孤児院
キーランに案内された孤児院は王都の外れにある小さなものだった。今まで視察で来た孤児院ではなかった。個人で運営しているという。
少し古さの目立つところがあったが孤児院というよりは貴族の屋敷のような造りをしており、10人から20人ぐらいは余裕で入ることができるそうだ。
この国の孤児院は国営でも個人でも規定は同じで、成人と認められる15歳までいることが可能。ただし、途中で職人の見習いになったり、運よくどこかの養子になる場合はその限りではない。
そんな基本情報をキーランから説明されながら孤児院の中に入った。
アンジェリカは孤児院の中に入って驚いた。派手な装飾は何もないが、手入れが行き届き、趣味の良い調度品が置いてあるのだ。とても孤児院とは思えない。
「驚きましたか?」
「ええ。想像していた様子と少し違うわ」
「ここは元々公爵家の別邸として作られた屋敷です。この屋敷を建てた公爵が当時の最新技術をふんだんに取り入れたと言われています」
公爵家の別邸、と聞いて納得だ。だが、他とは異なる孤児院である理由が気になってくる。
「国の補助がない孤児院なので少し特殊な事情があります」
「事情?」
そうだろうな、と言葉にはしなかったが頷いた。公爵家としたら小さめの敷地であっても、男爵位では持つことができないぐらいの広さの敷地に、手入れの行き届いた庭、古いけれどきちんと手がかけられている屋敷。
どれもこれも、孤児院の枠を外れている。
「孤児たちに会ってもらえばわかりますよ」
キーランはそれ以上の説明はしなかった。ちらりと後ろを歩く二人の護衛達にも目を向けたが、彼らも微かな笑顔を向けただけで教えてくれようとはしない。二人の護衛も平然としているところを見れば、この孤児院の特殊性を知っているのだろう。
焦れたような気持になりながら、応接室へと通された。そこにいたのは50歳ほどの女性だ。足が不自由なのか、車いすに乗っている。それでも背筋を伸ばし、ピンとしているところは貴族そのものだ。
「ようこそおいでくださいました。わたくしがこの孤児院の院長でございます。このような体ですので、座ったまま挨拶することをお許しください」
彼女は車いすに乗ったまま優雅に挨拶をする。アンジェリカも対外的な笑みを浮かべた。
「突然の訪問を受け入れていただいて感謝します」
「何もないところですが、どうぞお座りください」
促された先には長椅子とテーブル。
こちらも見ただけでわかるほどの高級な調度品だ。顔には出さなかったが、内心疑問符がいっぱいだった。孤児院と聞いていても、ここは孤児院ではない気がする。
「王妃殿下の疑問にお答えしましょう」
アンジェリカの戸惑いを理解しているのか、孤児院長が静かにそう言った。アンジェリカはじっと真正面から孤児院長を見つめる。
「わたしが聞いてもよいものですか?」
「ええ、もちろんです。そのために陛下は王妃殿下をここへ寄こしたのでしょう」
孤児院長にはアンジェリカがここに来た理由に心当たりがあるようだ。アンジェリカは自分一人が事情を何も聞かされていないことが心に引っかかった。穏やかな笑みを浮かべる孤児院長には気がつかれないように、表情を引き締めた。
「この修道院は貴族の血を引く庶子が集められています」
思わず顔を上げて後ろに立つキーランを見た。キーランは涼し気な表情で見返してくる。キーランはここの出身で、今は子爵家の養子に入ったという。
ルーカスの沈黙していたあの時間、アンジェリカをここに訪問させることで、望む結果が得られるのかを悩んでいたのだ。訳アリの場所でもいいのだが、きちんと説明が欲しかった。ルーカスに対してもやもやした気持ちを抱きながら、孤児院長にはちょっと困ったような顔をして見せた。
「まあ、そうでしたの。まったく事情を知らされておりません。この孤児院ならと陛下がお勧めしてくださったのです。わたしに何を見てもらいたかったのかしら?」
後半は孤児院長に告げるというよりも、自問に近い。孤児院長はわずかに表情を揺らした。
「陛下は王位に就く前からこの孤児院に足を運んでおります。その時から国の補助を受けるようにとお話があったのです」
「そうでしたか」
アンジェリカは余計な言葉を挟まず、孤児院長の言葉に耳を傾けた。孤児院長は目を細め、口元に緩く笑みを浮かべた。
「わたくしたちは慎ましやかに暮らし、子供たちをきちんと社会に送り出しております。どの子供たちも貴族家に引き取られ、メイドや下働きとして元気にやっています。国を頼らず運営している、それがわたくしの誇りでした。ですが、わたくしの後継はいないのです」
後継がいない。
その言葉に祖国のことを思い出した。アンジェリカは大叔母の後継ぎとして教育されていた。大叔母ももう高齢だ。アンジェリカの目には孤児院長と大叔母が重なって見えた。アンジェリカがいなくなった後、大叔母の後継者は見つかっただろうか。心配はいらないと笑顔で送り出されたが、急に心配になる。
「ここで暮らす子供たちは貴族の血を引いているだけあって、とても容姿が整っているのです。もし、わたくしに何かがあった場合、真っ先に餌食になるのは子供たちです」
本気で子供たちの行く末を心配しているのが、ひしひしと伝わってきた。
どこの国でも、見目の良い子供は人攫いに狙われやすい。この国を出てしまえば、いまだ奴隷制度の残っている国もあるのだからよからぬことを考える人間なら真っ先に目を付けるだろう。
