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後日談 オフコラボ、してくれますか?

 忙しい、というのはちょっと便利すぎる言葉だと思う。

 実際、本当に忙しくても相手のことを考えたら、暇なんていくらでも用意できるわけで。

 つまるところ、私はその言葉に甘えてたわけだった。

 

   〇

 

「私、今度二十歳になるんですよ」


 同僚でもあり偉大な先輩にもなってしまった春陽ちゃんが、ある日突然作業通話の最中に言い放った。

 言われるまでもなく、その日がいつくるのかなんて知っているし、ファンたちが生誕祭だ!と気合を入れて水面下――エゴサでバリバリ募集が見えてるのに水面下って言っていいのか?――で仕込みをしてるのも知っている。

 私も、たぶん当日あるだろうお誕生日配信ではメッセージを送るつもりだし、なんならプレゼントも用意してある。


「お、おめでとう」


 でも、あんまりにも前の話題に関係ない発言だったので、驚きながらそう祝福するのが精一杯だった。

 しかし、その反応がお気に召さなかったのか、画面共有で映し出されている彼女のアバター――雪街花音(ゆきまちかのん)、溌剌とした黒髪ショートの美少女――が不満そうな顔をした。


「二十歳になるんですよ!!」


 なんで二回?と思ったけど、考えるまでもなくこれは春陽ちゃんなりのアピールなのだ。

 もう誰にも阻まれることなく、そういうことをしていいんだという。


 私たちはお互いに好き合っているけど、私が配信活動を始めたくらいの時期から、春陽ちゃんも忙しくなってきたのもあって、関係を確定させずになあなあで過ごしてきた。

 進展したのはお互い名前呼びになったことと、キスを普通にするようになったくらいだろう。


 そんな友達以上恋人未満を維持していたけれど、春陽ちゃん側の好意はダダ漏れだったし、時折私のことを昔から追っかけているのを仄かしていた。もちろん、配信上の設定と不整合がない形だけど。


 そして、それに乗る形で私も彼女との配信を楽しんだ。

 そうやって好意を向けてくる春陽ちゃんが可愛かったのも事実だし、界隈に馴染む上で気楽だったのもある。

 まあ私としてはそのわかりやすいくらいのアクションで『あくまで営業ですよ』と主張していたつもりだったんだけど、そのムーブがどうやらファンの琴線に触れたらしい。


 おかげでファンの間では、

『これ絶対付き合ってるでしょ、隠してるだけじゃないの?』『knkm(かのこま)てぇてぇ……』『knkmはガチ』など、バレっバレの伏字で私たちの関係を喜んだりネタにしたり、コラボするたびに阿鼻叫喚の有り様が観測できたりした。


 そんなファンたちの反応に関しては色々思うところはある。デビューしたての新人が、押しも押されぬ初期メンバーに好意を向けられているというので色々あったから。

 まあ、そんな掌返しも元々長いことネット活動しているから気にはしてないんだけど。

 ただ春陽ちゃんの方は気にしてるみたいで、時々謝ってきたりするのが申し訳なくて、

「やっぱり表向きは営業みたいな雰囲気でさ、こう、うまくやらない?」

 みたいな提案をしたりした。

 

 ……まあ、ガン泣きされたんですけどね。

 

『わ、私のこと、嫌い、ですか?』


 ンなわけないじゃん……。

 大事だから言ってるんじゃん……。

 ということを納得してもらうのに、かなりの時間を費やしたのは苦い思い出だ。


 でもさ、実際問題として、活動歴としては私の方が長いけど、この業界としては春陽ちゃんの方が遥かに人気なわけで。

 うーん、難しいよねー。というのが正直なところで。

 同僚というのもあるし、オープンに付き合いを始めてしまったら、破局したときそれすらもファンにネタにされるかと思うと、少ししんどい。


 ちょうど、同期で似たような展開になってしまった子たちを見ているから、なおのこと。

 その子たちはあくまで配信スタイルが合わなくなってきたとか、キャラのストーリーの変化という形で消化はしたけれど、何があったかなんて言うまでもなくみんなが察していた。


