それぞれの希望に向かって…
2ヶ月後――
クラスAで唯一生き延びる事ができたユーフェミアAはマギーQの勧めでアマリリス部隊・南米支部で生活していた。
そんなマギーQの計らいもあり、ロザミアQとの戦闘で命を落としたクラスA8名の遺体も運び込まれ、南米支部の近くにある礼拝堂に収容され葬儀を行っていた。
「イースター教の倣わしに従い、本日より2年間を復活葬とし、8名の遺体を保存します」
白装束を纏った教祖の言葉が礼拝堂に響くと参列しているマギーQを始め、何の縁もゆかりも無い人々も神妙な面持ちでそっと目を閉じて故人の冥福を祈った。
しかし、そんな参列者の中にユーフェミアAの姿は無かった――
仲間を失い、失意の底に居るユーフェミアAは南米支部に来てからというもの、部屋に引き籠ったまま一度も外に出て来なかった。
そんな部屋の前では毎日のように不安そうな表情で立っているミユキHの姿があった。
「ユーフェミアは中に居るか?」
「はい。でも、相変わらず食事も充分に摂っていないようで…」
部屋を訪れたサラサQの問いにミユキHは暗い表情を落とす。
「そうか…」
そんなサラサQの後ろにはマギーQも同行していた。
二人は顔を見合わせ、何も言わずに頷くとサラサQが部屋の扉を軽くノックする。
「………」
部屋の中から何の返事も無い。
「いつもこんな感じで、こちらの応答に全く応じないんですよ。一応、扉の前に置いた食事は多少食べているようなんですが…」
「そうか…」
心配そうな表情が拭えないミユキHに釣られ、サラサQの表情まで曇り出す。
そんな二人を見てマギーQは肩を竦めると、何の躊躇もなく扉のノブに手を掛ける。
「入るわよ」
「えっ!?」
驚く2人を他所にマギーQが強引に扉を開けるとユーフェミアAの居る部屋へと侵入していった。
「暗いわね」
天気の良い日中だというのに窓はカーテンで遮られ、室内は薄暗く中の様子が全く分からなかった。
「…照明を点けるわよ」
ユーフェミアAの許可を得る事無くマギーQは扉の近くにあった照明スイッチを入れ、照明が部屋全体を明るく照らす。
すると、部屋の隅にあるベッドの上で膝を抱えて座っているユーフェミアAの姿を見つける。
「あなたに話しがあるの」
マギーQの言葉に僅かに反応したユーフェミアAは虚ろな目でマギーQを見るでもなく眺める。
そこにかつての誇り高き生徒会長の面影は完全に無くなっていた。
「ユーフェミアA、大丈夫ですか!」
不安そうにに部屋を覗いていたミユキHが溜まらず近づくが、それをサラサQが阻止する。
「悪いが運転手、お前は席を外してくれ。これから3人で大事な話しをする」
「しかし、その様子だと体調の方が…」
ユーフェミアAを気遣うミユキHにサラサQは黙って首を横に振るが「ミユキH、良いのです。あなたは席を外してください」と弱弱しい口調でユーフェミアAが言葉を発する。
その言葉に、更に不安を増強させるミユキHだったが、サラサQに背中を押され、半ば強引に退去させられた。
3人になった所で部屋にしばしの静寂が訪れる。
「まさか、こんな形であなたと会話する事になるとはね。ちゃんと食事は摂っているの?」
マギーQの問いにユーフェミアAは何も言わず力無く何度か首を横に振る。
「そう… あなたの心中は察するけど、いつまでも、このまま塞ぎ込んでいる訳にもいかないでしょ。今もあなたの母親であるメアリー学園長は学園転覆を目論む何者かと戦っているはずよ」
「それは… そうですが」
ユーフェミアAのかすれた声が震えている。
「でも… 私は皆のリーダーでありながら、皆を守るどころか、皆に守られて、皆を殺してしまいました」
自責の念に堪えないユーフェミアAは皆が殺された瞬間を思い出したようで、頭を抱えながら全身を小刻みに震わせる。
