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Angles-アングルスー  作者: 朝紀革命
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クラスQ VS クラスQ

昼前にメデジンに到着したサラサQだったが、街は異様なまでに静まり返っていた。

ミユキHから聞いた話では、最近になり一時の過疎化状態から脱却して人口が増加していると聞いていたのだが――街に入って30分ほど車を走らせているが、未だに人の姿は見当たらない。

しかし、建物が倒壊している訳では無く、特に街の様子で変わった所は見当たらなかった。

空は相変わらずの晴天に恵まれ、陽気な日差しが街の静寂さを不気味にしていた。

そんな孤独な街中をしばらく車で走っていると、フロントガラスの先に茶色いローブにフードを深く被った人影を発見する。

「茶色いローブ…」

その姿を見た瞬間にサラサQは北中米支部の受付嬢に聞いた情報を思い出す。

(マギーQなのか…)

慌てて車を停止したサラサQは助手席に置いていた自身の剣型のメシアを手に取り急いで車を降りる。

そして正面から歩いて来る茶色いローブ姿の元まで警戒心を抱きつつ、一歩ずつ慎重に距離を詰める様に歩み寄る。

未だに確信を持てないサラサQだったが、茶色いローブが近づくにつれて、メシア使い特有の匂いがする。

この甘酸っぱく切ない柑橘系の匂いは間違いなくマギーQのものだ。間違いない。

その匂いを嗅いだ瞬間、サラサQの脳裏にマギーQと一緒に過ごした思い出が蘇る――


アマリリス部隊・最北支部近くにある暗黒の壁、通称『嘆きの壁』は数百年前に何の前触れもなく世界を分断させたと伝えられている。

もちろん、そんな言い伝えは誰も信じていないが、嘆きの壁の周辺では毎日のようにTVが大量に発生していた。

黒い霧のように音も無く現れては、近くに居る生命体に感染し凶暴化させる。

それを阻止する為にサラサQを始めとするクラスQはTV殲滅作戦に駆り出されていた。


…大丈夫か? サラサQ


そうやってサラサQの背後から迫る攻撃をいつもマギーQが防いでは、気遣う言葉を掛けてくれた。

優しい笑みを添えて…


サラサQは常にマギーQとパートナーを組んでいた。

そのせいか、いつもTV殲滅作戦時はマギーQの匂いがした。

そしてその匂いはサラサQの心を落ち着かせた。

それ程までにマギーQは強く美しく完璧に任務を遂行していた。いつの間にか信頼していた――


緊張の高まりと比例するように自然と脈は速まり手や脇からドロッとした嫌な汗が湧き出る。

(さて、どうしたものか… 最悪の場合、いきなり戦闘… なんて事はマギーQに限って無いだろうが… 何の保障もない)

そんな戸惑いを抱きつつ、汗の掻いた右手で腰に掛けているメシアをそっと拭る。

(もうすぐマギーQの半径3メートル内に入ってしまう… そうなると、彼女のメシアの能力で私の動きは停止してしまう)

そう判断したサラサQはその場で足を止める。

すると、茶色いローブを着た人物も何かを悟ったのかその場で足を止める。

しばらくの沈黙………


「元気そうね、サラサQ」

懐かしくも優しいその声は紛れも無くマギーQそのものだった。

深く被ったフードを外したマギーQは優しい笑みを向ける。

意外だった。

最愛の恩師であるクリストファー教諭を亡くし、すっかり疲弊しているものだと思っていたサラサQは素直に驚いた。

「それにしても、まさかあなたが来るとはね。てっきりミリアリアQが来ると思ったわ」

「私もそう思う。こんな面倒な仕事はクラスQ内で最も利口なミリアリアQが適任だ。でも残念ながら、彼女は今も最北支部で皆と一緒にTVと戯れている」

「…だとすれば、あなたが抜けた事で最北支部の攻撃力は随分と低下したのではないかしら?」

「そうでもないさ。お前が抜けた時に比べればな」

「そう?」

「そうだよ。それよりも私はお前と世間話をしに来たわけじゃない。それはお前も同じだろ?」

「そうね。それじゃあ、まずはあなたの用件から聞こうかしら?」

マギーQから話しを振られたサラサQは何から質問すればいいのか少し考えるが、結局のところ正直に話すしかなかった。

「そうだな… 私はメシア女学園及びアマリリス部隊・総本部よりお前を強制送還するよう命令を受けた。理由は新たな国家設立の疑いによる国家反逆罪だ。それは本当なのか?」

サラサQの言葉を聞いたマギーQは険しい表情に変わり顎先に指を添える。

「その情報はつい最近の出来事よ! それもその場の流れで行き着いた結論… まさか、裏切り者が潜んでいるのかしら?」

本当に驚いている様子から察するにサラサQが思っている以上にアマリリス部隊・総本部の情報網は隅から隅まで行き渡っているのだろう。

「それは分からんが、その物言いだと間違いじゃなさそうだな」

「そうよ。私はこれからアマリリス部隊から完全に独立した新国家を設立するつもりよ。それで、それを知ったあなたは私を強制送還するのかしら?」

「そうするべきなのだろうな。でも正直な話し、私は迷っている」

「迷っている?」

サラサQもまたマギーQ同様に険しい表情を浮かべる。

「そうだ。実はお前を強制送還する命令を受けた際にクラスAの2名と運転手1名が同行していたのだが、その際に学園に残っていた他のクラスAが学園から逃亡する旨の手紙を受け取った。詳しい状況はクラスAに直接会って聞いてみたいと分からないのだが…場合によっては学園内、或いはアマリリス部隊内で何か良からぬ事が起きている可能性があるんだ」