 色恋沙汰はいつの時代も持てはやされるネタだ。これがガチのナマモノならまた違ったんだろうけど、アバターをかぶっていることが、ファンたちの自制心を妨げていた。


 積み重ねによる関係の変化は妄想を加速させて、私じゃない私が何人も生まれていく。


 一表現者としては、それを見るのは楽しいから悪いことだとは言えない。

 言えないけど、微妙な気持ちだった。

 たぶんそれが解釈違いってやつなんだろう。


 ともあれ、本物の恋愛になれば剥き出しの春陽ちゃんと向き合う以上、プライベートに留めておきたかった。

 だから、できれば隠したいんだけど……どうにかうまい落とし所はないのかなあと日々考えて、暇になるたびアタックしてくる春陽ちゃんを色々と理由をつけてあしらい続けていた。


 そんな中での冒頭の二十歳になります発言な訳で。

 いよいよ年貢の納め時を感じていた。


 そんな内心が表情に出てたのか、画面上の私のアバター――桃園小町(ももぞのこまち)、年齢不詳の金髪ロリババアだ――が苦笑している。


「大きくなったね。初めて会った時は高二だっけ?」

「懐かしいですね。あの頃は色々ご迷惑をおかけしまして」

「いえいえ。こちらこそ……」


 ちゃんと知り合ってから、もう三年にもなるのか。

 駆け抜けてきたなあというのが素直な感想だった。

 本当に、この活動を始めてからあっという間だった。


「それでですね私もはた」

「そっか〜二十歳かあ。もうお酒飲めるんだねえ」


 ラグで聞こえませんでしたというようにしながら発言を上書きした。

 だって何言われるかなんて明らかだし……。

 いくらでもずるいと言え!


「むぅぅぅ……でも、そっか。そうですね、もう飲めるんですね」

「酒豪の人多いから色々聞かされてたでしょ」


 事務所には多岐にわたるジャンルの人がいるからか、趣味の相手には事欠かない。

 これ私くらいしか好きじゃないだろうなってマイナーネタでも、一人くらいは拾ってくれる。

 そんな中でもお酒はかなりの人数がフォローできる話題だ。

 成人したら飲みに行こうねと、未成年の同僚を誘っている成人組の姿はよく見る。


「度数とか、コレ勧めてくる男は気を付けろとたくさん聞きましたね」

「ははは……まあ、それは覚えておいて損ないと思う」


 春陽ちゃん可愛いし。

 ジュースみたいに飲めるカクテル系は本当に悪用されがちだし……。


「春陽ちゃんは成人記念に飲酒配信とかするつもりだったりする?」


 先輩の一人がそんな配信をしていた気がする。

 まあご本人はとっくに成人していて、キャラ設定に合わせる形だったけど。

 春陽ちゃんの場合はガチの初飲酒なので、色々心配してしまう。


「今のところ予定はありませんけど……まあ少しは気になりますね」

「やるなら先にどれくらい強いかを試しておいた方がいいよ~。ほんっと、わかってないうちの失敗は怖いからね」


 酒が入るとテンションが上がりまくって余計なことを話してしまうタイプだと、飲酒配信は事故の元だし。

 それで何人消えていった子を見たことか……。


「ほら、お酒に強い人たちたくさんいるじゃない? あの人たちに聞いてみたらどうかな。入りやすいお酒とか」

「玲奈さんオススメのはないんですか?」

「えぇ~? うーん、私はそんなに強くないし、ちびちび梅酒とか甘いお酒舐めるタイプだからなあ……」

「じゃあ、私もそれから始めたいです!」

「え、う、うん」

「おすすめの銘柄とかありますか?」


 そんなところを私に合わせなくてもいいんだけどな……なんて思いつつ、いつも飲んでる銘柄のURLを送った。


「買いました。届くのが楽しみです!」


 相変わらず驚くほど行動が早い。

 尊敬しているところではあるけど、今は少し引いてしまう。

 そうして無言でいると、少し考えるような吐息のあと、春陽ちゃんが話し始めた。


「あの、ですね? もし可能だったらでいいんですけど」

「私にできることならなんでも任せて」


 あ、まずいことを言った気がする。

 そう思った私が訂正を挟み込むよりも早く、春陽ちゃんは言い放った。


「飲酒配信をする時、そばで見守っててくれませんか? オフコラボで介護係という形で」


 それが一番安全なのは間違いない。

 けど、それが私たちの関係を進ませるための一手なのはいうまでもなく明らかで。

 しかし、なんでもすると言った以上断るわけにもいかなくて。


「ま、任せてよ。事故らないようにしようね」


 苦笑いしつつそう答えることしかできなかった。

 その答えを聞いた瞬間、花音の顔(アバター)がパァッと笑顔になったのはあまりにもわかりやすくて。

 ほんと可愛いなこの子……と、内心呟いた。

 

