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Episode 010

『続いての種目は1年生の因幡の白兎です。1年生の皆さんは入場門にお集まりください』


俺はこの放送を保健室というオアシスで聞いていた。


「あれ、この声は葛西か?放送委員だったのか、意外だな」


しかし保健室は涼しい。

クーラーが効いていてサイコーだ!


「なに独り言をいってるのかしら?患者さん」


「あれ、声に出てました?浅見先生」


こちらの妖艶美女は保健の浅見(あさみ)美波(みなみ)先生。

妖艶美女の保健の先生とかありきたりな設定にもほどがある。

あ、設定とか言っちゃダメですよね。

皆さんも気をつけましょう。


「全く、こんなに早く保健室に来る人も珍しいわね。まだ徒競走が終わったばかりでしょうに」


「俺が走ったのは長距離走です」


「似たようなものでしょ?」


「いや、徒競走の中に長距離走は入ってませんよ」


たしかハードルは徒競走の中に入ってたはず。


「細かいわね、だからモテないのよ」


「先生だって彼氏いないくせに」


浅見先生はギクッとばかりに身体を強張らせた。


「今いないだけで3日前まではいたのよ、そう3日前まで……」


おっと、これはやってしまった。


「なんなのよ、私がなにしたっていうのよ……」


フラれちゃったパターンかぁ。

前回はたしか彼氏が浮気してるの知って別れたんだっけ。


「今度こそはって、思ったのに………」


どうしよう、泣き始めちゃったよ。

これ俺が悪いの?それとも先生のメンタルが弱すぎるの?


「私、自分でいうのもあれだけど優良物件よ?顔とかスタイルとかその辺の女より全然いいし、そこそこお金あるし、一人暮らし長いから家事全般こなせるし」


それを聞く限りだとたしかに優良物件ではある。

というか、俺はなんでこんな愚痴を聞いているのだろうか。

そもそもなんで保健室のベッドにいるんだ?

目覚めたらいたんだよなぁ。


「先生、ところで俺はどうしてここに?」


「今更ね……」


先生は涙を拭って答えた。


「あなたはクラスのテントに戻った途端に倒れたそうよ。神坂くんと邸くんがわざわざ担架に乗せて運んでくれたわ。あとで感謝しなさい。あなた、熱中症で救急車行き寸前だったのよ?」


「それはご迷惑をおかけしました」


「全くよ、元気になったようでなによりだけどね。それより次の競技には出るの?」


「あれ、さっき因幡の白兎が始めるとかなんとか放送でいってましたよね?ということは次の種目は2年生の二人三脚なわけで……」


俺は慌ててベッドから降りた。


「大丈夫なの?絶対に無理はしないでね。何せあなたは」


「はい、先生こそまだ若いんですから急がず無理しないでください」


「余計なお世話よ!」


俺は急いで校庭に向かった。


その途中、俺は角を曲がったところで誰かとぶつかってしまった。


「うわぁっ」「おっとと」


ぶつかった相手はどこかで見たことのあるダンディなおじさんだった。


「すいません、大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。君こそ怪我はないかね?」


もう一度その人の顔をよく見る。


「り、理事長……」


「あぁ、その通りだ。ワタシは曲輪田高校の理事長をしている武田(たけだ)信宏(のぶひろ)という」


そういえば入学式とかで見たことある。

そりゃ見覚えがあって当然だ。


「自分は…」


「桑田未亜君だろ?」


「えぇ、はい、そうです」


なんで俺の名前知ってんの?


「なんで名前を知っているかって顔をしているな」


俺ってそんなに表情に出てるかなぁ?


「君の噂はよく耳にするからな。それに、君を合格にしてあげたのはワタシだからね」


まさかの衝撃事実発覚っ!


「君の中学時代の話は聞いているよ。随分とヤンチャだったそうじゃないか」


「ヤンチャですか、自分ではそうじゃないと思っているのですが」


「ふむ、ではそれなりの理由があったのだろう。深くは追及せん」


何たる貫禄、若造には決して出せないオーラがある。


「話を戻しますが、どうして俺を合格にしたんですか?自分で出願しといてあれなんですが正直落ちると思ってました」


推薦入試のしかも単願ならばほとんど落ちることはないのだがいかんせん俺はちょいとワケありだった。


「一部の先生は反対していたよ。悪い噂はこちらにも届いていたし、3回も停学していたのも気がかりだった。だがそれ以上に功績もあったし、成績も悪くない。理由はそれだけで充分だと思うがね」


なるほど、どうやら理事長には思惑があるようだ。

俺を合格させたのは俺が目的ではなく、恐らくは………


「そうあんまり勘繰るものではないよ。別に大した思惑ではない」


何なの?俺ってやっぱりそんなに表情に出てたりするの?

ヤバい、今後気をつけよ。


「ただ救ってやりたい子がいるだけだ」


「それはご自分の娘さんですか?」


そう訊ねると理事長は神妙な顔で数秒後に訊き返してきた。


「なぜ『娘』だと思ったのかね?」


言われてみれば確かにそうだ。

どうして俺は『娘』だと思ったのだろう?

少し考えても分からない。

ということは多分テキトーだ。

でも、誰かにどことなく似ているようなそうでないような……


「勘、でしょうか」


こう答えるしかなかった。


「そうか……」


そろそろ行かないと不味いから早く切り上げたい。


「すいません、そろそろ行かないとなんで」


俺が行こうとすると、


「最後に1ついいかね?」


「なんですか?」


「ワタシの娘は今も苦しんでいる。救えるのは恐らく神坂怜君だけだろう」


いや、娘のこと全く知らないのにそんなこと言われても。

それとやっぱり目的は怜だったのか。


「言いたいことはそれだけですか?」


「あぁ」


「ならせめて娘の名前ぐらい教えてくださいよ」


「それではつまらんだろ」


何言ってんのこのオヤジ?


「ではヒント、君の知っている人の中に彼女はいる」


え?俺の知る限り『武田』っていう苗字のやつはいないんだが。


「よく分かりませんが、とりあえず分かりました。それでは」


訊きたいことが山ほどあるがそうも言ってられない。

俺はまた走って校庭へ向かった。


「ったく、何なんだよあの理事長は。それに一番気になるのはその苦しんでいる娘を救えるのが怜だけってとこだ。だったら俺に言わないで怜に言えっての」


しかも娘の名前教えてくれないし。

理事長の娘が誰なのかは気分が乗ったときにでも考えるとしよう。


そして俺は靴を履き替えて校庭に出た。

俺の運動靴は昇降口のところに綺麗に置かれていた。

しかもすぐに履けるように靴紐をあらかじめほどいてあった。

俺の親友はどうやら気遣いまでイケメンらしい。


俺はどうにか種目の集合時間に間に合った。





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