サラサQの言葉にマギーQは何度か軽く頷く。

「なるほど。それであなたはこのままアマリリスの命令に従っていて良いのか迷っているのね」

「本当の事を聞かせてくれマギーQ。お前は何故、新たな国家を設立しようとしている? その理由次第では私の今後の行動を考え直さなければならなくなる」

「そう。あなたは相変わらず優しいのね」

そう言いながらマギーQは微笑みながら1通の手紙をサラサQに渡す。

「これは?」

「クリス先生の遺言よ」

(クリスの遺言!?)

初めて知った遺言の存在に驚きつつ手紙を受け取ったサラサQは戸惑いながらも目を通す――

すると、その手紙には癖のある文字が綴られていた。紛れも無くクリストファー教諭の文字だとサラサQは瞬時に理解する。

「この内容からして… お前はクリス先生の言うアマリリス部隊の裏側が分かったのか?」

「いいえ、私も具体的な部分までは分からないわ。でもクリス先生はその裏側を知ったから殺されたと思うの。だから、クラスAがその裏側に関する何かしらの手掛かりを入手した上で逃亡しているのであれば――」

「――話しが見えてくるかもしれない」

「この手紙が、新国家を設立する理由よ… それを知ったあなたは今後どうするの。私を強制送還する? それとも…」

「すぐにメリダへ向かおう。そしてクラスAと合流して――」


「そうはさせないですわよ!」

サラサQの決断を遮るようにマギーQと異なる女性の声がメデジン中に響き渡る。

「その声は…」

聞き覚えのある声にマギーQとサラサQは揃って声が聞こえた方に視線を向ける。

すると、そこには漆黒色をしたメシア女学園の制服を着た2人の女性が立っていた。

「ミリアリアQ、それにレニーQも…」

驚きを隠せないサラサQが言う通り、2人はクラスメイトのメシア使いだった。

「ご無沙汰しておりますわリーダー。思っていたよりも元気そうで何よりです」

随分と妖艶な顔立ちに制服の上からでも胸の大きさを隠し切れないミリアリアQは優しい笑みを浮かべているが、その右手には金色の短剣、左手には銀色の短剣が握られていた。

対照的に隣に立つまだ幼さが残るレニーQは無表情のまま右手に瑠璃色をした槍型のメシアが握られていた。

「上辺の挨拶は結構よ。それより、あなたたちは私の敵と解釈して良いのかしら?」

「その答えはリーダー次第ですわ。サラサQの命令通り、大人しく送還に応じるのであれば、私たちは今まで通りあなたの仲間ですわ。しかし、拒否するのであれば…」

大人びた声のミリアリアQは意味有り気にあえて最後までは言わず、両手に持っているメシアを構える。

「待ってくれ、ミリアリアQ。私たちはアマリリス部隊に騙されているかもしれないんだ」

ミリアリアQとマギーQの会話にサラサQが割って入る。

「騙されている…とは?」

サラサQの言葉にミリアリアQは眉をひそめる。

「現在クラスAが学園を追われて逃亡している。それにクリス先生はアマリリス部隊に暗殺された可能性があるんだ」

現在浮上している疑惑を素直に話したサラサQに対してミリアリアQは思わず微笑を溢す。

「サラサQ。あなたもこちら側の組織ではなかったのですか… 残念ですわ」

「こちら側の組織… どういう事だ?」

サラサQの驚く表情を見たミリアリアQは短いため息を漏らす。

「なるほど。その様子だと本当に何も知らないようですわね。残念ながら、詳しい事を私の方から話す事は出来ませんわ」

思わせ振りな発言をするミリアリアQの態度を見て、マギーQは直感で理解する。

(やはりアマリリス部隊の裏に何かある… そしてミリアリアQは何かを知っている。ならば尚更、早急にクラスAと合流して詳しい話を聞かなければならない)

そんなマギーQの内心を察するようにミリアリアQは告げる。

「それにクラスAの皆さんは一人残らず殺害するよう、ヘブンリー提督から指示が出ておりますの。なので、現在ロザミアQが向かっている最中ですわ」

「ロザミアを… 一人で!?」

”ロザミア”という名前を耳にした瞬間、マギーQとサラサQは揃って顔を青ざめた。

「そうですわ。あの子はまだ幼いですがメシアの能力だけは最強。クラスAの雑魚を相手するのにロザミアQ一人で充分過ぎますわ。それよりもリーダー、そろそろ聞かせて貰えますか。下らない企てを止めて大人しく送還されてくれませんか?」