   〇

 

 春陽ちゃんは仕事が忙しくなったのを機に一人暮らしを始めていた。案件先への移動のしやすさや、家族を気にせず大きな声を出すにはその方が都合が良かったらしい。

 親御さんとしても、娘に一人暮らしをさせるならこのくらいの時期というのがあったんだとか。


「……わあ、すごい」


 話は聞いていたけど、いざその住処を見るとその豪華さに唖然としてしまう。

 築年数の浅いマンションの壁は汚れなく、エントランスはしっかり掃除されている。部屋まで上がらずに面会できるようにか、ソファがいくつか並べられていて、その奥には宅配ボックスもある。

 そもそもそのエントランスに入るにもオートロックの扉があり、階を移動するエレベーターにもロックが掛かっていて住んでない階には移動できないとか。


 他にも内装の雰囲気だとか……ともかく、高そうだった。

 いや、彼女の収入的にはこれくらいのグレードに住んでいてもおかしくないけど。


 でも話を聞く限りだとここは女子学生向けで、一人暮らしはさせたいけど、心配な親御さん向けにここまで警備が厳しいらしい。

 友達を呼んで騒いでも問題にならないよう防音はバッチリで、なんなら楽器を弾いてもオッケーだとか。

 全部春陽ちゃんからの又聞きだから、流石にどこか盛ってると思っていたんだけど……いや、あるところにはあるんだなあ。


 そんなことを思いながら、春陽ちゃんの部屋番号を入力してエントランスに入れさせてもらう。


『も、もう来ちゃったんですか!? ちょ、ちょっとエントランスで待っててください!』

「え、あ、うん」


 駅に着いた時に連絡を入れたんだけど、準備が間に合わなかったらしい。

 まあうん知り合い来る時ってなんか準備の時間足りないよね。わかるよ。


 ちょっと居たたまれない気分になりながら、エントランスのソファに座って待つ。

 場違い感がすごい。ラフな柄Tにスキニージーンズと、普通に友達に会うような格好できたけど、もう少し気合い入れた方がよかったかなと、そわそわしてしまう。

 いやサンダルはちょっと可愛いのを選んだけど、この程度ではこの場に馴染める気がしない。


 それにほら、はぐらかしてはいるけど一応私たちってそういう関係なわけだし?

 これからは酒も飲み合う関係だし?


 ……あれ、もしかしなくても今日もっと気合い入れてきた方がよかったんじゃないだろうか。

 流石に上下別にはしてきてないけど、ちょっとくたびれたやつ付けてきてしまった。


(ど、どうしよう)


 今日、春陽ちゃんは確実に関係を変えるつもりだ。

 それが前向きか後ろ向きかはともかく、まず間違いない。

 それなのに、私、ウカツすぎでは?


 流石に今から家には戻れない。走って近場のデパートで新しいのでも買うか? いやなんて言い訳して外に出ればいいの?


 頭がパンクしそうなくらい色々な考えが浮かんだ結果……。


(……諦めるか)


 そうして色々なことを諦めた私は、春陽ちゃんが準備を終えて迎えに来るまでぼうっと過ごしていた。

 よほど気の抜けた顔をしていたのか、出会い頭に驚かれるくらいだった。


 現れた春陽ちゃんは首元をリボンで結んだブラウスに、ショートのドット柄スカート。

 いかにもこのマンションに住むのにふさわしい出でたちで、私の気の抜けた格好とは、何から何まで正反対だった。

 

   〇

 

「へー、おしゃれな部屋~」


 春陽ちゃんの部屋は、急いで準備をしたふうにしてはずいぶん片付いて見えた。

 玄関から入ってまず目につくのはベランダに続く大きな窓。その右側には本棚があって、大学で使っているだろう教科書が詰め込まれている。その隣にはゲーミングチェアの置かれた勉強机。マイクやディスプレイが置かれてるから配信スペースも兼ねてるんだろう。

 窓の左側には畳んだ布団が置かれていて、洗濯物を干すためと思しき大きなスタンドがあった。

 スタンドの端からはカーテンが掛けられていて、キッチンや洗濯機といった水回りのスペースが目に入らないようにされている。


 馴染みあるドアを開けたらすぐキッチンという賃貸ではないので、少し驚いてしまった。

 家主のセンスなんだろうか。それとも最近の流行か?

