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9、死の演習1

三人はうごめく人のジャングルのような新宿駅構内を出た。篠田が前から観たがっていた映画が封切りになり、せっかくの連休だからと、ここまで足を伸ばしたのだ。


休日の人混みの中、すれ違う波動の殆どは、不安定なリズムで伸縮していた。家族連れも多く見かけたが、親は子供に包み込むような波動を伸ばしてはいない。頭の中は、連休前にやり残した仕事ばかりのようだ。人々は、何かに追われていた。

誠は、橘教官が笑いながら話していたことを思い出した。

『街にあふれる人々の波動を見てごらん。不思議なことに、スーツを着ている人の方が、普段着の人より、波動は安定していることが多いんだ。自由という服は、着こなすのが難しいのかも知れない…』


映画は、細菌兵器で経済大国を崩壊させようとする小国のテロ組織を扱ったものだった。調査に派遣された日本の諜報機関エージェントと生物学者が、緻密な頭脳プレーと専門的な科学知識で、テロリストの謀略を打破する…いかにも篠田の好みらしいストーリーだった。


「ふう、最高だったな」

歌舞伎町の小さな公園のベンチに座りながら、篠田が満足そうに息を吐いた。

「俺達って、将来、あんなことをするんだよな。国際テロ組織の謀略を暴く情報収集とかさ。それにしても、アクションが足りなかったんじゃない」

映画の途中でいびきをかいていた斉藤が言った。

「橘教官の訓練でヒーヒーいっているくせによく言うよ。それにアクションなんて必要ないさ。そうなる前に、ここを使うんだよ」

篠田がにやりと笑い、指で自分の額をつついた。

「失礼な奴。三井はどう思う」

頬を膨らませた斉藤が誠に視線を投げた。

「うん、面白かった。でもな…」

誠は口ごもった。

「ああいうのを観るたびに思うんだけど、正義ってどこにあるんだい。映画では、人類の共存という、いかにも真っ当な正義を掲げる経済大国への疑問がちょっと挟まれていたけど…テロは確かに許せない。けど、それを生んだ根っこには触れようともしない。僕らって、そんな国のために働く仕事につくんだよな」


篠田が唇に指を当てた。

「確かに俺もそのことを思うことはあるさ。どの国の政府も、結局は自国の基準で利益を求め、それを維持するために正義という言葉を振りかざす。迷惑をかけている他国の人々には慰み程度の施しをして、怒りの感情については見て見ぬ振りをする。全く不公平としか言いようがない。

でもな、そういうことについて、俺たちが疑問を挟んじゃいけないんだよ。そういう中立思想は、俺たちの世界じゃ、危険思想だよ」

「そうだよ、そんな難しい思想は、俺たちには不向きだって」

「だよな、考えたって仕方ないか。篠田以外はな」

「おい、小難こむずかしいこと言い出したのはお前だろ」

篠田が誠の腹に軽くジョブを入れた。

大袈裟に頭を振りながら、誠は篠田の尖った顎にスローモーションでアッパーカットを入れる。

「なあ、やっぱり、俺たちはアクションを目指そうぜ」

斉藤の一言に、二人ともベンチに崩れた。


空の青みが深みを増してきた。街のネオンが明るく輝き始める。日中の穏やかな風が、少し冷たさを帯びる一方、群がる人々は余計に数を増やしたようだった。


「もう帰るか」

篠田がぼそりと言った。

「門限の八時まで、まだ二時間もあるぜ。何か食っていこうよ。三井、いつか、波動の観察実習に行って、うまい寿司屋を見つけたって言っていたよな」

斉藤がどこか遠くを見ていた誠の顔をのぞき込んだ。

「ああ、あの回転寿司の店な。確かこの近くだった。だけど僕は、味については何も言っていないよ。客の波動が、長さの変わる振り子みたいに動いて、面白いって言っただけだよ」

「どっちでもいいじゃん」

呆れた顔を向ける誠に、斉藤が胸を叩いた。

「じゃ、行くか」

三人は、数知れぬ波動の揺らめきにうんざりしながらも、賑わう街中に足を運んだ。


が、先頭をいく誠が急に足を止めた。

「感じたか?」

誠の問いに、二人は頷いた。

「雑音のないクリアな思考の声、俺たちだけに向けられたエイジ・ポイント思考波だ」

篠田が視線を宙に投げながら言った。

「でも、エイジ・ポイント思考波は、政府だけが使えるんだよな」 

斉藤の赤い頬が揺れた。

三人は走りだした。


『なに走ってんだよ!』 『いや、近寄らないで!』

   『人の迷惑も考えろ!』 『ったく、最近の若い奴らは!』

すれ違いざまに、思考がずばずばと突き刺さってくる。それを心の片隅に聞きながら頭に響く声に集中した。


『イーエス訓練校の三年生の生徒よ、駅前の液晶ビジョンを見たまえ!』

声には、四十代の男性の少し割れた思考声紋がまといついていた。


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