3_1 志願兵
【北の属州バゼリア。国境の軍営地】
僕が〈アルトリウス〉を名乗ってから2年が過ぎた。今年で18歳になる。だが、この悪党はいったいいくつなんだろう。名前も知らない悪党。
命が終わるのが、あと2年。
僕は帝国の兵士として、1年間を北の辺境バゼリアで過ごすことにした。
生産的な働き手の不足のために市民の軍役が志願制にかわってからだいぶ経っていたが、異国と領地を接する属州ではまだ市民権をもたない新属州人、征服した土地の、本来敵であるはずの異民族などを積極的に応援兵として募兵していた。僕は自由市民の身分証があったため、正式な軍役ではなく傭兵として1年の臨時募兵に志願した。
非常に珍しいことだった。
「武勲で名を上げたいという貴族の子弟も、この頃にはありえないのに、自由市民が志願してくるとは。しかもスプリアからだと? よほどのもの好きだ」
採用官はそう言った。
僕は毎日考えた。
悪党の姿になり、故郷も失った僕は家族をもつこともないだろう。
目指していた父さんのように生きることはもうできなくなってしまった。
毎日の仕事で汗をかき、ときどきおいしいものを食べる。たしかに幸せに感じる。
でも、それになんの意味があるんだろう。
アンプロシウスの言う、〈自分で納得のいく人生〉ですら見つからなかった。
兵士になろうと思ったのも思いつきに過ぎない。
本来、帝国の市民は兵士になる義務があった。しかし、いまでは貴族だけがその義務を負う。貴族は戦うことで国家に貢献し、だからこそ特権的な身分であった。そして裕福な市民が貴族になるために兵士に志願する。軍の実績は公職における出世に不可欠だからだ。しかし、戦闘地域が拡大しているいま、帝国では兵力は慢性的に不足している。
不足した兵力は支配地の異民族が徴兵される。それが当たり前になっていた。
兵士は帝国に繁栄と平和をもたらす英雄だ。
いまでも尊敬を受け、退役軍人には相当な褒賞が約束されている。
だが、どんな褒賞も僕には身が余る。
「帝国を、故郷を守るために」
この短い命を捧げる。
〈死〉のなかに飛び込むことで、〈生きる意味〉を考える日々から逃れたいと考えた。
「好きにするがよい」
アンブロシウスは予想通りの答えだった。臨時募兵のため、1年で暇になる。その頃にまた落ち合って、どうするか決めるということで落ち着いた。正式に軍についてもいいし、また旅に出るのでも。
「これを持つがよい」
アンブロシウスはそう言ってひとつの首飾りを僕に差し出した。
「魔石?」
僕もたったひとつとはいえ、魔石を使って魔法が使えるようになったことで魔力が感じられるようになっていた。この首飾りにつけられた魔石はかなり強い魔力を感じる。
「そうじゃな。良質なものじゃ。足かせ程度の魔法なら、なかなか砕け散ることはないじゃろう。大きな魔力があるゆえ、それを身につけておれば、ワシが魔力を感じ取っておぬしのいどころを知ることができるじゃろう」
そうして僕はアンブロシウスといったん別れて、兵士になった。
※ ※ ※
兵士としての正式な訓練を受け、僕はたびたび戦場に立つようになっていた。
スパーダといわれる長剣に盾を携え、投擲部隊と弓隊の初手が終わったら百人隊長の号令のもと、突撃する。人を殺すのは動物を殺すのと同じではなかった。食うためではない。
なにも知らず平和に暮らす帝国領民のため、その生活を守るため。
何度目かの出陣で、多くの戦功を上げた時はとても誇らしい気分だった。
戦争にはある種の高揚感があった。苦悩など感じる余地もない単純さ。
剣を叩きつける、かわす、駆ける、雄叫びをあげる、汗をぬぐう。血をぬぐう。
戦場には哲学もなかった。
はじめての大きな戦闘で僕は少なくとも2人の敵を討ち取った。
この活躍を父さんに伝えたいと心底思った。
本来なら僕は兵役につける年齢ではない。
でも大人に混じって、遜色のない活躍ができた。ただただそれが嬉しい。
はじめの頃はそう思っていた。
だが人は慣れていく。戦いに出れば沸き、戻れば萎えた。
祝勝の輪に僕は入れなかった。
僕は戦士ではなかったのかもしれない。
異民族の抵抗は激しく、組織立っているようで、戦術的には常に奇襲があった。
両軍が大挙して目見えるような会戦などはほとんどなく、レムシアの国境を襲う異民族の攻撃を防衛することが主な仕事だった。
帝国もやられているばかりではない。新しい兵糧が支給される秋には、現地で臨時の徴収を行い、異民族の拠点を襲った。
久しぶりだという制圧戦。
かつてない動員がなされ、すでに勝負はみえていた。
このとき、レムシアの軍は異民族の街で略奪の限りを尽くす。食料はすべて接収され、男も女も奴隷として捕らえられる。奴隷は帝国にとって重要な労働力だ。というより大半の労働は奴隷で賄われている。
異民族の国に接していない帝国の領土は多くある。スプリアも当然そうだ。
そうした街では辺境の帝国軍の武勇が輝かしい物語として伝えられている。そしてその中から皇帝が生まれることも多い。その勲功をたたえた記念の建造物も帝都には多くあるという。
しかし、僕はこの頃から違和感を感じていた。
こうして、街を破壊し、異民族を奴隷としてとらえ、帝国はその繁栄を得ている。
それにしても、目の前に広がるのは、目を背けたくなるようなものばかりだ。
敵の砦を落としたレムシア軍はそれから隊を分け、周辺の集落を襲った。略奪が目的だ。
異民族はいま、部族間の争いごとがあり、そちらに兵を割かれているという情報があった。
実際、兵はほとんどいなかった。
軍司令官は集落に対して降伏勧告を発したが、返答を待たずに略奪がはじまった。
抵抗するものは容赦無く切りつけられた。
異民族といえど、見た目になにも違わない。いや、見た目が違っていたとしても、武器を持たない人々が次々と殺されていく。僕が毎晩苦しめられている死が、抵抗するまもなく繰り広げられる。兵士ではない者の死には違和感しかなかった。
そればかりか、帝国軍が略奪のために争ってさえいる。
その過程で仲間同士ですら住民の殺戮を競い合っているようだった。
帝国市民ではない野蛮なやつら? 良識を持ち合わせていない異民族だから? 言葉が通じないから?