 どっちでもいいけど、入ってすぐ水回りのものが目に入るような構造になっていないのはありがたい気がする。春陽ちゃんのしてるように衝立やカーテンで仕切っておけば、キッチンスペースは隠せるし。


「すみません、汚い部屋で」

「えっ、全然そんなことないよ! これで汚いなら私の部屋なんてゴミ置き場だよ!」


 これで汚いなんて謙遜にもほどがある。

 私の部屋なんて、ファンレターを詰めたダンボールは積んであるし、脱いだ服は雑に投げてあるし。機材の配線もぐちゃぐちゃで、とてもじゃないけど人を呼べるような部屋じゃない。

 足の踏み場らしい踏み場は、テレビの前からキッチンまでの導線にしかない有り様。

 だって使いやすいし困らないし……。いやまあ人呼ぶ時に困るけど。


「そ、そうなんですか」

「いっ、いやその……はい、ちゃんと掃除します」


 引かれてしまった。かなしい。

 まあうん、いい機会だよね。……帰ったら片付けよう。


「ふふふ、頑張ってください。あ、その椅子座っててください、今お茶を用意しますので」

「えっ、悪いよ。別に地べたでいいよ」

「そんなわけにはいきません! お客様なんですから!」

「……はい」


 言いくるめられてゲーミングチェアに座らされてしまった。

 私も座り慣れたものだけど、他の人が普段使ってるモノに座るとなると、なんだか緊張する。

 あるはずのない温もりを感じるというか……。

 匂いを感じてしまうというか……。


 いやいや、想像しすぎでしょ。

 頬を叩いて冷静さを取り戻すと、ぐるりと周りを見回した。


(いつもここで配信してるんだなあ)


