8 走る自分を好きになるため
翌日。二人目のメンバーが決まったのだから次は三人目だ、と八総は息巻いていた。練習時間も考えればメンバー集めにそんなに時間はかけていられない。とはいえ三人目の候補は決まっている。あいつしかいない。
市萱。待ってろよ。絶対お前も仲間に引き入れてやる。
八総は一人、ゴゴゴと燃えるのであった。
そして昼食の時間。説得のために八総は一人意気揚々と市萱のクラスに向かった。しかしそこに彼女の姿はない。あれほどの身長であればすぐに目につくだろう。「教室にいねえってことは食堂か?」
と八総は食堂に向かう。
その道中、目の前を高速で走る市萱が通り過ぎた。
(今のは……!)
八総は我に返り慌ててその後を追いかける。
(くそ、やっぱはええあいつ! こっち行ったよな? どっちだ? てかなんでまた走ってんだよ! あいつ移動は全部全力疾走なのか!? なんでそんな急いでんだよマジで!)
考えつつも、とにかく早く見つけて追いつかねばと、八総もまた全力で走るのであった。
*
一方、数分後。疾走していた市萱は目的地の教室に辿り着きようやく足を止めた。待っていたのは複数の女子生徒。
「お、お、お待たせしました……」
と荒い息を整え、ビニール袋を差し出す。
「おっつー。今日はちゃんと時間守れたじゃん」
と相手の女子生徒が言う。
「は、はい……今日は何もなかったので」
「そ。 ――は? なにこれ。頼んだのと違うんだけど」
「え? そそそそうでしたか?」
「そうだし。味違うじゃん。うっわー、マジ最悪。こんなん飲めないし。買い直してきてよ。これあんたにあげるからさ」
「あ、は、はい! わかりました! 間違えてすみませんでした!」
「マジ頼むかんねー。間違えた分は当然あんた持ちだから」
「もももちろんです! じゃ、じゃあ早速行ってきます!」
と市萱が回れ右して駆け出そうとした瞬間、市萱より更に巨大な何かにぶつかった。
「見つけたぜえ……」
そこにいたのは、額に汗浮かばせ息荒い八総だった。
「ひ、ひいっ!」
「お前ほんとはええな……勘で来たけど追いついてよかったぜ」
「ななななんですか!? ぶつかったのは謝りますから! すみませんすみません!」
「いいってんなの。お前探してたんだよ。したら丁度前通り過ぎたからさ。全力で追ったけど追いつけなかったわ……」
「……ま、また追いかけてたんですか……?」
「ああ。とにかく話あんだよ。昨日の続きだ。今時間あるよな」
「い、いえ、今はちょっと……その、用事が……」
市萱はそう言い、ちらりと女子たちの方を見る。彼女たちは、突如現れた市萱よりも背が高い金髪の大男に、いささか驚き引いていた。
「いや、あるだろ」
「い、いえその……ちょっとおつかいが……」
「おつかいじゃなくてパシリだろ」
「ひっ! そ、そそそんなことないですよ!? ぱ、パシリとかではなくてですね! ほほほんとにただのおつかいで!」
「そういうのをパシリっつうんだよ。てかちょっと話聞いてたしな。おいてめえら」
八総はそう言い、女子たちの方を見る。
「――え、は? うちら……?」
「てめえらだよ。パシリとかゴミみてえなことしてんじゃねえよクソが。こいつはてめえらとちがって忙しいんだよ。てかてめえの人生だろ。自分の人生くらい自分の足で走れや」
八総はそう言うと市萱の手からジュースを取り、女子たちの方に軽く投げた。
「んじゃ行くか市萱」
「はははい?」
「話あるって言っただろ。悪いけど付き合ってくれよ。このバカたちのパシリ以外用ねえんだろ?」
「そ、それはまあ、一応……」
「そう。そっち飯まだ? 良かったら学食行かね?」
「え? あ、は、はい、大丈夫ですけど……」
「よかった。んじゃ行くか。さすがに腹減ってきたわ」
八総はそう言い、腹を擦りながら歩きだすのであった。
*
食堂。そこまでの道中、この高身長コンビは恐ろしく目立った。186センチでほぼ80キロ、おまけに金髪の元エース八総。それと同じくらいの高身長で、おそらく180は越えているが低姿勢で腰が曲がっている市萱。普通科一年でもおそらくトップレベルの高身長コンビであろう。
そんな二人は当然食堂でも目立ち、市萱はそうした人の視線を気にするが、八総は当然気にもとめない。二人は注文した料理を手にあいていたテーブルに座る。
「そっちはカレーか」
「あ、はい。好きなんです。おいしいですし、栄養も高いんで……あと安いですし」
「それでかいよな。体でかいと飯も必要だしなあ。んじゃ早速いただきます」
八総はそう言って食事を始めた。
「で、話ってのはまあ当然昨日の続きなんだけどさ。改めて対抗戦リレー出てくれないか?」
「うぅ、やっぱりそれですか……わざわざ来ていただいて申し訳ないんですけど、やっぱり私には無理です……」
と市萱は縮こまる。
「その無理っていうのはなんでだよ。昨日から言ってるけどさ。自分じゃ足遅いって思ってるってこと?」
「それは、別にそういうわけじゃないですけどその、私なんかが……」
