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12 やってみないとわからない

 


 数日後。毎日の猛練習で疲れはあったが、それは八総にとっては懐かしいと同時に程よい疲れでもあった。野球をやっていた頃の地獄の練習に比べればこんなもの。心地よさと充実感すら覚える。野球をやめた後もほぼ毎日走ってはいたが、それは短い距離を全力で何度も走るのとは違う。長い距離のランニング。当然使う筋肉は異なり、疲労も異なる。とはいえ毎日走っておいて良かった、それがなかったら正直ダメダメだったな、と八総は思うのであった。


 この数日の変化はそれだけではない。一番は人。というより周囲の目。埓木崎の思惑通り、初日から彼らの活動は学園アプリによって「配信」された。「落ちこぼれ普通科のくせに身の程もわきまえず対抗戦で勝とう」としている彼らの存在は、すぐに学園中に広がり好機の的になる。筆頭にして主犯たる埓木崎は、そもそもが超有名人なので特に変化はない。あえて言うなら「あれほんとに本気だったんだ……」「マジでやってるよ……」くらい。


 見た目だけで一番目立つのは、やはり八総。その身長に金髪。ついでに言えば顔もいい。そんなんだから当然目立つし、「あ、あれあの……」といった具合で見られる。「埓木崎の世迷い言を真に受けちゃった現実見えてないバカ」などとも噂される。しかし噂されれば当然に、そこに「肘を壊して投げられなくなった元中学日本代表ピッチャー」などという真実も含まれていく。なにはともあれその「奇行」と圧倒的な存在感は、あらゆる意味で瞬く間に注目の的となった。


 それは宮古も同じこと。ビジュアルだけでは八総に比べて圧倒的に目立たないが、それでも埓木崎のいう事を真に受けた「3バカ(一応喜庵もいたがノーカウントで、埓木崎のことは当然バカなどと言えず)」の一人として注目され、有名になる。そうなると当然噂され、その中には「傷害事件を起こしてスポーツ科に入れなくなった前科持ち」などという「事実」も含まれ拡散されていく。そんな人間は当然応援などされず、避けられ、孤立を深めていた。とはいえ宮古にとっては関係のないこと。これがなくてもおそらくいずれ起きていたこと。誰かと親しくなり、その後で離れられるよりははるかにマシだと。今は走ることが、勝つことがすべてであると。


 市萱もまた、その知名度は数日で瞬く間に上昇した。「3バカ」唯一の女子。おまけに180以上の高身長(ついでに動画を見る限りめちゃくちゃ速い)。それ以前から「構内猛ダッシュ」という奇行により一部から認知されていたわけだが、それが一瞬で学園中に広がったという具合。そんなふうに目立つのも、周囲の目も、市萱にとっては初めてのことで耐え難い苦痛であった。そんなわけで、


「八総さん埓木崎さーん!」


「お前ほんと休み時間のたびに来るなマジで」


「だってなんかすごく見られてるんですよ!」


 と半泣き状態で八総たちのクラスに飛び込んでくる市萱。


「まあ確かにここまでとはって感じだけどな。見通さんの動画もいいからなー。あの人ドキュメンタリーマジうまいよな。びっくりしたわ。やらしいっていうか作為的でさ。当事者として見ててもこりゃ効果ありそうだなーって思うもん」


