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15 穴があったら入りてー!



 その翌日の昼。


「やややややややや八総さん!」


 とクラスに飛び込んできたのは市萱。


「なんだよそんな慌てて」


「あああ慌てもしますよ! ととにかく一緒来てください! 一生のお願いです!」


 と八総の腕を掴みぶんぶんと振る。


「わかったから引っ張んなって」


「早く早く急がないと!」


「なんだよマジで。急ぐのはいいけど廊下走んなよケガするぞ」


「ううううででも!」


「早足でいいだろ早足で。外出たら小走りでさ。とにかく校舎ん中は走んなって」


「わわかりましたけどとにかく急いで!」


 市萱はそういい、大股にほとんど競歩といった速度で先にずかずか歩いていく。


「なんなんだよマジで……」


 八総はため息をついた後、急いで市萱の後を追うのであった。




「八総さん急いでください! 早く!」


「わかったからちょっと待てって」


 外に出た後、八総はようやく追いつく。


「なんなんだよほんと。パシリじゃねえよな」


「そんなわけないじゃないですか! もっと重要なことですよ! 七島洋ななしまようちゃんがステージに出るんです!」


「は? ナナシマヨウ? てかステージって?」


「八総さん洋ちゃんを知らないんですか!?」


「知らないけど。誰? 友達?」


「そんなわけないじゃないですか! アイドルですよアイドル! 今をときめく超人気アイドル七島洋ちゃん!」


「へー。でステージって?」


「いいから急いでください! いい場所なくなっちゃうじゃないですか!」


 そう言って先をひた走る市萱。「お前キャラ変わってんじゃねえか……というかなんで俺呼んでんだよ」と思いながらも、仕方なしにその後を追い走る八総であった。




 たどり着いた先は、学園の構内に存在する「野外音楽堂」。学園内の様々な催しが行われるステージであった。主に利用するのは芸能科、音楽科などであり、ライブやコンサートが中心。授業でも使われるが学園内での発表会のようにも使われる。学園祭の際は当然フル稼働で様々な催し物が。日新学園で「ステージ」と呼ばれる場合は大抵がここであった。


 利用者の大半が芸能科、音楽科であるため、当然そこから近い場所に立地している。普通科からは離れており、動線上にもなく、入って一週間程度の八総にはまったく馴染みのない場所でありそもそも存在すら知らなかった。


 そんな野外音楽堂には、すでに多くの生徒が集まっていた。


「あああ! やっぱりすでにこんなに人が! 八総さんあそこ! あそこです! 丁度二人分くらい席あいてますよ!」


 と市萱は勢いよく駆け下りていく。野外音楽堂はコンサートホールのように客席部分に傾斜があり、背もたれのない椅子がいくつも置かれていた。しかしその前の方はすでに埋まっており、立ち見もいる。


「よかったぁ……なんとかある程度前の方の席とれましたね!」


「そんな前行きたいならあいつらみたいに立ち見でいいんじゃねえの?」


「立ち見はルール違反なんですよ。それにほら、私背が高いんで……こういうところであんまり前に行くと後ろの人に迷惑でしょうし……ここは傾斜あるのでその心配もあまりないんですけど、前は平坦ですから」


「確かにそういうのあるか。というかいい加減聞くけど、なんだよこれ」


「はい? どれがですか?」


「全部だけど、まず初めから聞くわ。さっきナナシマ? とかいうアイドルのステージとか言ってたよな」


「そうなんですよ! というか八総さん洋ちゃん知らないってほんとなんですか!?」


「アイドルなんだよな。俺テレビとか全然見ないからさ」


「それにしてもありえないと思うんですけど……」


「ありえんだからしょうがないだろ。それでステージってのはなんだよ。さすがにこれがそのステージだってのはわかるけどさ」


 と八総は目の前、客席の先にあるステージを指差す。


「ここは日新学園の野外音楽堂ですね。ライブとかコンサートに使うところです。芸能科とか音楽科とかの人たちですね。ここで芸能科や音楽科の人たちのライブやコンサートがたまに行われるんですよ」


「へー。それって授業で?」


「その一環もあるみたいですけど色んな利用方があるみたいですね。それでなんですけど、芸能科にいるアイドル専攻の方とかもたまにここでライブをされたりするんですけど、なんと今日今から七島洋ちゃんがライブをするらしいんです!」


「らしいって?」


「突然発表があったんですよ! 学園アプリ内の告知で!」


 と市萱は興奮気味に話す。


「七島洋ちゃんが日新に入ったって噂はあったんですよ! でもまさかほんとにいて、しかもライブするなんてすごすぎるじゃないですか! 告知見て慌てて八総さんのところに行ったんです!」


