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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ホクロ誕 

掲載日:2019/10/14

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 なーんか、ここのところ指の辺りに、新しくシミというかホクロというか、黒っぽいものができちゃったんだよ。ほら、この辺なんだけど、分かる? 付け根からちょっと左に外れたところにある奴。

 僕は男だけどさ、この手の取れない汚れって、身体についてほしくないんだ。せっかくもらった、ひとつっきりの自分の身体。下手なことで穢れたくない……って考えるの、おかしいことなんだろうか?

 この身体っていうもの、外からの刺激が内に影響を及ぼすように、内側の異状というものも、外に出てくるようになっているって聞いたことがある。シミも、本来は肌が生まれ変わる際に、古い角質と一緒に流れ落ちていってしまうらしいんだ。

 でもそれらの動きが上手く機能しなくなると、新陳代謝が滞り、結果的にシミとなって沈着してしまう。人によっては体中を探せば探すほど、大小さまざまなものが見つかるだろう。

特に若い間に生まれるもの。それは本当に「シミ」なんだろうか?

 少し考えてしまうような話を、前におばさんから仕入れたんだ。君も聞いてみないかい?


 泣きボクロって、聞いたことあるよね? 目の近くにできるホクロ。おばさんも持っているんだけど、ちょっと珍しいでき方をしていて、印象に残っている。

 おばさんは両目の少し下に、3つホクロが固まっているタイプだったんだ。目に一番近いところを中心に、小さい三角形を描くものさ。

 自然にできたにしては、珍しい形だ。かといってペイントをするような性格の人でもないし……。そう思いながら、じっとおばさんの目を見ていたから気づかれたらしい。「このホクロ、珍しい?」って、彼女の方から尋ねられちゃったよ。

 どうやら、ホクロのことを訊かれるのに慣れているらしかった。それで、このホクロができたきっかけを教えてくれたんだよ。


 おばさんは生まれつき、両目の下に泣きボクロがあった。当初はひとつずつあったらしいんだよ。おばさんの母親たるおばあちゃん曰く、両方に泣きボクロがある人は、片方に泣きボクロがある人より、強い恋愛運を持つのだとか。良い意味でも、悪い意味でも。

 話を聞いた時のおばさんは、まだ幼稚園生。恋愛に興味を持つにはまだ早く、むしろ周りに同じような子がいないせいで、ひとりだけ仲間外れをされているような印象を受けたらしい。

 他の子にも、おばさんの泣きボクロを珍しがる子がいた。ちょっと浮き出ていてもいたから、ゴミだと思って取ろうとする子もいた。おかげでおばさんは、自分のホクロを疎ましく思うようになっていったとか。

 何度、カッターの刃を自分でホクロにあてがったか分からない。でもそのたび、ホクロをゴミだと思っていた男子にいじられた時、思わず飛び跳ねそうになる痛みが走ったことを思い出してしまう。

 こうして刃が少し触れただけでも、ホクロがうずく。いじられた時の何倍もの痛みが走るかもと思うと、どうしても二の足を踏んでしまった。

 

 ――もし、ホクロを切り取ることができたとしても、その時にものすごく痛かったら? その痛みがずっとずっと続いたら?


 おばさんの握るカッターが、ホクロをそれ以上傷つけることはなかった。



 小学校に上がってからも、おばさんは自分のホクロを毎日、鏡で気にすることを忘れなかったらしい。ここに来てホクロは、以前よりも色濃く、大きくなってきているような気がする。それどころか、右目のホクロの脇にはとても小さいけれど、二つ目のホクロが浮かんでいるのも見えた。

 ホクロのことでいじられたのも、新学期のはじめだけ。自分が気にしていることを話すと、以降は追及してくる人はいなくなったものの、やっぱりおばさん自身が落ち着かない。


 ――なんで、こんなものがついて、私は生まれてきちゃったんだろう。


 その日。雨がしとしとと降る中、おばさんは傘を差しながらそんなことを考えながら、下校していたそうなんだ。勢いは強くないものの、朝から何時間も降り続けている雨は、真新しいアスファルトの地面の上に、いくつも水たまりを作っていた。

 おばさんが進路上、どうしても避けられない水たまりに当たって、中に靴を入れた時に、それは起こる。靴底で跳ねた水の端。いつもなら横に飛び散り、地面に落ちてそれっきりのはずの跳ねが、落ちることなくおばさんの顔めがけて飛んできたんだ。

