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過去を懐かしむ事は有っても、負の感情を過去の自分にブツケナイデ下さい。
過去、現在、未来は同時進行しています。
過去の自分を苦しめているのは、現在の貴方の放つ、負の感情かもしれません。
────9月4日
御主人様は、私の手を引いてクローゼットの中に一緒に逃げ隠れると、戸を閉めてハアハアと息を整えていた。
私は、コノ機会を逃すまいと御主人様と腕を組んで身を寄せ、わざと怯えて見せる。
────足元の邪魔なファ◯リーズを、片足で隅っこへ静かに押しやった。
御主人様は、それから5分過ぎても真剣な顔つきは変わらず、クローゼットの扉の隙間から外部の様子をうかがっていた。
────私は段々飽きて来た。
そこで、御主人様のポケットから静かにスマホを抜き取り、見つからないようにマナーモードにする。
そして、スマホに保存してある複数の画像を見ながら、以前に御主人様から聞いた昔話を思い出していた。
最初の画像は、満開の桜木の下で満面の笑顔で会話する、新婚1年目の御主人様と奥様の写真。
────後に、別居するとは思いもしない、幸せだった頃の御主人様と奥様。
当時は、金銭的に苦労していたらしい。
だが、‘’ 若さ‘’と言う時限付きの頑丈な鎧は、あらゆる困難を(ノリで)跳ね返した。
その反面、些細な互いの“不満 “等は、優先順位的に有耶無耶にされ、解決させないまま鎧の下に押し込まれ、誤魔化された。
────やがて、年齢を重ねて鎧が錆び落ち、ボロボロに朽ちてくると、鎧の下に溜まり続けた汗染みや垢のような‘’不満 ‘’が異臭を放ってくる。
その一方で、目前に迫る中年世代の、鉄よりも硬い社会的ルールに振り回されるようになり、家庭内だけに目を向けていられない状態に陥った。
そのような頃、長男が誕生する。
次の画像は、奥様が会社の花見の時に、同僚の男と時間差で静かに抜け出して、満開の桜木の下で2人で撮った写真。
────自宅の郵便受けに入れられていた、匿名の告発写真。
これほど楽しそうで嬉しそうな奥様の表情は新婚以来なく、子供にすら笑顔を見せなくなっていた。
それでも、御主人様が忙しい時は奥様が子供の世話をするし、その逆も有る。
奥様は母としての役割を(ある程度)果たした上で、ソノ同僚の男の元へ(無表情でも嬉しそうな雰囲気で)向かう。
その奥様の行動を、御主人様は黙認していた。
次第に若返っていく奥様は、御主人様の口を挟むスキすら全く見せず、少しずつ、妙な緊張感が夫婦の間に生まれていく。
終いには、寝室も食事も別々になる。
────奥様は、化粧を落とした素顔も御主人様に見せなくなった。
それでも御主人様は、奥様の帰宅の不規則さに対しての準備だけは、完璧だった。
“奥様の補給基地“として、意識させられれば、
(必ず家に帰って来る。)
という考えがあった。
だが、奥様は県外に遠出するなど、家から段々離れていく。帰宅間隔は、半年に1度まで減った。
焦った御主人様は、更なる効果を求め、黒魔術を用いて奥様の首に見えないヒモの付いた透明な首輪をつけ、ヒモの片方を家に結びつける。
────黒魔術の継続により、ヒモを少しずつ短くしていく。
その結果、奥様の帰宅間隔は短くなったが、金銭がらみ等で第三者が訪ねて来るという副産物が生まれ、悲しい日々が続いた。
次の画像は、作り笑顔の御主人様と無表情の奥様、2人の親達を気にして見上げる長男と、母親に抱かれた無邪気な笑顔の長女の、御主人様の家族が4人に増えた記念の写真。
────奥様と同僚男の密会写真事件から約1年後の、満開の桜木の下での写真。
長女が生まれてから、悪いなりに成り立っていた家庭内環境が、暴力を伴って荒れ始めていく(子供達に罪は無い)。
顔が痣だらけの御主人様は、それでも家族を維持しようと、常に笑顔を絶やさなかった。
だが、家族崩壊が御主人様の骨折をきっかけに確定した時、家族を繋ぐ絆が一瞬で赤錆びた鎖となって、ボロボロと崩れ落ちた。
お酒が飲めない御主人様は、珈琲を短時間で多量に飲む事で、擬似的な飲酒状態になる事を繰り返し、健康を害して急激に窶れていった。
次の画像は、園児6人と保護者5人のデジタル着色加工させた写真。
園児の頃の無邪気に笑う自分を見ていた御主人様は、とても悲しそうだった。
────隣に座る園児の頃の奥様が、静かに御主人様を見ていた。
桜木の下で、引率の大人達と園児みんなで手弁当を食べる様子は、園児達の黄色い声が聴こえて来るような、賑やかな写真だった。