そんな震えるユーフェミアAの近くまで歩み寄ったマギーQは宥めるようにユーフェミアAの頭を優しく撫でる。
「私もリーダーだったけれど、皆を裏切りここに居るわ。そんな私に比べればあなたはずっとマシよ… なんて慰めようとしても、あなたには何の救いにはならないでしょうね」
そう言うと、マギーQは笑みを溢す。
「あなたに話したい事は他では無いわ。ちょっと昔話を聞いてほしいの。ある娼婦の哀れな過去の話よ…」
そう言うとマギーQは遠い目をして暗い影を落とすように話し始める。
「あれは少女がまだ3才の頃だったわ。
少女の両親はとても貧しく、また育児に対しても全く興味も責任も持てず、何の躊躇いも無く少女を奴隷市場に売ってしまったの。
それからしばらくして少女はある貴族に買われ、そこの屋敷で召使いとして過していたの。
でもね、召使いとは表の顔で、裏では夜な夜な汚い大人たちの性処理を相手する娼婦として働かされていたのよ。
そんな生活が4年ほど続いたらしいわ。
ある日、自分の身体の異変に気付いたらしいのだけれど、その時には既に全てが遅かった。彼女は7才にして性病でこの世を去ったわ」
マギーQの話しを聞いていたユーフェミアAは不可解そうに眉を顰める。
「それは誰の話しなの? 今の私に何か関係のある話し?」
「普通の人間ならばここで話しは終わりよね。でもね、その少女にはまだ続きがあるの」
「死んだ後?」
マギーQは微笑みながら話を続ける。
「そう。彼女の遺体はイースター教の儀式に従って復活葬が行われたの… そして復活葬を終えた2年後に、なんと彼女は蘇ったの。しかも、身体は元の正常な状態に戻っていたわ」
「そ、そんなことが… 聞いた事がありません」
「そうよね。実際にその事実が世間に出回る事は無い。だって、復活葬を終えた遺体に触れて良いのはイースター教の教祖だけだもの」
マギーQの表情に曇りは無かった。嘘を言っているとは思えない。
それを理解したユーフェミアAに新たな希望が芽生えた。
「その話しが本当だとすれば… 死んだ皆も生き返るかもしれない!」
ようやく重要な事実に気が付いたユーフェミアAの表情が驚きに変わる。
「そうよ。でもね、その少女の話しには、まだ重要な続きがあるの。寧ろ、ここからが大事な話なの」
そう前置きしたマギーQは表情が険しくする。
「蘇った彼女の情報を入手したある組織の幹部は彼女と接触し、自らの組織に取り込んだの。その組織には、彼女と似たような境遇で一度死に、そして彼女と同じように蘇った少女たちが集まっていたの。その組織の名前がメシア女学園・クラスQ」
衝撃の事実にまだ頭の中で整理が付かず、困惑した表情を浮かべるユーフェミアAに対し、今まで黙って聞いていたサラサQが口を開く。
「そう。私やマギーQはもちろん、ロザミアやミリアリア… クラスQに所属しているクラスQは全員、一度死に、そして蘇った経験をした」
「未だに解明されていないのだけれど、クリス先生曰く、私たちクラスQは一度死んだ事で通常のメシア使いとは比べ物にならない程に強力な能力を持っていると言っていたわ」
サラサQとマギーQの説明に思考が停止したユーフェミアAは何からどう質問すればいいのかさえ分からなかった。
そんな困惑を続けるユーフェミアAを見てマギーQがそっと肩に手を添える。
「でもね、ユーフェミアA。これもクリス先生の情報なのだけれど、蘇る可能性はかなり低くて100分の1程度と言っていたわ。だから過度な期待はしないでほしいの。
私たちは運が良かっただけ。
いいえ、実際に不幸な境遇に遭って早期に死んだ訳だから、実際のところ運が良かったとは言い切れないわね。
