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最終話 その先で待ってて

 やる気が芽生えてからはあっという間だった。麻央に頭を下げて協力してもらって、一から自分を見つめ直した。

 そうやって改めて自分の声を聞く作業をしていると、叫び出したくなるくらいダメなところがたくさんあった。


 結局のところ、ルーティン化してたんだと思う。

 心のどこかに、何をするにもこんなものでいいって気持ちがあったんだと思う。


 そんなことはないつもりだったけど、そう感じたってことはそれが現実。


 こんなんじゃ春陽ちゃんに置いていかれちゃう。


 私にはどう足掻いてもあの子みたいな綺麗さは出せないけど。

 私には私の武器があって、それを伸ばしてあの子の隣に立つ。


 じゃなきゃ、あの子の好きに応えられない。


 そうして気付けば季節は冬になっていた。

 

   ◯

 

 雪になるかもしれないとニュースで言われるほどに寒いその日、私たちは久しぶりにオフ会を開いた。


 凍えないよう、待ち合わせは駅近の百貨店の中。化粧品売り場特有の独特な匂いに包まれながらぼうっとしていると、シンプルなダッフルコート姿の春陽ちゃんが入ってくるのが見えた。


 こっちだよと声をかけるより早く気づいてくれたのか、嬉しそうな顔になってこちらへ走ってくる。

 前も思ったけど本当、大型犬みたい。


「ごめんなさい、お待たせしちゃいました?」

「ううん、そんなことないよ。色々話したいことはあるけど、まずは移動しようか」

「はい!」


 本当に話したいことはたくさんある。だけど、まずは寒さから逃れるためにさっさとカラオケへ移動する。


 この駅はいつ来ても混んでいるけれど、時期が時期だからかカップルが多いような気がした。

 コートのポケットに手を入れていた方が暖かいだろうに、みんなどこか嬉しそうに手を繋いでいる。


 しかし、カップルかあ……。


 ちらと春陽ちゃんの方を見ると、何か言いたげな顔をしていた。

 なんとなく、羨ましそうな……。


「……手、繋ぐ?」


 コートのポケットから手を出して誘うと、おずおずと手を重ねてきた。


 その感触に、思わず腕が跳ねそうになった。

 まるでティーカップでも撫でてるみたいな滑らかさと冷たさ。


「こんなに……大丈夫?」

「自分では大丈夫なんですけど、よく驚かれます。紺堂さんこそ大丈夫ですか?」

「私はほら体温高いから。これで少しでもあったまるといいね」

「……はい」


 春陽ちゃんはどこか嬉しそうにはにかむと、ぎゅっと強く握り返してくる。


 そこまで喜ばれると手の繋ぎ甲斐がある。

 ある、けど……なんだかとても恥ずかしい。


「え、えへへ……」


 手に力を入れれば誰かの感触が返ってくる。そんな当たり前のことがこんなに恥ずかしいだなんて思わなかった。

 周りがカップルばかりだからだろうか。それとも、これから話すことを考えてしまってるからだろうか。


 同じようなことを春陽ちゃんも感じていたのか、頬が少し赤い。たぶん私も赤い。


 ……ともかく!


「い、いこっか!」

「はい」


 それから私たちは、付き合いたての距離感がわからなくなったカップルのように、無言でカラオケ店へ向かった。

 ただ歩くのは少しゆっくりで、繋いだ手と手の感触を味わっていた。

 

   ◯

 

 この部屋しか空いていないんです、と申し訳なさそうに案内されたパーティルームに入ると、空間が広いだけあってか少し肌寒く思えた。

 延長は無理だと言われたくらい混雑してるようだから、たぶんこの部屋も少し前まで人がいたんだろうけど。


「ちょっとヒーター効いてくるまでくっついてよっか?」

「……はい」


 また手を繋いで、入口からすぐ近くのソファに腰を下ろした。


 こんなにも広いのに、使っているのは部屋の片隅だけ。

 なんだか贅沢だな、なんて思っていると春陽ちゃんが甘えるようにもたれかかってきた。


「あの……前してくれたみたいにしてもらってもいいですか?」


 ぎゅっぎゅっと抱きつくように手に力を込めてくる春陽ちゃんは可愛らしくて、今すぐにでも抱きしめてあげたくなる。


「いいけど、まだだめ」

「どうして? 私頑張ったんですよ!」

「わかってるけど、ほら店員さん来てからね?」


 私は抱きしめるだけなのでそんなに恥ずかしくないけど、見られた春陽ちゃんは確実に真っ赤になるだろうし、店員さんもしんどいだろう。この時期にそんなものを見せられるのは相当。


「そ、そうですね! ……ごめんなさい」


 私の指摘に今の状態がどう見えるか想像したのか、手を離して、そそくさと距離を取られてしまった。


 そんなに早く甘えたかったのか。それとも……。


 決して忘れていたわけではないけれど、春陽ちゃんは私のことが好きなわけで。


(あれもしかしてカラオケチョイスしたの間違い?)