 

 無警戒のおばさんに、かわす暇はなかった。跳ねはあやまたず、おばさんの両目の下にあるホクロに当たる。直後、ぬるりと下から上へ舐められるような感触に、小さく悲鳴をあげてしまうおばさん。

 袖で拭ったけれど、そこから雨の降り方がおかしくなった。急に風が出てきたのはまだいいとしても、その方向と雨粒が、絶えずおばさんの顔へ当たるようになったんだ。

 どっちを向いても、それに合わせて吹き付ける雨風の向きも変わる。まともに前を見ることができず、うつむき加減のままでどうにか家へ歩いていくおばさん。開いた傘を前に突き出して、顔へじかに当たらないよう試みたけれど、いくらかの雨が傘を回り込んでおばさんの顔にまとわりついてくる。そのたび、あの気持ち悪い感触がホクロの周りを這いまわった。


 ようやく家に着いたおばさん。髪や身体を拭くついでの鏡をのぞくと、生まれてから付き合い続けてきたホクロの様子が、明らかにおかしい。

 視界を遮らない程度に膨らんだホクロ。いつもの5割増しくらいに膨らんだそれが、自分の心臓の音と共に、脈打っていたんだ。

 意識してしまったからか、目の下の振動をじょじょに強く感じられるようになってくる。おばさんはすぐさま、おばあちゃんに泣きつきにいったそうだ。今日の帰り際での一部始終を話すと、おばあちゃんは目を丸くして「それはあんた、えらいものに好かれたねえ」と、部屋にあったペン立てから、一本の鉛筆を手に取った。

 六角形の鉛筆。まださほど使われていないHBを、おばあちゃんは口に含む。削れていない方の中心。収まっている芯の部分をべろりとなめて、口から出すおばあちゃん。


「消毒をしなきゃいけない。あんた、じっとしていなさいよ」


 おばあちゃんは、舐めた鉛筆の先を件の二つのホクロの頭へこすりつけていく。不思議なことに、鉛筆の芯の部分が触れると、先ほどまで破れそうなほど強かった脈動が収まっていった。


「まだ安心はできないよ。あんた、そのまま顔を洗わず、ばんそうこうでそれぞれのホクロを隠しな。汗とかが入って、せっかく消毒したのが流れるといけない」



 おばさんは雨に濡れた日にもかかわらず、お風呂に入ることが許されず、身体をよく拭いただけで眠るように言われた。おばあちゃんの言葉通り、ばんそうこうを貼っているおばさん。しばらくはおとなしかったホクロの鼓動も、布団にもぐる時にはまたかすかによみがえってきていた。


「もう、あたしらは今日、あんたの寝床には近づかない。だからどんな気配がしても、じっと眠ったままでいなさい」


 明かりを消し、横になってから小一時間。雨に打たれた疲れもあったのか、布団の中でうとうとしているおばさんの顔を、べろりと舐め上げるものが。

「来た……」と内心震えながらも、おばさんは目を閉じ続けている。つつ、と舌のような湿り気を帯びた先端が動き、目の下へ。しっかり貼ったはずのばんそうこうが、ぺろりとはがれた。

 その下にあったホクロにも触られたけれど、舌らしきものは犬のようなうめき声と共に、いったん引っ込んだ。しばらく息を切らしていたものの、今度はしばしうなりをあげた後、「ぷつり」と音を立てて、おばさんの両方のホクロを刺すような痛みが。

 これまでほじられたり、カッターで切ろうとしているのとは違う。ストローを刺されて吸われているかのように、痛みの先から外へ抜けていく感触。同時にこわばっていた身体の力も抜けていって、眠気が強まってくる。

 がっくりと、おばさんがほぼ無意識に首を傾げると、刺された感覚は消える。「ふー、ふー」と不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、声は遠ざかっていったんだ。


 翌朝。おばさんのホクロはぺしゃんこになっていた代わり、今のような三角形になっていたらしいんだ。

 おばあちゃん曰く、あのまま放っておいたら、ホクロの中から良からぬものが生まれていた恐れがあったらしい。けれどもおばあちゃんのおまじないで企みをはばまれた音の主は、誕生を助けるのをあきらめ、そのホクロを割って処理したとのこと。

 もしまたホクロが膨らむことがあれば、あたしがしたようにしなさい、とおばさんは忠告されたらしい。けれどここ数十年の間、どうにか無事を保っていると話していたよ。


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