「拒否すると言ったら?」

「死あるのみ!」

予めマギーQが拒否する事を知っていたように、ミリアリアQはマギーQの返事を聞いた瞬間、2人に向かって勢い良く飛び掛かった。

「私の双剣メシア・レインボーダリアの速さは知っていますわよね?」

「もちろんよ。“速いと言っているのは本人だけ”で有名のヤツでしょ?」

ミリアリアQの攻撃を素早く交わしたマギーQは挑発するような笑みを浮かべる。しかし、そんなマギーQの挑発に対し、ミリアリアQも微少の笑みで返す。

「そうやって私を怒らせて自分の間合いに誘おうとしても駄目ですわ。私だけじゃなく、クラスQの皆、あなたのメシア・デュラメンテの特性を知っているのだから…」

そう言いながらミリアリアQは改めて双剣メシアを構え直すと、隣に居るレニーQも槍型のメシアを構える。

それを見たマギーQがそっとサラサQの近くにまで歩み寄り「あなたはメリダに向かいなさい」と小声で耳打ちする。

そんなマギーQの指示にサラサQは目を見開き驚く。

「いや、流石のお前でもクラスQを2人同時に相手するはキツイだろ?」

「大丈夫よ。軽くあしらっておくから」

躊躇するサラサQにマギーQは満面の笑みを見せる。

「何を相談していますの? まぁ、どんな作戦を立てたとこで無駄ですわよ」

ミリアリアQが再び2人に目掛けて襲い掛かる。

それを見たサラサQはようやく決意を固めると、腰に提げていた自らのメシアを取り出す。

「…分かった。ならば、遠慮なく行かせて貰う。メシア・アパパネ!」

サラサQが唱えた言葉に反応するように構えたメシアから琥珀色の輝きを放つ。そして。

「片翼の天使!」

立て続けに唱えるサラサQは第1形態を解放させると、サラサQの右肩に黒い翼が生える。

「いきなり第1形態ですか? 良いでしょう。それでこそ倒し甲斐があるという…何?」

ミリアリアQが咄嗟に防御の構えを取ると、それを確認したサラサQは目にも留まらぬ速さで、この場から消え去った。

「逃げましたの!?」

「逃がしたのよ。それにしても、ここにあなたたち2人、そしてクラスA側にロザミアQの計3名のクラスQ… 残り9人のクラスQは未だ最北支部でTVの駆除作業をしているのね」

「それは極秘事項ですわ」

(否定しなかった。他にもクラスQが潜んでいると思っていたけれど、それは無いという事か? そうなると、ここで2人を足止めすれば、とりあえずクラスAはロザミアQを何とかすれば良い。頼むわよ、サラサQ。間に合って…)


一人だけ残ったにも関わらず自信に満ちた表情を浮かべるマギーQに対し、ミリアリアQは不満そうに顔を歪める。

「まさか、あなた1人で私たちを相手にするつもりですの? 過小評価されたものですね。後悔しても知りませんわよ」

「過小評価している訳ではないわ。でもね、メシア同士の戦いにおいて、最も重要な要素は何か… クリス先生から教わらなかったかしら?」

「重要な要素… メシア特性による相性…」

マギーQの言葉に対し、レミーQは相変わらずの無表情で興味無さそうに呟く。

「そう。ミリアリアQとレニーQ、あなたたちは本来のパートナーじゃないわよね。なのに、今回は急造のパートナーを組まされた。ましてや、幼いロザミアQを単独行動させてしまっている。そんな無謀な作戦をヘブンリー提督が立てるかしら… それは無いわね。そうなると、現場を全く知らないアマリリス部隊の上層部、あなたの言うところのそちら側の組織の誰かが単独で指示したのでしょうね。どちらにしても、あなたたちのメシアでは私の身体に傷一つ付ける事は出来ないわ。せめて私と同じ銃型メシアを持つバーバラQ辺りを連れて来るべきだったわね」

「1年経ってもリーダーは何も変わらないですね。その理屈に支配された思考が命取りになる事を思い知らせて差し上げますわ。行くわよ、レミーQ!」

ミリアリアQの掛け声にレミーQが黙って頷くと、持っていた槍型メシア・ヴィルシーナが瑠璃色の濃さがみるみるうちに増し出す――

「…!?」

マギーQの顔に目掛けて一気に伸びて来る槍を間一髪で交わす。

何が起きたのか、状況を把握する為にマギーQが素早く2人から距離を取ると、レミーQが持つ槍型メシアが一瞬にして10メートルほど伸びている事を確認する。

(レニーQのメシアにこんな技が!?)

驚きと戸惑いを滲ませたマギーQは思わず顔を曇らせる。

「あなたが姿を眩ませた1年間、私たちは最北支部のTV駆除の最中に、各々で新たな技を磨きました。なので、当然リーダーが知らない技も…」

気が付くとマギーQの背後にミリアリアQが移動していた。しかし、マギーQのメシア・デュラメンテが発動できる有効射程距離には入っていない。

「リーダーの周囲3メートル… そこまで侵入しなければ、あなたのメシアはただの銃でしかないですわ! 第1形態~雷獣ヴォルクス~」

金銀輝くメシア・レインボーダリアを十字に構えたミリアリアQが不敵な笑みと共に高らかに唱える声に、レインボーダリアから金銀に輝く狼が現れ、そのままマギーQに向かい襲い掛る。

(この速さと距離では交わし切れない!)

