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17 アイドル

 


 翌日の昼。対抗戦代表の一行は食堂へと向かっていた。「対抗戦のための作戦会議」「親睦を深めるため」ということで少し前から行われていた。メンバーはもちろん五人。しかし宮古は当初拒絶していた。


「俺はいいわそういうの」


「そういわず来いって」


 と再度誘う八総。


「……俺あんま人とつるむのとか好きじゃねえんだよ」


「だろうな」


「だろうなってお前」


「いいから来いよ。じゃねえと男俺一人になっちまうじゃねえか」


「お前こそそういうの気にするのかよ」


「気にするわ多少は。俺なんかずっと男社会の野球しかやってこなかったんだからよ」


「なおさらお前一人で行かせてえわ」


「おい。というかお前もしかして女子が嫌で来ねえの?」


「……まあ別にできないことはねえけどよ。嫌だけど。面子も面子だしな。俺ら五人が一緒に行動してたらめっちゃ目立つだろ」


「とかいって女子が苦手なだけだろ。女子と一緒にいるとこ見られたくねえとか。中学生かよ」


「うっせえアホ。ついこの間まで中学生だったやつが言ってんじゃねえよ。てか別に苦手じゃねえわ」


「じゃあ来いよ。まあ一応は代表対抗戦までの仲間だけどさ、こうしてなんかの縁で集まったんだしな。飯くらいはいいだろ。そっちだって市萱とかと少しは距離縮めるきっかけになるだろうしさ。めっちゃ怖がられてんもんなお前」


「うるせえよ。あいついつもビビってんじゃねえか。というかなんでお前はあんな大丈夫なんだよ」


「身長じゃね? あいつ自分より小さい男には気使うみたいだし」


「……舐めんなよクソが」


 結局は、それが参加の決定打だったのかもしれない。



     *



 代表対抗戦のメンバー五人が、連れ立って食堂へと向かう。五人というのは共に行動するグループとしては決して大人数というほどでもなかったが、メンバーがメンバーだったので恐ろしく目立つ集団であった。ある意味「注目の的」である学内有名人の面々。


 筆頭埓木崎は科に関わらずの有名人であり、八総はその身長と金髪、そして学園アプリの対抗戦活動配信によって普通科内では当然に、他の科でもある程度顔が知られていた。市萱も身長だけでいえば彼女クラスはスポーツ科のバレーボール、バスケット選手くらいしかおらず、また構内激走女子ということでも一部に顔が知られていた。宮古は対抗戦出場決定、アプリでの顔出し後、過去の「悪評」によって悪い意味で知られていた。そんな面々が連れ立って歩いているのだから、自然と視線は集まり皆避けて道も開かれる。とはいえそういうことを気にするのは市萱くらいであったが。


 そうして食堂の前まで来た時、


「あれ、本名さん」


 丁度正面から来た見知った姿、眼鏡にマスクの女子生徒本名葉要に気づき八総が声をかける。


「あ、八総さん」


「こんちわ。本名さんも学食っすか?」


「そうです。八総さんたちもですか?」


 本名はそう言いつつ、一緒にいる対抗戦の面々にもぺこりと頭を下げる。


「そうそう。あれ、芸能科って食堂ここでしたっけ」


「あ、えっと、一応別のところもあるんですけど、こちらも使えるので。その、あっちは結構お高いですし、私はこっちのほうがこう、ゆっくりできて」


「あーそうですか。ここ安いっすもんね。量も多いし。やっぱ動いてると腹減りますもんね」


「そうですね。栄養は大事ですし」


「大事っすよね。本名さん一人っすか?」


「あ、はい。そうです」


「あー、んじゃ一緒食います? 一人でテーブル使ってるのもあれでしょうし」


「いいんですか?」


「まあ俺はいいっすけど、別にいいよな?」


 と八総は仲間たちの方を見る。


「ええ、もちろんよ。誰であろうと大歓迎だわ」


 と微笑んで答える埓木崎。


「けれども八総君が本名さんとお知り合いだったとわね」


「ああ、世界は知ってんのかやっぱ……それやっぱり全部とういうか、あれも知ってんの?」


「もちろん。はじめまして本名さん。埓木崎世界です」


 埓木崎はそう言い、ニコっと笑って手を差し出す。


「あ、こちらこそはじめまして。本名です」


 と本名は埓木崎の手を取り頭を下げ、他の面々にも目をやる。


「みなさんもはじめまして。その、一応芸能科に所属している本名と申します。部外者ですけれどご一緒させていただいてありがとうございます」


 とお辞儀。そこにあのステージ上の力強さはなかったが、やはり慣れているのか非常に丁寧なものがあった。そん中、一人市萱は本名の顔を見てなにやら考え込み、軽く首を傾げている。


