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27 新たなる夢

 

 その頃八総は、総合支援委員会の部室を後にし一人駅へと向かっていた。まだ夕方。日は十分に高い。この二週間練習漬けだったため、こんなに明るい中帰るのは久しぶりであった。宮古も同じ寮のため帰る方向は同じであったが、「ちょっと用事が」といってどこかへ行ってしまっため、仕方なく一人で帰ることにした次第であった。


 埓木崎らには当然やることが膨大にある。教師という夢を宣言した市萱は、早速張り切って学校の図書室に勉強をしに行った。


 一人。放課後という膨大な時間を持て余していた。これから帰ってもやはりやることなどなく、膨大な時間があの狭い部屋で待っている。


 やること。やることを見つける。やることを考える。自分の人生を、この先を……


 候補はあった。考え。しかしさすがの八総でもあまりに突拍子もないように感じる。リレーや対抗戦優勝なんかよりはるかに困難であるようにすら思う。


 ともかく勉強でもするか、と八総は一つため息をつく。学生の本分は勉強。勉強をするにこしたことはない。しなければ留年の危機すらある。今までやってこなかった分も。勉強をしていたほうが将来の可能性も開けるから、と。とはいえ目標なき勉強というものは、やはり身が入らない気がした。

 その時、


「あ、八総くん」


 と声をかけられる。顔を上げると、メガネにマスク姿の本名がいた。


「あれ、本名。なんで駅にいんの?」


「今仕事からの帰り。今日は早く終わったから」


「そっか。こんくらいの時間だといいな。けど移動って電車使うもんなんだな。普通芸能人ってそういうのタクシーか会社の車だと思ってたわ」


「そういうことも多いかな。でも時間とかマネージャーさんのスケジュールによってはね。あんまり負担もかけたくないし。それに歩くの好きだから」


「そっか。けど電車移動じゃ大変じゃね? いくらマスクとかつけてるにしてもさ。バレたりしない?」


「たまにね。でもたいていはいいファンの人ばっかりだから」


「そりゃいいな。でもいつもマスクしてるっつうのも大変でしょ。夏なんか特に」


「夏はさすがにね。でもマスクは喉を守るためでもあるから。風邪なんかもひけないし」


「そっか。やっぱプロ意識たけーなー。歌うたうんだもんな」


「うん。それより八総くん大丈夫? 何かあった?」


「え? なんで?」


「いや、珍しく下向いてたから」


「あー……いや、まあ考え事っていうかさ。ちょっとな」


「そっか……よかったら話さない? そこにベンチあるし」


「そう? けど忙しいのに時間とっちゃ悪いし」


「全然いいよ。もう帰るだけだし。八総くんには前に助けてもらったからね。今度は私の番」


 本名はそう言ってマスクの下で笑い、ベンチに腰かける。


「そういえば改めておめでとう。っていっていいのかわからないけど、対抗戦二位。ほんと惜しかったね」


「ほんとな。まあでもみんなやりきったからな。悔いはねえよ。勝てなかったけどそれがすべてじゃねえし。二位も大健闘だし意義のあることだろ。そのはずだけど、まあ実際どうなるかはまだわからないけどな」


「そうだね。でもきっと大丈夫だよ。あれだけのことをしたんだから、絶対続く人たちも出てくるって」


「だといいんだけどな、こればっかりはわからねえからな」


「そうだね……何か話したいことある?」


「んー……まあ色々悩んでるっつうか、まああんだけどさ……その前にだけど、前から思ってたんだけどさ、本名ってなんでアイドルになったの?」


「え?」


「いや、ほんと悪いんだけどさ、普段の本名ってあんまそういう雰囲気ないじゃん。ステージと別人で。まあ大人しめっていうか、あんま芸能科にも馴染んでねえし。こう、なんかすげえキラキラ~って感じもねえし。そりゃステージの上じゃ別だけどよ、少なくとも俺が見てきた限り普段は別で。だからすげえ謎っていうか、不思議に思って」


「そっか……でも、素の私っていうか本当の私って意味では多分こっちが普通だから。別に仕事の時はすごい演技してるとかそういうわけでもないけど。


 理由はね、スカウトされたから、っていうのが一番かな」


「そっちか。まあそりゃされるわな。てかそれだけ?」


「ううん。きっかけとしてはね。それ以外だと、家のためっていうのが一番かな。お金のため。家計を助けたかったって。私でもできるならって。アイドルとかも、なりたいとかは思ってなかったし自分がなれるなんて思ってもいなかったけど、でも好きではあったから。すごいなあって思ってて。


 それでまあ、やってみて……最初は絶対できないと思ってたけど、自分でも知らない自分がいたっていうかさ。実際やってみたら別の私が出てきたっていうか、スイッチが入って、切り替わって……だからかなり、正直二重人格に近い部分はあるかもしれないかな」


「へー。んじゃ実際やってみてどんな感じだった? 家のためとかは関係なく」


「すごく、楽しかったかな。やっぱり一番はお客さんの反応で。応援されるとすごく嬉しいし、もっとがんばろう、みんなのためになろうって思えるし。逆にこっちも応援されて。そういう、なんだろう。自分も誰かの力になれるっていうのが、すごく嬉しくて、それがずっと一番のモチベーションなのは確かだと思う」


