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皇帝暗殺  作者: 無銘、影虎
【第三幕】 The Pritender
27/47

3_5 演じる者

【帝国属州ガラリア/アラニアの町】



 僕たちは一度目的の街に向かった。

 積荷のいくつかは持ち出せたが、残りの積荷は受け取り先の町の領主が馬を手配して回収に向かった。

 もしかしたら盗賊の残党に持って行かれているかもしれない。

「最近、出はじめたんだ。傭兵くずれの連中の集まりさ」

 町の門番がいう。

 僕は賊の情報を聞いて回った。

 街道を狙う盗賊は、町に入らず、街道近くに根城を気づいていることが多い。

 このへんにそれらしき場所があるか聞き込むと、朽ちた古代の遺跡が街道のはずれにあるという。

「どうする? 行ってみるか?」

 僕はガイウスに問う。

「ああ、もちろん」

「わしはいかぬぞ。ここで商売でもしておる」

 アンブロシウスが言う。

「わかった。ありがとう」

 僕は礼をいうと、ガイウスと町の入り口に戻り、武器の返却手続きをした。

 盗賊には領主から討伐依頼が出ていた。

 うまくいけば臨時収入だ。

 それでも、ガイウスは僕が手伝うと言ったことが信じられないようだ。

「俺は賞金なんていらないぜ。勲章だけ取り戻せればいい」

「いや、いっしょにやるんだ。君にも半分の権利がある」

「お前、変わってるな。ごろつきにとって金より価値のあるもんなんてないだろ?」

「あるよ、人生の意味だ」

「は?」

 ガイウスは訝しげにいったあと、笑い出す。

「おもしれーやつだな」



 ※  ※  ※


 僕たちは夕暮れ時にそこへ辿り着いた。

 古代遺跡とはいっても、小さな祠のようだった。小高い丘の上にあり、半壊し、わずかに雨つゆが凌げる程度だ。しかし、人が来るのを見張るにはちょうどいい高さと位置にある。僕たちは岩や木などに姿を隠しながら少しずつ慎重に距離を縮めた。

 もっとも近いいい地で死角になる岩に身を隠す。ここからはしっかりとした見張りが立っていれば見つからずに上に上がる方法がない。侵入口は一箇所。

「いくしかねーな」

 ガイウスが言う。

「何人いるかわからない」

「こないだ、だいぶ倒したからな。せいぜい4、5人だろ」

 たしかに、前回は二人で4人を倒せた。

 ただ、数的不利で戦うのはまったく得策じゃない。なのに武勇を尊ぶ貴族はこういう時に合理的な考えが飛んでしまう。傭兵や一般市民の兵士のほうがしっかりとした戦術眼をもっている。

 僕もガイウスも戦争しか知らない。こうした戦い方には慣れていない。

「作戦通りに頼むよ」

 事前に打ち合わせしたことを守るようガイウスに釘を刺した。


 作戦は先日、盗賊から奪った弓で、僕が見える敵を仕留める、仕留めそこなっても、相手は出てくるだろうから、人数の把握はできるし、第二、第三の矢を放ちつつ、接近戦になったら別の場所に隠れるガイウスが飛び出し、挟撃する。そこからは状況次第だ。


