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6.



「ひどい過労だなぁ。常に緊張状態が続いて神経が高ぶっとるといえばええか…刺激を受けやすい状態になっとるでの。環境を変えてゆっくり過ごすことが一番の回復薬だわ」



 どうやら私は丸一日眠っていたらしい。



 今後のことをぼんやり考えている間に様子を見に来た侍女がオリヴィアが目覚めたことに気づき、すぐさま医者が呼ばれた。



 診察してくれるオイゲンは公爵家の専属医でオリヴィアも小さな頃からこの言葉遣いが独特な先生にお世話になってきた。

 もっとも、ここ最近は自分の不調にも気が付かないほど追い詰められていた気がする。



 オイゲンは皺々の大きな手でそっと瞼の下を覗くと、一つ頷いて「貧血も軽くでとるな」と呟く。



「ん、もうええぞ」

「ありがとうございます」

「ほら」



 オイゲンは可愛らしい飴玉がたくさん入った瓶から赤色の包装紙の物を取り出した。

 そういえば好々爺然としたこの医師は昔から「診察を頑張ったご褒美に」と飴をくれる。

 ある時からオリヴィアが赤色ばかりを選んでいたのを覚えていてくれたようだ。

 変わらない子供扱いになんだか胸がくすぐったくなりながら飴を受け取った。

 


「こんなんになるまでよう頑張ったなぁ…最近、音に敏感だったり光に敏感だったりすることがあるだろ?」

「…書類が眩しく感じたりします」

「食事もとれておらなんだか?」

「少し食べると気持ち悪くなってしまって、あまり」

「ん、ここまで揃うと、気鬱の病だと診断書が書けるの」



 オイゲンは手元のカルテに打ち付けるように文字を書き込んでいる。オリヴィアの様子によほど腹を立てている様だ。



「オリヴィア様、貴方はこーーんな小さい頃から公爵家の皆に大事に大事に慈しまれて育った可愛い可愛い公爵家の姫様じゃ。…だから自分でも自分のことを大事にせにゃいかん」



 オイゲンは親指と人差し指で小さく隙間をつけてみせると、やるせなく首をふった。


 

「診察結果に嘘は書けん。ただ、書き方というものがある。よく公爵様たちと相談すればええ。どんなことでも協力する。…奥様との約束だからなぁ」

「お母様の…」

「奥様も、ご当主様も…あー、あの兄君もな、みんなオリヴィア様の幸せを願っとるよ。だからオリヴィア様はもう少し周りを頼ってええ。今後のことはゆっくり相談してみ」

「はい、ありがとうございます」



 正直、父がオリヴィアの事をどう思ってくれるのか自信はなかったけど、王宮内であるにも関わらず髪を振り乱して駆けつけてきてくれた。

 妃教育が始まってから数年はまともに話した記憶はなく、いつの間にか嫌われているのではと思い込んでいた。

 それでもこうやってゆっくりと思い返せば以前はちゃんと優しい時間があったことを思い出すことができた。



 きっと、大丈夫だと思う。



 オイゲンも素直に返事をするオリヴィアに目を細めて頷いてくれた。



 「公爵様たちもな、診察がはよ終わらんかと今か今かと待ち構えておるよ。オリヴィア様が良ければ入ってもらってもええかな」

「…はい」


 




部屋付きの侍女が1人お父様達を呼びに行くと、他の侍女たちが慌てて髪を整え大判のストールをかけてくれる。

 寝間着のままでは淑女としてはどうかと思うけれど、病み上がりということで許して欲しい。




 程なくしてお父様とお兄様が揃って部屋を訪れた。




 「ヴィア…!」

 


 すぐに駆け寄ってきたお兄様に抱きしめられた。

存在を確認するかのように一度ぎゅっと抱きしめると、すっと頬を撫でられる。

 すぐ近くにある私とおそろいの菫色の瞳が潤んでいた。



 「ああ、少し頬の色が戻ったね、よかった…」

 「ご心配をおかけしました。だいぶ楽になりました」

 「王宮で見たお前は蝋のような顔をしていたから…お前まで母上のように儚くなってしまうんじゃないかと…」

 「お兄様…」



 普段は飄々として余裕たっぷりの兄の姿を知っているから、これほどまで心配をかけてしまったことに胸が痛くなる。

 


 「クロード、離れなさい」

 「嫌です」



 そっと近寄ってきたお父様が呆れたようにお兄様に声をかけたけれど、いやいやをする子供のように逆にしっかりと抱きかかえられてしまった。

 お兄様が幼い子供のようでその頭をそっと撫でてみた。私と違ってふわふわとした柔らかい髪が指をすり抜けるのが不思議な気持ちだ。

 柔らかい髪を撫で続けていると腕を緩めるどころか、反対にぎゅっと肩口に頭を埋めてしまった。

肩口が少し温かい…もしかしたらお兄様は泣いているのかもしれない。


 お父様は私にひっつくお兄様に呆れたように溜息を落とすと、ベット脇の椅子に腰を下ろした。それからほっとしたようにゆるゆると眦を緩めた。



 「本当だ、すこし顔色が戻ったね。よかった」

 「はい。あの、お父様、王宮ではあの様な騒ぎを起こしてしまい申し訳ありません」

 


 お兄様に抱きつかれたまま、小さく頭を下げて謝罪する。



 「いいんだ、そんなことは。取り返しのつかなくなる前に、君の体が助けを呼んだんだよ」

「はい、ありがとうございます」



 お父様から出る言葉はやっぱりいたわりの言葉しかない。

 王宮でも今でも。

 私のことだけを案じているように。



 どうしてあんなにも孤立していると思い込んでいたんだろう。お父様にもお兄様にも助けを求めることができないと思っていた。


 本来であれば、公爵令嬢としての権威をもってここまで消耗することなく身を守れたはずなのに。


 オリヴィアだってそこまで内向的な性格ではなかったはずだ。まるで意図的に思考が誘導されていた気がする。



 王太子妃としてこのまま公務を行い続けるしか自分に価値はないのだと思い込まされるように。




 


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