Episode 029
こういうの書いてみたかった。
未亜たち2年1組とバスケ部によるエキシビションマッチは多くの生徒が観戦しにきていた。
サッカー以外の種目が終わったこともあるのだろうが、何より怜や諒平などといった各部活のエースを擁するチームと全国大会出場のバスケ部の対決は生徒たちにとって面白い対戦カードと言える。
一番の理由は両チームの賭けが知れ渡っているからだろう。
その観戦している生徒の中には、
「ここならよく見えそうですね」
「そうだね、ゆきっち」
葛西由紀子と高柳美紅の姿もある。
2人は体育館2階の細い通路であるギャラリーに来ていた。
「あれ?柏原先輩もいらしたんですね」
柏原夕美も肘をついて眺めている。
「あら、葛西さん。あなたたちも観戦に?」
「はい」
「先輩も興味あったんですね」
「……まあね。ところで高柳さんはたしかバスケ部よね?どちらが勝つと思う?」
それを訊かれた美紅は少し気まずい顔をした。
「正直、いくら神坂くんでもうちの男子バスケ部には勝てないと思います。羽山っちはその、バスケ以外はどうしようもないけど、逆に言えばバスケにおいちゃいくら神坂くんでも」
「美紅ちゃん」
「あまりこのようなことは言いたくないのだけれど、どうしてバスケ部はあの男を野放しにしてるのかしら?」
「……それは」
「いえ、ごめんなさい。さっきのは忘れてちょうだい。それよりも始まるわね」
3人が下のコートに目をやると2年1組とバスケ部がそれぞれ対になって並んでいる。
「無様なてめーらな姿を晒してやるよ」
「できるといいな。馬鹿とその腰巾着共に負けるつもりはないが」
羽山だけではなく、その他のバスケ部員も流石に未亜を睨みつけた。
「未亜のやつ煽るね〜」
諒平はその様子を見て笑みを浮かべていた。
「少し煽り過ぎだと思うけどね」
海斗は相変わらずである。
「おいおい、勘弁してくれよ」
巻き込まれた加藤は本当に困った顔をしている。
「未亜、いい加減に」
怜は未亜を制止する。
「それではエキシビションマッチを始めます。試合時間は前半後半10分ずつの計20分です」
そしてジャンプボールにより開始される。
2年1組は諒平が、バスケ部は諒平ほどのガタイを持つ高身長な日村という男子生徒だ。
「オラッ!」
「ナイスだ諒平」
ジャンプボールを制したのは諒平。
そしてボールを手にしたのは未亜である。
すぐさま羽山が未亜の前に立ち塞がった。
「おやおや、エース様がわざわざ直々に相手してくれるのか?そりゃあ残念だ」
未亜は羽山からは視線を外すことなくパスを出した。
それを怜が拾い、あっという間にシュートを決めた。
「ノールックパスだと!」
羽山だけではなく他のバスケ部も驚いている。
完全に油断していたところを突かれたカタチであった。
「手加減してるつもりか?こちとら最初から本気だってのによ」
バスケ部側のボールからの再開。
「よこせ!」
ボールは羽山に渡る。
「よこせ、か。随分と乱暴なパス要求だな」
羽山へのディフェンスについたのは未亜。
「さっきは油断したけどよ、テメーごとき楽勝に抜けんだよ!」
羽山はドリブルで突破を図る。
「おいおい、楽勝じゃなかったのか?」
「クソったれ!」
羽山のそれは全国レベル。
だが未亜のディフェンスを抜けない。
「こっちだっ」
バスケ部の1人が羽山にパスを求める。
「クソがっ!テメーごときオレが本気出せばなぁっ!」
羽山はパスを出さず、少し強引に未亜を突破した。
が、しかし。
「……神坂っ!」
強引に突破したせいで乱れたドリブルの隙を突き、怜はボールを奪った。
「未亜」
ボールを取った怜だがすぐさま1人にマークされる。
怜はすぐさま未亜にボールをパスした。
「行かすわけねーだろ!」
「これだからバカは学習しない」
またもや未亜はノールックパスを出した。
「ナイス」
海斗がボールを受け取り、ドリブルでゴールへ向かう。
しかしバスケ部もすぐさまディフェンスに入り、海斗の行手を阻む。
「諒平」
「おうよ!」
海斗はすぐ後ろにいた諒平にパスをし、諒平はそのままドリブルしてダンクを決めた。
これには体育館で観戦している生徒たちもお大盛りする。