私は6歳の頃に戦争で死んだし、サラサQも劣悪な環境下で強制労働させられていた施設で事故死をした…
それに、仮にクラスAの誰かが蘇ったとしても、その後の人生が幸せである保証は誰にも出来ない。
逆に死んでいた方がマシだったと思える人生になるかもしれない…」
悲しそうな表情で俯くマギーQの言葉はとても重く、ユーフェミアAの心の奥底に突き刺さる。
そんな2人を察したのか、サラサQが閉ざされていたカーテンを勢い良く開くと、太陽の日差しが惜しみなく降り注ぎ、ユーフェミアAの顔を温かく照らした。
「お前は生きている。皆の犠牲の基で生きている自責であるのなら、お前はこの先も生きていかなければならないんだ。それが死んでいった皆に対しての手向けになる」
サラサQは少し照れた表情を浮かべると、それを見たマギーQが鼻で笑う。
「あなた、そう言うキャラじゃないでしょ。いつの間に変わったのかしら?」
「笑うな。私だって恥ずかしい事を言っていると自覚してんだから」
そんな2人のやり取りを見ていたユーフェミアAも思わず笑みを溢す。
「ありがとう、2人とも」
まだ徐々にだが、しかし再び生きる活力を取り戻しつつあるユーフェミアAは、クラスAの遺体が安置されている礼拝堂に向かった。
⇔
時より、自分の心臓が邪魔に思える瞬間がある。
その感覚は皆も同じ瞬間を共有していると思う。
それは私たちが他者とは異なる特別な経験を経たからだと思う。
(死ぬ瞬間の、あの何とも言えない快感をすぐに求めてしまう)
ここはアマリリス部隊・総本部の最上階にあるクラスQ特別教室。
「残念ながらこの度、我らのリーダーであるマギーQとアパパネ使いのサラサQがこのクラスQから抜けてしまった」
静かな声で淡々と話すヘブンリー提督の前には、メシア女学園と同様に木製の机が置かれ、その席に漆黒に染まる制服を着たクラスQの生徒11名が座っていた。
「だが、この事態はあなたたちの担任だったクリストファー教諭のシナリオ。恐らく、彼女には何かの考えがあっての事なのだろう。
なので、今後のクラスQの方針として、クリストファー教諭を信じて、しばらく今後のマギーQたちの同行を見守る事にする」
ヘブンリー提督が今後の方針を発表するが、クラス内からは何のリアクションも起こらなかった。
そんな沈黙した教室で1人の生徒が手を挙げる。
「なんだ、ミリアリアQ?」
「それは1年間の期限付きでしょうか?」
「無論だ。あと1年経てば、クリストファー教諭が死んで2年経つ。そこで彼女が蘇れば、本人から直接聞けば良い」
「ねぇ、ねぇ。もしもクリス先生が蘇らなかったら、ロザミアたちはどうすればいいの~?」
今まで退屈そうに話しを聞いていたロザミアQが耐えられなくなって様子で大きな欠伸をしながら尋ねると、ヘブンリー提督は不敵な笑みを浮かべる。
「その時までに私の方で、お前たちクラスQを表舞台に出す手筈を行っておく。その時までお前たちは再び最北支部に向かいTVと戯れておけ」
再び最北支部への出発を命令されたクラスQたちはうんざりした表情で席を立ち、各々の部屋へと戻って行った。
※※※
アマリリス部隊・総本部の地下にイースター教専用の礼拝堂がある。
「マギーQよ、もう1年ほど待って欲しかったのだがね… 上手くはいかないものだな」
大きな白い十字架の前に置かれている黒い棺の前で跪いたヘブンリー提督は胸の前で手を合わせる。
そんな黒い棺の中には安らかに眠り続けるクリストファー教諭の姿があった。
「お前も私たちと同じ“アングルス”ならば、この世界の秩序を乱す人類を許しはしないはずだろ?」
そんなクリストファーが眠る黒い棺の横に置かれている、もう一つの黒い棺を覗き込むヘブンリー提督は微笑みながら問う。
「さて、お前はどちら側かな、メアリー学園長?」