小さな森と旅猫のお話
あるところに、小さな森がありました。
木々が生い茂り、湖に恵まれ、小鳥がさえずる。そんな平和な森です。
あるとき、この小さな森に寄った旅猫が言いました。
「この森はとっても平和だ。でも、何か不思議だと思わないかい?」
動物たちは首を傾げました。他の動物たちはこの森で生まれ育ったものばかりで、当たり前のこの環境を不思議に思ったことなどなかったのです。
そんな動物たちを見て、呆れたように旅猫は言いました。
「どうしてこの森のみんなは、この森の中だけで生きていこうとするんだい?外の世界にはみんなが見たことのないような景色、食べ物、そして動物たちがいるっていうのに」
そんな旅猫の言葉に、一羽の子どもうさぎが反応して言いました。
「だって大人たちがいうんですもの。森の外は危険だって。この森の中にいれば安全だって」
そんなうさぎの言葉を受けて大人たぬきは言います。
「そうだ。森の外にはたくさんの危険がある。そんな危ないところに可愛い子供達を放り出せはしないよ」
大人たちはみんなうなずきます。そして、おじいさんフクロウがこう言いました。
「旅猫さん、君は君なりに考えて旅をしているんだろう。しかし、この森にもこの森の考えがある。変にかき混ぜたりしないでくれないかい」
旅猫は驚きました。森の外は危険だという言葉にではありません。森の動物たちみんなが同じ考えを持っていたことにです。
その後も、旅猫は森のいたるところを回っては聞きました。この森には何か不思議なことがないかい?外に出てみたいとは思わないかい?と。
しかし、答えはみんな同じでした。まるで、答えをあらかじめ入力されているロボットのように。
旅猫はショックでした。色んな場所を巡ってきた旅猫は、この世界の素晴らしいところをたくさん知っているのに、この森の誰も外の世界に興味を持っていないのです。
そして何より、子どもたちが、大人たちのいうことを不思議に思わず、素直に受け入れていることを恐ろしく思いました。
旅猫は、森の動物たちとたくさんお話をすることにしました。道端で会ったとき。ご飯を食べているとき。そして散歩をしているとき。
特に、子どもたちとたくさんお話をしました。お話の内容は、もちろん旅猫が今まで旅をしてきたところについてです。
お花畑が辺り一面に広がっていた野原で、お花売りのリスに出会ったお話。
星々やオーロラがきれいだった空を見て感動したお話。
土地によって違う食べ物の味に驚きと興味を持っているお話。
外の世界の素晴らしいことをたくさん話しました。そして、それと同時に、苦労したお話や怖かったお話もたくさん話しました。
食べ物が数日見つからなくて、とてもお腹がすいていた頃のお話。
寒さや暑さで体が参ってしまった時のお話。
怖い動物に追いかけられて、一生懸命走って逃げたお話。
あるとき、子どもぎつねが旅猫にききました。
「旅猫さんは、僕たちにお外の世界に興味を持って欲しいんだよね?なのに、どうして大変だったお話もするの?楽しいお話だけしてたら、僕たちも興味を持つかもしれないのに」
旅猫はこう答えました。
「そうだね。でもわたしは、君たちにただ外の世界に出て欲しいわけではないんだよ。君たちはまだ何も知らない。だから、外の世界に出て、目で見て、耳で聞いて、そして体で感じて欲しいんだ。外の世界にはこんなに怖いこともある、でもこれだけ楽しいこともある。それを知って、そして考えて欲しい。ただ与えられるだけじゃなく、君たちがどうやって生きていきたいかを」
子どもたちはそのお話を、静かに聞いていました。
数日後、旅猫がまた旅に出ることになりました。この小さな森ともお別れです。森のみんなにお別れを言って回っていると、子どもうさぎと子どもぎつねが、旅猫を追いかけてきました。そして言うのです。旅に連れて行って欲しい、と。
旅猫は驚いて目が丸くなりました。
続けて子どもうさぎが言います。
「私たちも本当はまだ怖いの。だから、少しの間だけ、旅に出てみたい。そして、この森に戻って考えたいの。私たちがどうやって生きていきたいかを」
旅猫は、嬉しさでいっぱいになりました。
「もちろんいいさ。一緒に見て回ろう。旅の間、たくさん話をしよう。そして、またこの森に、必ず君たちを連れて戻ることを約束するよ」
旅猫は、森の大人たちにも、子どもたちを旅に連れて行くことを話しました。するとどうでしょう。大人たちは静かにうなずいて、送り出してくれたのです。もちろん、子どもたちの安全を守るために、いくつか約束はしましたが。
旅猫が話して回っていたことは、決して無駄ではなかったのです。みんなの心にしっかりと、届いていたのです。
旅猫は、森のみんなにさようならではなく、また会いましょうと言って回りました。そして、子どもたちを連れて、旅に出ました。
きっと、次にこの小さな森に帰ってくるときは、子どもたちと共に、たくさんのお土産話を持ち帰ってくることでしょう。




