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1 運命は背後に

 

 入学式後。


 体育館から教室に戻る間も、周囲のざわめきは収まらない。みな話しているのは埓木崎世界の代表挨拶、その内容について。


「なんだったのあれ……」


「あの人埓木崎ってほんと?」


「ほんとでしょさすがに。そんな嘘ついたらさすがにヤバいし」


「RACHISグループとかマジのお嬢様の中のお嬢様だよね……ほんとなら政治科か経営科、じゃなくても特進科とかが普通でしょ」


「金持ちの考えることはわかんないよね……実はただバカで普通科来ただけだったりして」


「ちょ、バカとか殺されるよマジで!? どこで誰が聞いてるかもわからないんだし。RACHISのお嬢様とかマジでうちら消すくらい普通にできるでしょ」


「ヤバっ。まあでも実際、わけわかんないよねマジで。どこまで本気で言ってるんだか」


「さあ。成功体験しかないとああいうふうに育つんじゃない? なんにせよ別に勝つとかどうでもいいしね」


「そうそう。対抗戦とか一応知ってはいたけどどうでもいいし。勝利とか夢とかさ、ほんとどうでもいいよね。楽しんで卒業して進学して楽して稼げる職につければそれでいいし」


「ね。まあでもいい大学に入れるようになるんならそれに越したことはないかな。それだけいい会社にも入れるし」


「あら、意識高いじゃん」


「ただの事実でしょ。あんただって楽して稼げる方がいいって言ったじゃん。それにはいい大学入る方が確実でしょ」


「まあ確かにね。でも努力とか嫌いだからなー。だいたいゆーてうちらしょせん普通科だしね。自分がなんなのかくらいこれまでの人生で十分にわかってるから」


 などなど。そんな話に聞き耳を立てつつ、八総はスマホを操作しネットでRACHISグループや埓木崎世界について調べる。グループについて出るのは当然だが、埓木崎世界本人に関しての記事も出るわ出るわ。これまでの様々な活躍がそこには列挙されていた。わかりやすい例では全国模試一位。馬術やフェンシングでも活躍してきたらしい。少なくとも頭脳、スポーツそして「家柄」において間違いなく普通科なんかに入るような人間ではないということだ。RACHISグループ現会長の孫娘であり、創始者一族埓木崎家の人間であることも間違いないようであった。とはいえ別に八総は疑ってはいない。ネットの記事で改めて確認はするが、何より自分がその目で見た彼女の姿がすべてであった。


 本物の中の本物。あれが真の上流階級の世界に住む人間。いや、生まれは関係ない。その環境のおかげで経験してきたものによって作られた顔。自信。経験、挑戦、闘争、勝利。自分自身の手で勝ち取ってきた疑いようのない自信。そしてそれは、世界に対してすら向けられていた。


 とはいえ、さすがにこういう人間は思考も言動もぶっ飛んでるよなあ、と八総は思う。この落ちこぼれ普通科を日新学園で一番にするとか、いくらRACHISの力を持っても無理だろ絶対。才能だけの話じゃなく、意志の話。自信の話。何より意欲、理想の話。ここにいる、ここに来る人間の多くがそんなものは求めていない。勝利など、挑戦など、夢や理想などとうの昔に諦めたもの。それが故の「落ちこぼれ」。別に普通科が落ちこぼれなわけではなく、個々が入る前からすでに落ちこぼれなのであり、落ちこぼれが故に普通科に入る。


 そういう自分も落ちこぼれの一人。怪我が理由とはいえ「落ちこぼれ」たことは間違いない。野球の人生から、その挑戦から、自分は落ちた。脱落した。その点は他の生徒となんら変わらない。


 でも、自分にも確かに夢があった。理想が、目標があった。自分の人生を自分のものにしたいと思ってきたし、実際努力・挑戦・勝利によってコントロールしてきた。だから埓木崎世界が言うことはよく分かる。同じ思考、同じ世界の住人だった。とはいえ、それもすべて怪我で奪われてしまったのだが。


(そうだ。怪我で投げられなくなった自分に一体何ができる。野球が、投げることが俺のすべてだった。唯一だった。他に何もしてこなかった。他にできることなど何もない。野球が、ピッチャーがなけりゃ俺もどこまでも普通で落ちこぼれだ。だからこそこの普通科に来るしかなかったんじゃねえか)


