3_4 いつわりの双子
【辺境リーアからアラニアの町に続く街道】
僕たちは徒歩では夕暮れまでに街まで辿り着かないだろうとして、このまま野営をして、早朝から徒歩で街に向かうことにした。
ガイウスは意識を取り戻した。アンプロシウスが使った治癒の魔法で、傷口はきれいになくなっていた。僕にはついに習得できなかった魔法。痛みもなくなっているはずが、それから、ろくに口をきかない。
女兵士というのは聞いたことがない。女性が旅に出るのも、兵士として戦うのも少なくとも僕は聞いたことがない。しかもガイウスの言うことが正しいならそれなりの家柄のはずだ。「わけあり」どころの話じゃなさそうだ。
僕とアンブロシウスは枝を集め、馬車の一部を破壊して、焚き火の準備をする。
街に運ぶ食料のなかにパンを積んでいたので、それを夕食にすることにした。
「夜の見張りは僕がするよ」
そう言うとアンブロシウスはさっさと馬車にもどって横になった。
あの威勢がよかったガイウスが急に弱々しく見えた。
女性とわかったからとはいえ、あの戦いぶりだ。数的不利で二人も仕留めた。
だが、いまはその面影はない。
「食べないのかい?」
パンを差し出すが、返事はない。
「二人も倒したね。きみがいなかったら危なかった。……でも、女性が兵士になるなんて、僕は聞いたことがない」
僕はほとんど独り言のつもりで話した。
「お前も二人倒したな……」
ガイウスがようやく口を開いた。力のない声はやはり女性的だった。これまで男らしくふるまっていたのだろうか。
「まあ、剣を振り回すのも終わりだし、いまさら男のふりしても意味はないね」
独り言のようだったが、僕は「彼女」の話を聞くべきだと思った。
どんな物語があるのかを。
「俺は、生まれたときに双子ってことにされたんだ。男と女のね。バカな親父のせいでね」
父親が高齢ではじめて授かった子だったそうだ。
母は産後の具合が悪く、ガイウスが生まれてまもなく亡くなった。
父親はもう子がつくれないと諦めたようだった。
ガイウスの家は貴族ではあったがひどく貧しかった。
奴隷の数も少なく、事業はわずかな土地を畑にしている程度だった。
本家筋からの支援ももらっていて、男子がなければこのまま取り潰しになるのが決まっていたそうだ。養子をとるという方法もあったが、いかなる財産もない家を相続したがる人などなかった。しかし、父親にはプライドがあった。自分の代で終わるのは恥だと考えた。そこで生まれたのは双子の男女であるとした。
幼い頃、来客があった場合は、男のほうが体調不良ということにしていた。そして女のほうはほとんど外出を許されなかった。しかし長ずるにつれ、ガイウスを世間に見せる必要もあり、男を演じるようになった。
それから家の催しには男のガイウスとして参加したから、以降の人生はほとんどはガイウスだった。男として自由に外出も許された。
だが、しばらくして本家筋の当主クイントスにばれてしまった。
クイントスは情けで話を合わせてくれたが、家督を継承しなければならなくなったら、ガイウスは死んだことにして、女に戻して嫁がせろと。領地はその時、本家が引き継ぐよう手引きするとのことだった。
父親はそれを受け入れるしかなかったが、反発したのは当のガイウスだった。
男として生きたいと。
家督を継いで、家を再興したいと。
「家を守ることは、大事なこと? ……なんだよね?」
僕にはこの話しの大事な部分がわからない。たぶん貴族ではないからだろう。
「は? 何言ってんだ。当たり前だろ」
やっぱり。ガイウスのいぶかしがる声で答え合わせができた。
※ ※ ※
僕は貴族じゃない。
貴族というのは帝国が建国して以来の血筋であることが多い。いずれにしろ歴史の中で繁栄して、平民とは違う特権と責任を負っている人たち。
領主様の授業で教わったことをまとめるとそういうことになる。
ただ、消えていった貴族も多い。女子しか生まれなかったり、不慮の事故や戦死で後継が途絶えたり。養子がとれるのは、裕福な貴族だけだ。
帝国には「子孫の繁栄」を重視する教えがある。だから婚姻法なんてものがあるのも習った。これは貴族だけに適応される法律だ。
でも、実際には腑に落ちていない。
そもそも領主様自体が、家名が残らないことにまったく関心がないようだったからだ。
〈人は集い、その目的が果たされれば、別れる〉
領主様はいつも言っていた。
〈この世には、例外なく、永遠は存在しない。それは、その活動そのものが、生命の営みそのものだから〉
これも続くお決まりの台詞。
だからルキウス様が身体のことで公務を果たせず、後継に恵まれなかったら、断絶でもよいと話してていた。
「もちろん、ルキウスが望めば最大限の手助けはするつもりだ。だが、家名は人生の一部でしかない。そのことをずっと伝えてきた。先祖が背負った責務ではあるが、人は自由になるべきだとわしは考えている」
まるでソロンの街が手放されるかのようで、僕もフィアナも背筋が凍った。
領主様以外が、この地を統治する。悪いことのようにしか考えられなかった。
「お前たちを見捨てるわけではないぞ」
見透かしたかのように答える。
「帝国の大貴族に領地を受け渡す代わりに、一代限りではあるが名代をこちらで選出し、事実上の領地経営をまかせてもらうこともできるだろう」
領主様が僕に目配せをする。
「ただそれにふさわしい大貴族をわしはいまのところ知らん」
