表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇帝暗殺  作者: 無銘、影虎
【第三幕】 The Pritender
24/47

3_2 百人隊長

「やってくれたな」

 〈小熊アルカス〉は、あきれた口調だったが、笑っていた。


 僕は集落に簡易的に設けられた独房に入れられていた。


 あのあと、他の部隊がかけつけて、事態はすぐに収集した。

 だが僕はこのケンカの仕掛け人として一ヶ月間の禁固刑という処分になった。

 給金も停止される。


「私の思いを汲んでくれたのなら、手を出さないでもらいたかった」

「自分の意思にしたがったまでです」

 こうして面と向かって話すのはじめてだ。しかもふたりきりで。

 百人隊長は立派な髭を蓄えていた。

 精悍な顔立ち。それでいて、とっつきやすい温かみも感じる。

 なるほど小熊なのかもしれない。


「ああしてみたい願望はあるがな。実際にやってしまったらいかんことぐらいわかっているだろう?」

 百人隊長は髭をさすりながら言う。


「でも、あなたのいう帝国の威光は、ああしなければ汚されていたのでは? それに軍規を破ったのはさいわい自分だけだし」

「バカをいえ。部下が軍規をおかせば隊長である私の責任になる。実際、私はこの軍では立場が悪い。〈帝国の威光を汚す〉やつらのほうが多数派だ。私を処分する口実を探してばかりいるやつらだ」


「なるほど、それを恐れて手出しができないと!」

 遠慮なくそう口にすると、怒りが湧き上がってきた。

 えらそうなことをいい、実際にはなにもしない、そういう人だったのか。

 僕はこの人のことをなにも知らない。だが尊敬できそうな人だった。

 比べる対象がいないが、少なくても他の部隊の様子を見ていると、そう思った。

 だけど、できもしないことなら最初からやらねばいいのに、と心で罵った。


「これは手厳しい。私に対してそのような口をきく者ははじめてだ」


「〈友人は批判する。友人を持たぬ者は危うい〉」

 領主様の言葉が、さっと出た。


「うむ。お前は見た目によらず学があるようだな」

 そう言うと百人隊長はまた大声で笑った。


「……」


「それに、そのいかつい人相に似合わず、とても美しく残忍なものをもっているようだ」

「美しく残忍?」

「無垢というのかな。未熟な子どもが宿すものだ」

 18歳。実際の僕は大人から見れば幼いのだろう。

 この不思議なやりとりに僕の怒りは少しずつしぼんでいた。


「帝国軍は腐っている。さっきも見た通りだ。いまは辺境の略奪組織に過ぎない。異民族の抵抗は年々強まるばかりだ。本来であれは綿密に戦略を立て、必要な軍を編成し、敵の主力を一気に叩き、主要な街を占拠したら終わりだ。ここまで戦争が長引いているのは戦略もなく、略奪目的の小戦闘を続けてばかりいるからだ」


「なぜ、できないのでしょうか」


「軍が組織として機能していないからだよ。人事に関しても賄賂で決まる。この属州の総督は、元老院に決定権がある。つまりあの出世争いをしている連中の、利害が一致した人物が名ばかりで送られてくる。いまいる総督も司令官もみな戦争を終結させることより私腹を肥やしたり、任期を平凡に終えて経歴だけ都に持ち帰りたいやつばかりさ」