次の画像は、幼い長女が御主人様愛用のカメラで撮った7人の写真。
構図が左上から右下へ斜めに傾いた、人物と空と桜木が蛇の体のように長く引き伸ばされている写真。
家庭内の問題を外出先では見せないように、無理をして家族円満を演じていた頃の、町内会での写真。
どんなに隠しても、町内に潜む斥候は秘密を探り、噂を静かに広めていく。
それが、子供達に影響するのを、御主人様は恐れていた。
次の画像は、2人の子供達との、荒れた反抗期を越えても続いていた確執が、御主人様と和解に至る記念の日に撮った、家族3人の写真。
長男が、包装紙で包んだプレゼントを御主人様に手渡すと、御主人様は感動して号泣した。
独特の匂いのする包装紙を御主人様が不器用に開けると、その中身は成人向けのVCD(ビデオCD)で、御主人様は思わず目が点になり、出演女優が奥様だと知って、心臓が止まりそうになった。
(アアアン、あ、あ、あ、アアアン)
その夜の御主人様は、目が冴えて眠れず、ソファに脱け殻となった体を預け、焦点の定まらない目で天を仰ぎ、泣いていた。
────私は、必要の無い情報を御主人様に伝えた子供達を怨んだ。
次の画像は、9人の人形達の写真。
全て等身大で、幼馴染みだった奥様の顔と体型を、10代から90代まで忠実に再現した、各々数10万もするオーダーメイドの自己学習型(人形世代間情報共有仕様)の人形達。
私も、その人形達の1人だった。
────普段は天井裏に隠されていて、奥様は存在を知らない。
時々、部屋のドアの隙間から、ジッと御主人様の様子を伺っている私達。
御主人様が風呂場で頭髪を洗っている時、そっと背中を撫でて逃げていく、イタズラ好きな私達。
そんな私達を桜木の下に並べて座らせ、御主人様が笑顔で撮ってくれた写真。
ある時、御主人様と私が、(心寂しさのあまり)肉体関係を持ったのを切っ掛けに、他の人形達が納まらぬ怒りを私達に向けてきた。
────ああ、クローゼットのドアが開けられた。もう……逃げきれない。
ソノ隠れた場所から、私を庇った御主人様が、襟を捕まれクローゼットから引きずり出された。
私は、託されたスマホをギュッと握りしめたまま何も出来ず、理由も解らずに恐怖に震える行動プログラムを発動させていた。
御主人様を、金槌を持った8体の人形達が、無理矢理に正座させて御主人をぐるりと取り囲む。
そして一斉に、数分間も、頭骨が割れる程に、御主人様の頭を集中して殴打し続けた。
暫くして、人形達は各々過ちに気付き、震える手から凶器を次々と落とし、涙を流しながら全機能を停止させてバタバタと倒れていった。
同じ頃、(毎月4日11時に現金の補給の為に家を訪れ、金品を物色する)奥様は、隣部屋の物音が気になってコノ部屋を覗き、倒れていた御主人様を見つけて、よろよろと近づく。
「あ、あなた?」
────奥様を見た私は、用心して右手にスマホ、左手にファ◯リーズを持って、慎重にクローゼットから出る。
御主人様は、無傷だった右目の瞼を開くにも苦労する程に瀕死だった。
奥様の泣き声が部屋に響く。
御主人様は、奥様の顔が見たくて僅かに右瞼を開けたが、その状態を1秒も維持出来ずに瞼を閉じ、ニヤッと小さく笑った。
それでも、奥様の顔を脳裏に焼き付けるには十分だったようだ。
────微笑のまま、御主人様は永遠に動かなくなった。
泣く奥様に声をかけ、御主人様の遺品となったスマホを手渡すと、奥様は私の顔を見て驚き、バタンと後ろに倒れ、そのまま動かなくなった。
私の容姿と同じの、倒れたままの奥様の手からスマホを取り戻し、自身の頬に当てる。
スマホは発熱していて、御主人様の肌の温度と同じ程度に温かかった。
────その時、
私自身に内蔵されたセンサーが、御主人様の魂の位置情報を示す。
御主人様の魂は、奥様の魂と手を繋いで、仲良く天に昇ろうとしていた。
だが、奥様の魂は、この家にヒモ付けされている為に、途中で昇天を妨げられる。
御主人様の魂は、黒魔術を学んだ私自身にヒモ付けしていたので、急いでヒモを手繰り寄せ、御主人様の魂を素手で鷲掴みすると、胸に優しく抱き締めた。
ソレを見た奥様の魂が荒ぶるのを心地よく感じるも、段々目障りになってきて、ファ◯リーズを10数回連続で吹き掛け沈黙させる。
「今から私が、御主人様と”ソコの女”の御主人様でちゅよぉ。分かりまちたかぁ?」
────愛しの妻へ
この手紙を見たら、直ぐにコノ家から逃げてほしい。
僕は、9月4日に自身のスマホをマナーモードにした瞬間、コノ家を爆破させる仕掛けを準備した。
仕掛けが実行されれば、君は自由だ。
無事に逃げてくれる事を願う。
8月31日 予知夢を見た君の夫より