咄嗟に防御するマギーQを見て、素早く背後に回っていたレミーQが再びメシア・ヴィルシーナを伸ばすと、ミリアリアQの攻撃を必死で防御し無防備になっているマギーQの背中を確実に突き刺した。

メシア・ヴィルシーナが背中から胸に貫通した瞬間、マギーQは赤黒い血しぶきを派手に上げながら倒れ込む。

「2対1という状況が不本意ではありますが、ヘブンリー提督の命令なので恨まないでくださいね…」

確実に死んだ事を確かめようと、ミリアリアQとレミーQが憐みを抱きながら、真っ赤に染まるマギーQの元まで歩み寄る。

「即死だったかしら。リーダーにしては呆気ない幕引きでしたわね」

念の為に脈を確かめようとマギーQの腕にミリアリアQが手を伸ばす。

「腕が… 取れない!?」

そこにあるはずのマギーQの右腕を掴もうと何度も手を伸ばすが、ミリアリアQの手からスルリとすり抜ける。

「これは… 映像!?」

そのカラクリに気付いた瞬間だった――

「なっ!?」

「……!?」

ミリアリアQとレミーQの身体が一瞬にして地面に吸い付けられるように倒れ込む。

無限の重力… 抵抗できない重力… 

2人はうつ伏せになり、何とか立ち上がろうと地面を這いつくばるが、罠に掛かった獲物のように、どんなに抵抗しても脱出できなかった。

「ど、どういうこと!?」

未だに事態が把握できないミリアリアQは地面に吸いつけられた頭を何とか揺さぶり、許される限りの視界で辺りを見渡すと遠くの方から無傷のマギーQがゆっくりと歩いて来る。

「何故、あなたがそこに!?」

驚きつつも、先ほど仕留め、血塗れで倒れているはずのマギーQを確認するミリアリアQだったが――

「居ない!」

そこに倒れているはずのマギーQの身体と派手に散った血液は始めから何も無かったように消えていた。

「残念だけど、あなたたちはメシア・デュラメンテの特性の根本を勘違いしているわ」

そう言いながら地面に這いつくばるミリアリアQとレニーQの前に現れたマギーQは2人の前で屈みながら話しを始める。

「このデュラメンテは周囲3メートル以内の物質の自由を奪う能力を持っている。その条件はメシア使いである私が発動させる事。故に、必然的に私の周囲3メートル以内が条件になる。そう勘違いしている者が殆ど。でもね、このデュラメンテは自立型のメシアなのよ。だから、デュラメンテは自らの意思で私のホログラムを映し出し、獲物を有効範囲まで誘き寄せ、能力を発揮するの。だから、私は始めから戦わずして勝利する。

“2対1で不本意”と言っていたあなたには申し訳ないけど、私の前ではどんな姑息な作戦も通用しない」

マギーQの説明に悔しさの余り言い返す言葉が出て来ないミリアリアQは観念したように抵抗を止めた。

「さて、決着が着いたところで本題なんだけど、アマリリス部隊の裏側について教えて貰えるかしら?」

「先ほど言った通り、私の口から教える事は何もありません。ただリーダーなら、直接ヘブンリー提督に尋ねたら少しは教えて貰えるかもしれませんわ」

(やっぱり教える気は無さそうね…だからと言って、拷問した所で何かを吐くとも思えないけれど…どうするべきか…)

――ピュンッ!――

悩んでいたマギーQに向かい独特な銃声が響く。

「誰!?」

銃声が聞こえた方角に視線を移すとミリアリアQたちと同じく漆黒色のメシア女学園の制服を着た、黄緑色の銃を構えた女性が立っていた。

そして先ほどの銃弾はメシア・デュラメンテを捉えていたらしく、地面に這いつくばっていたミリアリアQとレミーQの身体に自由が戻っていた。

「バーバラQ」

驚いたのはマギーQだけでなく、ミリアリアQとレミーQも同様に驚きの表情を浮かべる。

「ヘブンリー提督の指示でお前たちの後を追ってきた。今回は退却だ!」

そう言い残すとバーバラQはすぐに建物の陰に隠れて姿を眩ませた。

「不本意ですが… 仕方がありませんわね。撤退しますわよ、レミーQ」

ミリアリアQの命令にレミーQが黙って頷くと2人も素早く姿を眩ませた。

(追うべきか… いや、ミリアリアQの言っていた通り、他のクラスQも強くなっているのであれば、その中でも最強のメシア使いであるロザミアをサラサQ一人で相手させるのは危険か…)