 八総は廊下から窓の外を見る。自分がいるはずだったスポーツ科は、そこからは見えない。


(そもそも普通科からの位置とか知らねえからな。関係ないはずだったし)


 八総は小さくため息をつき、短い金髪を掻いて自分の教室に入るのであった。そうして自分の席につく。五十音順であるため、「や」で始まる八総は一番端の後ろから二番目という席。「やより後ろがいたか」と思いつつ、まあ俺でけえし後ろ見えねえからどうせ席交換して一番後ろになるんだろうけどな、と思いつつ席であくびを噛み殺す。あの夢のせいで早起きし、その後も眠れず時間つぶしに朝からランニングをしていたため眠気があった。本来スポーツ科に入学するはずであり、ついでに遠方から来ているため普通科に知り合いなど一人もいない。話す相手などおらず眠気にも負け、少し目をつぶったらいつの間にか眠ってしまっていた。



 目を覚ましたときには担任の教師がいつの間にかクラスに来ていて、何やら各自自己紹介が始まっていた。やべ、自分の番来る前に目醒めてよかった、などと思いつつ八総は他のクラスメイトの挨拶を聞く。そうして自分は何を話すか考えつつ、と言っても話すことなんて何もねえな、野球なくなったらなんもねえし。あんま野球のことは話したくねえし、などと考えているといよいよ自分の番が回ってきた。皆にならって立ち上がると、そのデカさの威圧感とクラス唯一の金髪ということで、教室内が一瞬でしんと静まり返る。


「えーっと、八総宗也です……身長は一応186あります。あとまあ、誕生日早くて一応もう16です。まあ見ての通りでかくて邪魔なんで、席替えとかでもちゃんと一番うしろにしてもらうんで、邪魔で見えないなんてことにはならないんで安心してください。――あと一応言っときますけど、こんな髪してますけど別に不良とかではないです。以上で」


 八総はそう言い、席について一息つく。けれども、席についてもなおクラス中の視線は八総に――否、正確にはその後ろの席の人物に注がれていた。


「では最後に。とはいえすでに一度自己紹介はしていますが、改めまして。埓木崎世界です」


 後ろの席で、あの声が響いた。八総は瞬間的に振り返る。するとすぐそこに、あの壇上にいた女子生徒、埓木崎世界が立っていた。


(こいつ、同じクラスだったのか……!)


 八総のやの次に、埓木崎のら。当然といえば当然の最後尾であった。


「自己紹介に関しても先程ほとんど話させていただいたので省略させていただきます。では先生、お返しします」


 埓木崎はそれだけ言い、席につく。それを合図に教室内の視線もほとんどが前に戻ったが、ヒソヒソとした話し声は収まらなかった。


 一方で八総も、頭の中で色々と考えていた。まさかこいつが同じクラスとは。しかも後ろの席だなんて。なんつーか、あるんだなこういうことも……などと思いつつ、入学式での埓木崎の言葉を思い出していた。


 こいつ、どこまで本気なんだろうか。あの言葉。あんなだいそれた事を言って。そんでマジで普通科にいるし。俺と同じクラスにいるし。普通に生きてりゃ絶対出会わねえような人間が。


 しかしまあ、真後ろ至近距離で見ちまったけど、やっぱオーラがやべえなこいつ。本物の金持ち、お嬢様ってのはどいつもこいつもこんなもんなのかね。日本代表の同じチームで四番やってたキャプテンよりやべえオーラしてるぞこいつ。あいつも大概だったけどさ……


 そんなことを考えている間に、いつの間にか教師の話が終りを迎えた。その内容は、一つも頭に入っていなかった。



     *



 教師の話も終わり一応の「休み時間」に入る。瞬間的に、教室中にどっと声が戻った。そんな中八総は意を決し、そのまま振り返った。


「埓木崎さん、で間違いないっすよね」


「あら、あなたから話しかけてくれるなんて。何かしら八総宗也君」


「一回でフルネーム覚えたんすか」


「そうじゃないわよ。私学園の人間のことは前もって全部覚えてるから。普通科のことは特にね。これから一緒に戦う戦友ですもの」


「……じゃあ俺のことも知ってるってことっすか」


「一応ね、元日本代表ピッチャーの八総君」


 埓木崎はそう言ってニッと微笑んだ。


「といっても別に調べたわけじゃないわよ。あくまで誰でも知り得る情報、学園が知っていることだけね。あなたのプライベートなことまでは詮索してないから安心して。もちろんあなたが野球をやめた――とりあえず現状辞めた状態である、ということは知ってるけどその理由、あなたの真意まで知ってるわけではないから。単なる客観的事実だけ」


