつづき権勢を維持できる可能性はある。しかし、ディオスに乗り換える。あり得ない話ではない。

「そうです。ささやかな願いでございます」

 ユリアヌスは酔いもあってか、言葉がなめらかに出てくる。

「いいだろう……」

 ディオスは心の底から軽蔑したような目線を向けたが、ゆったりとした口調で返答した。次の皇帝には誰が立つのか、という質問はなかった。もはや隠しようもない野望なのだろう。

「では乾杯とまいりましょう」

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