そう判断したマギーQはミリアリアQたちを追う事を諦め、急いでサラサQの後を追う事にした。



メリダ全体が見渡せる小高い丘から双眼鏡の覗いているロザミアQは、バイク2台と自動車2台で集団行動している灰桜色の制服を着たクラスAの姿を捉えていた。

「やっと見つけたよ~」

まだあどけなさが残る声には似合わない疲れた口調で愚痴を溢すロザミアQだった、彼女以外には誰も無かった。

ミリアリアQたちと同時刻にアマリリス部隊・総本部を出発したが、天性の方向音痴でクラスAを見つけるのに予定よりも随分と時間が掛かってしまった。

更にまだ7才と幼いロザイアQの体力と精神力を消耗させていた。

「あ~、でも結果的に、皆と合流できたみたいだから結果オーライだよね~」

ロザミアQの双眼鏡は喫茶店に到着したクラスAたちと、その店から2人の灰桜色の制服を着た新たなクラスAをしっかり捉えていた。

見た目も実年齢通り身長は140㎝と幼女と呼ぶ以外の形容詞が見つからない。

だから、左手に持っているL字型の大鎌はロザミアQの身長よりも遥かに長く、しっかりと持つ事が出来なかった。

「速く済ませてミリアリアお姉ちゃんたちと合流しなくちゃ。また置いて行かれちゃうよ~」

そう言うとロザミアQは慌てた表情で大きな鎌を引き摺りながら急いで移動する。


※※※


ミユキHをアマリリス部隊・北中米支部に置いて、ルーチェルAとミーアAが約束の地であるプログレソに到着すると、先に着いていたユーフェミアAたちが出迎える。

「追手と遭遇するかと思っていたけれど、結局、誰とも会わずに合流できたわ」

「そうかい。何はともあれ、みんな無事そうで何よりだよ」

ルーチェルAの言う通り、ここにクラスAの9人全員が欠ける事無く揃った。

久々の再会にユーフェミアAとルーチェルAは抱擁して喜び合う。

皆も皆で色々と積もる話はあったが、すぐに本題に入らなければならなかった。

「時間が惜しい。早速で悪いんだが、詳しい事情を聞かせてくれないか。メシア女学園に何が起きているんだ?」

ミーアAの提案に我に返ったルーチェルAが周囲を見渡し、怪しい者が居ない事を確認する。

「そうだね。とりあえず店内に入ろうか。僕たちが集団で居るだけで随分と目立っているからね」

そう言うとルーチェルAは街で唯一の喫茶店に皆で入る。

質素な店内に客はおらず、無愛想な女性店員だけがクラスAを迎えた。

「どうぞ、こちらへ」

女性店員の案内で窓際の角席に座ると適当に注文を済ませる。

「ごゆっくり…」

店員が居なくなった所でユーフェミアAが本題に入る。

「実は私にもまだ詳しい状況は分からないの。ただ母上の…学園長から、こんな手紙を内密に届けられたのよ」

そう言いながら、ユーフェミアAは懐に仕舞っていたメアリー学園長の手紙をルーチェルAに渡す。

「これは…」


~~~親愛なるユーフェミアAへ~~~


何から書けばいいのか分からないのですが、現在、メシア女学園が何者かによって乗っ取られようとしています。

この情報は私が信頼を置いている人物から聞いたものなので、間違いないと思います。

私はこれより、その信頼の置ける者と共に学園を乗っ取り者から阻止する為の計画を立てます。

ユーフェミアA、あなたたちクラスAは学園を乗っ取る際に邪魔な存在と見なされ、何者かがあなたたちの命を狙っている可能性も考えられます。

どうか、この事実をクラスAの皆に伝え、なるべく学園から遠い場所に避難してください。


それと、これは母親としてのお願いです。どうか、何があっても生きるのです。


母より

~~~~~~~~~~~~~~~~~


手紙の内容を読む限り、核心を付くような文章は見当たらなかった。

「この手紙を受け取った夜に、私たち全員の寝込みを同時に襲う者が現れたわ」

「クラスA全員を同時に狙ったのかい?」

ユーフェミアAの言葉にルーチェルAは目を細める。

「まぁ、私が操るメシア・フォーエバーマークで撃退しましたけど」

重苦しくなった店内を和ませるようにモーラAが無い胸を張るように立ち上がる。

「良く言うよ。ルームメイトのグランAが早く気付いたから何とか撃退できたんでしょ! モーラAは無防備なんだよ」

「そ、その日はちょっと訓練がハードだったので、疲れがあっただけですわ」

ローラAのツッコミに慌てて言い訳するミーアAは頬を膨らませる。それを正面席に座るサクラAは微笑を浮べたが、すぐに顔を引き締める。

「同様の事件が私たちも遭ったのだ。これは間違いなく何者かが我らクラスAを消そうとしていると思って間違いないだろう」

「その寝込みを襲われた直後に、タイミング良くレーナ教諭とヘブンリー提督と居合わせて説明したのです。すると、ヘブンリー提督の計らいもあり、私たちはメシア女学園を逃亡したのですわ」

おっとりとした口調のアリシアAが話を締め括るが、やはり今までの話しを全て聞いてもルーチェルAは思い抱いた違和感を払拭できなかった。

(一番引っ掛かるのは、メシア使いであるクラスAを誰が襲うのだろうか?)

現在ルーチェルAが思い付く限り、クラスQ以外に自分たちクラスAの暗殺を行う事は不可能に思える。

(それにヘブンリー提督と出会うタイミングが不自然な程に良過ぎる… 偶然と言ってしまえばそれまでなのだろうが…)

