4_1 ユリアヌス
【帝都レムシア/ユリアヌス邸】
「皇帝総代官」ユリアヌスは自室で書類に目を通していた。
皇帝が裁可すべき案件を事前に目を通す権限が与えられていた。すなわち、事実上、提案の差し戻す権利があるということだ。
それとは別にユリアヌスの裁量で決済が可能な案件もある。それが皇帝権に付随する三大権のひとつ、「護民官権」だ。これはもともと平民の権利を守るために創設された護民官の権利で、身分間の不利益を撤廃するために与えられた平民の拒否権であった。
しかし、いま富裕平民、新興貴族、名門貴族の境界はそれぞれあいまいになっており、明確な対立は少なくなっている。それにともなって、護民官の役割は民事の係争においての上告先へと変わっていた。それも本来扱うべき案件は国家の重要案件だったが、拡大解釈され、上告金を支払えるものは、護民官案件となった。すなわち、ユリアヌスの独裁となりうるわけだ。商取引や、損害賠償、相続など、これまでの皇帝が行使しないような案件までユリアヌスは介入した。それぞれ小さな案件であったとしても、ユリアヌスに阿るものが勝訴することがわかってくると、次第にその権力は大きくなっていった。
ユリアヌスはその便宜をはかった連中のリストをすべて記録している。平民、商人、騎士身分、元老院議員、ありとあらゆる階層に顧客がいる。ある意味、皇帝とは別の勢力を築き上げているといってもいい。
アンブロシウスが言うように、もともとユリアヌスは盗賊上がりの商人だった。それを魔法道具「ふたつの指輪」をつかって大商人となった。これはめた相手から信頼を勝ち取るというものだった。弁舌巧みであればその効果はいっそう増すという。皇宮に出入りするようになると、ユリアヌスは指輪を皇帝に贈った。そして、御用商人から政務官、元老院議員、属州提督、執政官とわずか5年という異例のスピードで出世する。元執政官という人臣では最高位につけてからは、「皇帝総代官」という新設された職で、先述の護民官権を行使している。
ユリアヌスは指にある「ふたつの指輪」を眺める。
不正の象徴だ。帝都の経済が歪なものになっているのはひとえにユリアヌス一派のせいであると、ゼノンは語っていた。
ユリアヌスは鏡を見る。
背は低い、頭髪はない、顔も皺が深い。いくつだかはわからないがかなりの高齢だ。
禿頭をなでてみる。デイモスだったころも、デキムスだった頃も、容姿に関心はなかった。しょせん、自分ではなかったから。だけど、もはや〈自分〉の顔を忘れかけている。思い出す必要はないのかもしれない。
これからはユリアヌスとして生きていく。ユリアヌスは現在、便宜を要求されている案件も書き記している。ある程度の人間関係はこれで把握できる。今後、目にあまる案件から拒否していくことにする。
それにしても気になるのは、ユリアヌスの近衛騎士隊長ディオスに対する心情だ。手記を読む限り、はっきりと敵意が滲み出ている。
無理もないだろう。元老院、富裕層、平民のなかにも一派をもち、大きな権力をもつユリアヌスではあるが、近衛騎士は特別だ。帝都の治安維持、逮捕権をもち、一個師団の軍隊でもある彼らは、唯一の障壁だろう。
ディオスは庶民に期待されている。なんとか穏便に帝位が彼に移らなければならない。皇帝カルスには息子がひとりいるが、皇帝以上に私欲に溺れ、凡愚として名高い。これが次期皇帝となってはならない。愚息の後ろ盾をしているのは、ほかでもないユリアヌスなのだが。
まずはディオスが皇帝となるための障害を取り除いていく。
ユリアヌスはさまざまな文書を確認しながら、今後の計画を思案していた。




