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皇帝暗殺  作者: 無銘、影虎
【第三幕】 The Pritender
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3_3 赤毛の戦士

【帝国属州ガラリア/辺境リーア】


 19歳になった。

 もちろん、自分自身であったならだ。

 軍から離れた僕はアンブロシウスに合流して、また商人としての旅に戻っていた。


 街から街の移動には乗合馬車を使ったが、僕は同時に護衛の需要があれば引き受けた。街道は帝国の誇りであり、繁栄の象徴だ。駅も整備され、旅の脅威は辺境でもないかぎり少ない。

 僕たちは異民族の土地に近い辺境を旅していたから、ときどき護衛の仕事はあった。兵士は軍隊に志願したほうが給金や生活が確保されるので、そっちに流れる。だから、街道でのちょっとした「剣の仕事」は見つかる。


 ある時、乗合の馬車で、ある兵士に出会った。

 真っ赤な、燃えるような髪色をしていた。

 そして、装備を見なければ兵士とは思えない第一印象だった。

 無骨な兵士とは対極にある、彫像のように整った美しさがある。


 ……が、とても口の悪い男だった。


「なにジロジロ見てやがんだ、あ!?」


 たしかに、乗合馬車に兵士がいる物珍しさにもあいまって、注目してしまっていた。

 その男は、さらに僕が剣をぶら下げているが、とても使い手に見えないとつっかかってきた。

「お前みたいなツラのやつはよく見るぜ。人を脅して食い物にする輩だ。剣をぶら下げてても、どうせはったりだろ」

 僕がおとなしくしているとさらに突っかかってきた。虫のいどころでも悪いのか。兵士が血の気が多いのには慣れっこだ。常に死と隣り合わせだからか、自分が優位であることを確認したがる輩が多い。つまりこのやりとりは自分の生存確率をあげるための儀式でもある。くだらない、と思う一方、理解ができるようになってしまった。


 それにしても、初対面で悪党呼ばわりか。

 たしかに自分でもそう思う。正直、自分の意識と人の見る目に乖離があるのに、この数年は悩まされてきた。

「人相が悪いのは認めるよ。でも僕が剣を持っているのはただの旅のお守りさ。あとときどき獣を狩るのに必要でね」

 すこし温和な話し方をする、たいていはこれで第一印象を変えられる。


「似合わねー、というか気色悪い喋り方だな」

 言いつつも警戒は解けたようだった。

 肩透かしをくらったかのように、高圧的な態度は解かれた。

 馬車の護衛で野盗に襲われたことなど一度もなかったから、これは事実だった。

 実際、いまも見晴らしのよい場所だったうえ、荷が少ないので僕も馬車に乗せてもらい、こうしてのんびり、おしゃべりしている。


「俺は辺境で2年死地をくぐってきた。軍司令官の側近だったんだぜ」

 若そうに見えるが、ずいぶんといい身分のようだった。それから男の自慢話がはじまる。戦闘は密集陣形の槍部隊が主力だが、騎兵の動きが戦局によっては勝敗を決めることも多々あるという。そして、投擲の一撃で異民族仕留めたことも、馬から降りて剣で喉を突いて殺したこともあると語る。


 アンブロシウスは興味がなさそうにそっぽを向いている。

 血生臭い話も戦争の話も嫌いなようだった。

 僕ももう戦争のことは思い出したくない。戦功自慢なんて、まるで興味がない。

 どれだけ勲章をぶらさげても戦士はいつか死ぬだけだ 。


 僕たちが薬草や雑貨、魚を売って旅していることを話した。

「気楽なもんだな。それで、ずっと旅して終わりか?」

「終わり、とは?」

「なんの目的があるんだ? 金がたまったらどこかに腰を落ち着けるのか?」


 旅の目的、かーー。


「いろんな街や景色、人を見てみたいと思っているけど、その先はまだ……」

「お前人相悪いくせに、ガキンチョみたいなこと言うな。そっちのじいさんは旅をするような年でもないだろ」

「人はいつまでも旅人よ。そういうおぬしは軍役が明ける年にも見えぬが。もっとも、貴族の子弟が戦場を離れるのには〈わけあり〉なんじゃろうが」

 アンプロシウスがようやくしゃべったと思ったら、いらぬ挑発だ。

「ちっ」

 男は舌打ちしたが挑発にやり返すことなく、そのまま黙った。


 しばらくすると道は森に入る。舗装がしっかりしておらず先日の雨もあって少し悪路だ。ゆっくりとしか馬車が動かせないので、僕は馬車を降りて、警戒行動に出る。狙われやすい状況だからだ。

