18 その無神経が羨ましい
料理を持った二人はようやく席へと戻る。
「改めまして本名です。みなさん今日はご一緒させてもらってありがとうございます」
本名はそう言って頭を下げる。
「こちらこそありがとうね。交友関係が広がるのは私にとっても喜ばしいことだから」
と本名の隣の埓木崎が答える。
「それより八総くんはいつの間に他科の本名さんと知り合いになってたのかしら。どういうきっかけ?」
「まあ色々あってな。それよか本名俺たちのこと応援してくれてんだってよ。学園アプリで見てさ」
「そうなの? それはありがたいわね」
「はい。みなさんのことアプリで見て、すごく共感しましたし、励まされたっていうか、勇気もらいました。他科ですけど私も応援してます」
「嬉しいわ、ありがとうね。時間があったらぜひ見に来て。それで一緒に喜びましょう」
そう言って埓木崎はふっと微笑む。その態度は、どこまでもいつも通り。誰が相手であっても何も揺るがず、変わらない。ある種の凄みがあった。
「本名さんも芸能科で毎日目的のためにがんばっているでしょうからね。夢のために戦うものは誰であれどこの科であれ戦友よ。これからも私たちの仲間、戦友としてよろしくね」
「……いいんですか?」
「もちろんよ。私たち総合支援委員会は別に普通科だけのものではないからね。学内のすべての生徒に開かれたものよ。だからあなたも何かあればいつでも来てちょうだい。もちろん、委員会のメンバーとして活動する方にも回ってもらえるとありがたいけどね」
「是非そうさせていただけたらと思います。あまり時間はとれないかもしれませんけど」
本名はそう言って笑い、マスクを取って食事を始めるのであった。その様子を八総の隣の席で目をかっぴらいて凝視する市萱。
「本名はいつもマスクしてんの?」
と八総。
「うん。喉守りたいし風邪とかひけないから」
「プロだなー。芸能科って授業どんなことしてんの?」
「普通の授業と一緒だよ。五教科とか。それ以外にも各専攻の授業とかもあるから普通科と比べると一般の教科は少ないだろうけど。だから自主学習もちゃんとやんなきゃいけないから大変で」
「へー。やっぱそういうのあんだな。部活なんかしてる暇ないよなやっぱ。校舎ってどんな感じ?」
「すごくきれいだと思う。設備もしっかりしてるし。あっちの、第一食堂もすごい高級感あるけど、でもやっぱり私はこっちのほうが落ち着くから」
「そうなんだ。俺たちは使えねえからな。考えてみるととんでもねえ差別普通にやってるよな。まあ学費とか違うんだろうし安くて多いこっちのほうが断然いいけど」
などと話していると、
「や、八総さん八総さん!」
と市萱が小声で八総の袖を引っ張る。
「なんだ?」
「いや、その、」
と八総の袖を引っ張り、後ろを向いて身を縮め、顔を近づけ小声で話す。
「あの、その、あの子、本名さん……めちゃくちゃ洋ちゃんにそっくりなんですけど……」
「ああ、気づいたか」
「きき、気づいたって……ま、まさかですけど……」
「とりあえず騒ぐなよ。本人だ」
「ヒイィ!」
と奇声を発し飛び上がる市萱。
「騒ぐなって言っただろ」
「すすすすみません! で、でも、ほほほんとですか!?」
「ほんとだ」
「そそ、そんな……や、八総さん、なんで洋ちゃん、じゃなくて本名さんと、お知り合いなんですか……?」
「まあ色々な。偶然だよ偶然。ほんとたまたま」
「……なんで昨日知らないなんて嘘を」
「嘘じゃねえよ。知らなかったのは事実で。先に本名と知り合って、でも本名が七島洋だっては知らなくて、昨日あれ見て顔が同じで初めて知ったって感じで」
「……そんなことってあります?」
「あったんだからしょうがねえだろ。まあ今はこういう場所だしな、あんまバレねえように騒がねえでおいて今度大丈夫な時にちゃんとファンですとか応援してますとか伝えてやれよ」