異民族の女を陵辱しようとしていた兵士の姿が見える。この戦争の最中で。ありえない。軍規でも、明確に禁止されている。
僕にはその女性にフィアナの影が見えた。
「略奪をやめよ!! 軍規違反であるぞ!!」
百人隊長が大声を上げる。
僕の所属する部隊の長だ。たしか〈小熊〉とあだ名されている人物だ。
その通り、熊のような大きな体型、たっぷりとたくわえられた髭面。
小熊の百人隊長は、陵辱しようとしていた兵の襟を掴んで引き剥がす。
しかし、町の蹂躙はその程度では収まらない。
「誇り高き兵たちよ 異民族は未来の帝国の一部だ! 帝国の威光こそ見せよ!」
こんなことをいう隊長はただ一人、ほかの部隊は隊長自ら率先して掠奪している。
そればかりか、邪魔立てをする百人隊長とほかの部隊が一触即発の状態になった。
「なんだお前は、司令官にでもなったのか!」
〈小熊〉は取り囲まれている。別の隊の隊長だ。勲章がたくさん付けられた鎧を着ている。
たしか、司令官の覚えめでたくこの軍の中でいずれ軍幹部になるとの噂がある男だ。蛇のような目をしているので、僕のなかでは〈蛇〉と名付けていた。
「皇帝陛下、レムシアの神々に恥じぬ行為といえるか!」
隊長の言葉は、僕には虚しく聞こえた。この凄惨な地獄を前にして、それを見ていない者の言葉のような気がしていた。
「司令官殿はお許しになっている。すなわち皇帝陛下のご意志よ!!」
〈蛇〉は堂々と言い返す。
「……」
「お前よ、こんな辺境で軍人やってて、ご褒美もなく、戦う兵士を楽しませてやりたいと思わねえのか。こんなやつの隊にいるやつは気の毒だな」
〈蛇〉が自分の部隊を煽った。
歓声がわく。
隊長が黙っているのを見ると、〈蛇〉は唾をはき、また略奪をはじめた。
「これは戦ではない、無用な手出しはやめろ!」
百人隊長はまた略奪兵の妨害をはじめた。
彼の部隊のものは略奪こそしないものの、隊長の行為にも手を貸さない。
僕もそのひとりだった。
そもそも、この部隊は多くが支援兵だった。異民族や市民の資格をもたないもの、それに僕のような変わり者の志願兵など、正規の兵士は少ない。隊列を組む正規兵とは別の動きで戦闘を支援し、時には最前線で露払いをする特別な部隊だが、寄せ集めゆえか格下のような扱いを受けている。
だが、実際の勲功はどの部隊よりもあげている。ほかのどんな部隊よりも勇敢で、まとまっていた。ひとえに百人隊長の人望によるものだったろう。訓練も熱心だった、恩賞は平等だったし、下等な兵にもよく声をかけていた。結果、戦功の多さに比して戦死者が少ない。
ほかの部隊はその突出した戦功を妬んでいた。
〈異民族の寄せ集め部隊〉
それが、ことさら強調され、功が抜群であっても恩賞は他部隊と同じだった。
〈蛇〉の部隊は、戦士ではない、子どもや女性をまるで人間ではないように扱う。
それを目の当たりにして、僕の部隊の異民族出身者は黙っていられない。かつての自分たちが凌辱されているにほかならないからだ。
だが、隊長の命がなければ動けない。
僕には我慢ならなかった。
〈どう生きたか、だ〉
領主様に死者の国で再会し、問われたときのことを想像して、恥を感じた。
どうせ死ぬ命だ。命令違反だろうが、自分の心のままに動いてやる。
「うぉーーーーーーっ!!」
老人に暴力をふるう、〈蛇〉の配下を殴りつけた。
意表をつかれた相手は、仰天し、僕はそのまま覆い被さって、そいつを殴り続けた。
それが合図かのように、僕らの部隊の異民族兵が同様のことをはじめた。
百人隊長が制止するが、収まらない。
街の一角は味方同士の争いが繰り広げられた。




