9.
「では、婚約白紙の件はそのように。まぁ、色々と言ってくるだろうがオリヴィアを矢面に立たせる気はないし、これは王家と我が家の契約だ。私にすべて任せなさい。…当主として最後の仕事が娘の幸せを守るためだなんて最高だね」
「父上!! 最後にしないでください!」
気負いなく笑って今後の交渉を丸投げしなさいというお父様はすごい。なにより…
お父様が矢面に立つ…?
すべて任せていい?
えっ、本当に??
すごく! すごく!! 嬉しい!
おかしなことに婚約解消すると宣言してくださった時よりも気分が高揚してくるのを感じる。
霧がかって先の分からない道がすーっと晴れていくような。
すぐに怒鳴るリチャード様やいつでも悪意を向けてくる王妃とはもう話すらしたくない。
私にとって一番の負担はあの2人と話すことだったのだと、自分の正直な気持ちに気がついた。
申し訳ないけれどお父様が全てを引き受けてくれるのは本当に、本当にありがたい。いっそ拝みたくなってしまう。
新しい視点 を取り入れた今、リチャード様にとって、私はラティーナ様との時間を邪魔するいけ好かない女であり、将来の伴侶になる相手と言うよりは便利な臣下だったんだろうな、と冷静に分析できる。
王妃様に関しては、うん、あれはマウントをとられていたんだな…、としか表現のしようがない。
マウントも何も、あなたが王妃でこの国の女性の頂点なんですが。
時折、ふと序列の確認をしたくなるのか王妃はオリヴィアの足元に扇子をわざと投げ落とす。そうして笑って「あら?」と首をかしげるのだ。
本来、それは王妃のそばで控えている侍女が拾うものだ。もしくはオリヴィアの侍女が。
王妃に限らず貴族令嬢が、腰をかがめて自分で拾うことは公の場ではまずしない。
それを公爵令嬢のオリヴィアに拾わせようとするのは明らかな侮蔑だ。
躊躇した様子を見せると「王妃を侮っている、無視をした」「未来の義母への気遣いのない傲慢な子」と言われ、拾えば「王子妃になるものが卑しいことを」と詰られる。
私の後に控えていた王宮の侍女たちはもちろん王妃の意を汲んで黙ってみている。
苦肉の策で「汚れてしまったようですので、かわりにこちらをどうぞ」とオリヴィアの扇子を差し出せば、味をしめて古い扇子を足元に落とされる事が続いた。
公爵令嬢で裕福なオリヴィアの持ち物は王妃の所持品と遜色はない。
むしろドレスや宝石に予算をつぎ込んでしまう王妃は小物類にはあまり予算を割けなかったのかそこそこの物
をお持ちだった。
あれ以来、「未来の義母に感謝を込めてプレゼントしろ」と言われるようになったんだった。
私が餌を与えていたんだな、と気がついて何とも言えない気持ちになる。
そんな王家の相手をお父様がしてくださるの…?
本当に?
お兄様には悪いけれど、婚約破棄でも白紙でももう何でもいい。
関わるだけで精神の負担になる。
乙女ゲー厶の主人公や前世の記憶を思い出した少女漫画のヒロインであれば、リチャード王子とぶつかりながらも歩み寄り、王妃に認めてもらうように努力するのかもしれないけれど…。
あれらは努力で和解するとかそういう次元ではなく、オリヴィアの存在そのものが気に食わない人たちだ。
婚約に関することは当事者である私も出向かなければないないと覚悟していたけれど、それが無くなる!
「お父様…頑張ってください…本当に本当に、全力で頑張ってくださいませ」
思わず胸の前で指をくんでお父様に向かってお祈りをすると、引退するしないでお兄様で遊んでいたお父様は「任せろ」と力強く請け負ってくれた。
…お父様、本当に爵位をお兄様に譲るおつもりなのかしら? 冗談だと思っていたけれど、かなり本気なのかもしれない。