「……埓木崎さんはそれを学園の全員分わざわざ覚えたわけですか」


「別に覚えたわけじゃないけどね。目を通しただけで。それと世界でいいわよ。埓木崎じゃどうしてもうちの人間やグループの名前がちらつくからね。敬語もね。私が誰であろうと同級生、同い年なんだから」


「そっすか……わかった。つっても多分俺のほうが年上だけどな」


「残念。私もすでに16歳なのよ。あなたと同じね」


 埓木崎はそう言い、ニッと微笑む。


「そりゃ奇遇だな。――それでよ、まあぶっちゃけ聞くけど、入学式の時言ってたことあれマジなのか?」


「マジって言うと?」


「本気かってことだよ。うち、というか普通科で他の科、それこそすげえやつらの集まりのスポーツ科だの特進科だのに勝つっていうのは」


「もちろん本気よ」


「……本気でできると思ってんのか?」


「ええ、もちろん」


 そう答えて微笑む埓木崎の表情は、どこまでも本気でどこまでも大真面目で、どこまでも自信に満ち溢れていた。


「――そもそも勝つってどうすんだよ。なんか勝負でもあんのか?」


「あるわよ。八総君は対抗戦についてどこまで知ってるかしら」


「何も。初めて聞いたし存在すら知らなかったわ」


「そう。まあそもそもスポーツ科の野球部に入る予定だったわけだしね。それも当然かしら。野球部からすれば学内の対抗戦なんてなんの関係もないわけだし。


 日新学園ではね、各科ごとの対抗戦、通称『学園都市対抗戦』が行われてるの。これは各生徒、各部活等のあらゆる活動、成績をポイント化してその年間総合得点で争うわけ。スポーツ科ならわかりやすいわね。早い話部活の成績がポイントとして加算される。インターハイで優勝すればそれは高得点でしょうね。もちろん部活動以外の活動、学業成績は当然として他の様々な課外活動、社会貢献とかもポイント化されてるわけだけど」


「それでスポーツ科だの特進科だのに勝とうってのか?」


「ええ。とはいえそれは対抗戦の一部で、他にも月に一度程度直接の代表対抗戦もあるわよ。直接的な勝ち負けで言えばそっちのほうがわかりやすいでしょうね」


「代表対抗戦?」


「ええ。例えば野球で各科の代表選手が戦うとかね。野球はあくまで例えでほんとに行われたことはないけど」


「なるほどね……それで一番になろうってわけか」


「そういうことね。どう? 興味湧いてきたかしら」


「……具体的にどうやるつもりなんだよ」


「そうね、詳しく話したいけれど、今は少し時間がないからね。放課後話しましょう。いのり!」


 と埓木崎が突然いつの間にか近くにいた女子生徒の名を呼ぶ。


「なに?」


「『委員会』の部室はもう用意できてるわよね?」


「ええ」


「そう。じゃあ八総君、放課後そこで話しましょう」


「お、おう……ていうかいきなり誰?」


「祈のこと?」


「まあ名前は知らないけどそちらの人。いきなり声かけてびっくりしたわ」


「そう? せっかくだし紹介しとくわ。喜庵祈きあんいのりよ」


「あ、どうも……友達?」


「というより戦友ね!」


「というより秘書です」

 と喜庵祈が答える。


「秘書!? お前高校生なのに秘書とかいんの?」


「ええ。秘書じゃなくてあくまで戦友だけどね」


「逆逆。世界にとっては戦友かもしれないけど客観的にも社会的にもあくまで秘書で」

 と喜庵。


「……結局なんなの?」


「戦友よ!」


「めんどくさいから仕事仲間ってことでいいですよ」

 と喜庵が訂正する。


「はあ、そっすか……んじゃまあ、放課後」


 八総はそう返し、「金持ちってほんとわからんっつうか、住んでる世界が違うわなあ」と思いつつ前に向き直るのであった。





『ライブ・オブ・アイドル リメイク』もよろしくお願いします。

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