「ほほ本人にですか!?」
「そりゃな。お前だって伝えたいんじゃねえの?」
「それはその、そうですけど……で、でも、私なんかが、直接お話するなんて、そんなのおこがましすぎて……」
「考えすぎだろ。相手はただの同級生だし仕事中じゃなけりゃただの本名なんだからさ。あっちだって言われたら嬉しいと思うぞ」
「……たまに八総さんの無神経さが羨ましくなります……」
「褒めてんのか貶してんのかどっちだそれ」
「もももちろん褒めてますよ!? え、でも、さっき学園アプリで見て私たちのこと、代表対抗戦応援してるって言ってましたけど……それはその、よ、洋ちゃんが私のこと、見て知ってくれて、認知してくれてて、応援してくれてるって、そういうことでしょうか……?」
「そりゃな。俺のことも知ってたし」
「そ、そんなことがほんとにあるんですか? 夢ですかこれ? そ、そうですよね、わかりました! 全部夢なんですねこれは!」
「まあそう思ってもらってても別にいいけど、夢じゃねえから変なことはすんなよ」
「当然じゃないですか! 夢だろうと自制あるファンですから!」
そう言って親指をぐっと立てる市萱であった。
食後。
「そろそろ行きましょうか。本名さんの方が校舎ここから離れてるだろうし、余裕を持ったっ方がいいでしょうからね」
と埓木崎が切り出す。
「じゃあ本名さん、今日は楽しかったわ。急なことなのにありがとうね」
「いえ、こちらこそ。ご一緒させていただいてありがとうございました」
「ええ。ぜひまたご一緒しましょう」
埓木崎はそう言い、食器を持って席を立ち上がり返却口へと向かう。
「んじゃまたな本名。そっちも午後の授業がんばってな」
「うん。八総くんも対抗戦の練習がんばってね。――あ、その前にちょっといいかな」
と本名が呼び止める。
「八総くん連絡先交換してくれない?」
「え?」
「またこうやって食べる時私も一緒させてもらえるとうれしいから。教えてもらいたくて」
「ああ……いやでも、俺も無知で非常識とはいえさすがに最低限の常識はあるからわかるけど、さすがにそれはマズくない?」
「どうして?」
「いや、だってその、芸能人って普通一般人と連絡先なんか交換していいもんなの?」
「ああ……でも別に芸能人とかじゃなくて、あくまでただの同級生の本名としてってだけだから。そんなこと言ったら誰も友達なんか作れなくなっちゃうし」
「そうだな……んじゃま、失礼して」
とスマホを取り出し、連絡先を交換する八総。
「じゃあ飯食う時教えるわ」
「うん、そうしてくれると嬉しいかな。みんなと食べると楽しかったし。私もメンバーの一員になった気がして」
「気がしただけじゃなくて実際そうだろ。世界も言ってたけどさ。代表対抗戦は他科だから出れないにしても委員会の方は別に誰でも混ざれんだし。忙しくてやってる暇ないかもしれないけど目標が一緒なら仲間で戦友だからな」
「そうだね。ありがとう、仲間に入れてくれて」
「礼なら世界に言ってくれよ。そもそも誰かが仲間に入れるとか許可するとかないわけだし。あいつが言ってる通り誰でもウェルカムなわけだからさ」
「そうだね……それでもありがとう」
「ああ。んじゃま、この前とは意味合い違うけどさ、お互いがんばろうな」
「そうだね……お互い、がんばろう」
本名はそう言って少し手を振り、自分の食器を運んで芸能科の方へ戻るのであった。
「悪い、待たせたな」
八総はそう言って皆に合流する。
「気にしないで、そんなに待ってないから。こっちこそ八総君のおかげで本名さんと知り合えてよかったからね」
「ああ。――お前は全部知ってんだよな、本名のこと」
「全部ではないけれど、あなたの言いたいことはわかるしそれはもちろん知ってるわよ」
「だよな」
