表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雨のきせつ、壊滅のゆくえ

作者: ぽっくん

____まっくろな脳内で白色の身体の私が落下していった____


二十五歳の眼前に降りしきる雨の中、死んだまなざしの私は傘だけ持って、冷たい路上であぜんと立ちつくしていた。ひたいから目にかけて前髪が不快に張り付いているから髪を左右により分け、目をほそめて前方をよく見ようとした。すると2つの分かれ道が見えた。しかしどちらに進むべきか判らなかった。


かざした透明な傘に叩きつける無数の雨に「疲労困憊です。参りました。これ以上苦しめないでください」無表情で棒読みで口をひんまげてそう呟いた。


疲れていた。まるで砂漠のなか意識朦朧と歩いてるようだった。そのなか蜃気楼がみえる。いつだったか人生におとずれた最高の夏休みがみえている。まだ性にも承認にも向学にも美にもとりつかれていなかった、純粋な頃だ。


________起床。お母さんの置き手紙と冷えたご飯。日陰の扇風機と麦茶。歯磨きしながら見上げた入道雲。玄関でシューズ履いて「ケンケンパ」で公園の老人たちと水たまりを飛び越えて、友達宅でテレビゲーム。白熱は惰性に変わり、夕暮れをバックに帰ってもかぎっこで独り。金曜ロードショー「耳をすませば」をみて、いつか恋する事実に胸が高鳴るが、こないだの親戚の子にドキドキしたことは内緒で背徳さ。お風呂ぶくぶく。いつか消えることかんがえたら眠れなくなって、増える冷蔵庫の異音とイオン、開けた瞬間かがやく人工的な明かり、その中の麦茶に安堵。お母さんが仕事を終えて帰路に着くさなか安心な私は就寝________


「思い出は毒にも薬にもなる」by私


もう私は、思い出をふっかふかのソファにしてその中に沈みこんで優しい酩酊のなか眠ってしまいたい。もはや人間も社会も文化もキライだから。これから、大好きなサブカルチャーへの恩を仇で返すことになるね。幸せをくれたそれらを理由に堕落していくのだから。おうちに引きこもるのだから。ほんとごめんね。サブカルチャー。カルチャー。ほんとごめんね。お母さん。


とやかくはいい!ほんと、言い訳や切なさや嫌味をこしらえることに関しては天才的だな私。ほとんどアインシュタインでほとんど村上春樹でほとんど嫌いな同僚。その比喩自体もそれなんだから。思考の殆どが自己憐憫と自己欺瞞と自己陶酔なんじゃないか?だからもうそれ自体がそれ!


……疲れた。頭の中でつかれきった。論理がぐるぐる止まらない。論理と言うと、知性や明晰さを想起させるけれど、バグった論理はもはや狂気。トラウマゲームのよう。けれどそのバグった論理に美しさが宿るんだ!一瞬の夢を見させる!……ほんと。ほんととやかくはいいから。「休ませて」おやすみ人間。おやすみ社会。おやすみ文化。私は、睡眠薬を口内で溶かせながら部屋の電気をいちばん小さなオレンジ色にしてまぶたを閉じた。


________目を覚ましたらそこは自分のアパートでも実家でもなかった。


どこかホテルの一室のベッド上だった。レースから透けてみえる外は、雨で濃い霧。緑の芝が揺れている。廊下に出ると、ヴェルベットのカーペットが漆喰の扉に向かって伸びている。いつか映画でみた外国の列車のようだった。きっと夢だ。これ。


フロントには、なぜか私のお母さんがいた。母は中腰で、節目がちにパソコンをみながら仕事していた。私に気づいて笑顔で、

「チェックアウトですか?」と言った。

「ああ、はい」

「ありがとうございます。お客様。もう出られますか?宿泊された方に特別に占いのサービスをしているのですが、よかったらどうですか?」とフロントの母は愛想よく娘の私にそう言った。

私は「では、お願いします」と委ねた。


ロビー奥の扉をあけたら映画に出てくるような黒魔術の部屋が有った。


「みえます」魔女の衣装に着替えた彼女はガラス玉に手をかざして言った。

「あなたは今『第二壊滅期』にいます」

「第二壊滅期?」

「そうです。第二壊滅期です。第一壊滅期はあなたが十代のころにあったはずです」


私は、話もうわのそらで、母に興味が向いていた。母は仕事上ではこんな顔と声色をつかうんだなと感心していた。


「この第二壊滅期によって、あなたは今深く絶望してるかもしれません。しかし、あなたの将来はきっと良くなります。だから絶対大丈夫」そう言い終えると母は微笑んだ。


「素直なあなたはこの先大丈夫です。あなたが周りの人を愛しているように周りの人もあなたを愛していますので安心してください。人の言うことにもうすこし耳をかたむけて頑固さをなおして……けれど自分の信じた道を邁進してください。そうしたらかならず復活の日が訪れます」


