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11 意識じゃなくて行動よ!

 


 ということで体操着に着替えて普通科のグラウンドに集まった面々。男子は「面倒くさいから」ということで部室で着替え、女子は更衣室に。普通科といえども女子更衣室のセキュリティは万全であり、顔認証なども駆使し男性が入ることは基本的に不可能な作りになっていた。普通科といえども天下の日新のブランド。間違っても校内で盗撮や衣類の窃盗など起こさせないためである。その点は化粧室でも徹底されていた。


 ともかくとして、グラウンドに集まった面々。普通科のグラウンドはどこまでいっても「普通」である。当然スポーツ科のように各部のための専用グラウンドなどあるわけはなく、練習場所は共有。広さもそこまでないため持ち回り制。そもそもが大抵の運動部はスポーツ科がメインであるため普通科には積極的な部は少なく、いわばサークル活動に近い。そのため毎日練習があるということもなかった。現に今もサッカー部と陸上部が少数でわちゃわちゃと動いているだけである。


「まあ、わかっちゃいたけどこういう現状だな。グラウンド含めて」


 と八総は準備体操をしながら呟く。


「そうね。さすがにここだけで練習していてはあれだからちゃんと外部の陸上競技場、練習場もとってあるわよ。さすがにスポーツ科のグラウンドは使えないから、できる時にはそちらでね」


「さすがだな。やっぱ埓木崎の関係施設?」


「というより日新大学陸上部のグラウンドね。他もあるけど、距離を考えるとね」


「あー、なるほど。てかそっちは使えんだな。なかなか謎だなこの学園っていうか学園都市も」


「まあ高校内のヒエラルキーも一歩外に出てしまえば、という部分は多少あるかもね。とはいえ大学の人たちも基本はエリートの集まりだから見下す意識はあるだろうけど、でも陸上なんて速ければ関係のないことだから。それに私もいるから」


「ハッ、ほんと埓木崎様々だなあ。まあ理事にも名前あんだから当然か」


「本位ではないけれどね」


「そりゃな。けどこのグラウンドの状況で部活動を応援します、より良い環境で質の良い練習を、っていっても難しくねえか?」


「もちろんその点も対応済みよ。さすがに敷地内に新たに練習場を作るというのは難しいからね。近場で借りられるところを用意して、っていうのが基本かしら。とはいえどれだけこちらでも環境を用意しても本人たちが自分の意志でそれを選び取らなければ意味がないからね。だからこそ私たちの活動、意識改革が重要なのよ」


「そうだな。ていってもさ、思ったんだけどそもそも普通科って大会とか出られんの? 野球で同じ学校から二チーム出るとか聞いたことねえんだけど」


「そうね。野球部に関しては普通科は軟式だからスポーツ科の硬式野球部とは別なので問題はないけれど、他の部活では多少はそういう点もあるわ。競技によるけど科によって別チームとして出ることが可能なところもあるし。陸上部なんかは個人競技だから科は関係なく学校の選手として出られるけど。あとはまあ、スポーツ科と直接対決して勝ったチームが、とかかしら」


「それはさすがにな……」


「かもしれないわね。でも活躍によって一部の生徒がスポーツ科に引き抜かれ出場する、ということもあるかもしれないわよ。それもなかなか難しい問題だけど。一番いいのはこちらで大会を用意することかもね。出場自由なようなアマチュアの大会とか」


「妥当っちゃ妥当だけど、差別感は拭えないよな」


「ほんとにね。とはいえ今までは普通科から大会を目指そうなんて人もなかなか出てこなかったから起こり得なかった問題だけど。でも出てくるからには、その意志に応えてちゃんと用意してあげたいわ」