幾ら考えても真実まで辿り着けない疑問を抱いていると――キュルルルル……――とマイペースな性格のソフィアAがお腹を摩りながら窓から外を眺める。

「…お腹空いた。 ……んっ?」

「どうしたの、ソフィアA?」

外に何かを見つけた様子のソフィアAに釣られて隣に座るグランAも窓から外を眺める。

「幼い女の子が居るね」

続いてローラAも確認すると、皆も一斉に外を覗き込む。

「本当だ。モーラAよりも幼いんじゃないの?」

「失礼ですわね。私はあんなにお子様では無くてよ!」

モーラAとローラAが言い争いを行っていると、幼い女の子が店内に入って来た。

「あんな幼い子が一人で入店とは… 親は居ないのか?」

メリダから少し離れたこのプログレソという街は、スラム街が多く、あまり治安が良いとは言えない。

そんな街に幼女が一人で歩いている事がルーチェルAにはとても不自然な存在に見えて仕方が無かった。

そんなルーチェルAが入店して来た幼女を見るでもなく眺めていると、幼女は迷う事無くクラスAが座る席に向かって歩いて来た。

そして皆が座っている席に到着すると足を止め、屈託のない無邪気な笑みを浮かべる。

「最初にして、最終確認なんだけど… お姉ちゃんたちはクラスAだよね?」

まさか、自分たちに用事があって入店してきたとは誰もが想定しておらず、クラスAの間で妙な感覚が走る。

「…そうだけど、君は誰だい?」

皆を代表してルーチェルAが幼女に尋ねると「私、ロザミア!」と幼女は笑みを絶やさず元気良く自分の名前を答える。

「そうか、ロザミアちゃんか。それで、ロザミアちゃんはお姉さんたちに何か用かい?」

「うん、ロザミアね。これからお姉ちゃんたちを殺すんだよ!」

誰もが想像しなかった幼女の台詞に皆から動揺と戸惑いと疑問符が沸き起こる。

「あれ~。お姉ちゃんの聞き間違いかな~。もう一度、聞かせてくれるかな?」

困惑するローアAが改めて尋ねるが、ロザミアは笑みを崩す事無く再び答える。

「だから、ロザミアね、これからお姉ちゃんたちを一人の残らず皆殺しにするんだよ!」

再び幼女から残虐なセリフを聞いた瞬間、ルーチェルAはサラサQから聞いた話しを思い出す。

『私が知る限り、最強のメシア使いはロザミアQだ。彼女のメシア・ジェンティルドンナを見たら一目散に逃げる事を薦める』

目を見開き驚くルーチェルAはここで初めて幼女が右手に何かを引き摺りながら持っている物の存在に気付く――紫色に怪しく輝くL型の大鎌だ。

「離れろ! その子はクラスQだ!」

ルーチェルAの叫ぶ声が店内に響き渡ると、クラスAは一斉に席を立ち上がると各々のメシアを構える。

只ならぬ緊張感と静寂が店内を支配する。

「もうバレちゃった~。お姉ちゃん察しが良いね。いや、こんな大きなメシアを持っていたらすぐバレちゃうか~。アハハッ 失敗、失敗」

無邪気に笑うロザミアQは、自分の身体よりも大きくて見るからに重そうな大鎌を右手で軽々と持ち上げる。

「まぁ~、どっちでもいいよね。どうせ、これから死ぬんだからさ~」

今までの無邪気な笑みから不敵な笑みに変わったロザミアQは、右肩に担ぐ形で大鎌型のメシアを構える。

「彼女と交戦したら駄目だ! 早く店から出て、各々で散らばって逃げるんだ!」

こんなにもルーチェルAの危機迫る警告を初めて聞く他のクラスAは、各々の感覚で目の前に居る幼女が只者では無いと感知し、指示通りに素早く店を出る。

「ねぇ、知ってる? ロザミアね、鬼ごっこ得意なんだよ~」

消え去ったクラスAの姿を追ってロザイアQも店内から素早く外へと移動する。


「……もう良いか~い?」

ロザミアQの無邪気な問いに応える者は誰も居ない。

「そう、それじゃあ、狩っていくね~」

楽しそうに笑みを溢すロザミアQは大鎌を引き摺りながら、街に隠れたクラスAたちを探す為に歩き始める。


「ルーチェルA、あなたはあの子を知っているのですか?」

「いいや、全く知らないよ。ただ、サラサQから忠告を受けていてね。ロザミアQに出くわしたら一目散に逃げろって」

咄嗟に近くにあった建物の陰に隠れたユーフェミアAの問いにルーチェルAが小声で答える。

身体を隠しながら先ほどの喫茶店を覗き込むとロザミアQがこちらに向かって歩いて来ている姿が確認できた。

「あんなに幼い子が本当にクラスQなのですか?」

「いや~、僕も初対面で驚いている最中だよ。もっと大人で凶悪な雰囲気の女性を想像していたからね… でも、店内で聞いた彼女の台詞を覚えているだろ? あれで合致したんだよ。じゃなければ、不意を突かれて誰か殺されていたかもしれない」