 衝撃的だった。国防のために勇敢に戦う帝国の兵士たち。

 そう喧伝されてきたものとはまるで違う。

 誰もが国のためではなく、私利私欲に剣をふるっている。


「隊長、あなたはこの状況で満足なのですか?」

「ほう、いきなりなんだ」

「あなたにはきっと理想がある。それを叶えられない壁がある。いつ死ぬかわからない戦場で、その壁に囲まれている。満足ですか?」

「少年のようかと思えば、老賢者のような問いかけだな――。無論、すべてが満たされていることはない。誰でもそう答えるのでは?」

 ニヤリと片方の口角があがる。

「だから満足すべきだと?」

「政治は難しい。考えと行動が矛盾する場合もある。しかし、目指す場所は変わっていない」

 うってかわって真剣な眼差しになった。そのたたずまいは山のようだった。

 僕はどこへ流れていくかわからない川のひと雫のようだ。

「険しそうな道ですね」

「時がくるのを待つしかない。神が〈それなりの地位〉を与えたもうたならば」

「〈それなりの地位〉? 皇帝にでもなるおつもりですか?」

 皇帝は軍人としての実力が必須だ。

 ありえなくもないだろう。

「位人臣を極めて〈それなり〉とは言わんだろう! がははは!」

 僕の口からも息がふきだした。


「ふむ。正直に言って権力はほしい。少なくとも昨日の騒ぎを自分の力で収められるからな、だが、それだけよ。私が望むのは、かつての帝国の栄光、美徳、そして市民としての誇りよ。いま、それを失ったから、帝国は強さを失った。帝国軍が腐敗し、弱くなったからこそ、戦争が長引いている。そう考えている。私がその腐敗につきあってもその流れを助けるだけになろうよ」


「隊長に〈それなりの地位〉がめぐってくることを祈っています」


「お前は興味深いよ、アルトリウス。一兵卒にしておくのはもったいない。正規兵にならないか?」

 思いもかけない言葉だった。


 兵士は明日死んでもおかしくない。生死をかけて母国のために戦う兵士が、こんなにつまらないものだと言うことに絶望していた。どんなに勲章をぶらさげても、そんなことになんの意味もない。だけど、この男の理想は見てみたい。希望のあるものだった。入隊してからはじめて感じた希望だ。

 しかし、それに付き合えるほど、僕の命は長くない。


 感謝とともに辞退を申し上げた。



 ※  ※  ※


 実は、この後百人隊長も処分されていた。軍内部では百人隊長の政敵しかいないので、最悪処刑が考えられたが、軍人としてあまりに有能すぎて、数ヶ月の職務停止と、その後の無給軍務が言い渡されていた。

 つまり、軍部では、力はつけてほしくないが、力は使いたいということらしい。

 独房の看守役である同僚がそんなことを教えてくれた。

「隊長みたいなのが出世できずに、いいように使われちまうのってなんともいえないなぁ?」

「ああ」

 僕はそっけなく答える。

 たしかに彼は損な役回りばかりだ。正しさと力をもつものが上に立てない。それが世の中というものなのか。なら権力者たちはなにをもって権力にたどり着くのだろうか。

「部下に人気があるより、上官に気に入られた奴が出世するのさ」

 看守は僕の考えを見透かしたようにいう。

「そうみたいだな」

 なぜか僕はなっとくしてしまう。


 〈理想は美しいが、パンのかわりにはならない〉

 領主様の言葉がよみがえる。

 いっぽうで、

 〈理想なき屍にパンはいらない〉

 という言葉も。


「そういや、この集落族長の妻子がいたんだとよ」

「族長?」

「ジェントリクスっていうこのへん一帯の部族さ。小さい部族だけど精強で、とくに族長の強さは有名だぜ。ただ、いまほかの部族とのいざこざがあって留守にしていたらしいんだ」