 いやいや、そんな軽率な真似はしないだろう。

 たぶん、きっと、おそらくは。


「失礼しましたー!」


 なんて思っていると、颯爽と現れた店員がティーポットを置いて去っていった。

 お盆には他にもたくさんのグラスが載っていたから、フロア中を配達行脚しているのだろう。本当にお疲れ様です。


 心の中で頭を下げながらお茶を注いで春陽ちゃんに渡す。


「飲みながら話そ?」

「はい」


 ふーふーと湯気の立つグラスを二人して吹きながら、ずずずと啜る。


「はぁー染みるね」


 少し汚い声でそう感想を言えば、小さな笑い声が聞こえた。

 うん、ごめんね。おばさんくさいね。


「あったかいです」

「よかった」


 まあ、春陽ちゃんが幸せそうだし良いかな、とも思うけど。


「そういえばさ、今日来てくれたってことはさ」

「はい、バッチリ受かってました」

「流石~」


 息抜きがしたいからと抜け出してきたわけではないのは安心した。

 推薦で合格してしまうとこれから気力を持たせるのが大変らしいけど、春陽ちゃんなら大丈夫だろう。


「心配してくれたんですか?」

「当たり前でしょ~。まあ、春までオフ会誘うのを待てなかった身でいうのもあれだけどさ」

「そんなに待たせるのも申し訳ないですし。なんならこちらから声をかけようかなとも思っていたんです」

「そうなの?」

「はい。ただ、お忙しそうでしたから」

「あーごめんね。最近あんましログイン出来てないね」


 どうしてもチャットを見ているとダラダラしてしまうので、連絡がないかどうかを確認したら落ちるようにしていた。

 そのせいで春陽ちゃんが声をかけるタイミングを逃してしまったんだろう。

 元々生活リズムが若干噛み合わないこともあって、余計声をかけにくかったのかもしれない。


「メッセ飛ばすだけ飛ばしておいてくれたら待ってたのに」

「それも考えたんですけど、だいたい察しがついちゃうじゃないですか」

「まあ、ねえ」


 この時期に話したいことがあるんです、 とメッセが来たら、ほぼほぼ受験の話だろうし、予定を押さえてまで話したいなら合格したんだろうなと思う。


「どうせならちゃんと話したいな、と思ってたので」

「なるほどなー。よくがんばったね」


 よしよし、と頭を撫でてやる。

 春陽ちゃんはどこかくすぐったそうにしながらも、幸せそうに受け入れていた。


「ありがとうございます。紺堂さんの方は、お忙しいの落ち着いたんですか?」

「今日誘ったのはその話もしようと思ってて」


 どういうことだろう、という顔をされた。


「オーディション、受けようと思ってるんだ」


 一瞬どこのと疑問に思ったようだけど、すぐに伝わったようでぱあっと笑顔が咲いた。


「本当ですか!」

「うん。通るかどうかはわからないけど」

「紺堂さんなら絶対大丈夫ですよ! そうか……後輩になるんですね……」

「落ちたら凹むからあんまり持ち上げないで」

「ふふふ。でも、もしそうなったら色々教えてあげますね?」

「その時はよろしくお願いします。先輩?」


 ふふふ、と二人して笑い合う。


 そんな未来を得られたらいいなと思う。

 もちろん、そのために全力は尽くすけど。


「それでね、あの活動って歌を歌うこともあるじゃない?」

「そうですね。もちろん、それを選ばない方もいますけど」

「うん、でも手札は多い方が強いからさ。ここのところ練習してたの、聞いてくれる?」

「喜んで!」


 いまだに充電器に刺さりっぱなしだった端末を持ってきて、お気に入りの一曲を入れる。

 選んだのは学生時代から好きな曲。少しアダルティな雰囲気の歌詞の曲で、以前のオフ会でも歌ったことがある曲だ。


 もう部屋も暖かくなっていたから、コートを脱いでニット姿でモニタの前に立った。


 歌に合わせて部屋の照明が盛り上げるように輝く中、感情たっぷりに歌い上げる。

 以前とは違う歌い方で、聞いた人を惑わすように響かせる。


 正味四分、全力疾走のように歌い終えると、おずおずと立ち上がった春陽ちゃんが抱きついてきた。


「すごく、すごくよかったです……」

「ありがと」

「あんなえっちな歌い方もできるんですね」

「練習したんだ~。そう言ってもらえて嬉しい」


 ぎゅっと抱き返すと、なぜか春陽ちゃんの体が硬くなった。


「春陽ちゃん?」

「その、あんまり無防備にしないでください……」

「あ、ごめんね?」


 慌てて離れると、それはそれで寂しいのか物欲しそうな顔をしていた。

 もうどっちなんだか。


「その、そっちの方の答えはね、もう少しだけ待ってほしいの」

「……はい」

「いや、なんていうか、もうほぼいいかなとは思ってるんだけどね! ほら、色々あるじゃない?」

「まあ、そうですね……」


 いまのご時世、未成年と付き合うのは色々と難しい。

 もちろん理由はそれだけじゃなくて、私が春陽ちゃんと対等になるまで気持ちを受け止められないから。


「だから、もう少しだけ、ね?」

「うぅ、生殺しです……」

「ごめんねぇ」


 必死で耐えている春陽ちゃんを見ていると、もう今日いいんじゃないかとか、今してもいいんじゃないかとすら思う。


 ……いやいやダメだって。ダメだから。


「ちょっと、距離とろっか?」

「……はい」


 無駄に広いだけあって距離には困らなかった。

 困らなかったけど、ちょっと寂しかった。

 