母はホテルから笑顔で手を振って見送ってくれた。……占いか。占いはこれまでいつも、信仰したり軽蔑したり、目まぐるしくそれにたいしての印象が変わりながら生きてきたな。疲れている時だけ頼りにして、自分に自信ができたらポイと捨てていた。考えるとそれはよくないことだよな。お母さんが占い師ならもう少しだけ信じたい気もする。________いまふたたび私は、軽蔑から信仰の季節へいこうとしてるのかもしれない。


ホテルの外は路上。霧の中。アスファルトがずっと続いていて、その両脇には緑の芝が生えていた。前方は、霧でよくみえない。だがとにかく進もうと思った。私は足をかかとから着地するようにリズムよく歩いた。一歩。二歩。三歩。今の私は雨に濡れながら歩くことにたいしての抵抗と傘と不快感を持ち合わせていなかった。水たまりをよけずにそのまま踏んだ。水たまりにかかとでリズムを落とした。水が飛び散らないように注意をはらいながらレコードに針を落とすような緊張と快感があった。水の広がりが心地よく、水たまりを踏んでは水が広がり、水たまりを踏んでは水が広がりを繰り返して、この瞬間、世界でいちばん気持ちいいのは私かもしれなかった。そうしているうちにここが何処だとか私が誰とかどうでもよくなってきた。


「私は私の歩調であるくだけだ。なにも考える必要はない」


行き着いた先は荒廃した遊園地だった。霧のなか植物のつたにまみれて無音で静止したように存在していた。ジェットコースターは頂上直前で止まったまま。ほかのアトラクションもみな止まっていた。人間は見当たらない。入場口のゲートは怪しく手招いている……。しかしそれをプイとシカトして、遊園地横の事務所へ行った。三階建ての簡素なビル。その事務所も廃墟と化していた。外装も内装も全体的に劣化して所々剥落していた。玄関から入ってひとつの部屋に向かった。何の変哲もない事務室。


私この職場が好きだったな。ここにいて、みんなとお話しながら働くことがわりかし好きだった。それぞれがデスクに向かい真顔で仕事してるなか、皆にたいして奇妙な愛着や連帯を感じるようになっていった。印象が悪かった人たちも、月日とともにどんどん愛おしくなっていくものだから、そんな自分の心の変化にびっくりしたし、そんな自分をちょっとだけ好きになれた。高校卒業してまだ子どものまま働きだした自分にとって上司はお母さんのようで、同僚は嫉妬してしまうぐらい仕事ができるのにそんなことどうでもよくなるほど素直でいい子で、先輩は男の人を感じさせないけれど最高の男の人で、この場所と、皆が、大好きだった。


________感傷的になりながらもそれが溢れないように気をつけつつ、机やPCやキャビネットを触ったり、愛でたり、中を確認したり、椅子に座ってクルクルしたりした。


事務所の端っこの頑強で真っ黒な音響機器にふれてみた。スマホから、遊園地中に音楽が轟くように設定して、BGMを流してみる。

何曲かかけてみてどんな曲も似合わないのでやめた。ここには無音が合っていた。私は遊園地内をパトロールしに行った。園内をパトロールしてゴミ拾いして回るのも一つの仕事だった。お母さんのような上司から「かなしみを見せないように」という前提条件をおそわって仕事した。それができない時も多々有ったけれど、ふたたびその教えどおりに、笑顔でパトロールする。


高層タワーのようなアトラクション。ガラスの床の椅子に座り、高速で上昇、高速で落下を繰り返すアトラクション。それをみたその瞬間すべて理解した。私、自殺しちゃった。明日から「引きこもってやる」つもりで、ふたたび人生の夏休みが始まったは良かったけれど結局、その生活にも絶望してしまい、私……。


ここは死にぞこないの自分の世界の終わり。この世とあの世のあいだ。今、世界の終わりに立っている、体験している、渦中にいる。私は物憂げで目をほそめて辺りを見渡した。現実世界のこの遊園地からは私の街が見下ろせた、一望できたのに今はあたり一面、濃霧に包まれている。