「それよりそんな彼女とあなたがどうして知り合ったのかのほうが興味はあるけど、さすがは八総君といっったところね。やっぱり持ってるわよねあなたは」
「別にただの偶然だよ。マジで本名のことっていうか、あっちのことは全然知らなかったし。こっちこそ驚いてるわ」
「それも含めて八総君らしいと思うわよ。たとえそれを知っても何も変わらないわけだし」
「それはそっちも同じだろ」
「かもしれないけど私は慣れているからね。経験があるから」
「それでいや俺も経験はあっからな。リトルの世界大会の時MLBのスーパースターにも会ってるし。世界的にいやあっちの方が断然有名人だからさ」
「そうだったの。けど彼女が私たちのこと知って応援してくれているのはさすがに思ってもいなかったわ。打算的だけど、彼女が応援して拡散でもしてくれればありがたいのだけれどもね」
「あっちでか。そりゃ確かにな。頼んでみりゃいいんじゃね?」
「そういうのは主体的にやるからこそ意味があることだからね。彼女がそうせずにはいられないようなことを私達がやるだけよ。そのためにも残りの短い間、がんばりましょう」
埓木崎はそう言い、先頭を歩むのであった。
*
本名から八総にメッセージが来たのはその日のうちだった。そこでは埓木崎の「目論見」通り、本名が自身の、七島洋としてのSNSアカウントなどを使って対抗戦普通科チームを、総合支援委員会を応援し周知活動の手伝い、「意識改革」に少しでも協力したかったという旨が書かれていた。
しかしアイドル「七島洋」としてやる以上は、それはどうしても「芸能活動」となる。事務所、マネージャーと相談し、許可が必要となることだ。食べておいしかったお菓子をアップするようなこととは異なり(それも場合によってはスポンサーとの兼ね合いによりできないこともあったのだが)明確に何かに加担する意思表示となる。
おまけに「七島洋」は芸能科の人間だ。彼女が芸能科にいるのは、日新学園の芸能科の広告塔としての役割もある。芸能科に関する話題の宣伝、アピールならともかく、普通科の応援など到底許されない。学校からの要請でスポーツ科や特進科などの「花形」を応援し入学希望者や寄付金等を増やすという仕事もあったが、普通科のようなたいして金にもならず実績も将来性もないような科の宣伝をさせるわけにはいかない。加えてわざわざ普通科の「逆襲」を応援するようでは、なにか現体制の日新学園、芸能科に不満があるのではとも解釈されてしまう恐れがある。
ともかくとして、そういう理由でしたいができない、申し訳ないという旨が書かれていた。そのことを八総が埓木崎に伝えると、
「でしょうね。当然だと思うわ。確かにそれがあればとても助かったでしょうけど、けれども初めからなかったものだからね。大事なのは彼女が自らそれをしようと思ってくれたことだし、私達に共感し応援し力になってくれることだから。自分たちのことは自分たちでやっていきましょう」
と答えるのであった。
「それにこれは究極的にはあくまで普通科のこと。普通科内で、普通科の人々でそういうムーブメントが起きるのが最も好ましいからね。とはいえインフルエンサーの影響力は重大だから、誰か普通科内でそういう人がいればいいんだけど」
「それでいやお前以上影響力あるやつなんていないだろ」
「私は違うわよ。主催者みたいなものだし、普通科のみんなにとってはおそらく部外者みたいなものだから」
「自覚はあんだな」
「当然でしょ。私は真の意味で彼らと対等に、共感を得ることはできない。そこにはどうしようもない壁がある。だからこそあなた達の力が必要だし、あなたたちがやらなければならないのよ」
「そうだな……つっても俺も普通科じゃだいぶ爪弾きだけどよ。ま、んなこと言ったってどうしようもねえから信じてやることやるだけだな。あと五日、死ぬ気でやって絶対本番勝ってやろうぜ」