   ◯

 

 カラオケを終えて、少しアパレル店を冷やかして回り、以前も行った少しお洒落な洋食屋さんでコースをたいらげた時点でまだ八時。


 ちなみにお店ではおごるか割り勘かで一悶着あって、今は働いているからと春陽ちゃんに割り勘を押し切られた。

 それだけ稼げているのはいいことだけど、ほんの少し寂しい気がした。

 

「雪、降らなかったね」

「こんなに寒いのに降りませんでしたね」


 解散するのが勿体なくて駅前でグズグズしてしまう。


 春陽ちゃんの都合上、早め早めの解散になるのは仕方ないんだけど、やっぱりもう少し一緒にいたい。

 その少しだけを出来る限り伸ばしたくて、ぽつぽつと思い出したように話を振り合ってしまう。


 雪の話も、その一つだった。

 いっそ降ってくれれば別れも切り出しやすいのにな、なんて思ってしまう。


 帰らなきゃいけない理由が私たちには必要だった。

 思い切れなければ、夜を越してしまいそうだったから。


「後輩、なってくださいね」


 ひどく寂しそうな声で春陽ちゃんが呟いた。


「うん、そうなれるといいな」

「なれますよ、きっと」

「そうかな」


 努力はしたけど、あとは向こう次第だ。


「……なってくださいね」


 繋いだ手に力を込めながら、春陽ちゃんが呟く。


「もしかしたら別のところかもしれないけど」

「それでもいいですよ。事務所が違っても仲のいい子たちはいますから」

「そっか」


 そのあたりも少し勉強しないとな、と思う。

 まだまだできることはたくさんありそうだ。


「帰ったらおすすめとか教えてくれる?」

「いいですよ。たくさん送ります」

「ありがとう」


 ついに帰ったらという言葉を出してしまった。

 どちらともなく、少し距離をとり始めてしまう。


 ……お別れの時間なのだ。


「ねえ、春陽ちゃん」

「はい?」

「最後に、少しだけ甘えてもいい?」

「……はい!」


 おずおずと抱きしめ合う。

 本当に、名残惜しかった。


「私、頑張るね」

「無理はしないでくださいね」

「うん。でも、少しはしないとダメかもなって」

「超えられなさそうですか?」

「うん。だらしないからさ。鞭打たないとなって」


 くすり、笑い声が聞こえた。


「なぁに、その笑いは」

「ずーっとログインしないで頑張ってる人がいうことなのかなって」

「ちょっと息切れしそうなんだもん」


 春陽ちゃんに会って、歌を褒められて少し満足してしまったんだ。

 だらしがないにもほどがある。


「じゃあ今日は休憩の日なんですよ。たっぷり休んでください」

「そっか」


 優しい子だな、と思う。

 だからこそ、この子の隣に立ちたいなと思う。


「じゃあ、もう少しだけ甘えちゃおうかな」


 だけど、今日くらいは、他のカップルみたいに甘えてもいいのかもしれない。

 抱きつく力を強くして、春陽ちゃんの首元に顔を埋めるようにする。


「う、その、あんまりされると」


 カラオケでも聞いた言葉。必死に我慢してくれてる偉い子だ。


「うん、そうだね」


 だから私も、我慢して体を離すしかない。

 でも、そうするとまた寂しそうな顔をする。わかりやすくて可愛い子だ。


「……ねぇ、少しだけかがんでくれる?」

「……はい」


 何をされるかなんてわかっているんだろうけど、きっと春陽ちゃんも我慢できなかったんだ。


 そういうことにして、私は彼女にキスをする。

 柔らかな熱と、くすぐったい鼻息。


「一回だけ、ごめんね?」

「……ううん、嬉しいです」


 この前は走って逃げられてしまったけど、今日は笑い合って別れられる。


「じゃあ、頑張るから!」

「はい! 待ってますから!」

 

   ◯

 

 そして。

 

 配信ソフトを前に、私は何度も深呼吸する。

 全身が寒い。変な失敗をしないか心配でたまらない。

 画面上のアバターが不安そうな顔をしている。今、私はこんな顔をしてるのか。


 こんな顔じゃだめだと、頬を叩いて気合を入れる。

 ようやくここまできたんだ。だから、あとはもう、走っていくだけ。


 力を込めて配信開始をクリックする。

 それでちゃんとできているかどうかもわからないまま、私は笑顔を作って言い放った。

 

「は、はじめまして!」

 

 大好きな人の隣に立つために。

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