「そこを狙ったわけか」

「そう。で、その妻子が見つかったんで、いま街の広場で磔にされている」

「なんだって!」

「見せしめなんだろうよ……なんだよ、怖い顔するなよ、隊長みたいだな」

「……」

小熊アルカスの旦那も『無用な恨みをかうべきではない』と軍司令にえらく抗議していたが、当然、聞き入れられなくってな。いまとんでもなく不機嫌になってるぜ」

 敗者の生殺与奪は勝者のものだ。

 だが隊長の言い分はよくわかる。秩序のない軍隊など盗賊とかわりはしない。

 かつての帝国には誇りと礼節があった。そんなことを言ったのだろう。


 ※  ※  ※


 二日後の夜。

 寝入りばなに周囲から騒ぎ声が聞こえてきた。

 怒声と悲鳴が入り混じっている。

 直感的に敵の奇襲とわかった。

 僕は立ち上がり、耳を澄ませ、時折、高い位置にある壁の子穴をのぞいた。

 しばらくすると赤々とした光が入り、火の手が上がったのがわかる。

 逃げ惑うような声があちこちで聞かれる。かなり混乱しているようだ。

 この集落に入った戦闘部隊は二個中隊だ。

 野盗の襲撃なら、ここまで派手に攻め込まれないような気もするが。

 いや、これだけの兵が駐屯している場所に盗賊など出ないか。


 そこへ、看守役の同僚がやってきた。

 看守役だが、いつもいるわけではない。というか、日中おしゃべりにやってくるくらいだ。

 そいつは血相を変えていた。

「ジェントリクスだっ! 妻と子どもを取り返しにきた!」

「なんだって!」

 ということは兵隊だ。

「数は少ないようだが、味方が混乱している、誰も指揮できていない。逃げ出しているやつもいる!」

 看守は早口に言うと、慌てて腰にかかった鍵を取り出す。

「隊長から、お前を出すように言われた。は、はやく逃げようぜ!」

 がちゃがちゃと震えたてで錠を開けようとして、手間取っている。

 かちゃり。

「じゃ、じゃあな!」

 ようやく開いたかと思うと、看守は一目散に走って建物を出た。


 僕も急いで外に出る。あちこちで火と煙があがり、兵士たちが交戦している。

 味方の死体もあちこちに転がっている。

 どうやら、劣勢のようだ。

 僕は戦死者の長剣を拾い上げて、広場のほうを目指す。

「退くな! 戦え!」

 隊長と何人かが固まって敵を倒していた。

 その時、〈蛇〉の一団と遭遇する。

「なにをしている逃亡は軍旗違反だぞ! 貴様は指揮官だろう!」

 〈小熊アルカス〉は怒鳴りつける。

「た、退却だ! 逃亡ではない!」

「そんな命令は出ていない!」

「黙れっ! 司令殿は見当たらないっ、そっ、そうだ、戦死されたのだっ、したがって私が次席として軍令をだすっ、退却だ。お前に伝令を命ずる!」

「指揮官が真っ先に逃げるなど、あってはならん!」

「うるさいっ、そこをどけぇ!」

 〈蛇〉はあろうことか、味方に剣を向けた。

 周囲の味方はどうしてよいかわからず、二人の争いを見守る。

 そのとき、広場に近い建物が燃え尽き崩落して、はげしい炎が上がった。

 雄叫びがあがるとともに敵が傾れ込んできた。

 僕も急いで助太刀に向かう。


 その時、百人隊長とやりあっていた〈蛇〉がどうっと倒れた。

 背中に矢を受けている。

 背後の炎からゆっくりと長髪の戦士が現れる。

「ジェントリクスだ……」

 兵士のひとりが恐怖とともに口にする。

 寡兵ながらいつもレムシア軍に煮湯をのませてきた男。

 幼い頃は戦争捕虜としてレムシアで育ったという。レムシア軍にも身を置いたことがあり、のち逃亡して故郷で部族長になった。レムシアの内側を知るやっかいな敵であった。

 そして、いまその顔は怒りに満ちていた。

 傍に曳いている馬の背には人が乗せられている。おそらく救い出した妻子だろう。

 しかし、積荷のように乗せられているそれは、ぴくりとも動かない。

 炎を背後にしたその姿は、まるで冥界の神のようだった。


「貴様らを殺したあと、毎日ひとつずつレムシアの街を焼き払ってやる!!」

