赤ちゃんの気付きと、それぞれの思惑と事情と
「こいつらは!?」
一人の黒髪の青年が食い入るように睨み付ける。
「いくら別空間から睨んでも、召喚されないと実体化出来ないから無意味だ」
そんな黒髪の青年にツッコミを入れる王子様みたいなキラキラ青年。
「ロイス、んなことはわかっている!!俺達の元実家が何か企んでいるだぞ!?落ち着けるか!!」
「俺も血祭りを我慢しているんだ。カインも我慢してくれ。今は我が妹に任せよう」
「……おっ……おう」
キラキラ青年に笑って言われ、黒髪の青年はちょっと怯えながら納得した。
「ホーリーフィールドは、死者以外なら全ての傷を治せる。
暫くここで休んでれば治るだろう」
少年達の様子を見て海美は安堵する。
……だが、それにしては妙だ。
この子供達には、既に再生魔法が掛けられている。
あのトマフって奴の仕業か?
トマフって奴の顔は見覚えないが……奴の魔力には心当たりがある。
……かつて最初の生で私に愛を告げた馬鹿男……。
気でも狂ったのか私を人質に取り、同じく狂った父母や他の皆と共に私の命を盾にして兄様達を殺し合わせた男。
「思えば……私の結末が同じ運命になったのもあの時からか……。
……にしても、聖騎士達は帝国を攻めているんだろう?何故……手を抜いているんだ?」
考えた海美は目を丸くする。
……良く見たら……聖騎士は魔教国の……?
それは有り得ない。彼等はロイス兄様とカイン兄様によって倒された筈……。
おかしいことに気付いて海美は更に混乱してしまう。
だが、目の前で聖騎士の一団が帝国の民達を逃がして結界で守り、魔騎士がわざと、派手に魔法で建物を壊していた。
その中を人間のみで統一された聖騎士が戦場を見て、逃げ遅れた帝国民を探しては助けている。
本当に攻めているなら有り得ない。だが、海美の知る狂う前の三人がトマフと共に動いているなら有り得た。
優しくてちょっと説教しまくる魔将軍と、ついつい甘やかしてくる聖将軍、そして若き人間国の国王を支える剣として生きていた情が深い亡国の大将軍。
それなら、王である今はトマフと名乗っていた奴も全て知っていて動いていたとしたら……?
その更に背後には、狂う前の優しかった父母の存在があったら?
全てはピースが嵌まり、海美の中で繋がった。
「父上、母上……」
思わず海美は呟く。
……やっぱり……俺の愛したサイラスは頭がいいな。
崩れた瓦礫の中で、トマフは小さな海美を見て悲しそうに微笑む。
思い出の中の彼女は、大聖女として人々から親しまれていても、人間国の国王だったトマフに取っては同じ一人の人間で普通の守るべき女性だった。
彼女のデビュタントと、自分との婚約発表の夜会が近付いたある日。
彼女の背を追い掛けていた所で意識を失い、正気に戻ると自分の剣で自害した愛するサイラスの姿を見てトマフは何が起きたか理解できなかった。
自分の国と魔教国は滅んでいて、クレーターとなった平原には義兄の大魔王カインと大勇者ロイス、そして彼等に従う仲間達の変わり果てた姿があった。
娘の死に、そして息子達が死んでると気付いて同じく正気に戻った魔王と聖王は発狂するように、泣き叫んでいる。
そこで自分達が何をしたか知ってトマフは絶望した。
同じく気付いた魔王と聖王はトマフを剣で貫くと、トマフが息耐える寸前、魔王と聖王も自害するのを見た。
……何者かの呪いは、俺達に死を与えず地下深くに捕らえ、転生したサイラスの死を何度も何度も見せ付けた。
……一つは女帝マテリシアとしての死、そしてもう一つは異世界での少女としての死を。
幸か不幸か、異世界での転生をしたからか呪いの力は弱まり、俺達は地下から脱出して教国を作った。
タイムラグがあるとはいえ、いつかサイラスが帰って来るのを待って俺達は帝国の様子を見て、この日に行動を起こしたんだ。
……やっと会えて嬉しい反面、罪深さが苦しい。
俺の手はお前の血で汚れているから……。
……だから……俺は……お前を今でも愛する資格なんてない。
トマフは顔を片手で覆うと、自分の気持ちに蓋をして隠す。
赤ちゃんとして転生した海美を遠くの水晶で様子を見ている三人の姿があった。
「……あぁ……姫様……四度目の転生を無事に果たされたのですね」
一人の青年はハンカチで涙を拭う。
「直ぐに魔王様と聖王様に報告しなくては……!!」
もう一人の青年は違う水晶を取り出すと、慌て誰かに報告する。
「うちの王は……姫を前にして何を呆けているんだ?
まさか……グダグダと考えているのでは無いだろうな?」
最後の一人の青年はトマフを見て青筋立てる。
「聖騎士、魔騎士に伝令を。これ以上の帝国との闘いは無意味です。今は戦場から退き、帝国との和平を結び賠償も考えましょう」
「帝国民に死者は出していないが、交渉は難しいだろう。
二人から我々はあらゆる権限を得ているが……」
「そこは我が王も参加すると言っている。
けれど剣杖には大魔王と大勇者も居るからな。
……血の雨が降らない事を祈ろう」
三人は顔を見合せ困り果てていた。
剣杖の中に、魔将軍と聖将軍の弟子や、歴代最強の大魔王と大勇者もいるし、彼等に仕える弟子を含めた側近もいるからだ。
事情を話しても、過去で恨みを買っているのも事実。
今は呪いで死ぬことがないアンデットの我が身が嬉しくなかった。
「デリートかな?」
「刻もうか」
弟子二人は爽やかな笑顔で頷き合う。
「我満だよ。僕達の判断では駄目だ」
「我満我満」
他の二人に宥められるのだった。