滅びへのカウントダウン
いつの時代も教会勢力は野蛮ですね。実に不愉快だ。あぁ、今実体化すれば血の染みに変えてやれるのに……非常に残念だ。
暗闇の中、金色の髪を靡かせた美しい魔術士は自分の魔力で水鏡を出現させると、あちこちに映る光景に目を細めて苛立ちを募らせた。
次々と上がる火の手は、帝城ブラッドマリーを黒から赤へと染め上げて行く。
女帝から密かに逃がされた幼い皇子と側近達は、激しい焔を上げながら焼かれていく帝城を守るため、襲撃してきた教会聖騎士達と激しく闘っている様子を視界に捉えては走る速度を上げた。
空から有翼の騎士が聖騎士に斬り掛かり、ローブを着た魔術士達が帝城に攻め寄せて来る聖騎士達を広域魔法で焼き尽くす。
背に竜の翼を持つ騎士達は、玉座の間で女帝夫妻を庇いながら、次々と押し寄せてくる聖騎士達を斬り伏せながら守って居た。
「教会の奴等をこのまま引き付ける。子供達は今の内に裏門から逃げよ」
「……はい……!!」
女帝に命じられ、幼い皇子は生まれたばかりの妹をしっかりと抱き抱え、側近の子供達と共に道を精鋭達に斬り開いて貰うと、両親の事が心配で後ろ髪を引かれる思いを堪えて玉座の間から脱出したのだった。
裏門まで来ると、諜報部隊も皇子達を守るため、聖騎士達と激しく斬り結んでいる。
……僕が……妹を守らなくては……!!奴等の狙いは妹……必ず僕が守り切る!!
決意を新たに、皇子は側近と共に裏門から帝城の外へと出る。
……城下町が……!?……これが……戦争なのか……!?
変わり果てた城下町を見て、皇子は思わず泣きそうになってしまう。
普段なら多くの帝国民が活気に満ちている筈なのに、今は周囲の建物が瓦礫と化しており、変わらず近くから激しい戦闘の音が聞こえている。
「皇子一行みーつけた」
「「!?」」
近くの瓦礫から声が聞こえ振り返ると、白銀のきらびやかな鎧を身に付けた若い聖騎士が現れた。
「……お前は……まさか……」
男の着ている鎧の右肩に付いているワッペンの紋章を見て皇子達は戦慄する。
ワッペンの紋章は剣を構えるペガサス。そのワッペンを身に付ける事を教国で許されているのは、聖教会の中でも最も強く、身分は勿論武勇や魔力に長けた者達だけだ。
聖教会が誇る最凶の狂える聖十騎士。男の正体や身分を現していた。
「俺は聖十騎士のトマフ。女帝シルビアが逃げずに闘っているのを怪しめば、子供を逃がそうとしているのは簡単に分かる。……しかし、女帝も全く馬鹿な女だ。我々が欲しているのは神託にあった赤子だと言うのにさ。……産まれた子を差し出せば帝国が俺達聖教会に攻められずに住んだのにさ」
トマフと名乗った男は肩を竦めた。
「母上を愚弄するな!!大事な妹を得体の知れぬ貴様らに差し出す訳がないだろう!!」
赤子をしっかりと抱いて皇子は力強く叫ぶと、側近達も皇子と赤子を守るように前へ出る。
「……得体の知れないねぇ……?俺達の信仰する教義は人外である女神を除いて地上に生きる人間以外の種族を神敵として排除する事こそが正義。その赤子こそ、俺達が求める女神の転生体に違いない。……邪魔するなら……子供だろうと容赦しないぜ」
目を細めると、トマフは凄みを効かせて殺気を放つ。
「……人外の女神?妹がその転生体だと?一体何を言っている!?」
殺気に怯むことなく、毅然とした態度で皇子は声を荒げる。
「てめえら餓鬼が知る必要はねえよ」
嘲笑うようにトマフが答えると、トマフを中心に風が渦を巻いて周囲に無数の斬激を放つ。
「皇子!!」
「殿下ぁっ!?」
「くぞがっ!!」
「っ!!」
「結界が!?」
「馬鹿な!?」
「持ちません!!」
「殿下!!皇女殿下!!」
「っ!!シェレスティアナ!!」
皇子を守る側近達が魔力障壁を展開して防ごうとするが……
トマフの風の刃は、側近達の魔力障壁を打ち破り皇子や側近達を赤子以外切り刻む。
赤子の空虚だった瞳に意志が宿り、その瞳には赤い真紅の鮮血が映る。
自制してください、我が師よ。主が目覚めなければ我々は何も出来ません。今は堪えて時を待つのみです。
同じく少し緑に近い金髪を一つに結わえ、灰色のローブを着た魔導士が呆れたように魔術士を宥める。
二人が居る空間は現実と隔離されており、この空間は膨大な魔力を持つ主によって作られていた。