「私なんかって言うけど昨日から言ってる通り多分市萱さんが一番速いんだって」
「い、いえ、そういうことではなくてですね、その、私みたいなのが、と言いますか……」
とうつむいてごにょごにょと呟く市萱。
「いやあ、別にリレーなんて速いのがすべてだし速けりゃそれで十分なんだけどなあ。見たとこコーナリングも問題ないし、バトンパスは練習すりゃいいだけだし。なんかどうしてもやりたくないとかできない理由あるのか?」
「それは……その、そもそも代表とか、そんな責任あることは私には無理っていいますか、重大すぎますし、自信ないですし……わ、私不器用なんでそれこそバトンパスなんて絶対無理ですし、ミスしますし、最悪コケたりして、絶対にみなさんの足引っ張りますし……」
「……いや、前半はともかく後半はやってみないとわからんでしょ。バトンパスなんて俺だって今やったら絶対無理だし」
「そ、そうなんですか……?」
「そりゃな。ほとんどやったことないし。だからできるようになるために練習するわけで。でまあ前半部分だけど、確かに代表対抗戦とか名前仰々しいけどよ、別にただの普通科から四人出るリレーってだけだから。そんなおおごとじゃないし、これで何かが変わったり決まったりするわけでもないし。ただまあ俺は、俺たちは出るからには勝ちたいからベストのメンバー揃えてちゃんと練習したいって思ってるからさ」
「そ、そうですか……あ、あの、八総さんはその、なんでそんなに、勝ちたいんでしょうか……」
「その方が面白えからな。面白くね? 万年最下位の普通科がよ、それこそスポーツ科に勝ったりしたら。誰もそんなのありえるなんて思ってねえわけで」
「それは、まあ、確かにすごいと思います……」
「だろ? あとはまあ、これは埓木崎が言ってることだけど、まあ俺も部分的には共感してるけどさ、普通科の連中に普通科でもやればできるって、勝てるって、勝っていいし戦っていいんだって、そういうメッセージを与えたいってな。まあ青臭いかもしんないけどさ、やっぱ面白いだろ、そっちのほうが」
八総はそう言ってニッと笑う。
「そうですか……八総さんは、あの埓木崎さん、もそうですけど、本当にすごい方たちですね……」
「別にすごくないだろ。確かにあいつは色んな意味ですごいかもしれないけど、俺なんか別にな」
「いえ、すごいですよ……私なんかその、そんなこと思えないですし、信じられないですし……勝てるとか、思ったこともないですし、思えないですし、戦えるとか、そういうのも全然、私なんかがって……」
「……まあ、市萱さんが私なんかがって言うのにはなんか理由があんだろ。でも間違いなく言えんのはやってみないとわからないってことだけどな。これだけは絶対だよ。俺だろうと市萱さんだろうと、普通科だろうとスポーツ科だろうとさ」
「……そうでしょうか……」
「ああ。市萱さんさ、確か昨日50メートル8秒くらいとか言ってたじゃん。ぜってーありえないけど、実際中学で計った時はそれくらいだったってことなんだよな」
「……はい。嘘、ではないです」
「でも絶対全力じゃないよなそれ」
「……はい。それは、そうです……」
「なんで手抜くっていうか、本気出さなかったんだ?」
「……その、私目立つのとかがすごく苦手で……八総さんはその、私なんかより全然大きいですけど、私も昔から女子の中ではすごく大きくて……だからその、すごく目立ちますし、色々言われますし、邪魔にもなりますし……だからその、なるべく目立たないように、邪魔にならないようにっていいますか……50メートルも、そういうのも私なんかが全力でやって、間違っても目立っちゃったらその、色々言われますし……」
「だからそんな縮こまってんのか。そんな感じだからいじめられるようになった感じ?」
「い、いじめではないですよ全然!」
「いや、でもパシられてただろ」
「そ、それは、そうですけど……でも全然、ほんとにいじめとか、そういうのは全然で……」
「パシリは普通にいじめだろ」
「……で、でも、ほんとにおつかいくらいっていうか、お買い物の代金はちゃんと出してくれてますし、他には別にその、いじめらしいいじめというか、暴力とかは絶対にないですし、特に嫌なこととかもないですし……あ、足速いんなら代わりに買ってきてよって、はじめはそれくらいで、それ以外にもたまに頼み事とかも聞きますけど、ほんとにそんな、他の人が遭ってるようなひどいいじめとかは全然で……」
「そっか……まあそれがほんとだとしてもさ、パシリだけでも普通にわりいことだしな。やっていいことじゃねえのには変わりねえわけで。あいつら同じ中学?」
「はい。その、中学も家も、そんなに離れてなくて……」
「それで引き続きか……まあでもパシリやってたおかげで更に足速くなったわけか」
「それは、多分あります……」
