Episode 003
それはいつぞやの昼休み。
なぜかは知らないけど立ち入り禁止の屋上で1人昼食を摂っていた。
昼食は購買で買った焼きそばパンとメロンパン、そして飲み物として紙パックのココアだ。
フェンスに背を寄りかかって床に座りながら、まずは焼きそばパンをくわえた。
屋上は使用禁止なのになぜか掃除されているので床に直接座っても汚れないから問題はない。
怜はいつものことながらお呼ばれだ。
いつものことすぎて、嫉妬とか羨望すら湧かない。
それと俺は別にモテたいわけではないのだ。
ただ彼女が欲しいだけで。
コンコン、ガチャ
誰だろうか?
ここは立ち入り禁止なはずだ。
俺もダメだって?
俺はまぁ、その、特権というやつだ。
「ここなら誰も……あっ、桑田くん」
これはこれは『四大天使』の1人、天真爛漫な美少女こと高柳美紅ではないか。
それのもう1人、
「美紅ちゃん、ここは立ち入り禁止って、あれ?桑田君?」
これまた『四大天使』の1人、清純派正統美少女こと葛西由紀子だ。
「おうはりはん、ほうひあお?」
焼きそばパンをくわえたままだったので、自分でも聞いててなにいってるかわからない。
「ゆきっちと今静かであんまり人がいなさそうな場所ないかなぁと思って」
この娘、凄い。
あれで伝わったのか。
「でもここって立ち入り禁止のはずでしたよね?」
たしかにそうだ。
俺が言えたことではないが。
「でも桑っちいるから大丈夫だって」
その基準はどうかと思います。
俺は焼きそばパンを食いちぎり、ココアで流し込む。
「見つからなきゃ大丈夫だよ」
「美紅ちゃんは偶にそうですよね」
「校則は破るためにあるんだよっ!」
ここの立ち入り禁止は校則ではないんですけどね。
まぁ、口には出さず黙々と焼きそばパンをほおばった。
「ところで桑田君、今日はお1人ですか?」
「まぁね。でもそろそろ怜もここに来るはずだよ」
『ホント(ですか)っ!?』
近い近い、顔が近い。
こっちが驚いたわ。
「俺はよくここに来てなにも言われないのは怜のおかげだったりするしな。万一、なんか言われても怜を売ってどうにか……じゃなくて怜に頼めばなんとかしてくれるから」
「今神坂君を売るって」
その眼はまさしく犯人を追及する刑事の眼だ。
「言ってません」
俺は事実を否定する。
だって怖いし。
「でも明らかに……」
「気のせいですよ」
俺は笑顔を作って、葛西の尋問を躱す。
『………………』
しばしの間、いやそれは体感時間の話で多分数秒ぐらい沈黙の空気になった。
その沈黙を破ったのは勿論俺ではなく、
『神坂くんからこぼれ出た甘い蜜を吸うクソムシって本当だったんだ』
「おい、待て。誰から聞いた?」
「三方さん」「花実ちゃん」
なるほど、やはりそうか。
俺はスマホをポケットから取り出し、コネクトを開いてそいつに無料電話をかけた。
『センパイ?電話なんて珍しいですね。どうしたんですか?』
「I' ll kill you .」
『え?なんか物騒な英語が聞こえたんですけど!あたしなんかしました!?』
「お前だろ、怜からこぼれ出た甘い蜜を吸うクソムシという俺のイメージを広げたのは」
『……………そんなわけないじゃないですか』
「今の間はなんだ?とりあえず覚悟しろよ、後輩。今からそっち行くからな」
俺がドスの効いた声でそれを伝えると、
『失礼しましたーーーーーっ!』
三方は通話をすぐさま切った。
コンコン、ガチャ。
おっ、やっと来たようだ。
「未亜、待たせてごめん。あれ?葛西さんに高柳さんがどうしてここに?」
「静かな場所で昼飯食べたいんだと」
「そうなんだ。僕らがいてよければ一緒にどうだい?」
これがイケメンか。
お2人さん頰を紅潮させて喜んでますよ。
そして場違いな俺を含めた4人が円で囲むように座った。
俺はフェンスに寄っ掛かりたいので動いていない。
真正面に怜、右隣は葛西、そして左隣は高柳だ。
2人とも怜の隣がいいのだろう、なんかこうなっていた。
「神坂君は来週試合だったよね?」
「うん、新人戦頑張らないとね」
「神坂くんがいるなら余裕だよっ」
たしかにそれは思う。
怜の運動神経は正直馬鹿げている。
それと球技に対して圧倒的なセンスを持ち合わせているのだ。
「そんなことないよ。相手チームも結構強いから分からないな」
そんなこといって、大抵こいつはハットトリック決めてチームを勝利に導くだろう。
今ではサッカー部のエースで恐らくキャプテンにも任命されるはずだ。
そんな怜だが中学のときサッカー部じゃなかったと聞いたら皆んなに尚更驚かれるだろう。
「そういえば神坂くんってどこ中出身?」
そういや、そんな話はしたことなかった。
俺は今焼きそばパンを食べ終え、メロンパンの袋を開ける。
「大林中学校だよ」
「そこって確かバスケが強いですよね?3年ほど前からずっと全国大会出場だとか」
よく知ってるなぁ、と少し感心した。
「そうそう!ここらへんの中学校で全国出場珍しいから、かなり騒がれたよね。わたしとゆきっちがいた来道中でもその話で持ちきりだったし」
あれ、そんなに騒がれてたの?