 埓木崎はそう言い、真っ直ぐに前を見つめる。


「世界、コーチが来た」


 と喜庵が声をかける。


「あら。じゃあいよいよ練習本番ね」


 埓木崎はそう言い、こちらに向かって駆けてくる女性の方に目をやった。


「埓木崎さーん! どうも遅れちゃってごめんねー!」


「いえ、こちらも丁度準備をしてるところでしたから」


 埓木崎はそう言うと八総たちの方に向き直る。


「紹介するわね。今回私たちのコーチを務めてくださる布才地ふさいちさんよ」


「はじめまして布才地です! 日新体育大学の三年で陸上競技のトレーニング方法を学んでいます! 事情はある程度聞いてますけど、みなさんが勝てるよう全力で指導するのでよろしくお願いしますね!」


 いかにも体育会系といった爽やかな女性はそう言い、ニカっと白い歯を見せて笑った。


「はじめまして。こちらこそよろしくお願いします。――てかお前の人脈ってどうなってんの?」


 と思わず埓木崎を見る八総。


「私個人の人脈ではないわよ。もちろん私がお願いしたけれど、彼女を探し出してくれたのはグループの人間だからね。うちは大学の方も理事とか色々関わってるしね」


「だとしてもなあ……まさか専門のコーチまでいるとは」


「そういってもらえるとありがたいかな! まあまだ大学生だからみんなもちょっと不安かもしれないけど、きちんと毎日学んでるしプロのトレーナーを目指してるからね! 陸上もずっとやってきたし安心してほしいかな」


「いえいえ、こっちは全然、ほとんど素人ですし。ちゃんとした陸上の経験あるのはこいつだけで」


 と八総は宮古を指差す。


「私はすでに布才地さんから直接指導を受けているから言っておくけど、彼女の指導能力は確かよ。素人の私が言っても説得力はないかもしれないけど日々良くなるタイムがその証明だからね」


 と埓木崎。


「なんかこれ決まったときから練習してるとか言ってたもんな。そん時からのコーチか。まあこっちは疑うだけの知識も能力もないですし、そもそも選ぶだけの経験もないっすから。世界と布才地さんを信じて着いていくだけなんでよろしくお願いします」


 と頭を下げる八総。


「そう言ってもらえるとうれしいかな! じゃあ早速だけどアップが終わったらみんなの走り見せてもらっていいかな。埓木崎さんと喜庵さんのは何度も見てるから三人のを重点的にね」


 ということで、ウォーミングアップ、ストレッチ等を終えたあと、早速走ることとなった。


「できれば100メートル見たいけど初めての人は結構疲れちゃうからね。最初からあんまり長い距離何本も走って疲れてフォーム崩してもあれだし」


「俺は100でもいいですかね。多少ブランクはありますけど走り慣れてますし疲労もどんなもんかわかってるんで」


 と宮古が言う。


「宮古君だったよね。もちろん。喜庵さんから前もって三人のことも軽く聞いてるけど、宮古君は中学の時100メートルで全国大会出たって?」


「そっすね……決勝までは残れませんでしたけど」


「全国行けるだけですごいって! まあ多分問題はないだろうけど一応見せてもらうね。それと宮古君も経験者だからさ、他の人の見て気になったことはどんどん教えてもらえると助かるかな。一人じゃ教えきれない部分もあるし気づけない部分もあるだろうから。私がいないこともあるだろうし」


「いいんすか?」


「もちろん。さすがにそれは明らかに間違ってるってことは訂正させてもらうけど、多分それもないだろうから。中学の時の指導者はどうだった?」


「……まあ、いい人でしたね。陸上経験者で。指導もちゃんとしてたはずです。おかげで全国まで行けたんで」


「そっか、じゃあ大丈夫そうだね。よし、じゃあ早速走ろっか!」


 布才地はそう言って手を叩く。皆の走りを撮るのは報道部の見通、それに世界の「秘書」にして補欠の喜庵。フォームを撮影し指導に活かすためであった。そんな中現メンバーの五人が次々に走っていく。


