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平安女子のイケない食卓 ー 摂津源氏物語集 (3) ―  作者: クワノフ・クワノビッチ
9/12

(9) 生きてるだけで丸儲け

天延元年の火事を境に、いよいよ武人達の都でのセキュリティーに対する考え方が変わったのではないかと思うのですが、そういうことも踏まえて、書いてみました。

宜しくお願いします。

 天延(てんえん)元年(973年)の初夏の夜、京都にあった満仲様の邸が、野盗らに包囲され放火される事件があった。

 これで満仲様の邸が襲われたのは二度目なのだが、それ以上にショックだったことは、邸から上がった火の手がどんどんと広がり、周辺の家も沢山燃えたことである。

 そして、その中に小萩の住んでいる邸もあった。


 もう、随分と昔のことなので、(おぼろ)げにしか覚えていないのだが、眠っていた小萩が気付いた時には、既に邸は炎に取り囲まれており、すぐにでも逃げなければならない状態になっていた。

 だが、幸いにもしっかりした乳母が付いていたので、小萩は、他の子供達と共に外に連れ出されたのである。


 そこまでは覚えている。……だが、その後のことは詳しく思い出せないのだ。


 とにかく無事に、通りにまで出て来たのは良かったが、邸の側の道は、火事に照らされているせいか、薄明るく見えて不思議だった。

 そんな中を、沢山の人が逃げ惑うのが見える。

 火事の火が迫っているというのに、わざわざ牛車に乗って逃げようとする人もいれば、どこから持ち出したのか? と思うほど、沢山の物を荷車で運び出そうとしている輩まで、とにかく、目の前に慌てふためく人々の姿が見えた。

 だがその中に、一際(ひときわ)目立つガッシリとした体格の男がいる。

 その男は、逃げ惑う人々に声を掛けながら、より安全な方向に行くように差配(さはい)していた。

 暫くの間、小萩は(ほう)けたように、その凜々(りり)しい姿に見入っていたが、気づけば、周りには誰一人として見知った者がいない。いつの間にか、乳母や他の子らとはぐれてしまったようだ。

 突然、正気に戻った途端、あまりの怖さに、小萩は大声で泣き出してしまった。

「これ! ……そなた、泣いておるのか? 」

 男が寄って来て頭を()でてくれたが、恐ろしさに飲み込まれている小萩に声は届かない。

「やれやれ、はぐれたのか? ……心配するな、この世で起こることなど、大概(たいがい)、何とかなるものじゃ! 」

 そう言うと、男はニコリと笑い、小萩と手を繋ないでくれた。

 その掌の大きさや温もりを、小萩は今も忘れられないのだ。

 何か、とてつもなく大きな物に触れた瞬間だった気がする。


「我が家に来たら来たで、粗野(そや)()()()()()武人(おじさん)ばかりで怖かったでしょう? 」

 自嘲気味に桔梗が言った。

(うち)は一応、……"武門の一族"ということになっているから、何だか強面(こわもて)の連中が出入りしているもの 」

 などと、笑いながら話してはいるが、どこか気まずそうである。

「だから、どうしても他所(よそ)で余計な軋轢(あつれき)を生んで()め事になるのです! 」

「うふふ、……そうね、初めの頃は、確かに恐ろしかったかもしれないわ。例えば、強面のおじさん達が集まって、何かこそこそ話しているから、何か悪いことでもする相談をしているのでは? と思ったり、…… 」

「それは、子供なりに警戒していたのでしょうね」

「……けど、よく見たら、集まって"干し柿"を(あぶ)って食べているだけで、面白いけどガッカリしたわ! 」

「それは、冬の()()()()風景ですね」

 二人は、衣の袖で口元を隠すことなく、楽し気に声をたてて笑う。

 ここは都と違って、誰の目も憚る必要がないからだ。

 本当に、多田に来ると"自由"を感じる。

 桔梗はそう思った。


「ところで、叔母上様は、もう都には戻られないのですか? 」

 桔梗は、随分と直接的(ダイレクト)に聞いてしまった。

「……御爺様の喪もそろそろ明けますし、このまま多田にいらっしゃるのも」

 この問いに対しては、先程まで楽しげに笑っていた表情が曇る。

「叔母上様は、まだ()()()のに、このような(ひな)に埋もれてしまうのは、もったいないじゃありませんか」

田舎(ひな)などと申されますが、ここは都などより、余程、安心ですし、好きに暮らせますぞ! 」

 それは間違いない。特に、昨今の都の荒れ様が酷いのは事実だ。

「しかし、……叔母上様のように優れた方なら、止事無い(やんごとない)方々の家でも仕えることができるでしょうし、……運が良ければ、宮仕えなどもできるのではないでしょうか? 」

「……」

 思わず、小萩は沈黙する。

「……などと、御父上様が申しておりましたぞ! 」

 あまりに小萩の反応が悪いので、桔梗は父・頼光の名前を持ち出してしまった。

 この一言は、小萩の心を動かすに違いない。そう踏んでいたからだ。


 実は、頼光の名前を出されると、小萩は弱いのである。

 なぜなら、小萩を火事場から連れ出してくれた男は、まさに頼光だったからだ。






大火のような事件が起こると、都から地方へ何らかの形で人口が移っていったのではないか、と思ったりもします。

まだ、続きますので宜しくお願いします。

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