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第三話 オフ会をしましょう!

 オフ会当日。私は待ち合わせ場所の駅のトイレで鏡と睨めっこしていた。


 相手はまだ化粧品なんて雑でもいい十代。日焼けも怖くないJKだ。

 その頃のツケが回ってきている私としては、念には念を入れたかった。


(うーん……まあ、こんなもんでしょ!)


 髪型も変に崩れているということもないし、化粧ノリも悪くはない。

 無難オブ無難なブラウスにブルーのプリーツスカートは、堅実に自分に似合った物だと思う。いや、流行とかよくわかんないけど。

 バックだって、ちょっと前の型だけどブランド物だし、そう悪くはない……はずだ。


 ちゃんと可愛くまとまってるよね?


(ふ、不安になるな私)


 ここで不安になるのは沼だ。


 向こうだってモデルみたいな美人を想像してはこないだろう。こないよね? 散々おばさんって言ったしね?

 でも、なぜか私を持ち上げてくるから、もしかしたらということもある。


(というかそれ言ったら今日のお店もなあ……)


 何度か行ったことのあるパンケーキ屋さんをチョイスしたけど、今の若者からするともう古いんだろうか。今の流行って何? 何が若者にウケてるの?

 何もわからない。

 わからないけど、話した感じでは、そういう少し古いところも笑って受け入れてくれそうな子だと思う。


「よし……」


 いい加減気分を切り替えて行こう。


 そうして駅から出れば、雲一つない青空が出迎えてくれる。

 暑くてたまらない。正直勘弁して欲しい。


 まあ目的のパンケーキ屋さんは屋内だから、この暑さも今だけのもの。今日は出来るだけ屋外を移動しないような予定を組んでいるから、合流さえしてしまえばこっちのものだ。


 そんなことを考えながら、ついたよとメッセージを送った。

 ログを見ると、いぐさちゃんの方は少し前についていたらしい。私がトイレで鏡に向き合ってる間のことだ。

 この炎天下に待たせていたかと思うと申し訳なくなる。いや、約束の時間まではまだ余裕があるんだけど、早め早めの行動を心がけてる子なんだろう。


「どこだろ」


 スマホをしまって辺りを見回す。

 着ている服を自撮りで送りあったので――もちろんお互い顔は隠したけど――それを目印にすればいいんだけど……。


(やっぱ流行なのかなあ……)


 正直、似たような格好の子を結構見かける。

 送ってきたのは、白いTシャツにハイウエストのパステルピンクのロングスカート。グレーのキャスケットを被ってるみたいだけど、それも含めて同じような格好の子が結構いる。

 しかも待ち合わせスポットなので、みんな相手が来ないかとキョロキョロしてる。


(どうしたもんか……)


 声を出せば一発で気付いてもらえる、とは思う。それくらい特徴的な声の自覚はある。

 でも、これだけ人がたくさんいる中でそれをするのは、少しだけためらいがあって。

 約束の場所をぐるぐる歩き回っていぐさちゃんを探してしまった。


(先に来てるはずなのになあ……)