 机の上に目を向けると、使い込まれた機材が目に入る。

 視界を包み込むように配置された、三枚の大きなディスプレイ。その前に置かれた顔認識用のカメラはしっかりとこちらを向いている。

 左手側にはボイスコ界隈でも有名なインターフェースと配信の時にBGMを載せるためのミキサーがあって、そのさらに奥からマイクアームが伸びている。

 たしかそこそこ高いマイクを使ってると言っていたから、使ってない時はしまっているんだろう。マイクアームの先は空っぽだった。

 そういう機材のさらに手前にキーボードとマウスが置かれていて、机の上には空間的余裕はほとんどない。

 私のもそうだけど、機材が増えるにつれて机の上がギッチギチになっていく。マウスパッド周りだけ余裕があるのは、FPSとかゲームをやる都合だろう。


 私なんてどれも繋ぎっぱなしの出しっぱなしなのに偉いなあと思ってしまう。

 本当にこういうところで性格が出るなあ。


「お待たせしました。あ、玲奈さんの機材どうしましょうか?」

「あ、自分でやるよー。ちょっと位置いじっちゃうけどいい?」

「大丈夫です。お願いします」


 理想はマイクとカメラを二個ずつ用意だけど、スペース的に厳しいからファンの人には我慢してもらおう。まあこれも醍醐味ということで。

 持ってきた機材を設置して、ちゃんと音を拾えるかのテスト。

 それもうまくいったのでようやく一安心だった。ここでつまずくと、新しく機材を買いにいくハメになる。


 まあそれも楽しそうだけど、と思いつつ、よかったねと笑い合った。

 それから、流石にいつまでもゲーミングチェアに座ってるというのは気が引けたので、食事用に使ってる机を出してもらって、その前に二人で座ることにした。

 二人して事務所からの連絡確認や、SNSをチェックしつつ話始める。


「今日はさ、お酒飲むんだよね。試し飲みした?」

「はい。この前友達と飲んだんですけど、そう変わりないって言われましたよ」

「顔引きつりながら言われなかった?」

「真顔だったので嘘ではないと思います!」


 友人同士だとある程度なら奇行も普通だったで片付けられたりするから、こういう時追及するのは大事だ。

 まあこの感じだと本当に変わらないんだろう。


「限界だなあってところまで飲んでみた?」

「それが二、三杯で頭ポワポワになってしまって。かなりゆっくり目のペースで飲んだんですが……」


 何杯かいけるということは、極端に弱いというほどではないんだろう。


「何飲んだの?」

「梅酒です。じゃないと実験にならないじゃないですか」

「そ、そうだよね」


 言われてみればその通りだ。

 馬鹿みたいな質問をしてしまった。


「でも、その感じだと配信で困ることはないかもね」

「そうかもしれないです。でも、そのコメントと盛り上がって飲みすぎちゃうかもしれないので……念のためということで」


 私の言葉に、春陽ちゃんは困ったような笑みを浮かべて答えた。

 どうしてそんな顔をしたんだろう。少し考えて、気づいた。


 ……まったく、そんなの考えるまでもないのに。

 私、実はかなり緊張してるんだろうか?


「その、今日は楽しい日にしようね」

「……はい!」


 馬鹿なこと言った償いにはならないけど、精一杯の勇気を振り絞って春陽ちゃんの手を握った。

 ぱあっと笑みが咲いて、彼女がもたれかかってきた。


 それから配信予定の時間になるまで、何をするでもなく身を寄せ合って過ごしていた。

 

   〇

 

 初めての飲酒配信は滞りなく進んだ。

 うっかりコメントで楽しくなって飲みすぎたりしないかなと心配していたけど、ただの杞憂で済んだ。

 軽く一杯飲み干して、ほろ酔いになった春陽ちゃんは少しテンションが高く、口がいつも以上に回る。

 それもうっかり変なことを言うタイプじゃなくて、ただ口数が増えるタイプだった。

 たしかにこれなら友人の評価もわかる。

 私なら明るくなったとか表現する変わり方だ。


「今日は小町ちゃんオススメの梅酒だったけど、これからはいろんなお酒飲んでみたいね。みんなオススメを送ってくれると嬉しい」

「そうね~、これから色々大人の遊びを楽しめるといいね」


 大人の遊びって、とコメントがにわかに騒がしくなった。

 これは言葉選びを間違えたなあと苦笑していると、春陽ちゃんも苦笑いしている。

 まあ、そういうムーブをしている人間がそんなことを言えば、騒がしくなるのもしかたないかなあとは思うけど。


「小町ちゃんは大人の遊びに付き合ってくれる?」


 何か別の言い回しにして誤魔化すかと思いきや、思いっきり乗る形で振ってきた。

 カメラがなくてよかった。

 もしあったらそれはそれはわかりやすく驚いた顔が映っていただろうから。

 しかし、どういうつもりなんだろう。

 もしかしたらそのまま茶化すつもりなのかな?


「え~、ど~しよっかなあ」

「もーいつもそうやってはぐらかす」


 あ、これはそうっぽい。

 春陽ちゃんの声色からは冗談めかした気配を感じる。


「だってぇ、そういうと花音ちゃんいい反応するし」

「もう、いじわるっ!」


 プイッと不機嫌そうな顔を作ってそっぽを向いてしまう。

 酔ってるはずなのにアバター使いに余念がない。

 見習いたいなあと思いつつ、言葉を続けた。


「それにほら、こんな外見の女が大人の遊びなんて職質必至よ。免許書提示よ!」

「されるんですか?」

「されるよ! されたよ!」


 そうして上手いこと話題を茶化してコメントを草原に変えたところで、そろそろお開きという流れになった。


「早いことでもう二年かな? みんなありがとね。始めた頃はまさかこうして成人して、お酒飲む配信するだなんて思ってなかったし。ここにくるまでも色々あったけど、これも全部みんなのおかげだよ。ほんっとにありがとね」