「まあ、目立ちたくないとかいうのはわかったよ。そこはまあ、そもそも俺たちのことなんて誰も気にしてねえだろうから目立つなんてことはないとおもうからな。それにほら、自分で言うのもなんだけど市萱さんなんかよりよっぽど目立つ俺がいるわけだし、その俺よりも有名で多分目立つはずの埓木崎もいるからな。そんな気にすることないと思うけど」
「それは、確かに、八総さんはその、すごく目立ちますけど……」
「だろ? 俺がいりゃそんな視線なんて気にする必要ないって絶対。それにさ、足速いので目立つならいいじゃん。すごいこと、得意なことで目立つんだし」
「い、いえ、なんであろうと目立つだけでもう……緊張とかすごいですし、だからその、代表とか、そんな重大な責任あることは絶対無理で……怖いですし、絶対失敗しますし、迷惑かけますし……私その、小学生の頃から大きくて、だからバレーとかバスケにも誘われたりしたんですけど、でも全然できなくて……みんなに迷惑かけましたし、失望させて……だからその、ほんとに私なんて走る以外は全然なにもできなくて……」
「なら走ることはできるって思ってんだろ?」
「え? ……それは、まあ、一応、最低限といいますか……で、でもリレーとか、バトンとかそういうのは全然、ほんとやったことないですし絶対無理で!」
「誰でも最初はやったことないしやったことないからできないって。だから練習してできるようにするわけで。第一たとえ失敗したり負けたとしても次勝ちゃいいだけだしな」
「次、ですか……」
「ああ。まー色々話してもらってなんとなくはわかってきたけどさ、とりあえず話変えるけどよ、まず別に時間はあんだよな? 練習する時間とか。部活とかバイトとかなんかで忙しいとかは別になくて」
「それは、はい。特にはないですけど……」
「じゃあさ、市萱さんは走るのは好き?」
「それは……は、走るのは基本おつかいの時くらいしかないですけど……でも嫌いじゃない、です……その、急いでる時は焦りますけど、速いときもちいいですし……」
「だよな。じゃあさ、それで勝ってみたいとか、、戦ってみたいとかは思う?」
「それは……正直、そういうのは全部避けてきたんで……その、全力で走ることも、お使いの時くらいですし……だからその、そういうのは正直、わからないとしかいいようがないですけど、でも目立つのはやっぱりその、怖いです……期待してもらえたのにそれに答えられなくて失望されるとかも、もう嫌ですし……」
「そっか……わかった。んじゃさ、例えば人のために走るとかはどうよ」
「人のため、ですか?」
「ああ。仲間のため、チームのため。見てくれてる、応援してくれてる人のため。普通科とか、とにかく自分と似たようなやつらのためにさ、そいつらに希望を与えるっていうか、夢を与えるため。お前もできるし、走っていいんだって伝えるため。そういうために走るんだよ」
と八総は言う。
「走ることは嫌いじゃないし、普通に好きなんだろ? それをパシリのためだけに使ってたんじゃもったいないし、お前も楽しくないだろ。そんな走りじゃ楽しくないし、走ってる自分のこと好きになれねえじゃん。どうせ走んならさ、もっといいことのために、おもしれえことのために走ったほうが絶対良くねえか?」
「それは……そんなこと、考えたこともありませんでした……」
「そうか。じゃあ考えてみてくれよ。経験がないならさ、試しにちょっとやってみようぜ。やってみねえとどんなもんかもわからないんだし。
まあとにかくさ、走るにせよ別にお前一人で走るわけじゃねえんだし。俺たちがいんだからさ。俺たちのために、無理だできないって思ってるやつらのためによ、いっちょ走ってみようじゃねえか。少なくとも俺たちはよ、負けたからってお前のせいにするようなことはねえし、責めもしねえし、そもそもチームなんだから誰か一人のせいなんてこともありえねえしよ」
「……ほんと、でしょうか……?」
「ほんとだって。まあ俺なんかが言ってもあんま説得力なさそうだけど。こんなんだし頭も金髪だしな。
でも埓木崎は違うよ。あいつは違う。全然別だ。とりあえずさ、一回でいいからあいつと会って話してみてくれねえか? 俺は話すの下手だし説得も下手だってのはわかってるけど、とにかくあいつに会ってよ、どういう人間か、あいつが何をしようとしてるのか。なんで勝とうとしてるのか。どうしてお前が必要か。
そういうのを、少しでいいから聞いてみてくれよ。やるもやらないも市萱の自由だけどさ、まあとりあえずあいつに会っといて損はないだろうし。」
「……私みたいな普通の、普通以下の人間があんなすごい方とお話しても大丈夫なんでしょうか……」
「大丈夫だって。そんなこと気にするようなやつじゃねえし、そもそも以下とかんなこと思うような人間でもねえし。
俺見てみろよ。こんな金髪が普通に話してんだぞ? 俺と比べりゃ市萱なんて普通も普通まとももまともじゃねえか」
「……それは確かに、そうかもしれませんね……」
「だろ? ま、考えといてくれよ。放課後迎えに行くからさ」
八総はそう言い、お盆を持って席を立つのであった。