「そっか……そういうさ、まあ元々は本意じゃなかったっていうか、夢とか目標で始めたわけじゃなかったみたいだけど、今はやっぱり自分の天職だとかずっとこれをやっていこうとか思えてる感じ?」


「それは、どうだろう……正直まだ高校生だし、先は長いからね。ずっとアイドル続けられるわけでもないし、ずっと芸能界いるっていうのもちょっと想像できないし……


 なんだろう。自分の可能性を狭めたくないっていうか、なんでもできるようにしたい、何にでもなってどこにでも行けるようにしたいっていうのは思ってて。今よりもっとやりたいことに出会えるかもしれないし。そのためにもちゃんと大学行って、勉強して、っていうのが夢というか、目標としてはあるけど。でも仕事忙しくてなかなか勉強する時間もなくてね。学校の授業についていくのも精一杯で。だからそういう意味では、今はちゃんと勉強もしたいっていうのが一つの夢っていうか目標かな」


「なるほどね。同い年なのにしっかりしてんなやっぱ……というかタイムリーなんだけどよ、時間ある時総合支援委員会の補習とか参加してみたらいいんじゃね?」


「え? 補習って?」


「総合支援委員会は知ってるよな。埓木崎、世界がやってるやつ。そこでよ、無料で誰でも受けられる補習授業やんだってよ。どんなもんなのかは詳しく知らないけど。みんなの夢の手助けにってな。塾とか行く金がないやつもいるだろうしって。世界のことだし芸能科だろうと誰でもウェルカムだろうからさ。仕事で授業受けられないって言うなら丁度いいんじゃね? 市萱も受けるみたいだしさ」


「そうだね……うん。芸能科でもそういう個別の支援はあるけど、友達と一緒のほうが意欲も上がるだろうし」


「そうだな。世界のことだしどうせめちゃくちゃ高水準の授業になるだろうからよ。個別にすげえ教師とかつけたりすんじゃね。世界に話ししてみれば? 多分喜んで引き受けっからさ」


「そうだね。というかなんかごめんね。八総くんの話聞くはずが私のことばっかり話しちゃって」


「いや、いいよ。話せてよかったし。聞きたいこと聞けたし」


「そう? なんか悩んでるみたいだったけど」


「まー悩みっつうか、今後についてちょっとな。代表対抗戦もひとまず終わったからな。この先どうすっかって。高校生活もそうだけどさ、その後も、長い人生で」


「そっか……悩んでるってことは何かやりたいことがあるってこと?」


「んー、というかまあ……あのさ、本名は俺のことちょっと知ってて、だからある程度は想像できっかもしれないけど、俺マジで野球しかしてこなかったから勉強全然してこなかったんだよ」


「それは、多分そうだろうなってのはわかるかな」


「多分想像以上に。で、そんなマジのバカなんだけどさ――ほんと、突拍子もない話なんだけどよ」


 八総はそう言い、「その話」を口にした。


「――それは、すごくいいと思う」


「そうか? ほんとに?」


「うん。もちろん、正直に話すけど、それは八総くんに限らず本当に大変な道だと思うけど、でも目指す価値はあると思うよ。なによりさ、八総くんだからこそ、八総くんじゃないとできないことでもあると思うから」


「そうかもな……ほんとにさ、できると思う?」


「はは、八総くんらしくないね。八総くんいつも言ってるじゃん」


 本名はそう言って笑う。


「『やってみないとわからない』って」


「……そうだな」


「うん。それにさ、やる前からこういうこというのもあれだけど、たとえその道が叶わなかたっとしてもさ、そのためにした勉強、過程っていうのは絶対他でも役に立つから。勉強っていうのはそういうものだしね」


「そうだな……そう考えるとすげえありがてえな、学校の勉強ってのは」


「ほんとにね。じゃあさ、八総くんも一緒に勉強しようよ。私と一緒に。その補習授業っていうので」


「……ま、確かにな。どのみち時間はあるし、勉強は必要だし。このままじゃマジで留年とかありそうだしよ。やるかー、勉強。ぶっちゃけやり方知らねえけど」


「はは、そんな? でも、目標があるだけで人生は違うもんね」


「ほんとな……あんがとな本名。話聞いてくれてさ。マジで助かったわ」


「ううん、こっちこそ。人の夢聞くと自分もって思えるからね。私も勉強がんばろうって、また思えたから。きっとさ、今後も八総くんの姿が誰かの力になるよ」


「そんなの今まで考えたことなかったけどな。でも、それも悪くないな。みんなで一緒のほうがおもしろいしさ」


「そうだね。じゃあ私行くね。早速勉強しないと」


「そうだな。俺もやらねえとなあ。まずは九九からか」


「はは。さすがにそれは冗談だよね?」


「冗談だけど、分数の足し算あたりからは怪しいかもな」


「……それでも日新学園って入れるんだね」


「スポーツ科はな。いやでも、めっちゃ勉強してあいつらより頭良くなるって考えたら面白そうだな。んじゃ本名、気をつけてな」


「うん、八総くんも。ていっても八総くんは気をつけることあんまりなさそうだけど」


「こんな頭だから不良に絡まれるのだけはなー。まあ新洋じゃそういうのもあんま心配ないけどさ」


 八総はそう言い、笑って手を振り本名と別れるのであった。




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