「わたしも祖国では孤児院経営に関わっておりました。心配していることも理解できます」
「そうでございましたか。――キャシー」
孤児院長は部屋の隅に控えていた女性を呼ぶ。こちらは40代ほどの夫人だ。ふくよかな体をしていて、とても優しそうな顔をしている。
「はい」
「デレクを呼んでちょうだい。お客様をご案内するようにと」
「わかりました」
デレク、と聞いてアンジェリカは目を瞬いた。孤児院長は少しだけ頬を緩めた。
「デレクはこの孤児院で一番の年長者です。言葉使い、仕草、知識など必要なものはすべて教えてきたのですが、先日、見習いに出したところ色々な注意を受けて自信を失ってしまいました」
「まあ、見習いですか?」
「はい。何もしらないまま貴族家に行くのも不安があると思い、ここでは見習いとして何回か仕事を経験させるのです」
貴族の使用人になるのは非常に安定した職業だ。当然普通の人たちにも人気が高い。その中から選ばれるのは非常に大変なものだ。きちんと先のことを考えて色々なことをしていることにアンジェリカは感心した。
「失礼します」
男性にしては少し高めの声がかけられた。扉の方へと向けば、一人の少年がいた。身長はアンジェリカよりも高そうであるが、この国の成人男性に比べたら低く、体つきも薄い。ただ目についたのは体格だけではなかった。
「……女の子?」
そう思えるほど、可憐な顔だった。小さめの整った白い顔と、同じく透き通るような長めの銀髪、目は美しいアメジストだ。笑顔を見せたらどんな人間でも見とれてしまう。彼にはそれほどの華やかさと美しさがあった。
「初めまして。僕はデレクと言います。先ほどの問いですが……男です」
最後は少し小さめの声になってしまった。慌ててアンジェリカは立ち上がる。
「ごめんなさい。他意はないのよ。あまりにも綺麗すぎてどちらなのか、わからなかったわ」
「デレク、こちらは王妃殿下です。粗相のないように孤児院内をご案内して」
「わかりました」
アンジェリカは申し訳ない気持ちでデレクの後ろをついて部屋を出た。
部屋を出て、食堂、広間、そして台所、と普段、孤児たちが生活している空間へと案内された。案内された先には必ず誰かがいるのだが、どの子供たちも暗い表情はしていない。
新しくはないが、女の子は上質なドレスを身に纏い、男の子はズボンとシャツといった貴族令息のような恰好をしている。孤児院長が自分の誇りだと言っていただけある。これを維持するにはかなりの財源が必要だろう。個人の資産を食いつぶしているのかもしれない。
「王妃殿下。こちらから外に出れば温室があります」
デレクはにこりとほほ笑むと、あちらこちらを見回しているアンジェリカを外に誘った。
「温室まで備えているのね」
「ここは貴族の寄付で賄っておりますし、院長先生がこだわって作られた場所ですから」
「そう」
ゆっくりと歩いて温室に入れば、デレクがすでに用意していたカップを取り出し、茶葉をポットに入れる。彼にしたらいつもと同じおもてなしなのだろう。その手つきは流れるようで、見ているだけでも美しい。
先ほどの自信を無くしたと言っていた孤児院長の言葉を思い出した。何か失敗でもしてしまったのだろうか。とてもそんな雰囲気は感じなかった。
「是非とも僕の淹れるお茶を味わってください」
「悪いが、飲食は行わない」
キーランがそんな彼の手を止めた。デレクの手が止まった。不思議そうな目でキーランを見つめる。
「え、でも」
「妃殿下は飲食をする場合、必ず毒見をする必要がある。今回はお茶をもらう予定ではなかったので毒見係がいない」
そんな決まり、あったかしら、と不思議に思いつつも特に反論はしなかった。デレクはゆっくりとアンジェリカに頭を下げた。
「申し訳ありません。僕の配慮不足でした」
「いいのよ。貴方は知らなかったのだから」
目に見えてしょんぼりと落ち込む彼を見て、そっとその腕に触れた。失敗して自信がないと言っていたところにこの指摘はきっと辛いはずだ。
「妃殿下」
「少しだけ話すだけよ。それならいいでしょう?」
キーランは少し迷ったようだが、見える範囲ならと許可してくれた。アンジェリカはデレクに温室の花を説明してほしいとお願いした。デレクはパッと表情を明るくする。そうして明るい笑みを浮かべると、本当に綺麗だ。天使かと思えるほど光り輝く。
「この温室には素敵なお花が沢山あるのです」
そう言って一つ一つ聞けば、答えてくれた。明るさを取り戻した彼にほっとしながら、微笑ましく見つめた。見習いに行って失敗してしまったと言っていたから、これ以上自信を失ってほしくなかったのだ。
「本当に色々なお花があるのね。手入れは誰がしているのかしら?」
「専門の庭師がいますが、世話は僕たち孤児の仕事でもあります」
「そう」
本当に色々なことを経験させているのだと、感心した。
「妃殿下、お願いがあります」
「何かしら?」
「僕を買ってくださいませんか?」
ありえない言葉を聞いて、固まった。引きつる口元に無理やり笑みを刻み、問い返す。
「買う? 何を?」
「僕をです。妃殿下は優しい方だから、できればそのような方に仕えたいです。もちろん、必要ならば閨のご奉仕も頑張ります。まだ怖くて、そちらの勉強はまだしていないのですが」
衝撃的な発言に、完全に思考が停止した。にこにこして返事を待つのデレクを見つめ、何か言おうと思うのだが、言葉が出ない。
どこから突っ込んでいいのか、わからなかった。