こうした皮肉も領主様の持ち味だった。
「わしの考えは帝国からみれば異端じゃ。帝国は社会、家名、血筋、父親を重視して最強の国家になった自負があるからな。しかし、わしはエラシアで学んだせいで、ぜんぶその逆になった」
エラシアはレムシアが大帝国になる前に栄えた国。いまでは帝国の一部。しかし、学問の都と呼ばれ、おおくの学者はエラシアで学ぶ。
不思議なことに、帝国では軍人と技術者は育つが、医者、文学者、芸術家は育てられないというのが常識にまでなっていた。
エラシアでは古くから個人の自由こそが最大の価値観だ。
だから、命の使い方は自由。これも領主さまのよく言う言葉。
だけど、「人生はあらかじめ定められている」とも言う。
自由と運命は相容れない言葉のようにも思える。
だけど、領主様はこう答えた。
「歩んだ道が人生であり、自分で選択したものが運命だ」
だからこそ自由であり続けるべきだという。
幼い僕にも、いまの未熟な僕にも釈然としないものがある。
僕も、そして、たぶんガイウスも、自分で選べる自由があったのかというところが、とても不確かなままだった。
※ ※ ※
ガイウスは遠い物語を思い出すように淡々と話した。
「女であることを選んだら、私はどこかに嫁いで終わり。金持ちでも貧乏でも、家長の財産のひとつになるだけさ。当たり前のことだけど、俺はいやだったんだ」
僕は世界のことを知らないと本気で思った。
貴族の女性というのはとても恵まれた人たちだと思っていた。
それでも富裕層もいれば、貧乏人もいる。平民よりもきつい税負担もある。なにより、そこの女性が、まるで奴隷のように自由のない立場とは。
「僕は、知らなかったんだ。貴族のこと」
「男か女を選ぶという話じゃないんだ。自由かどうかっていう話さ」
ガイウスはいう。
「男の真似事して、男の目線で世界を見てしまったら、わかっちまったんだよ。きっと女のまま育ったら考えもしなかったことだと思うんだ」
「男と女の役割が違う、まあ、それはいいとして、戦争が男の役割で、子どもをつくるのが女の役割だとしたら、どっちもきちんとその責務を果たしていたとしたら、なんで平等にならないんだ? それどころかその役割をひきうけてなかったら、なんなのさ。生きてる価値がないって?」
貴族の場合、女性はおおむね10代で結婚する。「婚姻法」というものがあり、長く独身でいると権利などで冷遇される。その開始適用年齢は20歳からだ。
一方で貴族の男子は20歳で兵役につく。女は子を産み、男は戦う。そう定められている。戦争は貴族の責務である。
「男と女はいっしょじゃないさ。これからも同じにはならない。でもその決めつけが、なんてことはない決めつけであるのも見せたい。男の格好じゃなく、女として戦場に立ったら、みんなどんな顔するかね。とほうもないけど、そんなことを夢想するよ。きっと度肝を抜かれるよ。男はさ、子供が産めないだけの存在になるよ。はははっ」
ガイウスは自分の夢物語だとして笑って見せた。
「だから女である俺は婚期をのがして、ガイウスは兵役の年齢になった。戦士になるためだ」
ガイウスは無意識に小枝を追っては焚き火に投げ込んでいた。
そのたびにばちばちと音がする。まだ水分が残っている生木のせいだろう。
「クイントス様は真面目につきあってくれたよ。剣術の稽古も真剣にやってくれた。それでガイウスに兵役がきたとき、軍司令官である自分の側においてくれた。それが女を隠す唯一の方法だったから」
元来、新兵はみな百人隊の重装歩兵からだったが、それは建前であり、裕福な貴族は比較的安全な兵科に配属された。金で兵役逃れをすることもできた。いっぽう、貧乏貴族は自分で装備一式を用意するのもやっとだ。兵役につくにも逃れるにも金がいる。そのため、ガイウスの父は当初のプライドもどこへやら、急にガイウスを女として嫁がせようとした。
今度はクイントスが反対したという。
「俺を憐れんでくれたのさ。剣の稽古をつけていたら筋がいいからと、本気で兵士にしてくれようとした。父はもう逆らえなかった」
馬も装備もガイウスが手配した。
そしてガイウスはクイントスの率いる騎馬隊で1年間戦った。
「俺は誰よりも男であろうとしたよ。実際、自分より剣の弱い男を相手にすると、本当に自分が男のような気がした」
誇らしげに語った後、急にその表情に影が落ちた。
「でも、クイントス様が戦死された」
悲痛な面持ち。食いしばるように続ける。
「約束だった。クイントス様が死んだら軍を離れる。形見と遺言を本家に届ける名目でな。そして、私が故郷に帰ったら、その日からガイウスも病死したことにされて、俺はいまさらながら女として生きる。もしかしたら他の分家に嫁がされるかもしれない。でも、どうかな。女としての俺は外に出れないくらい病弱ということになっているから、貰い手があるのかもわからねぇ……」
ガイウスは歯を食いしばって溢れる涙を堪えていた。
「いまさら女として生きる目的なんかない! 結婚なんてしたくもない! もう、生きる意味なんてない!」
「生きる意味……」
僕はその言葉に反応する。ずっと答えのない、その謎かけ。
「ちくしょう!! 勲章のメダルをとられた。あれだけは取り返したい。俺が兵士で、男であった証なんだ」
ガイウスは、ひとりごとのように小さな声で呟いた。
「手伝うよ」
僕はすかさず、そう答えた。