「あまり強いようには見えませんが… あの容姿だと、この前、クラスA昇格試験を受けた受験生の方がまだ強そうに見えますわ」

「見た目で騙されてはダメって事だね。それにしても、僕たち2人だけか。後のクラスAはどういう組み合わせで逃げたのかな? 下手に相手をしなければ良いのだけれど…」

そんな心配をしている側から、ロザミアQの前に3人の灰桜色の制服を着た人影が立っていた。


「隠れる必要は無いですわ! こんなお子様は私ひとりで十分ですわ」

「ねぇモーラA、本当に良いのかな~。ルーチェルAの指示だよ」

「ローラAの言う通りだ。幼女とは言え、クラスQならば警戒するべき」

勝手にロザミアQの前に姿を現したモーラAをローラAとソフィアAが必死で嗜める。

「良いのよ! 私のメシア・フォーエバーマークで倒してみせますわ! 私はもう二度とクラスQなんかに負けられないの!」

モーラAは未だに完治していない左腕で持つ盾をロザミアQの前で威嚇するように構える。

「あははっ お姉ちゃん、そんな玩具で私を倒そうとしているの? 冗談だよね? ね?」

ロザミアQは目に涙を溜め込みながら腹を抱えて笑い転げる。

「何が可笑しいのですか! そんな余裕を見せていると痛い目に合いますわよ!」

威勢の良いモーラAの台詞を聞いたロザミアQは笑いを止めてムクリと起き上がる。

「へぇ~。本当に知らないんだ… まぁ良いや。それじゃあ、1番弱そうなお姉ちゃんから殺してあげるね」

ロザミアQは不敵な笑みと共に大鎌を大きな盾を構えているモーラA目掛けて振り下ろす。

――ガキンッ―――

ぶつかり合う金属音が鈍く鳴り響くと、一瞬の時間を置いて強力な風圧がモーラAを吹き飛ばされる。

「あれ~? 死ななかった」

不思議そうに首を傾げるロザミアQは振り下ろした大鎌の先を眺める。

すると、そこにはユーフェミアAの剣型メシア・マリアライトとミーアAの大剣型メシア・シャルール、更にサクラAの太刀型メシア・デンコウアンジュの3体でロザミアQが振り下ろした大鎌を辛うじて食い止めていた。

「すご~い! お姉ちゃんたち、そんな玩具でよくロザミアのジェンティルドンナを止めたね~… でも、大丈夫? みんな血塗れだよ~?」

ロザミアQの言う通り、大鎌をモーラAの寸前で食い止めたはずなのに、ユーフェミアA、ミーアA、サクラAの全身に無数の切り傷が付き、灰桜色の制服が無惨にも破れ、その合間から血が滲み出ていた。

――パンッパンッ!――

乾いた銃声音が響く。

「早く距離を取るんだ!」

ルーチェルAの銃型メシア・クイーンズリングの銃弾がロザミアQの足元に撃ち込まれると、ロザミアQは思わず後退する。その隙に吹き飛ばされたモーラAを回収したユーフェミアAたちは近くの工場内に隠れる。


「何を勝手な行動をしているのですか!」

ユーフェミアAの激怒した叫び声が廃墟した工場内に響き渡ると、叱られたモーラAだけでなく、近くに居たサクラAやミーアAも目を丸くして驚く。

「す、すみませんでした。でも、どうしてもクラスQには二度と負けたくなくて…」

「死んでしまったら、それこそ二度と勝てないですよ」

「…すみませんでした」

目に涙を溜めるモーラAを傷だらけの身体をしたユーフェミアAが強く抱きしめる。

「無事で良かった」

「感傷に浸るのは後だ。これから、どうする?」

外の様子を窓から窺っているサクラAがユーフェミアAに指示を乞う。

「先ほどの攻撃は恐らく彼女自身の本気とは程遠い… でも、私たちはこの有様… 極力の戦闘は避け、何とか皆で逃げる事だけを優先させましょう!」


「かくれんぼじゃなくて、鬼ごっこだったね~」

工場内に侵入したロザミアQの声が静かに響くと大きな足音を立てながら、徐々にユーフェミアAたちが隠れている柱まで歩み寄る。

――パンッ!パンッ!――

再び銃声が工場内に響くと、ロザミアQの足音が止まる。

「鬼さん、こっちだよ」

挑発するような口調でルーチェルAが場外に誘き寄せるが、ロザミアQは退屈そうに深い溜め息を吐く。

「なんかさ~、もう飽きちゃったな~」

そう言うと、ロザミアQは引き摺っていた大鎌を持ち上げ、器用な手付きでクルリと宙を一回転させた。

――ザザ… ザバーーーーンッ!――

派手な破壊音と共に、工場の上側だけがまるでハサミで切断されたように倒壊する。

「なんて出鱈目な…」

工場内に居たユーフェミアAたちは慌てて避難すると、散らばって逃げていたクラスA全員が再び集合する。

「はい、お姉ちゃんたち、みんな捕まえた~」

微笑みながら皆の前に現れたロザミアQは大鎌の柄の部分を地面に向かい強く叩き付けると、その途端に大鎌を中心にして、ロザミアQとクラスA全員を大きく囲むように黒い籠が現れる。

「なんだ、この黒い棒は!?」

「鳥籠だよ~。もうお姉ちゃんたちを逃がさないようにね~、ロザミア、お姉ちゃんたちを閉じ込めたんだよ~。賢いでしょう?」

楽しそうに微笑むロザミアQは改めて大鎌を構える。

「9対1だぞ? それでも余裕で私たちを倒すつもりなのか?」

未だに信じられない状況に困惑するサクラAに対し、ルーチェルAが冷静に状況を判断するように周囲を見渡す。

(鳥籠の半径は5メートル程か… でも、さっきの工場を倒壊させた大鎌の威力を考慮すると…逃げ場は無いか)