「私もそろそろ一周年?くらいだけど、これからもよろしくね~」

「もう、小町ちゃんシンプル」

「えーだってここ花音ちゃんのチャンネルだし?」

「それもそっか」


 二人してクスクスと笑うと、笑顔の絵文字や草やらが滝のように流れていく。

 打てば響く、楽しい場だ。


『じゃあ、お疲れ様でした』

「まったね~」


 声を合わせてお開きを宣言すると、BGMをフェードアウトさせながら放送終了の画面に切り替える。

 流れてくるお疲れ様のコメントをしばらく見届けてから、きちんと配信を切った。

 二人してホッと一息ついて、お礼の言葉や私たちは二次会をするみたいなことをほのめかすメッセージを投稿して、PCをシャットダウン。

 そうして花音と小町というアバターを完全に脱いだ。


「はー、事故とかなくてよかった!」

「隣にいてくれたおかげですよ」

「そうかなぁ? 私なにもしてないよ?」


 あれで機密やらをうっかり話してしまうようなテンションの上がり方だと焦ったけど、隣にいてなにも心配することがなかった。

 むしろ変わらなさすぎて怖いくらい。

 とはいえ、顔は真っ赤だし、暑そうに胸元を開いてぱたぱた扇いでいるから、酔ってるのはたしかなんだと思う。


「いいえ、誰かが隣にいるってやっぱり違いますよ。お酒を飲むペースだって、合わせられましたし」

「あー、それ誰かが言ってたなー。一人飲みのペースになっちゃうって」

「ファンの方はいますけど、一緒に飲んでいる姿が見えるわけではないですからね」


 話をしていると喉が乾くのもあって、ついついお酒が進んでしまうらしい。


「だから、玲奈さんのおかげです」

「そっか。どういたしまして」


 えへへ、と二人して笑い合うと、どちらともなく空のグラスを片付けようと立ち上がった。

 のはいいのだけど、長時間座って飲んでいたせいか足がふらついた。

 私は経験でなんとかなったけど、春陽ちゃんは初めての経験にそのまま倒れそうになっている。


「あぶない!」


 あのまま倒れると確実に床に激突する。

 手を前に出して受け止める余裕なんかなさそうで、私は咄嗟に彼女を受け止めようと滑り込んだ。

 ……んだけど、春陽ちゃんの背が高いのが災いした。

 勢いを殺すことはできたけど、尻餅をつくような形で倒れ込んでしまう。

 めちゃくちゃお尻が痛かった。けど、春陽ちゃんは無事私のお腹で受け止められたみたいだった。

 本当に痛いけど、春陽ちゃんが無事ならいいか。

 酔っ払って転んで怪我をする、なんてマネージャーに知られたら超怒られて、飲酒禁止がお達しされてしまう。

 春陽ちゃんはまだ飲酒二回目。お酒の楽しさもまだまだわかってないのにそうなるのはあまりにも残念だ。回避できてよかった。


「う、あ、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」

「うん。お尻がちょっと痛いくらい。春陽ちゃんはどこも打ってない?」

「は、はい」


 春陽ちゃんが持ってたグラスは、割れることなくごろごろ音を立てて床を転がっている。

 ともかく、全てが無事で済んだみたいだった。


「急に立つとあぶないよね。先に言っておくべきだった」

「い、いえ、私も二回目なのに……」


 なんだか中途半端に抱き合うような形でお互い自分を責め合う。

 それがなんだかおかしくって、どちらともなく笑い出した。


「まあ、無事でよかった」

「玲奈さんのおかげです。……あなたはいつもそうやって助けてくれる」


 そういうと、春陽ちゃんがぎゅっと抱きついてくる。

 お酒のせいでカンカンに熱くなった全身が、私を包み込んだ。

 私も酔ってるはずなのに、それ以上に春陽ちゃんは熱かった。


「ねぇ、玲奈さん。さっきの、大人の遊びの話、ですけど」


 春陽ちゃんが、熱い吐息と共に私を見つめてくる。

 綺麗な綺麗な瞳。その向こう側にははだけて谷間の見える胸元があった。

 汗の浮かぶ、桜色に染まった白い肌。

 何かいけないものを見てしまった気がして、目を逸らした。


「お酒を飲むとかなら付き合う、よ?」

「それもあります。でも、私がしたいのは……わかって、ますよね?」


 春陽ちゃんが目の前でブラウスを脱ぎ捨てる。

 可愛らしさレースで彩られたピンクの下着が、私の目を釘付けにする。

 目を逸らさないといけないのに、吸い寄せられてしまう。

 おっぱい大好きで見たがりな男子の気持ちが、少しだけわかった気がした。

 これは、目の毒だ。


「ずっと、ずっと待ってました。玲奈さんが後輩だからって我慢してるのも知ってました。でも、登録者だってもう近いじゃないですか。歳だって、私も成人して誰も文句を言えません」