大林中のやつらしか知らないと思ってたぐらいなのに。
「神坂くんは中学生のとき部活はなにしてたんですか?やはりサッカー部ですか?」
「実は部活には入ってなかったんだ」
「そうなんですか?」
葛西は意外だったらしい。
まぁ、その気持ちはわかる。
「うん。生徒会に入ったからその仕事が忙しくてね」
これは半分本当で半分嘘だ。
怜のスペックであれば生徒会の仕事を片付けながら部活に打ち込むなんて余裕でできたはずだ。
まぁ、2年生のときは助っ人として部員でもないのに部活してたけど。
「なのにいきなり高校でサッカー部入ってエースになっちゃうなんて神坂くんはスゴイね!」
「先輩たちからたくさん教わったおかげだよ」
なるほど、これがイケメン力か。
自分を謙遜しながら先輩の顔をたてるとは。
好感度が上がらないわけがない。
なんか脳内フィルター越しにキラキラが視える。
ガタンッ
今度は誰だろうか?
今日はよく人が来る。
「はぁ、はぁ、はぁ……ここなら見つから………」
おやおや、これはこれは三方花実さんではないですか。
「どうしてここに……!?」
「わざわざ捕まりに来てくれるなんてセンパイ嬉しいなー」
恐らく俺の『そっち行くからな』を鵜呑みにしたのだろう。
逃げた結果、逆に俺に見つかってしまったのだ。
俺はメロンパンを残った部分全て口に押し込み、ココアで流し込む。
昼食は済ませた。
これで目の前のやつを捕まえることに集中できる。
「悪い怜、そのココアまだ残ってるから見といて」
俺は一呼吸おいて勢いよく走り出した。
三方はすでにここから逃げ出している。
まぁ、すぐに追いつくだろう。
「ほどほどにね〜」
「……止めなくていいのですか?」
「花実ちゃんも未亜に追われるほどのことをしたんじゃないかな?未亜はああ見えて意味のないことであんなことはしないしね」
葛西と高柳は互いに顔を見合わせたが、まぁいいかと残りの昼食を食べ始めた。
開いた屋上の扉からは、
『やっと捕まえた。さぁーて、覚悟はいいか?』
どうやらすぐに三方は捕まってしまったようだ。
『いやぁぁぁぁぁぁっっっ!!あれだけはイヤです!勘弁してください!謝りますから!』
『やはり本当にお前のせいか』
『しまったッ!じゃなくて本当にごめんなさぁぁぁい!!』
『ダメだ。観念しろ』
『イヤァァァァァ〜〜〜〜〜ッッ!!』
十数秒後
『グスンっ、あたし、もうお嫁にいけません……』
これらを一部始終聞いていた葛西と高柳は思った。
『(一体なにされたんだ……)』
『四大天使』の1人である彼女が嫁に行けないと言わせる未亜の粛清内容は未来永劫ほかの誰も知ることはなかったという。
スッキリした笑顔で未亜は屋上に戻ってきた。
それはもう満面の笑みで。
『…………………』
「ん?」
葛西と高柳の2人は未亜を訝しげな目で見た。
そしてまた同時に思う。
どうして神坂はこんなやつと一緒にいるんだろうか?
2人の視線は怜へと移される。
「?」
2人は怜の不思議そうな顔(どこか可愛いく見える)を見て、
「まぁ、いいっか」
「そうですね」
どうでもよくなった。