「そういうこと。要するに有名なアイドルが実は日新の芸能科の生徒で、いきなりここでライブする発表があったと。で、なんで俺のこと引っ張ってきたんだよ」


「いざとなったらその体と威圧感で群衆をはねのけて前の良席を確保するためです!」


「おい」


「で、でもそれだけじゃないですよ? 私ほら、大きいんで後ろの人に迷惑ですし、そういう配慮しなくちゃいけないから……でも私より大きい八総さんが一緒なら私より八総さんがヘイト買ってくれるじゃないですか!」


「囮かよ」


「そうです!」


 市萱は真っ直ぐな目ではっきり言い返す。


「そんなはっきり言われたらなんも言えねえわ……まあ理由はわかった。先に言えって感じだけど。その感じだとお前そのナナシマって人のこと好きなんだな」


「そりゃ大好きですよ! ファンです! 推しです! めちゃくちゃ可愛いし歌もうまいしダンスも素敵ですし、すっごくキラキラしてていい子なんですよ! 憧れです!」


「へー。意外ってほどでもないけど、アイドルとかそういうのに憧れあったんだな」


「それはその、私やっぱりこういう感じですし……ずっと自信とかなくて。でもテレビの向こうのアイドルたちは、すごくキラキラしてて、元気をくれて……だからその、やっぱり大好きですし、憧れます……洋ちゃんはですね、その中でも特にキラキラしてて、すっごい勇気をくれるんですよ! 私ディフューズもエア大好きですけど、やっぱり一番は洋ちゃんなんです! やっぱり同い年ですから、同い年なのにすごいなーって、自分もこんなふうになれるのかなーって、すごく思って」


「そういうのか。確かに同い年ってのは影響でかいわな。じゃあお前もアイドルとか目指さねえの?」


「なな何言ってるんですか! 私なんかそんなの全然! 無理無理無理です!」


「そう? 背高いしいけんじゃねえの? なんか女優とかモデルって大抵背高いじゃん」


「それはまた別の話ですけど、どっちにせよ芸能人なんか絶対ムリですし、そもそも憧れって行ってもそういうのとは全然違いますよ! こう、人として憧れるっていうか! 生き方とか自信とか、そういうので!」


「なるほどね。まあでも市萱がそこまで言うの聞いてるとさすがに俺もどんなんだろうって興味は湧いてきたわ」


「ほんとですか!? ならよかったです! というか今更なんですけど、なんか無理やり連れてきてしまってすみません……」


「ほんと今更だな」


「ちょっと必死すぎて……」


「いいよ別に。こんなんでもないと見る機会もないだろうし。そういやある意味タイムリーだしな。日新にもいるわけだしこういうのは少しは知っとかねえと」


 そこで当然野外音楽堂に音楽が鳴り響く。


「みなさまお待たせしました。本日の芸能科の特別課外活動、学内公演会にお集まりいただきありがとうございます。本日公演を行いますのは、日新学園高校芸能科所属――」


 と何人かの名前が読み上げられていく。そうして


「最後に、一年、七島洋です」


 そのアナウンスに、音楽堂に集まった面々が歓声を上げた。


「それでは短い間ですが、皆様お楽しみください」


 そのアナウンスのあと、数人の女子生徒がステージ上に姿を現した。


「どれがその人?」


「いえ、この方たちは違います。さっきアナウンスでありましたけど、今日は何人か方たちが出られるみたいなのでその最初の方たちですね。普段も何人かまとめてやってるみたいです」


「へー。まあ準備大変だしな」


「そうですね。アナウンスの感じだと洋ちゃんは多分大トリのはずです! 当然ですね!」


 そう言って市萱は目を輝かせるのであった。



 ステージ上では次々にライブ、歌やダンスが披露されていく。野球漬けの日々を送ってきた八総にとっては馴染みがないものであったが、それでもやはり素直に感心せずにはいられなかった。


(すごいもんだなほんと。これで同じ高校生なんだろ。芸能科ってのはやっぱすごいな。もうほとんどプロじゃん。相当練習してきたんだろうな。けどこっからほんとにプロになってしかも売れるやつなんて、ほんとに一握りなんだろうな。野球と変わらねえ厳しい世界なわけだ)


 そう考えつつ、ふと昨夜のことを思い出す。


(本名さん、だったよな。芸能科とかいってたけど、あの感じでこんなすごい中でやってけんのかね。結構大人しそうな感じだったけど。いくら美人だろうとこういうのは顔だけじゃないんだろうしな。つってもなんにも知らないからな。めちゃくちゃ歌上手いとかダンスが上手いとかなのかもしれないし。芸能科っつったら女優とかもあるのか。あれ全部演技とか。まあでも大変だよなあほんと)