「何呑気に言ってるんですか! そのせいでこんな事になってるんですよ!? ほんときついんですよ全部! どこ行っても何しててもすごい見られて、噂されて!」


「毎回こっち来っからだろ。教室で大人しく座ってりゃ他のやつには会わなくね?」


「でもわざわざ見に来る人までいるんです!」


「いるなーそれ。そっちもか」


「八総さんたちの方にも来てるんじゃないですか!」


「来てるけどまあ、睨みつけりゃ黙って帰ってくしな。市萱もやれば?」


「ででできませんってそんなこと絶対! 睨むだなんてそんな、生まれて一度もしたことないですし!」


「マジで? そんなことってあんの?」


「そりゃ、だってそもそも人と目を合わせるのが無理ですし……」


「確かに合わないよなーお前」


「うぅ……とにかく休み時間くらいこっちに避難させてもらえないとほんと倒れそうで……ら、埓木崎さん私だけクラス替えでこっちとかできません!?」


「事情があれば別だけど、それじゃあね。なんでも聞いてたら無法地帯にもなってしまうし」


「うぅ、やっぱり私になんて居場所も救いもないんだ……」


「慣れるしかねえだろ。別にただ見られてるだけなんだろ?」


「……でも、中には悪口っていうか、バカにしてくる人もいますし……」


「は? マジかよ。誰だよそれ」


「名前は全然わかりません。知らない人なんで。どこの誰かも。まあ、クラスにいる人は別ですけど……」


「よし、案内しろ。そいつしばくわ」


「やや八総さん!? ぼぼぼ暴力はダメですよ!」


「さすがに手は出さねえって。ちょっと詰めるだけだよ」


「そそそれでもダメですって! わわ私のことですし自分でなんとかしますから!」


「そうか? まあいいけどよ……でもやっぱむかつくしな。こういうのあんま好きじゃねえしお前も嫌かも知んないけど、虎の威でもやっとくか」


「トラノイ? ってなんですか?」


「虎の威を借る狐だよ。虎の威。俺と世界でな。てめえ誰にちょっかいだしてっかわかってんだろうなって。俺はともかく、埓木崎の関係者ってはっきり理解すりゃなんもしてこねえだろさすがに。そういう小物ばっかだしよ」


「それはその……助かり、はしますけど……でもやっぱり根本的な解決にはならないような気がするんですけど……」


「だろうな。まあそこはさすがに追々、お前がもっと慣れてから一人でやってきゃいいだろ。とにかく今は対抗戦もあるからな、あらゆる意味でお前の環境も整えておかねえと。行けっか世界?」


「行けるけど、今回は遠慮しとくわ。そういうのは少し違うから」


「そっか。わかった」


「でも市萱さんとは毎日食堂に行くからね。そういう普段の、当たり前に一緒にいるという状況で、見る人は見て判断し己の行動を振り返って今後を選択すればいいわ」


「なーるほどね。んじゃま、教室まで送るわ」


 八総はそう言って市萱と共に教室を出た。


「はー……八総さんが一緒だとすごい落ち着きますね……」


「そんな?」


「はい! 私より背が高いですし断然目立ちますんで!木を隠すなら森の中です!」


「学校ん中に巨大な木が二本生えてるだけで全然隠せてねえけどな……でかいの二人で逆に目立つだけだろ。例の『三バカ』も二人がそろい踏みなんだし」


「うぅ、嫌なあだ名です……」


「まあでも安心しろよ。視線は全部俺の金髪が奪って、それを全部メンチ切って逸らさせてやっからよ」


「さ、さすがです八総さん! というかやっぱり八総さん頭だけじゃなくて顔も怖いですし普通に怖いですよね!」


「褒めてんのかよそれ……クラスって言えばよ、あいつらはどうだ? あのパシリ共」


「あー、はい、えーっと、その……逆に今のところ何もなくてびっくりっていうか、逆に怖いです……別に何も言ってこなくて、どちらかといえば無視って感じで……」


「どうすりゃいいか決めかねてんのかもな。ああいうやつらのほうが勢力図みたいなのには敏感そうだし。ま、なんもねえならいいけど、もっかいこっちの方でもパシリは終わりだって念押しとくか?」