 それらしい子が見当たらない。

 何回かこの子かもしれないと思う子はいたんだけど、その子も待ち合わせ相手が来ないのか足早に歩いていて、すぐ人混みに紛れてしまった。


 大失敗だ。


 こんなことなら、もっと細かい特徴を訊いておくべきだった。というか、どうせ顔バレするんだから顔を隠す必要なんてなかった。無駄なネット歴の長さがあだになった。


「んなぁ~……」


 それにしても暑い。暑くてたまらない。

 滴る汗を拭いつつスマホを取り出せば、向こうから『どこにいますか?』と連絡が何回か来ていた。

 さっきから連絡無視ばっかりだ。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


『ごめんね。探してるんだけど見つからなくて。通話していい?』


 返事はすぐにきた。すぐさま電話をかける。


「ごめんね~。なんかうまく合流できなくて」

「いえ、こちらこそ申し訳ないです。今どのあたりにいらっしゃいますか?」

「ええと、いまはデパートの入り口あたりにいて」

「たぶんすぐ近くにいると思います。今手を振ってるんですけど、わかります?」


 キョロキョロと周りを見回せば、スマホ片手に手を振っている美少女が見えた。

 清潔感あるセミロングに甘い顔つきをした彼女は、途中で何回かすれ違った子だった。


「あ、うん、たぶん。見つけた」

「本当ですか! こっちはまだわからないんですけど……」


 まあ私背が低い方だしね……。


 そんなことを思いながら、美少女へと近づいていく。

 向こうもこちらに気づいたのか、通話を切って近づいてきた。

 ぱたぱた走ってくるのが、なんか甘えん坊な大型犬っぽい。


 改めて目の前に立たれると、私よりもちょっぴり背が高い。少し視線を持ち上げるようにしないと目線が合わなかった。悔しい。


「はぁ~よかった。きゃんしぃど様、ですよね?」

「そ、外で様付けはやめてよ~。流石に恥ずかしい。せめてさんにしてくれる?」

「あ、すいません。ええと、はじめまして。玉城春陽(たまきはるひ)です」

「……へ?」


 あまりにも爽やかに本名らしきものを名乗られたので面食らってしまった。


「あ……ご、ごめんなさい! 忘れてください!」

「いや、ええっと……あはは」


 ずいぶん特徴的な名前だったので、それはちょっと難しいかもしれない。

 いぐさちゃん改め春陽ちゃんは顔を真っ赤にして慌てている。


「こういうの、初めて?」

「いえ、何回かオフ会はしたことあるんですけど……緊張してるんですかね。ははは……ほんと、恥ずかしい……」

「はぁー」


 可愛いけど迂闊な子だなあ。

 まあ、向こうからすれば憧れの人に会うのだから、そうなってしまうのも当然なのかもしれない。


 なら、私も同じところに立とう。まあこの子なら悪用しなさそうだし。


「私は紺堂玲奈って言います。様付けはやめてね。それ以外なら名字でも下の名前でもいいから」

「え……は、はい!」

「春陽ちゃんって呼んでもいい?」

「ぜ、全然! お好きなように!」

「そこまでかしこまらないで。年上とか気にしないでいいから、ね?」

「で、でも……うう……じゃあ、紺堂さん、って呼んでいいですか?」

「うん、いいよ」


 本当に表情がころころ変わって可愛い子だなぁと思う。

 特別懐いてきてるからそう感じるだけかもしれないけど。


「はあ……ありがとうございます。すごく緊張してたんですけど、紺堂さん、思ってた以上に可愛くてびっくりしちゃいました。なんか、いい意味で二次元の人みたいな……」

「え~、そんなことないって。お世辞が上手いなぁ」

「い、いえ本心です! 可愛くて素敵だと思います!」


 そこはお世辞ということにして欲しかった。恥ずかしい。


「えと……は、ははは。そ、そう、春陽ちゃんも可愛くてびっくりしたよ~。そういう声の子って、どっちかというとかっこいい系の子が多いからさ」

「そうなんですか?」

「昔会ったことある人はね~。……あ、こういうこと言われるの嫌だった? ごめんね、無神経だった」


 かっこいい系の子という言葉を出した時、春陽ちゃんの表情が曇った気がしたのだ。

 たぶん学校で言われたことがあるんだろう。声と顔がミスマッチだとか。


「あ、いえ、大丈夫です。紺堂さんになら」

「嫌なら嫌って言いなさい。いい?」

「……はい。その、顔と声を関連付けされるのは苦手なので、今後は避けてもらえると助かります」

「うん。こっちこそ無神経ごめんなさい。気をつけるね」

「ありがとうございます」


 自分だって散々いじられて嫌な思いをしてきたのに、うっかりとはいえ他人にしてしまうのは反省しないとだ。


「よーし、それじゃ、お店行こっか? 暑いしね」

「は、はい!」


 ともあれ、そうして無事合流した私たちは、すぐ近くのビルに入っているパンケーキ屋さんへと歩き出した。


   ○


 もはやすっかり定着したパンケーキ屋は、たいして並ぶことなく入ることができた。

 窓際の席に案内された私たちは、私イチオシのパンケーキを二つ頼み、炎天下で熱された体を冷やしていた。


「はあ~涼しくて助かるぅ~」


 ぱたぱたとブラウスの襟を動かしながら冷気を満喫する。


 甘い匂いが充満する店内はガンガンにエアコンが効いていて、熱くなった身体にはとても心地いい。

 窓からの見晴らしがいいのも気分が良かった。


「そ、そうですね」


 ゆるだるになりつつある私とは対照的に、春陽ちゃんはガチガチに緊張している。目が泳ぎまくりだ。


「そう緊張しないで~。今日は打ち上げなんだから軽く軽く」

「そう言われましても……」

「そんなんじゃせっかくのパンケーキの味もしないよ? おいしーんだから」


 ここはたっぷりのバターと蜂蜜をかけたのが最高に美味しいのだ。

 他にもいくつか味はあるけど私はそのスタンダードなやつが好きで、春陽ちゃんにもほとんど無理矢理に近い形で同じものを頼ませてしまった。