 作戦は、初手がうまくいきすぎた。

 僕の放った矢が最初のひとりの頭に当たり、姿を見られることなくひとりを仕留めてしまった。僕はまた岩の背後に身をひそめる。

 しばらくして、敵の根城から騒ぎが起こる。そして、何事か声をあげながら、二人が丘を降りてきた。予定通り、僕は姿をあらわして、第二の矢を放つ。しかし、はずれた。

「いたぞ! こっちだ」

 敵は大声をあげながら、駆け寄ってくる。

 僕はもう一度矢を放つ、ひとりの足に当たった。

 それから僕は無傷の敵を目視しながらガイウスの隠れる岩に移動する。

 剣を鞘から抜き、小さく数をつぶやき、タイミングをはかって飛び出す。

 敵はちょうど近距離に迫っていた。怒りの形相で迫る敵。

 だが、背後からガイウスに切り付けられる。


 それから、僕らは足に矢の刺さった男の元にいく。

「おい、お前ら、あと何人いる?」

 ガイウスは刃を喉につきつけながら尋問する。

「あ、あと、二人だ」

「そうかよ」

 ガイウスはそのまま喉を掻き切った。

 血がほとばしる。


「なんだ? 悪党、俺の顔になにかついてるか?」

 ガイウスが僕を見て言う。

「いや、血かな……」

 正直、その容赦のなさに驚いていた。

「戦場じゃあたりまえなんだよ」

「ああ。そうだな」

 たしかに、そうだ。だが、僕はその戦場に絶望してきたんだ。

 生きる意味を考えながら、人の命を奪う。

 その相反する行為に虚無を感じていた。


「さあ、急ぐぞ! 強襲できりゃ、こっちが有利だ!」

「ああ」


 僕とガイウスは丘を一気に駆け上がる。

 途中、ひとりが出てきたが、二人で相手をしたため、一方的に片付けられた。

 そして、丘を登り切ると、遺跡にたどり着いた。

 だが、敵は四人いた。

 男たちは武装している。

「ちっ! 適当いいやがったな!」

「ガイウス、ここは退こう!」

「ふざけんな。ここでやっちまう!」


「おい、お前らやってくれたな!」

 祠の奥にいる男が立ち上がって、姿を現す。

 どうやらリーダー格のようだ。

 これで五人。勝ち目はなくなった。

 むこうもそれがわかったのだろう。余裕の様子だ。

 だが、ガイウスは構えた剣を下ろさない。


「賞金稼ぎか? たったふたりで威勢のいいことだ……ん、お前?」

 敵のリーダーが僕を見て、驚いたような顔をする。


「デイモスじゃないか!」


 なんだ、僕を知っているのか。いや、僕のこの体を知っている?


「なんだ、お前だったか。久しぶりじゃねぇか。ここが俺のシマだって知らねえで来たのか?」


「お前なんか知らん」


「おいおい、俺だ。ゴリアスだ。最高の相棒を忘れるわけがないだろ? お前、貴族の領地をぶんどるって行っちまった以来だぜ。あれからどうなった。そっちにいるのは装備をみてもお貴族さまのようだが?」


 領地をぶんどる? スプリアの領主様の街のことか?