「んじゃ俺先に席とっとくわ。六人座れるとこ空いてっかわかんねえし。俺がいりゃ誰も寄ってこないからよ」


「カカシみたいだな」


 ハッと鼻で笑う宮古。


「こういう時便利でいいだろ。でかいし金髪で目立つし」


「あ、じゃあその、私も一緒に席で待ちます」


 と本名。


「そっすか? んじゃ先行ってますか。じゃあ悪いけどみんな宮古のことよろしく」


「何がだよてめえ」


 そう言って睨み返す宮古を背に、八総は本名と共に六人が座れる席を探すのであった。


「ここ広く空いてんな。はじっこだけど、俺らみたいなのははじのほうがみんないいだろうし。んじゃ座って待ちますか」


 と八総は本名と向かい合って腰を下ろす。


「八総さん今日はその、誘ってくれてありがとうございます」


「いやいや丁度会いましたし。そっちこそ迷惑じゃなかったですか?」


「いえ、全然。嬉しかったです」


「そうですか。まあこっちも丁度よかったっていうか、本名さんにちゃんと言っとかなきゃいけないことあったんで」


「え? なんですか?」


「あー、そのっすね……この前は本当にすみませんでした!」


 八総はそう言い、机の上に両手をついて頭を下げる。


「はい? え、いや、頭上げてください! というかすみませんってなんのことですか?」


「いやその、まあ本名さんのこと知らなかったのはこれまもう知らないもんは知らないで仕方ないんすけど、『芸能人とか目指してるんですか?』とか『結構有名な方なんですか?』とか、『芸能活動がんばってください』とか、めっちゃ上から目線でめっちゃ失礼なこと言って、ほんとすみませんでした!」


「あ、いえ、そんな! 全然ですよ! 全然気になんかしてませんし、知らなければ当然ですし、知っていただけてなかったのは全部私の責任というか、力不足ですし」


「いや、そんなことないっすよ。あれは完全に俺が悪いし知らないのも俺が無知すぎるってだけで。とにかくほんともう、申し訳なさすぎて……めっちゃ後悔してます」


「そうですか……私はほんともう全然、気にしてもらわなくて大丈夫なんですけど……じゃあその、あれ、気づいてもらえたんですね」


「あれ?」


「……その、昨日のライブの……」


「ああ、あの」


 八総は昨日のライブでの本名、もとい七島洋のあの「意趣返し」、ステージ上からの指差しウインクを思い出し、再び頭をかきむしりたくなる。


「はい……その、ステージ上から八総さんのこと見つけて、思わずしてしまったといいますか……」


 本名はそう言い、どこか恥ずかしそうにうつむく。


「ああ、俺目立ちますからね。デカくてこんな頭ですし。いやでも、ほんと、本名さんめちゃくちゃすごい人だったんすね」


「そんな、私なんて全然、まだまだなんで」


 と両手を振って否定する本名。


「いや、俺ああいうの全然見たことないですしめっちゃど素人ですけど、でもめちゃくちゃすごいと思いましたよ」


「そうですか? なら良かったです」


 とマスク越しに笑う本名。


「いやほんと、こりゃやべえなって。市萱もあんだけ熱狂するのもわかるっていうか。あ、市萱ってのはさっき一緒にいた背の高い女子なんですけど」


「あ、存じてます。代表対抗戦の方なんで。学園アプリで見てますし。昨日も一緒にいましたもんね」


「そうですそうです。あいつがなんか本名さんのすげーファンみたいで。昨日もめっちゃ喜んでましたけど。俺もあいつに無理やり連れてかれて。まあ自分よりでかいのが一緒にいれば俺の方にヘイトが向かうからって。まあデコイっすね。でかいと後ろの邪魔になるんで」


「ああ、そういうのでしたか」


「はい。いやでもほんと……こういうのも失礼かもしれないですけど、本名さんステージの上と普段じゃ全然違うんでマジでびっくりしましたわ。別人っていうか」


「それは、よく言われます……その、ステージ上とか、お仕事の時はスイッチが入ると言いますか」


 とどこか気恥ずかしそうに答える本名。


「あー。確かにアドレナリンとか出ますもんね。俺もマウンドの上じゃドバドバ出てましたし。まあ全然環境違うと思いますけど」


「ピッチャーやられてたんですもんね。でもやっぱり、ライブとかとは違って対戦相手がいるとか、勝敗があるっていうのは全然違うと思いますし、ピッチャーなんてプレッシャーとか打たれたときの責任とかが私たちなんかとは全然違って大変そうで」


「確かにそうかもしれませんね。でもそっちなんかはもうお金貰って仕事でやってるわけですから、それと比べりゃ全然気楽ですよ学生の野球なんか。昨日のは無料でしたけど、おかげで見れたんでほんとよかったです。本名さんくらいすごくても学校内のああいうの出るんですね」