「お前やたらクラウチングスタートうまくね?」


 八総は額の汗を軽く腕で拭って埓木崎に言う、


「布才地さんに教わって練習したからね! リレーだけど場合によっては私が第一走者、クラウチングスタートをすることもあると思ったから。できて損はないでしょ?」


「ほんとすげえな。やる気も準備も。意識たけー」


「ふふっ。意識じゃなくて行動よ」


「じゃあみんなちょっと集まってー!」


 と布才地がタブレットを持ってみなを集める。


「埓木崎さんと喜庵さんに関しては今までたくさん教えてきたからね。練習してきたことは出来てるけど、細かい部分はまた後でね。今日初めて見せてもらった三人に関して話すけど、まず宮古君」


 と布才地は宮古を見る。


「確かに多少のブランクはあるみたいだしタイムもベストじゃないだろうけど、でもやっぱり別格だね。経験は違うよやっぱり。あとで細かい部分はちょっとコメントするけど、基本的にはこれまでやってきたこと、教わってきたことを繰り返して何度も走って勘を取り戻してく感じかな。期間は短いけどなるべくベストの状態に、欲を言うならそれ以上のところまでね。一番大変なのはみんなとのバトンパスだろうね」


「はい……それ動画、あとでもらっていいですかね。自分でも確認したいんで」


「もちろん。じゃあ次市萱さんだけど」


「ははいぃ!」


 市萱はビクッと体を震わせる。


「すごく速いね! びっくりしたよ。陸上経験はまったくないみたいだけどほんと?」


「は、はい……そういうのは、ほんとに全然……」


「だとしたらかなりすごいかな。正直陸上指導者としてはそりゃ言いたい部分はたくさんあるけど、基本はできてるし、なによりすごく力強くてダイナミック! 素材は文句なしだよほんと。すごく恵まれた体」


「そ、そうでしょうか……ただ大きいだけなんですけど……」


「そんなことないって! 背の高さは大きな財産だよ。何より脚がすごく長いよね! ストライド、一歩がすごく大きくて。今は50メートル走ってもらったけど足の長さ考えると100のほうがもっとトップスピード乗れて向いてそう」


「そ、そうなんですか……? ほ、ほんとに……?」


「ほんとだって! でも陸上経験まったくないとなるとバトンパスは当然だけどコーナリングはどうなんだろ。脚長いとなおさら」


「コーナリングですか……?」


「うん。今回は4×100メートルリレーだからね。基本的に二人はコーナーを走ることになるから。陸上のトラックどういうのかわかる? ちょっと楕円形なんだけど」


「多分、わかります……」


「あのカーブの部分をね、第一走者と第三走者が走るの。50メートルみたいに直線じゃないからそれはそれできちんと練習する必要あるからさ」


「市萱は多分コーナリングうまいっすよ」


 と八総が言う。


「そうなの?」


「まあ実際やってどうなるかはわからないですけど、曲がり角とか速度落とさずめっちゃ速くきれいに回ってたんで」


「そうなんだ! ちなみに曲がり角って?」


「普通に建物の角とか廊下とかそういうのですね」


「ははは! そっかー。それならまったくの未経験よりは期待できるかな。あとで実際やってみようか。けど廊下を全力疾走で曲がるのは危ないからやっちゃダメだよ。怪我したら台無しだし、相手にだって怪我させるかもしれないしさ」


「はいぃ! もう二度と金輪際しません! 気をつけます!」


 と赤べこヘドバンペコペコお辞儀。


「ちなみに八総君はどうかな、コーナリング。野球やってたって聞いてるけど」


「そっすね。ベーランあるんでそういう意味ではできるし慣れてはいます。つってもベーランはかなり小回りですしピッチャーだったんでそこまでではないっすかね。リレーって左回りですか?」


「そうだよ」


「じゃあそこは問題ないっすね。思ったんすけど走る順番って最初に決めといたほうがいいんですかね? コーナリングとか聞いててもそうですけど、時間限られてる以上初めから走るとこ決めてそれの練習したほうが良さそうには思えるんすけど」