「スゴいです!バスケ部相手に連続得点です!」
「ウソでしょ……」
美紅は驚きを隠せない。
「これは……、神坂君や武石君も凄いけど、何より」
夕美は目を凝らしている。
「桑っちが上手い」
美紅がそう呟いた。
「そうね。バスケ部は恐らくこれから彼の術中に嵌る、いえ既に嵌ってしまったのよ」
「桑田くんの術中?」
「葛西さんも見ていれば分かるわ。この時点でバスケ部は大きく敗北に傾いたと言えるわね。……どれだけの修羅場をくぐったらこのような策を思い付くのかしらね」
そして、夕美の言う通りバスケ部は苦戦を強いられていた。
バスケ部の黙って点を取られ続けるわけではなく、むしろその技術を大いに奮ってすぐさま4点を取り返すも、その後からはじわりじわりと2年1組に点を取られていく。
逆にバスケ部側の攻撃がより通りづらくなっていった。
未亜のパスを起点に羽山を躱して得点。
ディフェンスは基本的に羽山には未亜がつき、隙をついた怜がボールを奪う。
これらを繰り返されたことにより、この時点でバスケ部は屈辱なことに10-6で4点リードされた。
「あれ?センパイ方おそろいで」
「あら、あなたも?」
「三方さん」
「はなっちも観にきたんだ」
「そりゃ気になりますもん」
三方花実もきたことで『四大天使』がまさかの揃い踏みだ。
「今どんな感じなんですか?」
「神坂君たちがリードしてるわね」
「すごいじゃないですか!流石はセンパイたちです!」
その後2年1組側が更に連続でゴールを決める。
バスケ部も3ポイントシュートを決めるが、だがすぐに怜がレイアップで取り返した。
そして前半が終了した。
前半終了時点で16-9で2年1組が大きくリードを保っている。
「センパイ。あたしバスケよく分からないんですけど、バスケ部の人たちなんか上手くいってない感じでしたね」
「実際その通りだよ、はなっち。特に羽山っちがね」
「当然ね。何せそれが神坂君たちが勝てる唯一の勝ち筋なのだから。神坂君、それに武石君がいても尚やはり曲がりなりにも全国大会に出場できるほどの実力を持つバスケ部に勝つことは難しい。だから彼は羽山蓮を封じる策を講じたのよ」
「彼っていうのは?」
「桑田君よ。葛西さんにも先ほど話したけれど、バスケ部は彼の術中に嵌っている。むしろこの点差で抑えられているのはやはり実力があるからでしょうね」
「センパイがですが?神坂センパイが考えたわけじゃなくてですか?」
花実は未亜が作戦を考えたことが意外だったようだ。
「1人は分からないけれど神坂君や武石君、そして邸君はこんなことを考えるタイプではないでしょ?」
「言われてみればそうですね」
花実はそう言われて納得する。
「でも具体的にセンパイは何をしたんです?羽山センパイを封じるっていっても見てる限りだとよく分からないです」
「そうね。私もバスケは知識でしか知らないから合っているか分からないけど、そうね。高柳さんは分かるかしら?」
「ホントのところは桑っちに訊かないと確信は持てないけど、多分柏原先輩の考えてる通りだと思います」
「そう。なら私が説明するけど、そうね。桑田君がやっているのは羽山蓮を自分に固執させることよ」
「えーっと、よく分からないのですが」
「多分だけれど、彼試合前に挑発でもしたんじゃないかしら?いえ試合中も煽ってたのでしょうね。そうして羽山蓮は桑田君のマークに付くようになる。それはもう執拗に」
「たしかに羽山センパイはずっとセンパイについてましたね」
「それはバスケ部にとって一番やってはならないのよ。彼の本来やるべきことは神坂君や武石君を相手にすることなのだから」
「桑っちは攻撃するときは自分にディフェンスつかせてパスで羽山っち無視して得点につなげる。ディフェンスのときは羽山っちに自分がついて自分で抜く以外のことを羽山っちの頭からなくしてるんだよ」
「つまり羽山蓮が味方にボールパスをするということがなくなるから対応が簡単になるのよ。だから神坂君もマークを無視してボールを奪いに行くことができるわけね」
「あの〜やっぱりお2人の言っていることが難しいのですが……」
「わたしもその、ちょっと……」
由紀子と花実はまだあまり理解できていないようだ。