 ジェントリクスはレムシアの言葉で高らかに宣言すると、突撃してきた。

 百人隊長も同時に駆け出し、刃を合わせると、一騎打ちの様相になった。

 僕も声をあげなかせら敵なかに突っ込む。

 混戦になり、敵と味方の区別がつきにくい。

 僕近くにあった兵士から弓矢を取り上げると、隊長が戦っている一帯に眼を向ける。

 隊長はジェントリクスと打ち合っている。そこに割ってはいる敵も味方もいない。

 この闘いに手出しできる者はいないだろう。いや、手出しすることが、戦いを冒涜することのように思えた。

 だが、敵にはそれがお構いなしの連中がいた。

 弓矢をつがえた異民族がいる。二人。いずれも百人隊長をマトにしているのがわかった。

 こちらには気づいていない。

 僕は集中して弦をひきしぼる。ひとりにむかって放つと、武装されていない首筋をとらえた。

 激しい血飛沫があがり、もうひとりの狙撃手に動揺があった。

 僕はその隙を見逃さず、もう一矢はなつ。これも顔面をとらえた。


 背後の殺意に気づいて振り返った隊長が、事の顛末を理解して、異民族の親玉に全部の集中を捧げた。

 少しだけだれど、僕に向かって微笑んでいたような気がした。


 わずか数分だった。

 僕のまわりは敵も味方も戦死者ばかりだった。

 隊長は無事なようだ。

 炎が起こす上昇気流がマントを吹き上げている。剣はおろして直立している。

 目の前ではジェントリクスが腹から大量の出血をして、片膝をついていた。

 やがて剣を杖にして立ち上がると、よろよろと妻子をのせた馬のところに戻る。

 隊長はだまってそれを見ていた。

 ジェントリクスは妻子の頭をひとなですると、背後の炎に向かって走り出し、やがて包まれるようにして消えていった。

 隊長はそれを見届けると、踵を返した。

 ふと、僕と目が合う。

 そのときの表情になにが込められていたのか、僕にはわからなかった。


 ※  ※  ※


 大将の討死によって、ジェントリクスの部族たちは四散していった。

 百人隊長は兵を招集し、指揮系統を復活させると、鎮火作業を指示した。

 しばらくして、司令の遺体も見つかった。首が落とされていた。

 被害は大きかったが、逃亡兵も多かった。

「これほど無益な戦いはないな……」

「……」

 そばにいた僕に語りかけたのか、それとも独り言か、百人隊長は言った。

 あの現場で近くにいてから、隊長は僕にあれやこれやと伝令役などを指示してくるので、そばにいなければいけないような気がしていた。

「それにしても、いい働きだったな」

 今度はまるで、我に返ったようににこやかに話しかけてきた。

「はい……」

「うかないな」

「隊長と同じです」

「そうか」

 その後は隊長が兵をとりまとめた。

 すでにかたちばかりではあったが、僕は処分を軽減されて隊に復帰した。

 バゼリア属州の軍は再編され、〈小熊アルカス〉は功績によって筆頭百人隊長になった。


 それからはあまり戦闘の数は多くなかったが、なぜか僕は百人隊長の近くで戦うこととなり、ときおり兵舎に呼ばれ、酒をふるまわれた。なぜそんなに気に入られたのかはわからない。

 期間の満了にともなって軍を離れるとき、百人隊長は、メダルの勲章をさずけてくれた。表彰されるような活躍はしていない。

「これは私が最初にいただいたメダルだ。お前はあの頃の自分を思い出させてくれた」

 素直に受け取ることにした。


 裏には隊長の名前とともに、銘が刻まれていた。

 〈誇りある命に、誇りある戦いを〉


 僕は運良く戦死することもなく、いくばくかの給金を手に入れた。

 しかし、ここでいくつか言葉をかわした何人かが、命を落とした。

 愉快に語り合っていた笑顔が、翌日には血にまみれていた。

 彼らの命は辺境の殺し合いで散った。

 とても誇りあるものだとは思えなかった。


 満足な死だっただろうか。


 僕は満足な死を迎えられるのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