(6) 女人の勝負所
やっと、落ち着いたので続きをアップします。
もう、「秋の歴史2023」期間中に終了することはできませんが、それでも、コツコツ続きを書いていこうと思いますので、よろしく、お願いします。
それは、小萩がまだ都にいた頃の話だが、ある蒸し暑い初夏の夜、突然、満仲様に涼みに出かけないかと誘われた。
『こんな夜に、何を言い出すのかしら? 夜遊びに行くなら、若い衆を連れて行きなさいよ! 』
などと、思いながらも、付き合うことになったのである。
だが、いざ出かけるとなると、しっかり化粧をさせられ、綺麗な衣に着替えさせられたり、ちょっと様子がおかしい。
そして、あっという間に、小萩は身支度を整えられると、壺装束にされてしまったのである。
壺装束とは、当時の女性が外に出かける時にしたスタイルで、衣の裾を歩きやすいように折つぼめ、腰帯で固定したところからこの名前が来ているらしい。また、他人から顔を見られないように、市女笠(笠の縁に薄い垂れ布が下がった物)などを被ったようである。
「あの、御父上様、……一体、どこにお出かけになるのでしょうか? 」
小萩は、何も知らされないので、ちょっとこれはまずいと思い始めた。
「なに、……まぁ、女人にとっての運試しというところかのう! 」
そう言って、満仲様は嘯いたのである。
だが、驚いたことに、一行は、宮中に足を踏み入れることとなった。
「女人には女人の勝負所がある。今晩はそなたにとって最高の戦場を用意したからの! 」
『……何てことしてくれるのだ。この親父!』
何も知らなかったとはいえ、まさか、こんなことになるとは、小萩は身が縮む思いがした。
しかし、もう引き返すにも引き返せない。何の位もない小萩が、勝手に大内裏を歩くわけにもいかないからだ。
仕方なく、小萩は腹を括って、満仲様が歩いていく方に付いていくことにした。
とはいえ、こんな夜に、大っぴらには回廊を歩くわけにはいかないので、満仲様一行は、松明を掲げ持つ若者を先頭に、庭伝いに進んだ。
すると、暗闇の中をざわざわと動く人影がいくつも見えた。
だが、それらは松明に照らされた満仲様の顔を認識した途端に静まり、恐れをなしたように横にしゃがむと礼を示したのである。
「今宵は月も出ておらんので闇が深い。……そなた達も精が出るのう 」
そう言うと、満仲様は衛士らに労いの言葉を掛けた。
内裏の中はいざ知らず、周囲の庭で警固をしている武官の間では、幾度となく荒事で、功を上げてきた源満仲様の顔を知らない者はいない。そこで、恐ろしいほど顔パス状態であった。
やがて、とうとう清涼殿(天皇が日常生活で使っているの建物)の近くまで来てしまった時のことだ。
夜もかなり更けているというのに、一人の男が帝の寝殿の方から歩いて来るのが見える。
その男は、満仲様達の姿に気付くと驚いて固まってしまった。
「このような時刻に、何者じゃ? 」
男は声を震わせながらも、大きな声で牽制した。
「ほほう、そういうそなたは、惟成殿、……式太殿じゃな! なに、今夜は月も出ておらんので、道を間違ってしまったようじゃ」
そう言いながら、満仲様はカラカラと笑ったのである。
『もしかして、この状況を笑って済まそうと思っているの? 』
あまり緊張していたので、小萩は満仲様の一言に腰が抜けそうになった。
「いや、いや、……これは我の年頃になったばかりの娘でしてな、一度、我の仕事場を見せてやりとうて、ついつい連れて来てしもうた。……この広いお庭では、誰か止事無き人が、我が娘を見初て下さるかもしれませんしのう! 」
と、いけしゃあしゃあと言ったのである。
『さすがに、それは無理だろう! 』
そう思って、小萩は穴があったら入りたい気分になった。
相変わらず、満仲様は"我が道を行く"人なので、周りの者が巻き込まれ迷惑を被るのだ。
「摂津守様? ……でしたな。今は平時ですぞ、お庭の護りは若い者達に任せればよろしかろうに 」
確かに、ここには満仲様と懇意である武官達が沢山いる。
惟成は、勇気を出して満仲様に正論を吐いた。
「なんの、なんの! ……本当は、婿探しじゃよ! 」
今度は、悪びれずに本当のことを言ってしまったのである。
「はぁ? 」
真面目な惟成は、一瞬、沈黙した。
『それはそうだろう。驚いて、開いた口がふさがらないよね! 』
そう思って、小萩は後ろから満仲様の袖を引っ張ったのである。
「はぁ、……それは、真に心の蔵に悪いことでございましたな 」
桔梗が、気の毒そうに小萩の話に相槌を打った。
「何と申しましょうか、御爺様もそうですが、我が一族の男子には、物事を決める際、妙に勝負したがるところがありますよね。……時々、無茶をするので、皆さまに迷惑をかけているようです」
そう言って、困った顔をしながらも、桔梗は食事を摂る手を休めない。モリモリと旨そうに食べている。
「ふふふ、……私も引き取られて暫くの間は、この家の皆様の有様に驚いてばかりでした。それでも、今となっては、真に面白うて、いかにも"兵の家"の方々だと頼もしく思っております」
「ええ、……ものは考えようですね! 」
「慣れてしまえば、何でも面白くなるものですね」
そう言いながら、二人は一緒になってアハハと笑った。
そして、その宮中での出会いを境に、満仲様による、惟成への熱烈な婿コールが始まったのである。
実は、当の小萩よりも、満仲様の方が惟成のことを気に入ったからだった。
今回は、かなり思い切った回になったと思うのですが、何かこれぐらい斜め上な事ができる人じゃなかったのかな? と思って書いてしまいました。
あくまでも、フィクションですが、……摂津の皆さん、気を悪くしないでくださいね。
よろしく、お願いします。