「あれはその、急遽決まったって言いますか、私が無理言ってお願いして。その、八総さんとお話して、私もっとがんばらないと、知ってもらわないとって思ったんで」


「いや、それはもう知らない俺がおかしかっただけっすから。おかげで知れたんで個人的にはありがたいっすけど。ほんと全然テレビとか見ないんで。今も寮にテレビなんかないですし。けどほんと実際見て、アイドルとか芸能人とかが人気でファンがいるってのもわかりましたね。俺ほんと誰かのファンとかそういうの全然なかったんで」


「そうなんですか? 野球やってたなら野球選手のファンになったりはしないんでしょうか」


「ほとんどは好きな選手とかいるんじゃないですかね。でも俺は別にそういう、ファンとか好きとか憧れは昔からずっと全然で。


 なんていうんですかね……たとえば大谷とかいるじゃないですか。めちゃくちゃすごい人が。俺も動画とかはよく見てましたけどでも興味があるのはあくまで投球とか、要するにどうやってその球投げてるかとか、どうやって体作って維持してるかとかそういう実践、真似できる部分だけで。一人の選手ってより教科書とか正しい正解みたいな感じでしか見てなくてそういう意味じゃ憧れとかは全然なんですよね。応援とか、活躍見て憧れるとか元気もらうとか、そういうのは全然で」


「そうなんですか。スポーツ選手の場合はそういうものなんですかね」


「どうでしょうね。あんまいないとは思いますけど。ぶっちゃけ結局他人じゃないですか。それはあくまで他人の人生で、自分の人生じゃなくて。でも投球フォームとか変化球の投げ方とかは、そういうのは真似できるしそれが自分の人生になりますし。まあなんか言ってて薄情な気もしますけど、ずっとそんな感じでしたね」


「そうですか……アイドルの立場からするとなかなか切実というか、大変な問題ですね」


「いやいや、多分俺が違うってだけなんで。というかあくまで野球の場合はですからね。アイドルなんか俺は全然真似できないですし、やろうとも思わないですから。そういう方が逆に力もらえるんじゃないですかね。応援とか応援されるとかも。実際まあ、昨日のライブ見て俺ももっとがんばんねえとなって思いましたし。市萱なんかめちゃくちゃやる気出してて。ほんとすごいと思いますよ本名さんたちがやってることは。ピッチャーなんてしょせん自分のことだけっすから」


「そうですか……でもそうなってもらえたなら嬉しいです。やったかいがありましたし、自分は間違ってないんだなって思えますから」


「そういうのって大事っすよね。あいつらようやく来たみたいっすね」


 八総はそう言い、向こうから近づいてくる仲間たちの方を見る。


「んじゃ俺らも行きましょうか。席よろしくな」


 と八総は埓木崎に言い、本名と共に食券前の列に向かうのであった。


「いやー腹減った。本名さんもあんな激しいこと毎日やってるんでしょうからやっぱ腹減りますよね」


「そうですね。でも体重管理は大事なんで」


「そっすよねやっぱ。俺らなんかとにかく増やせって感じだったっすけど。やっぱ本名さんたちは大変っすね」


「そうですね。でも必要なことですし。――あの、私ただの同級生ですし、全然敬語とか使わないでもらって大丈夫ですから。さん付けとかも大丈夫ですし」


「そうですか? いやでも本名さんはただの同級生じゃないですし、立場とかも考えるとマズイんじゃないですかね」


「いえ全然、そんなことないですよ。今の私はあくまでただの本名なんで。仕事は関係ありませんし」


「そっすかね……いやーでも、さすがに俺でもそれはマズイってわかるんで。本名さんめっちゃすごい人ですし、芸能人ですし」


「……でも埓木崎さんには普通にしゃべってますよね……下の名前で呼んでましたし……」


「いや、あいつはなんかこう、確かに色々すげえやつなのかもしんないですけど、でも全然そんな感じないっていうか、なんかこうすごい誰とでも対等な感じしか出してこないんで」


「そうですか……やっぱりすごいんですね埓木崎さんって。わかった、私のほうが敬語使ってたら八総くんだって使いづらいもんね。人に求めるならこっちからしないと」


「そう? んじゃまあ、本名がそう言うなら。俺も正直そっちのほうが喋りやすいけど、でも自分でも口悪いってわかってっからなあ」


「はは。でも野球部ってみんなそんな感じじゃない?」


「だな。それよか目上にっすっす言ってるほうが多いだろうけど」


「確かに。さっきもそうだったもんね。同級生にそういうふうに喋られてるとすごい変な感じで」


 本名そう言って笑う。八総はそこに、少しだけステージ上のあの七島洋の面影を見た気がした。


(いやーでも、まさかこんなすげえアイドルと知り合いになってタメ口で話すとはな。いくら日新とはいえ思いもしてなかったわ。あるんだなーこんなこと。さすが日新っていうか)


 すごいところに来ちまったもんだ、と八総は思うのであった。


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