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6 信じなければ始まらない



 そして放課後。委員会の部室にて。


「世界、お前六組の市萱って知ってるか?」


「イチガヤさん? 六組ってことは女子生徒の市萱星乃さんかしら」


「知ってんのか。ほんとすげえなお前」


「触りだけだけどね。普通科の一年の女子の中でも一二を争う高身長だから」


「確かにな。そいつってお前の候補の中に入ってる?」


「代表対抗戦のよね。なら入ってないわよ」


「やっぱりそうか。中学のタイムは8秒とか言ってたしな。けどあいつほんとはめちゃくちゃはええぞ」


「知ってるの?」


「というより見た。俺が追いつけなかった」


「というと50メートル6秒5くらいってわけね」


「ああ。まあ俺もまだ本調子じゃないからベストには程遠いけどよ、少なくとも俺と同じ、それより速いくらいだわ。多分普通科一年の女子じゃ一番ってレベルで。あいついりゃ絶対勝てるぞ。まあとりあえずは断られたけど」


「早速勧誘したの。いいわね、すごいやる気じゃない」


 と埓木崎は嬉しそうに微笑む。


「まあな。というかほとんど反射だったけどよ。そんくらいすげえ走りだったよ」


「それは興味深いはね。断られたっていうのは?」


「ああ。まあ少し話しただけだからちゃんとわかったわけじゃないけどよ、まあ自信なさげっていうか、あんだけ速いのに自分なんか全然って言ってな。あと代表っていうのに結構拒否感っていうか、怖気づいてた感はあったな」


「なるほどね……でもあなたは彼女が一番だと思うんでしょ?」


「ああ。あいてゃ絶対必要だ」


「そう。なら決まりね。絶対彼女を仲間に入れましょう」


「いいのか? お前の方でもちゃんと確認しなくて」


「ええ、いいわよ。八総君を信頼してるから」


 埓木崎はそう言い、ニッと微笑む。


「そうか……とはいえお前の方でも計画とかはあったんだろ? 候補とかさ」


「といっても6秒5レベルの生徒は早々いないからね。どうなるかはわからない以上補欠も考えて複数人はいたほうがいいわけだし。なにより実際に出るあなたが彼女が一番だというならそれが一番だからね。彼女となら勝てるって、あなたは確信したわけでしょ?」


「ああ」


「ならあなたの目を信じるわ。その直感を」


「……あんがとな」


「礼を言われることじゃないわ。勝つためにベストな選択をするだけよ。それに私もあなたも勝利という同じ目的を共有してるのだから」


「そうだな……」


「で、勧誘はどうする? 相手が女子だけど私の方がいいかしら」


「いや、俺にやらせてくれ。一回話してる分俺のほうがやりやすいだろうしな。まあ説得のための情報とかがあんなら別だけど。一応聞いとくし」


「そうね、こちらでも調べておくわ」


「ああ。でまあ、説得の情報といえば本題だけどよ、宮古の方の事情っていうのはなんなんだよ。怪我でもねえのに全国レベルが陸上やめたっていう理由」


「そうね……はじめに言っておくけど、これは他言無用で頼むわね。別に知らない人がいない話ではないし、学園内、生徒でも知っている者は何人かいるである話だけど、彼の個人的な、そして不本意な事情だから」


「……ああ。わかった」


「ええ。彼はね、簡単に言うと不祥事でスポーツ科への進学を取り消されたの」


「不祥事?」


「ええ。表上は暴力事件。といってもその実情はちょっと違うけどね」


「……てことは普通のケンカだとかとは違うってことだよな。別に不良とかじゃねえと」


「そうね。まあ事件後にある意味でグレたというのは事実かもしれないけれど、といっても特に荒れて何か事件を頻発させたということではないから。


 彼はいい人よ。そういう意味では不良なんかとは真逆、ある意味正義の味方。彼はね、いじめを見過ごせなかったの。いじめを辞めさせようとしたわけね。けれども相手が悪かった」


「……というと?」


「相手、いじめの主犯が議員の息子だったの。彼の地元でもとても力のある国会議員。だから教師も生徒も誰も逆らえなかった。口出しできなかった。結果としていじめは常に黙殺されていた。


 けれども正義感の強かった、というよりも権力というものへの反抗意識も強かった宮古君にはそれが許せなかったんでしょうね。彼は一人で議員の息子に立ち向かった。いじめを辞めさせようとした。


 でもね、言った通り相手が悪かった。地域を支配する政治家の子供だからね。宮古君に暴力を振るわれて怪我をした、というのが相手の主張。一方で宮古君はいじめをやめさせるために話をしていた。その果てに相手が胸ぐらを掴んできて、それを離そうとしたら相手がわざと大げさに吹っ飛んでコケた、という話。一応ケガは実際にあったらしいけど、とはいえ転んだ時についた手の捻挫程度でね。それも相手の親の息のかかった医者の診断だから怪しいけど、一応は全治数週間とかで。


 で、ケガをしたのは宮古君に突き飛ばされたからだ、というのが相手の話。一緒にいた取り巻きも同じ証言をしたわ。相手は大げさに騒ぎ立てるし、当然親が議員だからおおごとにしてね。関係者の誰にでも圧力をかけられるわけだし。結果としてトントン拍子で宮古君の傷害が認定。一方で議員の方は自分たちで事を大きくしときながら『懐の大きなところ』を見せる形で示談金で収めましょうってことにして。まあそのおかげで宮古君は一応は元の生活に戻れたわけだけど、でも決まっていたスポーツ科陸上部への進学は取り消されたわ。ここでもまたその議員が出てきてかわいそうだし青少年の育成のためとか言って普通科への入学できるようにしたそうよ。一応は『前科』持ちで地元じゃどこにも進学できない状態だったから親からすれば逆にありがたい大温情よね。ハメられたのにむしろ感謝するくらいで。