「お、親御さんは」

「まだ結婚するんじゃないんですから関係ないじゃないですか。それとも玲奈さんはそこまで考えてくれてるんですか」

「う……」


 たしかに春陽ちゃんの言う通りだ。

 恋愛である以上、なんの関係もない。

 パートナーを目指すなら、いずれ会う必要もあるだろうけど……。

 どうしてそんなことを言ったんだろう。無意識のうちに考えていたんだろうか。


 自分で自分がわからない。


「歳下って、そんなにダメですか? 私、たくさん稼いでますよ。この業界はまだまだ不安定でこの先どうなるかわかんないですけど、ここで学んだことは多分一生活かせます。色んなことを、誰に届ける言葉を作れると思います」

「それは、いいことだけど……」

「だけど、なんですか?」

「私、もういい歳だよ? 他にもっと、いい人が」


 抱きついていた春陽ちゃんが、私を押し倒した。

 私の手にあったグラスが、ごろごろと転がっていく。


「私は、玲奈さんが好きなんです。たしかに、もしかしたらもっといい人もいるかもしれないです。でも、今私が好きなのはあなたなんです!」

「うっ……」

「すき、好きなんです。……ダメですか? 営業(えんぎ)じゃなきゃ、ダメですか? これを本物にしたら、ダメなんですか?」


 私を見下ろす春陽ちゃんの目から、暖かい涙が降り注いでくる。

 ……この子がこれだけ私のことを好きなのなんて、ずっとわかってたことだった。

 でも、それを受け入れるのは怖かった。

 歳下だからとかは関係ない。

 私より遥かに凄い人が、私を愛してくれる。

 その事実に、私が耐えられそうになかったから。


 たぶんきっと、それは春陽ちゃんも悩んだことなんだろう。

 恋愛は、対等がいい。

 でも現実には、仕事の内容とか稼ぎとか、忙しさとか年齢とか、色々なことで対等さが崩れていく。


 それにこの子はまだ二十歳なんだ。

 大学を卒業したら、もっと色んなものと出会うことになるだろう。

 この活動では出会わないような普通の人たちと、たくさん出会うようになるだろう。

 その中には、価値観がすごく合う人もいるはずだ。

 春陽ちゃんのすごさを笑って受け入れて、その苦しみを癒してあげられるような人もいるはずだ。


 私は、そこまで出来ない。

 人並みに嫉妬するし、悪口も言う。劣等感もすごいし、ファンとしての自分は花音の人気を祝福するけど、小町としての自分は嫉妬で頭がおかしくなりそうになったこともある。

 そんなちっぽけな人間が、この子の愛を受け止めていいんだろうか。


「ストレートに受け入れられないなら、遊びでもいいです。営業だって誤魔化すみたいに、いくらでも違う形でもいいです。だから……」


 泣きながら、春陽ちゃんが顔を近づけてくる。

 ――キスされる。

 わかっていたけど、避けられなかった。


 それは昔、勇気をもらうためにしたキスとは違う。

 それは最近時折する、戯れのキスとも違う。

 それは私を貪るようなものだった。


「すき、好きです。玲奈さん」

「……私も、そうだよ。でも、やっぱりね、正面から受け止められないんだ。色々、私もあったからさ」

「……はい」


 私は弱い。

 だから逃げ回った。

 そんな私を春陽ちゃんは諦めないで追いかけてくれた。

 はぐらかす私を、たくさん我慢してくれた。

 

 だから、そろそろ一歩進もうと思う。

 

 ずっとずっと好きでいてくれたあなたのために。


「だけど、少しずつだけ、頑張るよ。だから、今日は……記念日に、しよ? 大人の遊び、少しだけ、しちゃお」


 震える声で囁くと、堤の切れたように春陽ちゃんが嗚咽しながら私を抱きしめる。

 ああ、やっぱり下着は綺麗なのにしておくべきだった。だらしないって思われないといいな。


「今日、くたびれた下着だけど、ごめんね」

「いいです。そんなの、玲奈さんの綺麗さで気になりませんから」


 ――そして私たちは、一線を超えた。

 

   ◯

 

 朝日が射す中、スッと目を覚ます。

 隣では、散々に私を虐めてくれた春陽ちゃんが幸せそうな顔をしていた。

 まさかリードされるとは思ってなかった。まあ、それだけ我慢してたんだろう。


「待たせて、ごめんね」


 眠る彼女の額にキスをして、ベッドから抜け出す。

 カーテンの隙間から射す朝日。いつもなら、もっと寝たくて邪魔だと思うだけのもの。

 それが今日は、とても優しいものに思えた。

 新しい関係を始めた私たちを、祝福しているように。



ここまでお読みくださって、ありがとうございました

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