「そうだなぁ、こればっかりはうちも合ってるか自信ないし他にいいようがないというか」
「ともかく、バスケ部のエースが実質桑田君1人に抑え込まれてしまったことだけ分かれば良いと思うわ」
「なるほど、センパイやりますね」
花実は感心する。
(だけど、言うは易し。彼は明らかにバスケの経験者でしょうね。あの知らない男子もかなり動けるみたいだし、何より自分の役割をちゃんと理解しているわね。あの中でプレーするのは大変でしょうに)
(桑っちは恐らくバスケ経験者、多分神坂君たちもそう。その作戦は前提として羽山っちに簡単に抜かれないディフェンス、そして出し抜くパス技術がなくちゃいけない。そういえば皆んな大林中でって………まさかっ)
前半終わり、コートでは一悶着あった。
「オメーラ手抜いてんじゃねーよなぁっ!」
羽山が同じ部員に激昂していた。
「してねーって!お前こそパスしねーで1人で突っ込んでボール取られてるじゃねーか」
「日村の言う通りだ。賭けのことは聞いた。焦るのも分かるが自分たちが普段通りにプレーすれば勝てる」
バスケ部部長である渡辺は羽山を落ち着かせるようにいった。
「その普段通りはオレが決めることだろうが!」
「部長の言う通りだぜ蓮。桑田になんか踊らされんなって」
「オレはあんなやつに踊らされてなんかねぇ!」
「事実お前は桑田にパス出させている。ノールックパスには驚いたがお前なら対処できたはずだ」
「うるせぇ!クソッタレ、あいつなんで毎回あんな裏をかくようなパスをしかもノールックで出せんだよ」
そして、その様子を近くで見ていた未亜は思わず笑みを浮かべる。
「こいつはまだ気づかれてないみたいだな、上々」
「10分ハーフで助かったよ。流石に僕たちも体力がもたなかっただろうからね」
「怜がそんなこと言うなんて珍しい。やっぱり久しぶりにやると違う?」
「そうだね。諒平も海斗もむしろ最初からよく対応できたね」
「一発目でお前が見本をくれたからな。未亜のやつ、相変わらず無茶苦茶だ」
「そう言う割には諒平、楽しそうだね」
「そりゃ楽しいさ。お前らと一緒に本気で勝ちに行くバスケは中学以来だからな」
そこに加藤が割って入る。
「お前ら中学のときバスケ部だったのか?」
「正式な部員ではなかったんだけどね」
「まあな。颯っていうチャラチャラしてるダチのために人肌脱いだことがあってよ」
「だからお前らあんな上手いのか。納得したぜ」
「しかもオレたち、それで全国ベスト……8だったか?」
「そうだね」
「そう!ベスト8まで行ったんだぜ?スゲーだろ」
「いや、えぇぇぇぇっ!……ホントお前らスゴいんだな」
「ちなみにだが、」
諒平は加藤の耳元で周りに聞こえないよう囁く。
「……マジかよ。あれ?でもあいつ」
「まぁ、それもなんというか未亜らしいけどね」
そして後半戦が始まった。
「どうやらあちらもようやく気づいたようね」
バスケ部は羽山にボールを渡さず、他4人でボールを回し始め、更には怜にダブルチームをかけてきたのである。
それによりあることが起き始める。
「20-19、あっという間に追いつかれそうですよ!?」
「流石といったところね。どうやら羽山蓮を除いて他は意外と冷静みたいね」
「渡辺先輩だ、バスケ部の部長の。逆に桑っちが抑え込まれてるんだ。羽山っちはイライラしてるだろうけどね」
この状況に未亜は苦笑いを浮かべている。
「流石に、こうも簡単に攻略されるかね。どうやらお前以外はやっぱ出来るわ」
「んだとっ!オレがあいつらより劣ってるっていいてーのか!?」
「あぁ、特に頭がな」
まずバスケ部は羽山の強引突破の一点攻めから、パスを回すことによる多角的な攻撃となり、特に経験のない加藤が振り回されることによりディフェンスに穴が開くようになった。
また守備においては怜をダブルチームで確実に抑え、未亜のパスコースを限定することにより、羽山が不意のノールックパスが防げなくても他をマークしている残り2人が対応しやすくなったのだ。
(ノールックパスのカラクリ自体はバレてねーのはラッキーだが、そもそもパス出せるところがなぁ)
「なら」
「こいつ!」
未亜はパスすると見せかけてドリブルで羽山を突破したのである。
