8.
「作戦会議?」
「そう、作戦会議だよ。正直ね、オリヴィアの考えている通り王族との婚約を破棄することはとても難しい。だが一方で王族だからこそ国益にならない婚約者の挿げ替えなんてものは簡単におこるとも言える。条件さえ揃えてしまえばね」
お父様の作戦は至ってシンプルだった。
王妃として求められるのは教養や気品、実家の権勢だと言われるがそれはすなわち公務をこなせるだけの能力や後ろ盾ということ。
そして王妃として最大の責務として求められるのは世継ぎを産むことだ。
もちろんクレアモント公爵家が今すぐに没落するということはないが、オリヴィア自身が身体を損なったということにすればいい。
幸いというか、先日私の不調が叫ばれ、父と兄がなりふり構わず王城を疾走し駆けつけた上に、次期公爵である兄に直接抱きかかえられて公爵家へ帰ったことは王宮ではちょっとした騒ぎになっていたらしい。
私の執務室から最短ルートで馬車まで運んだため、意識もなくぐったりとした私を王宮に務める侍女や侍従はもちろん多くの貴族が目にしていたという。
…人目の少ないルートを選んでる余裕はなかった、とお兄様は言ったが紳士的なお兄様が意識を失った私を人前に晒すなんてことを躊躇しなかったはずがない。
「もう無理」だと言った私に、こういう事態を計算していたのかもしれない。
チラリとお兄様を伺うと、一つ頷いて苦笑をされた。
…やっぱり確信犯だったか。
人事不省の姿は大勢の人に見られているし、『王妃として公務を務められる身体ではなくなってしまった』と、婚約の辞退を申し出るだけでいい、ということだ。
お父様は難しいと言いつつもまるで簡単なことのように語る。
お兄様も私にひっついていた身体を離してお父様の説明を聞いていたが、眉間にぎゅっとしわを寄せた。
「父上、それでは我が家の方針として破棄ではなく白紙にするということですね? それだとヴィアの評判が落ちてしまいます。俺は納得いきませんが」
「まぁ、そうだね。本心としてはあの阿呆共のツラに破棄を叩きつけて再起不能にしたいところだけど。でもねクロード、目先の利益に目をくらませて目標が達成できないことのほうが大損だ。まずはオリヴィアをぼんくら王子の婚約者という枷から外す」
「そうですが…」
婚約白紙か…
婚約破棄と婚約白紙では大きく違う。
婚約破棄は、一方に過失があって婚約解消となるが、婚約白紙はもともとの契約自体を無かった事にするという双方に不利益のない解消の仕方だ。
貴族間の婚約では経済状況や派閥などが変わり、利がないと判断されれば白紙になることはままある。
王族相手に喧嘩をふっかけて過失を認めさせることよりもさっさとこちらが一歩下がり、健康上の理由から婚約を辞退する。
つまり、王家に対して何も報復ができないということ。
しかも健康面での婚約辞退なら今後、私の縁談にも差し障りが出るだろう。
私としては、婚約とか結婚とかそういう話題にしばらくは触れたくはないから助かるけれど。
それでもクレアモント公爵家のお荷物になってしまうと考えると、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
お兄様は納得がいっていない様子でムスッとしてしまった。
「まだまだ若いね、クロード。もう一度後継者教育をしようかな?我ら貴族は名誉を重んじる。そしてオリヴィアは我が家の至宝。報復しないとは言っていないよ? 負債の取り立ての仕方なんて何通りもある。…我が家の本質を思い出しなさい」
口調は穏やかに笑みを含んだままお兄様を嗜めると、お兄様の肩がびくりと揺れる。
幼い頃に我が家の本質は貴族であり商人だと聞いたことがあるが、そこら辺の事情を学ぶ前に妃教育が始まってしまったため、お父様たちと我が家の事について話したことがないことに気がついた。
そういえばお父様から直接後継者教育を受けていたお兄様は昔「お父様はな、ああ見えて恐ろしいんだ…ヴィアももう少しでわかるよ…」と言ってよく空を見上げていた気がする。
少しだけ青ざめた顔をしたお兄様を鼻で笑い飛ばして、お父様は私に微笑んだ。
「大丈夫、健康上の辞退ということで少しばかり不名誉を被るかもしれないが、ちゃんと君の名誉も淑女としての称賛も、これまで頑張ってきたすべてを取り返してあげるからね」
「はい、ありがとうございます」
「もちろん、名誉を取り戻したと言っても結婚しなければならないだとか考える必要はないよ。クロードに家のことは任せてお父様とのんびり暮らそう」
「父上、それは酷いです。ヴィア、父上はまだまだ現役だからね、お兄様と領地で楽しく暮らそうね」
「ははは、若き公爵の誕生だよ」
「嫌ですよ!」
すかさずお兄様が抗議の声をあげるが、お父様は笑って取り合ってもいない。
現在、国内外を飛び回りほとんど家に帰ることがない2人がのんびり暮らすということは無理だとわかる。
クレアモント公爵家の領地経営や事業は膨大で2人で分担していても寝る暇もなく働いているのだから。
どちらか一方が抜けてしまったら大変なことになってしまう。
私の負担にならないようにのんびり暮らそう、なんて言ってくれる気持ちが嬉しい。
「お二人とも、ありがとう、ございます…直ぐには難しいかもしれませんが、できる限り私も公爵家の一員としてお役に立ちたいです…」
「ありがとう。君はまずは体調を整えて、深い疲労を取り除くことが大事だよ。まあ、その当たりはおいおい、ね」
温かい気持ちのまま、自分にできることをと口に出してみれば、私の言葉をさえぎるように苦笑したお父様の手がぽんっと頭をなでた。