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相談しました


 この国の王妃になって、公務となっている仕事は色々な場所への視察や茶会だった。


 視察はまだわかる。ルーカスの行き届かない場所へ赴き、きちんと機能しているのか確認する。数か月に一度、視察したところで不都合など隠されてしまうことも多いと思うが、それでも誰もいかないよりははるかにましだ。


 視察は祖国でも教会長という立場になる予定だったため、何を見たらいいのか、どこに注意をしたらいいのか鍛えられている。


 問題は茶会だ。王妃が主催する茶会は月に1回ほどある。


 正直に言って茶会はアンジェリカにとって苦痛でしかない。まず、貴族夫人や令嬢の含みを持たせた会話が難しい。まだ男性がしゃべる言葉は推測しやすいが、女性たちの操る複数での会話の裏解釈? が全くダメだった。


 アンジェリカが王女として育っていればまだマシであったかと言えば、そうでもない。アンジェリカの祖国は小さくて、貴族たちも数代遡れば親戚だ。そして誰もが素朴で真面目。人の足の引っ張り合いをして生活できるほど恵まれた環境ではないため、皆が力を合わせないと厳寒の地では生きていけない。


 戦々恐々として主催した茶会であったが、ルーカスの配慮なのか、とても好意的に接してくれる令夫人ばかりだった。その筆頭にいるのが、ランドン侯爵夫人――ビアンカだった。同じく侯爵夫人や伯爵夫人なども癖の強い個性的な女性ばかりが集められ、彼女たちに守られたアンジェリカは心無い貴族たちの攻撃を受けずにすんでいた。


 1年も経てばアンジェリカも王妃としての立ち振る舞いがある程度できるようになり、その上、ルーカスの寵愛もあってアンジェリカを蹴落として自分の息のかかった令嬢や娘たちを王妃に据えようとする勢力は勢いを失った。


 だから、何かをしようとした場合ビアンカに相談というのはとても自然なことだ。今までもドレスの相談や、茶会の準備に関する相談なども彼女にしている。


 今日もその相談だと思ったのか、ビアンカはいくつかの見本を持ってやってきた。


「お招きありがとうございます」

「ようこそ。突然呼び出したりしてごめんなさい」

「茶会の準備の相談かと思って、いくつか今話題になりつつある新しいものを持ってきたわ」


 ビアンカはそう言って、付き従ってきた侍女に荷物を広げさせた。アンジェリカは慌てて支度をする侍女を止める。


「ああ、ごめんなさい。相談事は茶会ではないのよ。その、とても個人的な話なの」


 言いにくそうに言葉を濁しながら伝えれば、ビアンカが驚いたように瞬いた。アンジェリカをまじまじと見つめてから、侍女に荷物を片付けるように指示する。


「あら、そうだったの」

「わたしが伝えていないだけだから気にしないで」


 侍女が荷物を片付けるのを見てから、控え部屋に下がってもらう。アンジェリカ付きの侍女たちにも席を外してもらった。ビアンカは不思議そうな顔をしてアンジェリカの向かいの席に腰を下ろす。


「人払いするなんて……何か困っていることでもあったの?」

「ここで聞いたことを、誰にも言わないと約束してもらえる?」

「聞いた内容にもよるわね」


 慎重に切り出せば、ビアンカは落ち着いて答えた。


「それでは相談できないわ」

「ではこうしましょう。相談したい相手をちゃんと教えるわ。相談内容が広がらないようにもする」


 少しの間、悩んだが結局はわたしも相談相手が欲しい。ビアンカは陛下の味方だから大丈夫だと覚悟を決めた。


「実はね、陛下は愛する人がいるの」


 誰も聞いていないのはわかっていたが、声が小さくなる。ビアンカは理解できなかったのか、ぽかんとした顔になった。


「愛する人は妃殿下でしょう? 今さら何を言っているの?」

「違うわよ。わたしではないのよ」

「ええ?」


 アンジェリカの言葉に困惑した表情を浮かべた。彼女の混乱が収まるまで、ゆっくりとお茶を楽しむ。何やらぶつぶつと言っていたけど、次第に落ち着いた顔になる。


「どうしてそう思ったのか、教えてもらえないかしら?」

「もちろんよ。実はね」


 先日あった話を詳しく説明した。口を挟むことなくビアンカは聞いていてくれたが、次第に呆れた空気が流れてくる。そのことに慌てて、決め手となった言葉を教えた。


「温室で陛下とキーランが言い争いをしていた。その中で、妃になってもらいたいという言葉があったということね」

「ええ」

「でも、それだけでは本当のところはわからないわ」


 ビアンカはひどく冷静に否定した。アンジェリカは記憶を探るようにしてあの時の会話を思い出そうとする。二人の言い争いに衝撃を受けてこれほど悩んでいるのに、まったく伝わっていないことに焦りを感じた。