「い、いえ! さすがに八総さんにそこまでしていただくわけにはいかないんで! それにその……こ、これは私の、人生、ですから……」


「……そうだな。自分で決めて、自分の手でやらねえとか」


 八総はそう言ってニッと笑う。


「いいじゃねえか、応援してるぜ。お前には絶対できっからさ、がんばれよ」


「あ、ありがたいですけど、そうでしょうか……」


「できるって。市萱さ、お前ここ数日でも全然変わってんだから」


「変わってる……?」


「ああ。走ってる時思い出せよ。練習を。あれがお前なんだからさ。本当のお前だし、新しいお前」


 八総はそう言うとひらりと手を振り、背を向け戻りだした。


「んじゃまた昼にな。がんばれよ」


 そう言い、自分のクラスまで戻っていくのであった。



     *



 昼。新たな仲間たちと昼食をとるべくルンルン気分で席を立ち上がった市萱に、


「星乃ー」


 と声が呼びかける。


「ははいぃ!」


 と反射的に返事をしビクリと体を震わせる市萱。それは長年の蓄積からくる反射であった。


「ちょっとパンとジュース買ってきてよ。今日買い忘れたんだわー」


 と言うのは「パシリ」の主犯にしてリーダー的女子。


「いつもみたいにソッコーでよろしく」


「あ、は、はい……じゃ、じゃなくて!」


 市萱はそう言い腕を突き出し否定するように手を振る。


「す、すみませんけど私! 用事あるので! ですからその、おつかいとか無理ですすみません!」


「は? ――あんたに用事なんかあんの?」



「あ、あるんです一応……用事と言いますかこう、とにかく色々と、することがあって忙しくて……」


「あっそう。うちらは別にやることないから自分で行けって?」


「い、いえ! べ別にそういうことではないですけど……」


「全力で行ってくりゃ時間短縮じゃん。それからなんだろうと自分の好きなことやれば?」


「そ、それは……」


「速いんだからいいでしょ別に。あんたの脚なんてそのためにあんだから」


 その言葉が、市萱の何かの引き金を引いた。


「そそそんなことないです! 私の脚はもっと色んなことのために、みんなのためにあるんです!」


 市萱はそう言うと、深々と頭を下げた。


「も、申し訳ありませんけど、私はもうおつかいの――パシリのためには走りません! 私は、もうそんなことのために全力では走りたくないんです! それにその、間違っても怪我できないので!」


 市萱はそう言うと、顔を上げた。


「な、なのでその! これからはご自身の足で、走ってください! わわ私は、自分の人生を自分の脚で走らなければならないので!」


 その言葉に、場は一瞬しんと静まりかえる。


「――うっざ。バカみたい。あんたさ、マジであんな対抗戦とかいうの本気でやってんの?」


「それは……も、もちろん本気ですけど……」


「マジで勝てると思ってるわけ? 普通科なんかがさ。あんたみたいなのが」


「それは、その……しょ、正直言いますけど、勝てるかどうかはその、わかりません……私たちもまだ練習始めたばかりなのでどれくらいなのか、どこまでいけそうなのかもわかりませんし、対戦相手のこともわからないので……


 で、でも! そういうのとは別に! 私は勝てるって、信じてます! そのためにいっぱい練習しますから! だって全部、やってみないとわからないんで! それに、やっぱり、わ、私が勝ちたいんで! みんなで、勝ちたいから、だから勝てるかどうかとか関係なく、勝ちたいから……自分の人生を手に入れたいから、戦うんです!」


「……ハッ。結局妄想と自己満なだけじゃん。アホらし。勝ちたいからって思うだけで勝てたら苦労しないっての。練習だって普通科の落ちこぼれがやったところでなんも意味ないし。才能が違うんだからさ。他は私ら凡人と違って天才ばっかなんだから。そんな生まれ持っての才能の差練習ぐらいでどうにかできるわけないじゃん。それこそリレーなんかスポーツ科にかてるわけないでしょ」


「そうでもねえぞ」


 と割って入ったのは八総であった。


「メンバーは最高だしな。時間は少ねえけどちゃんとやればスポーツ科ともいい勝負になるくらいのところまではいくんじゃねえか? まあとにかく他は全部潰して俺らが二番手よ。そこまでくりゃあ万が一もあるからな。とにかく二位まで確実にすりゃよ、相手が転んでとかバトンパスミスで失格失速することもあんだろうし。そうなったら俺らの一位だって十分あり得るじゃねえか」


「……ダッサ、ただの他力本願じゃん。人のミス待ちとか」


「そういうことがあったとしても一位は一位だって話だよ。何が起きるかわからねえのは事実だろ? わからねえ以上優勝だってあり得るだろ」


 八総はそう言って笑う。


「じゃ、わりいけど市萱は忙しいからな。こっち借りてくぞ。お前らなんかパシリしてるだけなんだからいいだろ。お前らも少しは自分の人生自分の脚で走っててみろよな。というか買い物くらい自分でやれよ高校生なんだし。んじゃ行こうぜ市萱」


「は、はい!」


 市萱は勢いよく返事をし、その後思い出したように、どこか申し訳無さそうに彼女たちに少しだけペコリと会釈をすると八総の後を追い教室を出るのであった。



「――なんかすみませんでした八総さん……」


「何が? 謝ることじゃないだろ」


「いえ、その、助けていただいたと言うか……」


「別に俺は何もしてねえよ。最後にちょっと割って入っただけっつうか。ほとんど市萱が自分でやったことだろ」


「そうでしょうか……別に私は何も」


「したたじゃん。いい啖呵だったぞ。全部聞いたわけじゃないけどさ。あんだけ無理無理言ってたやつが自分一人であんだけ言えるようになってんだからさ」


「そ、そうでしょうか……?」


「そうだろ。変化、っていうのもなんか偉そうだけどさ、少なくとも対抗戦に向けて戦う姿勢になってきたって感じじゃね?」


「それは……」


「おかげでこっちもなおさらやる気出たしな。残りあんまねえけど一緒にがんばろうぜマジで。ほんとよ、勝てる気しかしなくなってきたからな」


 八総はそう言ってニッと笑うのであった。



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