他の者も想定外であり、ディフェンスが間に合わずそのまま未亜にシュートを決められた。
これで22-19。
「桑っち、ロールターン出来るんだ……」
「これは、大きいわね」
「えーっと、なんでですか?」
「時間、ですね」
「えぇ。この後半はバスケ部が優勢なのは間違いないけど、時間を使い過ぎている。1人のペネトレイトよりもパス回しで振り回すように攻める方が時間を要してしまうのは当然。しかも羽山蓮にパスが回ってこないことが分かってしまえば」
「神坂くんたちなら段々とパス回しに慣れてディフェンスできるようになって、よりゴールまで時間がかかっちゃうようになる!」
その言葉通り、バスケ部はまた攻めあぐねるようになっていた。
エースである羽山を活かすことができていないのだから当然といえば当然。
羽山自身もいつも以上に冷静さを欠いており、他の部員は羽山を説得させることを諦めてしまったことがここで響いたのである。
未亜の策をいち早く理解し、後半のディフェンスもボールを取ることでなく時間をかけさせるように動いた怜は心の中で思う。
(正直、未亜が試合前そして試合中にも煽ったことなんかを含めたら決して褒められた作戦じゃない。だけど、僕たちがバスケ部の実力を甘く見ていたことも分かってたんだね未亜。このエキシビションマッチ、普通にやってたら負けていたよ)
バスケ部がゴールを決めて22-21。
この時点で残り1分。
「ゼッテー行かせねぇ!」
何度も見た未亜と羽山の対面。
未亜はドリブルで抜くことを試みる。
しかし羽山は簡単にそれを許さない。
「センパイっ!」
「やっぱりさっきのは不意打ちで上手くいっただけ」
「いえ、むしろボールを取られないだけ上々ね。私はあまり詳しいことは分からないけど、果たして球技大会に24秒ルールは採用されているのかしら?」
「24秒ルールってなんですか?」
花実は夕美に訊ねる。
「24秒ルール、攻撃側は24秒以内にシュートを打たなければならないというものよ」
「本来なら時間稼ぎのプレーを制限するものだけど、審判してるのはバスケ部の子じゃないからそのルール知らないかも」
「このまま残り時間を使い切ることができるかもしれないわね」
「それはどうでしょうか?」
美紅と夕美は由紀子の方へ同時に目を向けた。
「桑田くんがそのような勝ち方をするとは思えません」
「うちは逆に今回の桑っちは意地でも勝ちたいって感じだから、普通にあとは時間稼いで確実に勝ちに行くと思う」
未亜が取った選択は、
「テメーちょこまかと!」
「このまま時間稼いでもいいんだが、それじゃあ味気ないだろ?」
未亜は羽山をドリブルで抜こうと見せかけ、ここでもノールックパス。
方向は右斜め後ろ。
「バカが!そっちには誰も……」
パスを受け取ったのは怜。
怜はもの凄い速さで2人のマークを抜けながら自陣へと戻っていた。
「未亜!」
そしてすぐさま未亜に戻す。
未亜は怜からのパスを受け取ると見せかけ、
「ナイスパス!」
スルーした。
そのボールは諒平が拾う。
諒平はそのままゴールへ切り込みレイアップを試みるが、諒平と同等の体格を持つ日村に阻まれボールを弾かれてしまう。
「海斗っ!」
近くにいた海斗がこぼれ球を拾い、マークがついていない加藤へパスする。
「ここでか!」
「こっちだ!」
すぐさま加藤は怜へパスを出した。
「打たせるかよ!」
ここにきて羽山が怜に迫る。
「残念だったな」
怜に迫った羽山を阻止したのは未亜。
自ら壁となり羽山の動きを封じた。
「スクリーンだと!?」
「いや、違うな。うちのエース様はな」
怜はドリブルで切り込むのではなく、そのままジャンプシュートを放つ。
そこは3ポイントライン。
「フリーなら3ポイントシュートだってお手のものだ」
これには体育館中が大いに湧いた。
25-21の4点差にして残り10秒。
「ウソ、だろ……」
残り10秒て4点差という絶望に、羽山を含め他の部員たちも完全に戦意喪失といったところ。
そんな状況で成す術もなく、
ピピーーーーッ
「試合終了、2年1組チームの勝利です!」
エキシビションマッチは2年1組、未亜たちの大金星である。
7000字近くになってしまいました。
自分でもビックリです。
 