「仲間を何人かやっちまったようだが、お前が戻ってくるんなら歓迎するぜ。お前はクズで、イカれた最高の盗賊さ」

 ゴリアスは言う。

 ガイウスのほうを見ると、明らかに不審の表情が広がっていた。

 まずい。誤解だが、説明のしようがない。


「そっちの貴族のガキは身包み剥いで、実家に身代金でもとってやろう。なあっ!」

 リーダーは仲間に声をかけると、悪党たちは笑い出した。


「騙したのか! アルトリウス!」

 ガイウスは激昂して、敵に突っ込んでいく。


 何を伝える暇もない。信じてもらうにはこいつらを倒すしかない。

 僕も覚悟を決めて剣をもち、突っ込む。

 とにかくゴリアスを倒す。一直線に突っ込んだ。


「デイモス! あいかわらずイカれているなぁ!!」

 ゴリアスも地面に突き刺してあったスパーダを引き抜く。


 乱戦になった。

 ガイウスは押している。一人を一刀で片付けた。しかし、そのあとは三人を相手に回避行動しかできていない。

 僕はその様子を見ながら、ゴリアスの相手をしていた。

 ゴリアスはでたらめな剣捌きでかえって軌道が読みづらい。

 ならば。

 僕は空を切ったゴリアスの剣筋にあわせて、深手をおった芝居をする。

 案の定、ゴリアスの剣に鋭さが消え、大振りになる。

 ばっくりと開いた隙に目がけ、最速で切先を打ち込む。

 ゴリアスの喉が貫かれ、血が溢れ出す。


 僕は振り向きざま。胸からさげた首飾りの石を手に握り、小さく詠唱をはじめる。

「…………っ!!」

 石を砕いて敵に向かって手を広げる。

 〈足枷!!〉

 とたん、ガイウスを取り囲む敵の動きが止まる。

「ガイウス、いまだ!!」

 言いながら、僕も一人に狙いを定め、一気に距離を詰める。

 ガイウスもその動きを察知して、目の前の男の腹をえぐった。


 ※  ※  ※


 敵は全て片付けた。

 だが、ガイウスは目的のメダルを見つけて手早く回収すると、もう一度剣を構えた。

 荒い息をはきながら、猛獣のような目でこちらを睨んでいる。

「はぁ、はぁ、……はあああっ!」


「違う、僕は君を騙してなんかいない」

 いっぽうで僕は剣をさやにおさめて手をあげる。


「まあ、この盗賊とヨリを戻さなかったのは信じてやる。でも、俺をやっちまってこいつらの財産を独占するのはありえるだろ? ――デイモス?」


「冗談じゃない。僕は旅が続けられる程度のお金があればいい。次の町に行くぶんだけでいい。それに、賞金も山分けだっていったろ?」


「ずいぶんと悪どいことをやってきたらしいが、改心したとでも言うのか?」


「聞いてくれるのなら、話す」

 僕は剣を投げ捨てた。石畳の地面に硬質な高音が響く。


「何をだ?」

 ガイウスの目から殺意が消えたように感じた。


「信じてもらえないと思うけど」

 言い出してから、複雑な感情がわいてきた。

 話したい気持ち、信じてもらえない恐怖、なんともいえない孤独。

 全部がいっぺんに体中を駆け巡った。


「僕はデイモスじゃない」

「いまさら、とぼけんな!」


「僕は、もうすぐ、死ぬ」

 空にただよう雲を眺めながら、呟いた。

 どこから話していいかわからなかったが、たぶんそれがいちばん大事なことだろう。

「死ぬのが、わかっているのに、なにをすべきか、わからない……」

 言ってしまうと、こらえきれずに涙が溢れてきた。


 ガイウスは剣を収め、僕に近づいてくる。

「お前、なにがあったんだ……?」


 ※  ※  ※


 その気遣いの言葉が堰を開く合図になった。

 嗚咽のような呼吸の乱れがしばらくおさまらなかった。膝をついて、水分ができってしまうのに任せた。

 みっともない姿だと自覚したが、どうしようもなかった。

 どうしようもない自分がいたのも、ずいぶん忘れていた。

 ガイウスは、そんな僕を待ってくれた。

 じっと腕を組んでいる。


「話せるよ」

 しばらくして、僕は言った。


 話したかった。

 3年間、別人として生きてきて、自分を見失い続けてきた。

 あと1年、悔いのない人生と言える自信がなかった。

 無意味に朽ち果てる命なら、どこで死んでもかまわないという諦めも生まれていた。


 なのに、なんで、涙が出るのだろう。


「僕は悪党じゃない。この体はデイモスだけど、アニマは僕なんだ。僕はまだ君よりずっと年下の子どもなんだよ」

 これで、冗談やほら話と切り捨てられそうだったが、まずそう伝えた。


「そんな感じは、する……」

 ガイウスは意外にもそんなことを言ってくる。

 目をやると、燃えるような赤毛に、整った白く美しい顔。

 その背後に真っ赤な夕陽が落ちる。

 背後に光を浴びたその顔は慈愛に満ちているようだった。


 予想外の反応に体の下から波のようなものが再び駆け上がってくるのを感じた。

 ひとつ、大きく呼吸をする。

「ありがとう。この体がデイモスという名前だというのは、さっきはじめて知った。きっとひどい悪党だったんだろう。そのデイモスは僕が殺した。僕の街を、僕の大切な人をめちゃくちゃにしようとしたから」


