7.
いつからか公爵家の娘として、王妃となり国に貢献し、その名声を高めることで生家である公爵家の利となることだと思っていたし、お父様の望みだと思っていた。
お母様が病で儚くなった後、取り憑かれたように仕事をする父を助けたくて、それでも女の私ではこの方法しかないのだと思っていた。そして、たぶん、お父様の様子を見るにこの認識は間違っていたのだろう。
お父様は部屋にいた侍女たちに退室の指示を出した。
それから言葉を選びながらも、ゆったりとしたお父様からの問いかけは驚きと何処か納得のいく言葉だった。
「ねぇオリヴィア、君はまだ王太子殿下の婚約者でいたいという思いは持っているかい?国を思い、民を思い慈しむ君の志はとても素晴らしいと思う。ただ、それを公爵領で叶えるのでは駄目だろうか?正直、私は君の父として、君が幸せになれない結婚を許すことはできないよ」
「お兄様も許しません」
私にくっついたままのお兄様もはっきりと反対の言葉を言う。
「お父様は、わたくしに王妃になってほしいのではなかったの…?」
「私は君の高い志を応援していたつもりだったんだが…」
「高い志…?」
「王妃となってやりたいことが沢山あると。自身の能力を生かせる場で活躍したいと、そう聞いているが…ちがったのかい?」
「違い、ます…」
なに、それ。
そんな高尚な思いなんてない。
だからこそ、積み上がる仕事の最善策を探すのに手間取っていたのに。
「では、リチャード殿下を慕わしく想っている、というのは?」
「まったく…全然、これっぽっちもありませんわ。お父様こそ、上位貴族として生まれたからにはその責務を果たすべく王族の妃として献身すべきだというのは…」
「我が家は上位貴族として1.2を争うほど国に貢献しているつもりだよ、納税という意味でね。これ以上の献身は必要ないかな」
頭上に疑問符を浮かべながらお父様と認識のすり合わせを行う。
お父様と私でお互いの希望を叶えているつもりが盛大にすれ違っていた様だ。
いつもお互いが時間に追われてこうやってお父様のお顔をゆっくりと見るのも久しぶりだった。
嫌われているかもしれないと怖がってお父様と積極的に関わろうとしなかった。
お父様もきっと誰かの意図で私たちがすれ違っているのだと気づいてらっしゃる。
…そして、それが屋敷の中の人間の仕業だということも。
ぎゅっと目を閉じ、腕を組んだお父様は何かを堪えるかのように一つ大きく息をつく。
「はっきりさせよう。私は愛娘をあの王家に嫁がせたくはない。オリヴィア、君は?」
胸が、どきどきする。
執務室でお兄様に聞かれたときと同じ。
本当に望みを口にしていいのかという不安とすがりつきたくなるような期待と安堵感が胸を満たす。
背中を支えてくれるお兄様の大きな手が勇気をくれた。
「婚約破棄をしたいです」
「ああ、お父様に任せなさい」
「はいっ!お願いします!」
公爵家の当主であるお父様が婚約破棄を進めてくれる。それがとてつもなく嬉しい。
議会の承認や王家からの打診、そして実際に婚約者として教育を受けてきてしまったことでもう逃れられないと思っていたことが、お父様の一言で全てどうにかなるんだという開放感がすごい。
「よかったね」
「はいっ」
ふふっ、と笑顔がこぼれだしてしまう。
ここ最近、重く息苦しく感じていた空気がほわほわとあたたかくなって軽やかになったような。
「さて、オリヴィア。病み上がりのところ申し訳ないが、人払いをしているうちに具体的な作戦会議をしてしまおうか。婚約破棄と屋敷の掃除について、ね」
笑顔で提案するお父様の周りの空気は少し重たくなってしまったのかもしれない。