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14 日新学園芸能科

 


 放課後の練習後。すっかり暗くなった中、帰宅すべく八総は一人駅へと向かっていた。八総は気になった点があると修正と復習のために一人居残り練習することもある。ハードな練習は野球で散々経験済みであり、体力にも自信はある。本番までもまだ日があったし、オーバーワークか否かの判断もできる。それよりも今は少しでもフォームを。直線しか走らないのだからとにかくわかりやすくタイムを縮めなければ、と。


 そうして一人練習を終え、駅に着く。時間が時間なので制服を着た生徒の数は多くない。大半が部活帰りか、そうでなければ周辺で遊んでいた者。でなければ近辺の塾に行っていたものか、遠方から帰ってきた者くらい。


 そうして歩いていると、見覚えのある姿を視界の端にとらえ、はたと足を止めた。


「あれ、音金じゃん」


「あ? ――八総かよ」


「よう。こんなとこで何してんのお前ら?」


 と八総は声をかける。相手は体育の授業中に対抗戦に誘って断られた相手、音金たちであった。あんなことがあったけどまあ、一年同じクラスなわけだしな。仲良くなることだってあっかもしれねえし挨拶くらいはしとかねえと、と歩み寄る八総。


「こんな時間までいるってことはお前らもなんか部活してんの?」


「うっせえよ。お前には関係ねえだろ」


「いや、別にそれくらいよくね?」


 と答えたところで、彼らの輪の中、というより奥に一人の女子生徒がいることに気づく。その様子は、少なくとも彼らと親密な関係であるようには見えなかった。


「え、ていうかこれ大丈夫な感じ?」


 と彼女を指さして言う。


「てめえには関係ねえだろ。いいからどっか行けよ」


「いやいや、さすがにこれは大丈夫じゃなさそうでしょ。こんな時間にこんなとこで男三人で女子一人取り囲んでさ。事情知らねえけどよくはねえだろ」


「なんなんだよてめえマジで。『埓木崎の犬』だからって調子こいてんじゃねえぞ?」


「誰が犬だっつうの。ほんとに噛むぞ」


「おい、やめとけって音金。こいつマジで後ろに埓木崎ついてんだからよ。告げ口されたらなにされっかわかんねーぞ」


 と仲間の一人が真実味のあるトーンで音金に忠告する。


「……チッ、クソ。もう行くぞ」


 音金はそう言い、仲間たちとともにその場を立ち去る――去り際にわざと八総の肩に体をぶつけながら。


「ってー……マジかよあいつ」


 そこまでするか普通? そんなに嫌われてんのか俺? つか「埓木崎の犬」ってなんだよおい。誰が犬だよ。マジで噛みつくぞこら。などと思いつつその背を見送り、ふと思い出して振り返った。


「あーっと、大丈夫っすか?」


「あ、はい、一応は……」


 と女子は答える。メガネにマスク。夜ということもあって顔はよく見えないが、背はそこそこに高い。そして見る限り日新学園の制服を着ていた。


「あー、なんかその見た感じあんま大丈夫そうじゃなかったっていうかよくなさそうな感じだったんで思わず割って入っちゃいましたけど、問題なかったですかね」


「いえ! そんな、全然。むしろ本当に、助かりました……ありがとうございます」


「ならよかったですけど。とりあえずそこ座ります? あの後でこんなでかいの正面立ってられるとあれでしょうし」


 とすぐそこのベンチを指差す八総。


「あ、すみません。お気遣いありがとうございます……確かにちょっと疲れたんで、お言葉に甘えて座らせていただきます」


 相手の女子生徒はそう言い、ベンチに移動する。


「んじゃ俺も。なんか横に座ってすみません。なんせでかいんで立ってると圧がすごいでしょうから。なんか飲み物とか買ってきます?」


「あ、いえ、全然。そこまでしていただかなくても大丈夫です。ただちょっと色々と、大変だっただけなんで」


「あーそうですか。大丈夫ならいいんすけど。結局あいつらなんだったんですかね」


「ちょっとその、色々と……私にも悪い部分があったんで……」


「いやいやそんなことないと思いますよ。たとえなんかあったとしても男三人で女子一人取り囲んでたら悪いでしょ。こんな時間に。多分日新学園の生徒ですよね。それ制服」


「あ、はい。そうです」


「ですよね……そのワッペンってどこの科でしたっけ。あんま見覚えなくて」


「これはその……一応、芸能科になります」


「芸能科!? 芸能科の人見んの多分初めてっすわ。はー、すごいっすね。んじゃ芸能人とか目指してる感じっすか」


「え? っと、まあ一応は、そんな感じになります……」


「へー。いやすごいっすねほんと。今更だけどなんかほんとに日新学園来たんだな―って感じましたわ。あー、じゃあさっきのやつらもそういう感じのあれですかね。サインくれみたいな」


「あ、っと……まさしくそうですね……」


「それであんな。いやでもそれはヒャクパーあっちが悪いんですよ全部。サインあげんのも全部そっちの自由ですしあんな囲まれちゃね」


「そうですね。それもありますけど、ちょっと色々ありまして……」


「あーそうですか……サイン求められるってことはもしかして結構有名な方だったりするんですかね。すいません、ちょっと自分芸能人とか疎いんで見ただけじゃわかんないんですけど」


