3_12 別れ
【ミラ郊外デキムスの屋敷】
あれから二ヶ月。レリクスであった頃から数えて21歳を過ぎた。
つまり、悪党デイモスに転生し、アルトリウスと名乗ってから4年が過ぎた。
アンブロシウスの言う通り、僕は死ななかった。
これからデキムスの命が約4年残っている。
やはり、この力は僕の使命。
生きる意味だ。
「じじいの話にとりつかれているぜ」
ガイウスは言う。
「違う、永遠の命には興味がない」
「だったらなんで」
ガイウスは問い詰める。
「今度はユリアヌスになって、皇帝を動かすんだと?」
「ああ」
僕はその考えをガイウスにだけは打ち明けた。
これまでずっといっしょだったから。まず相談すべきと思ったから。
だけど、ガイウスは頭ごなしに反対してきた。
「農園をやるのとはちがう。お前は他人の体を乗っ取れても、中身はお前のまんまだ。だいたい、何のために、誰のためにやるんだ!?」
「僕に政治ができるなんて言わない。皇帝を操って、帝国の課題に取り組むように仕向けたい。だから指輪をもつユリアヌスになれば、それができるんだ。多くの人が救われる」
「だから誰のことだよ!」
「レムシア市民全部さ!」
「そんなことできるわけねーだろ!」
最初っから同じような口論をなん度も繰り返している。
ガイウスはそのたびに別の言い方で僕を罵倒した。
「目を覚ませ、お前はまだ20歳を過ぎたばっかりのガキだ。人に乗り移ったところで、それはかわりゃしない」
「……」
「お前が急に政治に興味をもちだしたのは知っている。ミラの街のゼノンっていう男の話をちょいちょいしてるが、そいつの影響か?」
「きみには関係ないだろ」
(しつこい!)
僕もガイウスの態度に苛立っていた。
ガイウスもそれを受け取ったのか、しばらく黙った。
「だいたいユリアヌスを刺すなんて無謀すぎるだろ。失敗したら……」
やがてつぶやくように言う。
「どっちにしろ死ぬんだよ……」
死については誰よりも考えてきた自負がある。
他人に説教されたくはない。
また少し時間が流れる。
「生きるなら、田舎の平民になって、ゆっくり過ごすっていうのはどうだ?」
僕はその言葉に激しく憤りを覚えた。
「馬鹿げている! 何度も言っているだろう、僕は長生きがしたいんじゃない! そんなことに罪のない人を犠牲にできない」
「罪ってなんだ!? なら、お前は勝手に悪人を裁いているつもりなのか! 傲慢だ。神にでもなったつもりか!」
「ならなんで手伝ったんだ!」
「こんなことになるなんて思わなかったんだよ!」
「……」
「もうやめよう。お前、優しかったじゃねえか。ルファスを、レアを、奴隷たちを助けたかっただけだろ?いまのままで満足しろよ」
「僕にしかできないことなんだ」
「ちっ!」
ガイウスはなにかを盛大に蹴飛ばし、無言で部屋を出ていった。
足りない、このまま死んだら満足できないのがわかる。
僕の力でできることがある。それは使命だ。
ガイウスなんかに理解できるわけがないんだ。
〈お主が死ぬときは〈誰〉なんじゃろうな。がはははは〉
アンブロシウスの笑い声がいまは不気味に響きわたる。
僕はほんとうに夢魔に取り憑かれたのかもしれない。
※ ※ ※
その夜、アンブロシウスが僕のところにやってきた。
大きな荷物を背負っている。
「さて、そろそろお別れじゃ」
「別にしばらくいてくれても構わない」
「いや、ここでお別れじゃ。もう会うことはない」
「予知?」
「左様!」
「そう……」
「なかなかに楽しい旅路じゃった」
「もう僕を導いてくれることはないんだね」
「はて?ワシは一度たりてお主を導いたことはないぞ」