 そんなわけで彼は陸上ができなくなったの。といっても別に普通科の陸上部に入ることはできるんだけどね。でも彼はおそらく自分の意志として陸上部には入らないでしょうね。彼にも意地があるから。


 というのが、彼の事情。といってももちろん彼の主張がすべて正しいかはわからないわよ。議員の力は絶大だし、周りの人も本当のことを言えばどういう目に遭うかわからないって保身に走って誰も宮古君を擁護するようなことは言わなかったから。


 とはいえ、いじめは事実。複数人の被害者の証言を信じる限りはね。被害者が宮古君がいじめをやめさせようとしていたと話したのも事実。けれどもともかく、真実が何かはわからないわ。『真実』なんてものがあるのかはわからないけれど」


「……お前は、世界は宮古の話を信じてるのか?」


「信じてるとは少し違うわね。信じるほどの情報もないし、彼のことを知っているわけではないから。人は自分が信じたいものを信じる生き物よ。私だってご多分に漏れずそうだわ。


 とはいえ、知っていることも多々ある。その議員の悪評の数々がその例ね。彼があらゆる意味で真っ黒なのは事実だと思っているわ。それだけの情報があるから。こういったもみ消し、圧力、情報操作なんかは日常茶飯事。これまでもそうした問題のいくつかは明るみになっているし報道もされているわ。とはいえ与党の有力議員。報道にだっていくらでも圧力はかけられるし、強固な支持基盤があるから体制は少しも揺るがない。地元の人も多くが彼に投票を続け、結果的に彼の力はより強固なものとなっていく。といってもそれはその議員が特別なわけではなく、この国のほとんどの場所で見られる光景だけどね」


「……狂ってんな。意味わかんねえよ。わりいこと何個もやっててそれがわかってんのにそいつに票入れ続けてんのがたくさんいるってことか? なんでそんなことすんだよ」


「それが有権者というものよ。彼らにも彼らなりに大事なことがあるっていうことかもしれないわね。『正義』と呼ばれるものよりもはるかに大事な何かが。そしてそれを守るために投票するし、あるいはそもそも選挙にすら行かない。私達も有権者になればわかるのかもね。わかりたいとは思えないけれど」


「……宮古は被害者ってわけか。俺なんかとは違う、もっとどうしようもねえ外の力のよ」


「そうでしょうね。ある意味で彼こそがとても普通科的な生徒なのかもね。この社会の縮図たる学園の、最底辺たる普通科。その普通科の、ある意味でまったく普通ではない生徒。そしてこの国の大多数は彼のような存在であって、何かの拍子に彼のように強大な理不尽に巻き込まれて人生を奪われてしまう、と」


 埓木崎はそう言うと一つ息をつく。


「私はそういう事実を知っている。だからこそ誰もが自分の人生を手に入れられるようにしたいの。自分の人生を取り戻し、自分の人生を自分の手でコントロールできるように。


 もちろんそう簡単にはいかないわ。大きな力というのはなにも人の手によるものとだけは限らないから。巨大な災害があるし、想像を絶するような不幸もある。病気や、あなたのように大きな怪我をすることもある。そうして何かが大きく損なわれ、自分の人生を失ってしまうことがある。それだけじゃなく、もう二度と自分の人生を取り戻せないと絶望してしまう人だって多いわ。

 

 私はそれを、なくしたい。あらゆる形で皆に人生を取り戻してもらいたい。けれども何より、自分の人生を生きられるという希望を、みんなに与えたいの。そう信じられる世界を作りたいのよ。どれだけ誰かが助けようとしても、自分が自分を信じて自分の足で立ち上がらないことには本当の意味で自分の人生を生きられることにはならないから。


 希望を、夢を、理想を、自分を信じることを、この世界に取り戻したいの。誰もがそれを持てる世界にしたいの。だってそういう世界のほうがはるかに理想的で、幸福で――なにより面白いじゃない?」


「――違いねえな。絶対そっちのほうが、面白えよ」


 八総はニッと笑ってそう答えた。それに埓木崎も、笑みを返す。


「よかった。気が合うようね私たち」


「そりゃな。普通科でてっぺん取ろうなんておかしなことやってるやつらだからな」


「ええ、そうね……私が彼を仲間に引き入れたい理由、わかってくれたかしら。もちろん勝つために彼がベストだというのは揺るがないけれども、それ以上に私は彼の手に彼の人生を取り戻したいのよ。大きな力に、理不尽に奪われた彼の人生を。そして何より、走ることを。彼はまだ走ることが好きで、走りたいと思ってるって信じてるから」


「……すげえなお前は。よく知らねえで会ったこともない話したこともない人間のためにそこまでできるなんてよ」


「だからこそかもね。結局私一人の妄想、思い込みかもしれないし。でも信じることからしか始まらないのよすべては。世界を変えることは」


「そうだな……よし、じゃあやっか。一緒にやろうぜ。そりゃ話し方とかは色々あるかもしれないけどよ、今の話、お前の話をあいつにもぶつけてやろうや。俺だって俺の思いをあいつに話すし、それに俺もあいつじゃなきゃダメだって確信できたからな」


「そうね……やりましょうか。私たちで」


 埓木崎はそう言い、ニッと笑って立ち上がった。


 

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