 と八総は眼鏡とマスクで隠れた彼女の顔を見る。


「あ、失礼しました! すみません、助けていただいたのにこんな眼鏡にマスクで」


「いいっすよ全然。多分変装っすよね? 芸能科は大変っすね」


「芸能科もみんなじゃないですけど……あの、とにかく助けていただいた方にこれじゃほんと失礼なんで、これ一旦外しますね」


 そうしてマスクとメガネを外した女子生徒。それらがなくてもわかっていたことだが、暗がりでもわかるほど恐ろしく目鼻立ちの整った女子であった。


 その顔を見て、八総は少し考え込む。


「――すいません、やっぱちょっと存じ上げなくて……」


「いえいえ全然! こちらの知名度がまだまだなだけですから! もっと私が頑張らなくちゃいけないってだけの話で」


 と女子は言いつつ、再びメガネとマスクをつける。


「いやーでもあんま気にしないでください。俺マジでテレビとか全然見ないんで。ほんと芸能人のこととか知らないんすよ。ずっと野球しかやってなかったせいで」


「野球……あの、人違いでしたら申し訳ないんですけれど、八総宗也さん、ですよね……?」


「え、なんで知ってんすか?」


「あの、私もその、学園アプリで見させていただいて」


「あーマジっすか。あれそんな広がってるんすね。普通科だけじゃなくて芸能科まで。あ、その八総です。はじめまして。よろしくどうぞ」


「あ、はい、こちらこそ。はじめまして、芸能科一年の、その、本名葉要ほんなはいると申します」


「それはご丁寧にどうも」


「はい。それで、あの――代表対抗戦、すごく応援しています!」


「マジっすか? それ普通科を?」


「はい! その、みなさんの活動を、練習を見ていて……目的とか意志とか、そういうのがすごく励みになりました! すごく感動しました」


「あーマジっすか。そりゃ世界、埓木崎が聞いたら喜ぶなー。俺もめっちゃ嬉しいっすわ。ちゃんと届いてんだなーって思えるし」


「はい。あの、その中でも、八総の言葉にはその、すごく感銘を受けて……」


「感銘? 俺なんかが言ったことがですか?」


「はい! あの、インタビューでの、『自分の人生を取り戻したい』って。自分の人生を自分の手で生きてる、コントロールしてる、そういうのを取り戻したいって。それが、すごく、心に響いて、共感できて……


 そっちの人生の方がいいから。自分がどういう人生生きたいかって、そりゃ断然こっちの人生のほうがいいでしょって、そういう一見当たり前でシンプルな言葉も、すごく難しくて、でもだからこそ、そんなにストレートにこんなこと言えるのって、どううことなんだろう、どういう人なんだろうって……」


「まあ、見ての通りのただの金髪デカブツですけどね」


「いえそんな! 八総さんはただの金髪の大きい人じゃないですよ! その言葉だってその、実際やるのも言うのも難しいですけど、でもやっぱりそっちの方がいいってわかってるし、それが一番だって思うから、だからこそまっすぐにに突き刺さるって言いますか……すごく、必要な言葉を投げかけてくれたみたいで……」


「そう? そんなに?」


「はい! だからその、すごく励みになりました!」


「そっすかー。いやー、でも直接そんなこと言ってもらえるとこっちも励みになりますわ。よっしゃって感じっすね。やっぱ間違ってなかった、これでいいんだって。こちらこそほんとありがとうございます」


「いえいえ私は何も。ほんと見て、勝手に感銘受けてただけですから」


 と本名は手を振る。


「八総さんは、ほんとすごいと思います……肘怪我されて。すごいピッチャーだったのに投げられなくなって……そんな、普通なら心折れそうなことがあっても、今またああやって、しかも科のため、みんなのためってあんなふうに必死に戦って……ほんとに、すごいなあって思いました」


「いやあまあ、色々言ってたし嘘ではないっすけど、やっぱヒマっすからね。ケガでヒマしてんなら楽しいことして時間使ったほうが、人生使ったほうが絶対楽しいだろってだけで」


「それでも、そこでそうやって決めて動けるのはすごいと思います。それにその、同じだなあって言うか、そうだよねって、すごい思いまして」


「何がっすか?」


「その、対抗戦で勝つことで、がんばる姿を見せることで、みんなを励ましたい、応援したい、背中を押したいみたいなのがすごく……そういう目的でやってるんですもんね。そういうの、すごく私、というか芸能人、芸能活動と同じだなあって思って」


「あー、なるほど。確かにそういうのは聞きますね」


「はい。だからその、私自身も励まされましたし、それでいいんだって、すごく思えて……同じような目標を、夢を持ってがんばってる人がいるんだから私もがんばろうって、すごく思ったんです」


「それはありがたいっすね。まあ普通科の勝利というか、意識改革みたいなのを目指してはやってますけど、別に科とか関係ないですからね。ちゃんと届くとこには届くんだなーって嬉しいっすわ。そりゃまあできるもんなら普通科の連中に届いてほしいっすけどね。さっきのやつらとか」


「ああ……」


「んじゃま、色々あったしこんな時間なのに長々すいませんでした。俺もう帰るんでお気をつけて。暗いし遅いっすからね」


「そうですね、大丈夫です。ここからはタクシーで帰るんで」


「それが一番っすね。ちなみに多分芸能科の寮ですよね。そっちの寮ってどんな感じですか?」


「すごくいいところですね。きれいで新しいですし、色々手厚くて」


「やっぱそっすかー。いやー普通科の寮はお古のアパートみたいな感じなんすよ。それでも住まわせてもらえるだけありがたいんすけどね」


 八総はそう言って笑う。


「んじゃま、本名さんも芸能活動とかがんばってください。応援してます」


「はい。八総さんにも知ってもらえるようがんばります。八総さんも、対抗戦がんばってください。応援してますし、勝てるって信じてます」


「ありがとうございます。これ以上ないって言葉っすね。俺も勝てるって信じてるんで、まあ時間あったら見にでも来てくださいよ。んじゃ」


 八総はそう言って軽く頭を下げ、駅の構内へと向かうのであった。




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