「でも、僕はアンブロシウスがいたから、いままでやってこれた。なぜ、これからもそうじゃないの?」
「必要ないからじゃろ?」
「それは、僕のすることに反対だということ?」
「反対も賛成も、最初からない。いつも言うておるじゃろ」
「でも」
「おのれが決めた道、じゃろう?なぜ、いまになって他人のお墨付きがいるんじゃ」
お墨付きがなんなのかわからないが、たぶん、保証のことだろう。そうなら、僕の決断は無責任、誰かに〈いいよ〉してもらえなきゃ、いけない程度の決意だということだ。
「孤独よ。決断するということは。誰かのせいにしたい気持ちがあるなら、やめたほうがよい。わしに言えるのはそこまでよ。最初で、最後のお節介じゃ」
お節介の意味はわからなかったけど、たぶん、アンブロシウスのいつもの言動から逸脱した、特別なことをしてくれたのだろう。
そうだ。僕は決断したんだ。こんな弱気じゃ、ユリアヌスを仕留めることはできない。
覚悟は決めていたつもりだったが、どこかに甘えが残っていたのだろう。
「わしはソロンの森の庵に戻ることにした。コンスタンティヌスにも会いたいしのう」
「そう……」
予言通りアンブロシウスと再会しないのなら、僕がソロンに戻ることももうない、ということなのだろう。
「この首飾りは返すよ。もう、必要はないだろう?」
強い魔力をはなつ魔石がついた首飾り。アンブロシウスはこれでいつも僕の居場所を感知していた。その必要はもうなくなった。
「持っておれ。餞別じゃ」
「……ありがとう、アンブロシウス」
「ああ、さらばじゃ、〈レリクス〉」
その名で呼ばれたのは、ソロンの森から旅立って以来だった。
※ ※ ※
数週間後、僕は帝都レムシアに向かうことになった。
ユリアヌスとの会合が予定されている。
決意は揺るがなかった。というより、新たな目的、計画のために没頭した。
これから僕は〈暗殺者〉になり、国政を動かす。
あれ以来、ガイウスとは口をきいていない。
小姓に支度の指示をしていると、そのガイウスがやってきた。
小姓に席をはずさせる。
出会った時と同じ甲冑姿だ。
腕組みをしながらこちらを見ている。
「俺も今日、ここを出る」
「ああ」
「そろそろ実家で女に戻らないとな」
「ああ」
かける言葉がみつからない。アンブロシウスの時のように甘えた気持ちが出ないよう押さえ込むのが精一杯だった。
沈黙が続く。
「じゃあな、アルトリウス!」
ガイウスがくるっと踵を返す。
いや、まってくれ。
せめて。
「――ありがとう。ガイウス」
するとガイウスは立ち止まる。背を向けたまま動かない。
「……礼をいうのはこっちのほうさ」
背を向けたまま言う。
「君がいてくれて旅がとても楽しいものになった」
いっしよに旅をした。いろんなものを見た。この農園に来てからのことも含めれば、1年いっしょに過ごした。とてつもなく長い1年。
忘れられない。
かけがえのない仲間。
「そうだな。俺もお前も終わりが見えて腐っていた頃だもんな……」
冗談みたいな言い方をしたのち、鼻をすする音がきこえた。
「だけど、その問題は片付いてなかった。いま改めて向き合うときなんだ」
ガイウスの言う〈終わり〉はいつかくる。最後まで、納得のいくまで、向き合うしかない。
「そうだな、〈わたし〉もやってみるよ。女のフリをさ」
「うん」
「お前が数年後に別の悪党になっていようと……どんな顔になっていようと……」
嗚咽の音が漏れる。
「……きっと俺なら見つけられるぜ……」
それだけ言うとガイウスは早足で進み出した。
一度も振り向かずに。
大きな屋敷の部屋にひとり佇む。まるで世界からすべての人間が消え去ったようだった。
もう、後戻りはできない。