 などと考えていると、腹がぎゅるると鳴る。


「市萱、俺腹減ったからもう飯食い行ってもいい?」


「はい!? 何言ってるんですか! まだ洋ちゃんのライブ始まってないですよ!」


「いや、まだ飯食ってないし。というかこれ終わってから食ってる時間あんの?」


「空腹なんて我慢すればいいじゃないですか! 休み時間にパンでも買って食べればいいんですよ! 洋ちゃんのライブなんて一生もんですよ!?」


「……はい。見ます」


 八総はそう答え、腹を抑えつつ下を向く。


 はあ、腹が減った。ライブじゃ腹は膨れねえだろ。飯食いてえ。ていうか俺はなんでこんなとこにいんだ? 市萱だって別にもう俺いらねえだろ。


 などと思っていると――突然ワッと、大地がせせり立つような歓声が上がった。


「洋ちゃーん!」


 と隣で人が変わったように叫ぶ市萱。音楽堂の雰囲気で、「大トリ」七島洋がステージに立ったことがわかる。


 八総は顔を上げ、一人ステージ上に立つ女子生徒の方を見た。


(――ん?)


 八総は目をこすり、今一度ステージ上の女子生徒、「七島洋」をよく見る。


(……んんんんん???)


 見間違えじゃない。見間違えじゃないはずだ。見覚えがある、気がする。


(あの人、どっかで見た気がすんだけど……というかあの顔昨日見た気がすんだけど……ん? え? あれ?


 ――あれ本名さんっぽくね?)


 遠目に見えるステージ上に立つ「七島洋」の顔は、昨夜駅で話したあの「本名葉要」の顔瓜二つであった。


(いや、だってあれ、少しだけだったけど、マスクとメガネ外したあの顔……え? いや――え?)


 そんな八総はよそに、音楽がかかり、ライブが始まった。



 ステージ上で歌い踊る、七島洋。それらは素人の八総がからしてもこれまで出てきた生徒たちと比べ別格だった。それ以上に、何より華。ステージ上での輝きが違う。発する力が違う。表情、笑顔、視線。これが売れっ子、一流のアイドル……


 いや、というか。


「――なあ市萱」


「はい!? なんですか!?」


「七島洋ってさ、それ本名ほんみょう?」


「そんなわけないじゃないですか! 芸名ですよ!」


「あ、そう……彼女本名ほんみょうなんていうの?」


「知るわけないじゃないですかそんなこと!」


 邪魔するんじゃないと言った具合に言い放つ市萱。仕方ないので八総は今一度ステージ上の七島洋に視線を戻す。


(いや、えぇ……マジで? どうなの? 他人の空似? 本人? 気のせい? いやでも、ええ?)


 そんなふうに思いながらステージ上の七島洋を凝視していると――瞬間、目が合った。



 七島洋が笑った。八総に向かって笑いかけた。そうして八総の方を指差し、ウインクして見せる。


(――ああ、こりゃあれだ。本名さん本人だわ……)


 八総は、引きつった笑みを浮かべる他なかった。


「ちょ、八総さん八総さん! 今の見ました!? 洋ちゃんが! 私の方見て笑って! 指さして! ウインクしてくれて!!」


「……ああ、そうだな……」


 あれ多分俺にだけどな、と思いつつ、八総はそっとスマホを取り出し、「七島洋」と検索する。そこに表れた画像は、やはり昨夜見た本名葉要の顔であった。八総は、一つ大きなため息をつく。



 ――ハァー……やっちまったー……



 はっずかしー! 穴があったら入りてー! 顔から火が出るってこういう気持ちか! こんな、めちゃくちゃすごいアイドルに、「芸能人とか目指してる感じっすか?」とか、「結構有名な方なんですか?」とか、「芸能活動がんばってください」だの、偉そうにどの口で言ってんだよテメー!


 知らねえのは百歩譲って仕方ない。知らねえんだから仕方ない。けどこんなすげえ人に何偉そうに言ってんだよ俺のバカヤロー! 何様だよマジで! うわーほんと、はっずかしー! 記憶消してー! 忘れてくれ! 今の感じだと完全にあっち俺のこと視認してた感じだけど、あれあれかー! 意趣返しみたいな感じかー! 普通科の金髪落ちこぼれが何偉そうに喋ってんだよっていうあれかー! 逃げらんねー! ぜってー忘れてくれねーじゃんこんなの! もう、ほんと、やり直させてくれ! 俺のバカ野郎が!



 ライブのさなかも、八総は一人悶絶し頭を抱えるのであった。



     *



 そしてライブ後。


「いやーヤバかったですね! 生洋ちゃんめちゃくちゃすごかったです! 可愛すぎるしエネルギーがすごすぎて! ほんと感激しました!」


 と目を輝かせて言う市萱。


「ほんとな……」


「お、八総さんも感激のあまり言葉もない感じですか!? どうでしたか洋ちゃん!」


「いや……色々反省だわほんと」


「はい?」


「まあこう、世の中には知らねえと色々後悔することもあんだってな……」


「そりゃそうですよ! 洋ちゃんを知らないなんて人生損すぎます! 今日見られてほんとによかったですね!」


「まあな……」


 よかったのか悪かったのか。八総は悲痛な思いで食堂へと向かうのであった。




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