 すると、兵士の男もまた馬車を降りた。

「オメーだけじゃ頼りねえからな」

「僕の仕事なんだ」

「タダで手伝ってやるよ」

 血の気の多いと言うか、剣をふるいたくてしょうがないといった感じだ。

 鎖帷子にマント、装飾のほどこされた脛当て。たしかに貴族かもしれないが、どうしてこんなところにいるのだろう。

 それと、意外と背が低い。ほんとうに戦場で活躍できたのだろうか。

 はったり、じゃないよな。

 そういうやつはわりといた。とくに僕と同じくらい実績のない兵士だ。


「俺はガイウス。お前の名前は?」

「僕はアルトリウス」

「アルトリウスか。実はさ、俺は兵士を辞めたんだ」

「軍をやめたってこと?」

 軍役は最低でも12年あるはずだ。それを終えた年にはとても見えない。

「ああ。お前のツレのじじいが言った通り〈わけあり〉でさ」

「そう」

「だからさ、俺もさ、ないんだ、この先の目的が」

「……」


 僕は周囲を警戒しながら、というつもりだったが、この話がひっかかって注意が散漫になってしまった。


 その時だった。

 空を切る音がして、矢が飛んできた。馬車の側面に当たる。

 僕とガイウスは反対の側面に回る。

 だが次の矢が御者を直撃してしまった。

 矢はまだ飛んでくる。

 悲鳴があがる。馬が脚を大きくあげ、馬車が揺れる。馬も射られたようだ。

 僕は姿勢を低くしながら視界を確保するために動いた。

 と、同時に野盗が姿を現した。

 一人、二人、三人……剣を抜いて走り向かってくる。

 矢を放ったのも複数だろう。五人か。

 一人が馬に襲い掛かり、首に刃を突き立てる、馬が跳ねるように暴れて襲撃者とぶつかる。その倒れた的にガイウスが素早く剣を振り下ろした。

 さすがに兵士だ。戦さ自慢も伊達じゃなかった。


 森からまた二人出てくる。おそらくもう矢は飛んでこないだろう。

 僕も馬車の影から飛び出し、ガイウスに襲い掛かろうとしてい敵の背中を蹴った。ガイウスは倒れかかる相手を下から突いた。

 今度は側面の敵が僕に襲いかかるが、剣でうまくはじけた。

 走り込んできた残り二人も足を止め、三対二で睨み合う形になった。

 敵は目配せでなにやら合図を送っている。

 そして僕の目の前のやつが僕に襲いかかる。僕は左に回避する。

 同時に残りの二人はガイウスを挟撃した。初手をかわしたガイウスだったが、巧みに前後をとられて、体をひねったときに腕と脇腹を切られたようだった。


 続いて、腹に蹴りが入る。

 僕は気を取られてしまっていた。目の前の敵に集中しなくては。

 だが、目の前のやつは襲ってこない。

 まるで、ガイウスを始末してから数的優位になるのを待つように。

 実際、少し背後の様子を気に掛ける仕草が見えた。

 仕掛けるしかなかった。僕は一気に間合いをつめ、重心の低い位置から肩で突き上げる。よろけたところを首を一閃した。

 前方の視界がひらけると、ガイウスが倒れていた。

 ひとりは覆い被さって剣を振り上げていた。


 僕はありったけの大声をあげる。

 それで注意がこちらに向いた。するとふたりは僕に標的を変える。

 二人がいっせいにこちらに走ってくる。

 角度がわずかにひらいている。同時に対処できそうにない。

 だが、一方が、突然転んだ。


 〈足枷〉の魔法だった。


 僕は一方に集中して、剣を交える。渾身の力で、最短の剣筋で打ち込む。

 完全に攻勢になっている。

 その時、転んだもういっぽうが、立ち上がって、なにかを拾っていくと、逃げていった。それを見た僕の相手も背を見せ駆け出した。


 僕は一瞬、追いかけようとしたが、冷静になって踏みとどまった。

 そして、ガイウスの元に向かう。

 気を失っているようだった。

 出血は左腕はともかく、脇腹の損傷のほうがひどいように見えた。


 アンブロシウスが馬車から降りて、ガイウスの容態をみている。

 その間、僕は周囲を警戒している。

 馬をやられたからにはここからは徒歩だ。

 御者は戦いが始まって早々、反対の森に逃げていた。

 積荷はぼくたちと、街へ運ぶいくつかの預かり荷だけだ。


「うっくっ!」

 ガイウスのうめくような声がきこえた。

 しかし、目を覚ますほどではない。

「毒じゃ。刃に刷り込まれたものじゃろう」

「えっ」

「解毒剤を煎じる。おぬしはそいつの武装を解いて楽なかっこうにさせておけ」

 僕は警戒しつつも、ふたりのもとに近づく。

 上体を起こし、僕はガイウスの鎧を外した。一般兵のものより豪華な彫刻が施されてはいるが、つくりは知っている。プレートの留具を外したら、鎖帷子を上から脱がす。

 腰のあたりに傷がある。出血がひどいが、いまはアンプロシウスがおいた布切れで抑えられていた。ここから毒が侵入しているようだ。

 鎧をすべて外すと、白い肌が現れる。

 頭の後ろに布を置き、安静な状態で寝かせる。

 ずっと違和感があった。

 鍛えられているが柔らかい肉体の感触。

 不思議な感覚がした。

 そして上着を脱がした後に、細長い布で包まれた胸部。見たこともない装備のやり方だった。気になって触れてみる。

 押さえ付けられているものの、柔らかく大きな乳房のふくらみが手から伝わってきた。


 女性であることは間違いないように思えた。


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