「そこはちょっと考えててね。一回実際に100メートル、直線とコーナー、それにクラウチングスタートやバトンパスみて決めたいとも思うけど。ただクラウチングスタート考えると現状第一走者は埓木崎さんか宮古君なんだよね。宮古君は経験者だし、埓木崎さんはすでに練習してるから」


「スタート含めてコーナリングの経験考えると一か三が俺ですけど、理想は第二ですかねやっぱり」


 と宮古が言う。


「理屈の上ではねー」


「一番速いのが第二がいいってこと?」


 と八総が宮古に尋ねる。


「一応な。まずバトンパスが二回ある。もらう方と渡す方。当然経験者がやったほうがいいだろ」


「そりゃな。そっか。それだと二と三は二回やんのか」


「ああ。そんで第二走者はバトンパスが二回ある以上、一番長い距離走れんだよ。しかも直線だし」


「直線ってのはわかるけど長い距離ってのは?」


「バトンパスにはテイクオーバーゾーンがあるだろ。その範囲内でバトン渡せ、オーバーしたら失格って距離が」


「あー、言われてみりゃあった気がするわ」


「これをうまく利用すんだよ。要するに前で貰って後ろで渡すわけ。そうすりゃその分走る距離稼げんだろ。やりようによっちゃ130くらいは走れんな」


「マジで? あれ4×100とか言ってるけどそんなアバウトなんだ」


「まあな。一番速いやつが長い距離走ったほうが有利だろ。もちろん二回あるのは第三走者も同じだからここでもいいけど、基本コーナー走るやつに長い距離は走らせないからな。まあでも、経験とタイム考えたら俺が第三で一番長い距離走るのがベストだけど、言った通り最後はなるべくギリギリで渡すからな。ちょっとでもオーバーしたら失格だし。当然難しいし練習が必要だから未経験者がほとんどの中ではなるべくやりたくないけど」


「確かにな……けど改めてほんとお前いてよかったわ。経験者いるといないじゃ大違い過ぎるだろこれ」


「そのために入れたんだろうが」


 宮古はそう言ってふっと笑う。


「それな。でもそれ聞くとよ、とりあえず三番目に宮古置いて、となるとクラウチングスタートできる世界が一番。んでバトンパス考えると先にもらって距離稼げる二番目に多分俺より速い市萱、んでラスト俺って感じになんのか?」


「まだわからないけどそうなるかもしれないね」


 と布才地が答える。


「ただ二人はまだスタートの練習してないし、もしかすると埓木崎さんより適任かもしれないからさ。コーナリングのこともあるし。ただやっぱり宮古君は三番目になるかもね。一番速い人には直線、二番目走ってもらいたいけど、未経験者こそ直線の方がいいかもしれないし。そこは難しいけどタイム見てからかな」


「そうですね。実際やってみて、タイムを見て、四人トータルのタイムが最もいい形で、というところかしら。ちなみにスタートの練習をしてるのだから当然コーナーの練習もしてるわよ私は!」


 埓木崎は胸に手を当て、誇らしげに八総たちの方を見る。


「はいはい。すげーすげーマジで。もはや驚かねえわ。というかその時間管理どうなってんだよ他にも色々やっておいて」


「スケジュールは喜庵に任せてるからね! 褒めるなら彼女を褒めてあげて!」


「さすが敏腕秘書」


「こなす世界も相当おかしいけどね」


 と喜庵が返す。


「それじゃ動画見ながら個別に指導していくね。修正点や練習方法含めて。バトンパスも大事だけどまずは走れないことには始まらないからね。走りはとにかくフォーム。正しい走り、形、動きで正しく反発力を地面からもらって。それを繰り返して常に再現できるようにする。イチから体作りしてる時間なんて当然ないからさ。そうして少しでもタイムを上げれば全体のタイムも上がるし勝利に近づくから。速度が変わるとバトンパスも変わっちゃうし、まずはしっかりフォームを固めてバトンパスは二週目から徹底的にやっていこっか」


 そういうわけで、いよいよ本格的な「練習」が始まるのであった。


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