アトラクションを操作する小屋でレバーを握って遊んだ、死んじゃったのか私。手、まだうごくのに。したいことや行きたい所あったのに。浮き沈み激しいだけなのに。どうせまた上昇するのに。落ちていく最中はそれを忘れてしまうだけ。また上昇して恋も仕事もお母さんにも…………。私の馬鹿野郎が。

ほかの誰でもない自分自身に〈ほんの少しだけ〉いらついた。少しの安堵と後悔と愛憎その他色々が入り乱れ、頭の中が熱くなった。

何にせよ、これ以上は考えても仕方ない。


それからまたパトロール。落ち込んだ顔して上司に怒られるな。園内を一周し終える頃、日没。霧がオレンジ色に包まれた。そろそろ閉園の時間。本日の仕事終了。私は事務所へと戻って「お疲れ様でした」と笑顔で言った。

皆がいない部屋は淋しかった。


________思いだしていた。ネコが中にいるコタツが好きだったこと。そのコタツの中にネコがいる気配がするだけで、自然に笑みがこぼれてしまったこと、そのコタツそのものがなんだか輝いてみえたこと。可愛く思えたこと。ネコが死んでからは何も感じなくなったこと。そういうことを言外で、頭のモヤモヤの中で一瞬、思った________


そのまま駐車場へ行った。いつも休みの前の日は当時の恋人が車で迎えに来てくれたな。

疲れた身体でも胸は高鳴った。閉園した遊園地の横の道、等間隔の水銀燈は、どんなものより美しかった。足早にそこを歩いている自分も好きだった。


ふたたびそこを歩いた。ここから帰ろうとした。恋人に迎えにきてもらおうとした。水銀燈の下、光ったり消えたり明滅しながら歩く私は、死際のホタルみたいだ。


第三駐車場に黒色のクルマが停まっている。恋人の車!かけよった。そしておそるおそる中を確認した。


その中に恋人がいたけれど死んでしまっていた。そんな予感はしていた。少しずつその覚悟を決めていたから、涙は出なかった。私は助手席に座った。ドアを閉めた。パタンと乾いた音がした。恋人はきれいな顔のままシートにもたれて目をつむっていた。


指でりんかくを撫でてみた。私自身の体温もずいぶんと低いせいか彼が死んでいることがいまいち理解できなかった。むしろ彼をだんだんともっと鮮明に思い出していく。髪の毛を雑にくしゃりと触り、「えい」と唇をひっぱってみた。こっけいで可愛かった君がふたたび現れた。


________うん、君はこの感じだ。あとは君のその魂をみせてほしい。どうせ夢の中なんだから。ピノキオみたいに魂が入って動いてみせてよ。私がいちばん好きだったマンガとかロックとかネコのような、君のそのばかみたいにいとおしい魂を見せてくれよ。

一体いつから死んでいた?このままずっと腐敗しないのかい?永久にこの遊園地の駐車場にて私を待ち続けるのかい?(あるいは私が君を見続けるのかい?)君自身も仕事で疲れたあと、駆けつけて来てくれて、いつもこんな顔して腕を組んで、仮眠していたけれど、これからもずっとそうしてるつもりかい?________


静まった車内に自意識が広がった。フロントガラスからは園内がきれいに見える。ジェットコースター、メリーゴーランド、観覧車、それらの上に満月が浮かんでいた。今、その満月と観覧車の二つの円がぴったり重なっていく。まるで絵本のようだった。満月の灯りで観覧車の中が照らされた。その中どれも誰ひとりいなかった。


「すーぴー。すーぴー。すーぴー。すーぴー」と車内には私の呼吸音だけ響いていた。いつか飼っていたネコの寝息みたいな呼吸音。世界でいちばん愛おしい呼吸。「すーぴー。すーぴー。すーぴー。すーぴー」


頬を涙がつたっていった。


そろそろ眠たくなってきました。どうか私は目覚めますように。起きたらまたすごくつらい日々のさなかにいますように。そしてそれをまっとうできますように。


眠りにつく直前のシュールな映像。五歳の頃の幼い私が泣いている。「え、え、え、え」と嗚咽し、ポロポロと出てくる涙を手首でふいている。


私はお財布の中にしのばせたお泊まり用の睡眠薬を口内で溶かしながら、そっとまぶたを閉じていく。その子をこのまま殺しはしないと思いながら。覚醒をつよく夢みながら

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