 味を思い出しながらメニューを広げて見せても、春陽ちゃんの反応はにぶい。


「……私ってそんなにすごい人に感じる?」

「まあ、昔からのファンなので」

「こんなふうにブラウスで胸あおいじゃうおばさんだよ?」

「それは別に同級生とかもやりますし、私もやりますよ?」


 目の前の美少女とはあまり繋がらないイメージだった。


「春陽ちゃんのとこってクーラーないの?」

「ありますけど、暑い時は暑いですから」

「あー体育の後とか」

「はい。スカートの中あおいでる子とかいますよ。私はやりませんけど」

「はぇ~」


 言葉からは私もやってみたいという感じがあった。

 学校ではそういうキャラではないんだろう。

 まあ、たしかに春陽ちゃんみたいに可愛い子がスカートパサパサしてたらビビると思う。


「紺堂さんはやってたんですか?」

「私もしてなかったなあ。ほら、私こんな声でしょ? 目立つんだよね、何してもさ」


 いじめ、とまでは言わないけど、かなりいじられていた。

 まさか社会に出てからも延々声をネタにされるとは思ってなかったけど。


「こんな声って……素敵な声ですよ! 甘くて、優しくて……」

「ど、どうどう。声大きい」

「す、すいません。でも、紺堂さんは素敵な方なので、その……」

「う、うん。ごめんね?」


 自虐するのは地雷みたいだ。気をつけよう。

 丁度いいタイミングでパンケーキも来てくれた。雰囲気を変えやすくて助かる。


「さ、食べよっか。あ! 写真とか撮る?」

「いえ、大丈夫です」

「そっか。じゃあ、いただきまーす!」


 一口サイズにカットしたふわふわのパンケーキを口に含めば、思わず震えるほどの濃厚な甘みが私を満たしてくれる。


「はぁ~おいしぃ~」

「……か、かわいい。なんでそんなにかわいいの?」

「?」


 なにか妙な目線を感じた気がしたけど気のせいだろうか。

 春陽ちゃんも美味しそうにフォークをくわえて息を吐いているし、勘違いだろう。


「美味しいでしょ?」

「はい。紺堂さんのオススメを頼んでよかったです」

「よかった~」


 同じものを好きといってもらえて、正直かなり嬉しい。

 好きなものが同じなら、話も弾みやすい。

 まあ私たちの場合、ボイスコ活動の話をするのが一番楽なんだろうけど。


「それでさ話戻すけど。私の声を好きって言ってくれるのは嬉しいし、今は自分の声も嫌いじゃないよ」

「そう、なんですか? それはやっぱり、ボイスコ活動して?」

「うん。いじられまくるからよっぽど変な声してんだろーなーって軽くupしたら超好評でさ。調子に乗ったというかね」


 そのせいでまあ色々あったといえばあったけど、それもいい思い出だ。


「春陽ちゃんはどうして始めたの?」

「私は……」


 春陽ちゃんは答えるのに少し悩んでいるようだった。

 素直に答えると角が立つような理由なんだろうか。


「ただ、スマホで簡単にできるようになったからなんとなくやってみたってだけで。何か、特別な理由があったわけじゃ……いえ、たぶん紺堂さんへの憧れはあったと思いますけど……」


 本当に理由がないなら適当におだててもいいのに、真面目な子だなと思う。


「別になんとなくでもいいんだよ」


 必ずしも特別な理由なんていらないのだ。

 軽い気持ちで始められるのは、とても大切だと思う。


「しかしそっか、スマホの機能かぁ~。私の頃はやり方を調べて機材を揃えるところからスタートだったから、いい時代になったね~」

「ですね。まあ、ちゃんとやろうとなると機材は必要ですけど」

「その辺も手軽になってきたよね」

「それは思います。調べたらパッとスターターセットみたいなお勧めも引っかかりますし」


 本当にいい時代になったと思う。

 そのおかげで春陽ちゃんみたいな子が日の目を浴びるのはいいことだ。


「……でも、周りの子たちは何か目標があったりとか、元々演技をやってたとかそういう子が多くて……。だから、たまにいいのかなって思うことがあって」


 こんな生半な気持ちの自分がトップ層にいていいのだろうかと悩んでいる。

 本当に真面目だなあ。


「別に努力してないわけじゃないんでしょ?」

「どうなんでしょう。そういうのも、最近よくわかんないっていうか。いや、してはいますよ? いますけど」

「何か違うなって?」

「……はい」


 ぶすぶすとパンケーキを突き刺しながら、春陽ちゃんは答えた。


「その、メッセージにはアンチとかは関係ないって書いたんですけど……正直に言えば、やっぱり声を上げるたびにあれこれ言われて、ちょっと自分が嫌いになってきてて。休止って書きましたけど、ホントは……やめようかなって」

「そうだったんだ」


 これはかなりしんどそうだ。


「知り合いに相談したら、そんなの気にしないでいいよって、あんなにファンがいるんだからもったいないよって。たしかにたくさんの人が私を褒めてくれるし、好きだって言ってくれるんです。でも、あの人たちの言葉がずっと頭から消えないんです。私ってそんなに変な、おばさんくさい声なのかなって……」


 たくさんの人に叩かれるのは、しんどい。

 受け流し方をわかっていないならなおのこと。


「私、どうすればいいんでしょう。ここでやめるのは、たしかに負けたような気がします。でも、続けてても……」

「んなぁ~……」


 慰めるのはそう難しくもない。自分の例を引いてきて、適当にアドバイスをすればいい。


 だけどきっと、そんなことでこの子は救われない。


「……とりあえず、さ。パンケーキ、食べちゃお? 続きは別のところでしよっか」


 そうして私は、甘い甘い、最高に美味しいはずのパンケーキを、なんの感情もなく食べる春陽ちゃんを見つめていた。

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