「殺した、だと?……」


 それから、アンブロシウスが魔術師だということ、転生の剣の秘密を話した。

 長い時間をかけて、ゆっくり話した。

 ほとんど僕の独り言のようだった。

 陽はとっくに落ち、月が出ていた。


「つまり、これが僕の身に起きた物語さ」


「は、はっ、……はははははは!!!」

 ガイウスはとつぜん、勢いをつけて笑い出した。


「だから、信じられないっていったはずだ」

 がっかりは、したけれど、僕は満足だった。

 誰からも共感されない、孤独な物語。

 語ることではじめて存在を証明できるような気がした。

 偽物の命だとしても、そこに存在したことを知らしめられたような。


 ガイウスは笑い続けていた。高い声、これだとまるで女性のようだ。


「つまり、お前は、ずっと他人のふりをしていたんだな?」


「……まあ、そうだね」


「なら、俺と同じだ。というか、俺よりもずっとすげー!! ははははは!!」


 信じるか、信じないかより、他人のフリというところが面白かったようだ。

 言われてみれば、そうかもしれない。ずっと男のフリをしてきたガイウス。

 どこの悪党かもしれない男の姿で生きてきた自分。


「ほんとうだ」

 僕もおかしくなってきた。


「うわーははははっっっ!!」


 それからふたりしてあえて大きな声で笑ってみた。


 できるかぎり大きな声で笑ってみよう、そんな競争をしているみたいに。


 そして笑い疲れて、今度は黙り込んだ。

 周りには悪党の死体が転がっている。

 空には大きな満月が輝いている。

 不思議な空間だった。


「まあ、信じろっていわれても、無理だけどな。でもな、ぜんぜん別人の中身と話している感じはあったよ。子どもと話してる感じがしてたんだ」

「僕は19歳だから、もう大人だと思う。ガイウスよりも5つ下だから、そう思えるのかもしれないけど」

「お前さっきは子どもって言ってたじゃねーか。まあ、年齢じゃなくて、なんつーんだろ。社会に慣れてない感じかな、いろいろ受け入れなきゃ大人になれないんだぜ」

「ガイウスだって、社会を嫌っている。受け入れてなんかいないんじゃないか?」

「まいった!! たしかにそうだ!!」

 ガイウスは自分の膝を叩いた。

 そしてまた大声で笑う。もう声が枯れかけている。


「それに、とってもきれいだ。もう男に見えない」

 僕はそっと呟いた。言ってしまうと〈彼女〉の顔が見れなくなった。

「ちっ! ガキが言うセリフかよ」

 言いながらガイウスは顔を赤くする。

「ていうか、そのきしょい悪党がいうとさらにきしょいんだよ!」

「この顔が僕のものではなくても、僕は傷つくんだよ……」

 じっとりした目で見つめ返す。

「え、ああ、わりぃ」

 ガイウスは頭をかきむしる。

 信じないと言った割に、もう信じてくれた前提で話してくれる。

 これがどんなに僕の心を解放してくれたかわからない。


「俺たちは自分の人生を選びそこねた者同士かもな」

「そうだね」

「なあ、お前たちの旅、俺も連れて行ってくれないか?」

「なぜ?」

「この先の目的がないっていってたろ? 俺もない!……世界のどこにもないかもしれないけど、探し物をするならあちこち見てみないとな」

「そうだね。アンブロシウスに聞いてみるよ。たぶん、そうなるのはもう知っていたと言われるだけだとおもうけど」

「なんだそりゃ」

「魔術師は未来がわかるんだって」

「なら、お前の未来もわかるんじゃねーか?」

「あと1年の命、それしか教えてくれないんだ」

「まあ、兵士になったら明日死んでもおかしくねえが、死ぬ時が先にわかったら嫌なもんだな。そりゃ。なんとなくわかるぜ……」


 僕たちは硬い石畳の上で寝転がり、そのまま眠りについた。

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