「その、陛下がサリス殿に何度も考え直してほしいと懇願していて。その声がとても悲痛で、嘘だとは思えなかったの」

「……そうはいっても、この国は同性婚は許されていないのよ。妃になってほしい、というのもおかしいわ」


 具体的に突っ込まれて、アンジェリカは確かに、と首を傾げた。


「これから法改正するとか?」

「したとしても、今すぐ伝えるのは早すぎるわ。もっと具体的に可能になってから話すべきよ。それに、今の時点で秘められた恋だというのなら現状維持の方がすべてうまくいくわよね」


 非常に現実的な指摘にアンジェリカは唇を噛んだ。ビアンカの言葉は整合性が取れていて、反論ができない。でも、自分が知ってしまったことを気のせいと片付けることもできない。


「陛下とサリス殿、並ぶととても絵になるの。彼はとても中性的で綺麗だから、陛下だってきっと手放せなくなってしまったのよ」

「……どこからどう突っ込めば?」


 ビアンカが細い指で自らのこめかみを揉みだした。どうやら受け入れがたいらしい。気持ちはわからなくもないが、拒否する気持ちも理解できた。アンジェリカ自身も悩みぬいたのだから、ビアンカがそう思ってしまっても不思議はなかった。


「もしかしたら、彼は女性であるかもしれないし」

「もっとあり得ないわ。キーランはそれこそ陛下の側近候補として社交界デビュー前から側にいるし、わたしも夫も幼いころから彼と交流があって……間違いなく男よ」

「……では女性という線はなしで」


 アンジェリカはビアンカのきっぱりとした態度に肩を落とした。


「女性だったら話は辻褄が合うと思ったのに」

「勝手な想像をしてしまうとキーランが気の毒だわ」

「それだったら、許されない恋にお互い焦がれていることになるのよ?」


 どちらがいいと言えば、キーランが女性の方が身分だけの話になるからいいと思ったのだが。

 ビアンカは落ち着こうとしているのか、大きく息を吐いた。


「ところで妃殿下はどうしたいのかしら?」

「どう、とは?」


 問われている意味が分からなかったのか、今度はアンジェリカは戸惑ったように問い返す。ビアンカは極力真面目に質問する。


「現実はどうであれ、妃殿下は陛下には思い人がいると思っているわ。もしそうだったとしたら、妃殿下はどうしようとしているの?」

「ああ、そういうことね」


 聞かれたことを理解したのかアンジェリカはふわりと笑った。


「陛下も毎日激務でお疲れなの。わたしが王妃としての役割を果たした後はお好きにしてもらったらいいかなと」

「それは愛人を許容すると?」

「ええ。わたし、立派な隠れ蓑になろうと思っているのよ」


 絶句したビアンカにアンジェリカは朗らかに笑った。


「わたしが跡継ぎである子供を産んで、貴族の皆様の目を向け続けられれば、陛下も隠しやすいでしょう?」

「理由を聞いても?」

「そうね、わたしが陛下のことを男性としてお慕いしていたのなら難しいでしょうね。でも、わたしは陛下のことは敬愛していても、男性として愛しているわけではないわ」


 ゆっくりと自分の気持ちを言葉にする。


「陛下の心を守りたいと思う気持ちはすでに愛のようにも思えるけれど」

「そうかしら? よくわからないわ」


 アンジェリカはビアンカの言葉に首をかしげた。ビアンカはわかっていないようなアンジェリカに苦笑した。

 ビアンカの目にはアンジェリカは十分ルーカスを愛しているように映る。ルーカスの愛情表現が非常に濃すぎて、恋愛を経験してこなかった彼女にはついていけないだけだ。戸惑う心の方が大きくて、愛情を認識できない。


「とにかく誰にも話さないで。わたしの方で少し調べてみるわ」

「ありがとう。頼りにしているわ」


 アンジェリカはビアンカの協力を得られることになって、満面の笑みを浮かべた。



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