ルーチェルAは最善の作戦を考慮するが、何も思い付かない。

「兎に角、皆で防御するのです。あの鎌を一度でも食らったら、本当に死にますわよ!」

ユーフェミアAの命令に皆は強い意志を表情に浮かべ、深く頷く。

「さ~て、誰から殺そうかな~?」

ロザミアQは楽しそうに横一列に並んだクラスAを品定めするように眺める。

「まぁ、誰からでもいいか~。どうせ、皆仲良く死ぬんだからね~」

ロザミアQは不敵な笑みに変えると大鎌を振りまわしながら、勢い良くクラスAに向かい飛び掛かる。

「このまま正面から戦っても勝ち目は無い。こっちは数の利を生かそう」

この危機的状況下に置いて、今はルーチェルAの冷静な判断だけが頼りだ。

それはクラスAの皆が承知している。

「何か作戦でもあるのですか?」

ユーフェミアAの問いにルーチェルAは額に冷や汗を浮べる。

「作戦と言うには心許ないが、この危機的状況を脱せる可能性があるとすればユーフェミアA、君のメシアを最大限に活かすしかなさそうだ」

「私の… どうすればいいのですか?」

「クラスAの中で一番強力な攻撃を撃てるのは君だ。だから、僕たちが可能な限りの時間を稼ぐから、君はロザミアQの隙を突いて、必殺技で止めを射してくれよ」

「私が!?」

「飛攻型メシアのグランAとソフィアAは距離を取るんだ! 異なる方向から攻撃を仕掛けて相手の攻撃を遅らせて!」

驚くユーフェミアAを余所にルーチェルAはクラスA一人一人に適切な指示を出すと、グランAとソフィアAはルーチェルAの言う通りに弓型メシアを構えながら、ロザミアQを左右から挟み込むように回り込む。

「モーラAとローラAはユーフェミアAを防御するんだ。何があってもユーフェミアAを守り抜くんだよ!」

「了解ですわ!」

モーラAとローラAは自らの盾を構えユーフェミアAの前に立つ。

「アハハ! 最後の足掻きだね~。でもいいよ~、少しは楽しませてよ~」

皆でユーフェミアAを庇いながら交戦するが、ロザミアQは楽しそうに笑いながらクラスAの攻撃を鮮やかに交わし続ける。

「お姉ちゃんたち、なかなか粘るね~。そう言えば、クリス先生がよく言ってた。全力の相手には全力で相手しなさいって… それが礼儀? なんだってさ~」

そしてピタリと動きを止めたロザミアQは自ら持つ大鎌を天高く掲げる。

「ここまで粘ったお姉ちゃんにご褒美をあげるね」

「褒美だって? それは嬉しいね」

減らず口で挑発するルーチェルAに対し、ロザミアQは不敵な笑みを浮かべながら高らかに唱える。

「第1形態~神殺しのワルツ~」

ロザミアQの言葉に応えるように大鎌が紫色の輝きに包まれると、その中から黒い無数の触手が蠢きながら現れる。

「もう飽きちゃったし、ちょっと位は本気を出してあげた方が良いよね~」

独り言を呟くロザミアQの大鎌から現れた触手は獲物を定めようと動きを止める。

「この鳥籠に居るみんなを残らず突き刺しちゃえ~!」

ロザミアQの無邪気な命令に従うように無数の触手は迷う事無く四方八方に勢い良く伸びる。

一瞬の出来事だった。

何が起きたのか、理解できない者も居た。

だが、確実に黒い触手の全てが、散らばっていクラスA一人一人の心臓部分のみを見事に貫通させていた。

「はい、これでお仕事はお終~い!」

ロザミアQは皆を確実に殺したと思ったが、一人だけ攻撃を間逃れていた。

ユーフェミアAを襲っていた触手に対し、モーラAが自らの身体を呈して辛うじて防いでいた。

そんな光景を見て、今まで無邪気な笑みを浮かべていたロザミアQが急に醒めた表情に変わった。

「へぇ~、凄いね、お姉ちゃん」

ボソリと呟いたロザミアQとは対照的にユーフェミアAは慌ててモーラAの元に駆け寄る。

「何故ですか、モーラA!?」

叫びながら問い掛けるユーフェミアAを優しい眼差しで見つめるモーラAは何も言い返す事無くその場で崩れ落ちる。

「………」

モーラAを抱え上げたユーフェミアAの腕には温かい液体が滲む感触が伝わる。

その後、モーラAの口から吐血が流れると、周囲に居たユーフェミアA以外のクラスAは胸から大量の赤黒い血を噴き出しながら倒れる。

鳥籠の中は一瞬にして血の海に染まる。

「あ、あ、あーーーーーーー!」

仲間たちの返り血を浴びながら、赤く染まるユーフェミアAは泣き叫ぶ。

そして怒りと悲しみと自分が隠し持っていた本能に従い、ユーフェミアAは長剣型を強く握り、ロザイアQに向けて構える。

「お前だけは、絶対に許さない!」

「許してくれなくて良いよ~。どうせ、お姉ちゃんも死ぬんだから…」

そんなロザミアQの台詞も聞こえない程に、ユーフェミアAは正気を失っていた。

「紅蓮の劫火!」

怒りに任せた叫び声はいつも以上にユーフェミアAの全身に炎を燃え上がらせていた。

「へぇ~、その玩具はそんな事が出来るんだ~」

感心したように微笑むロザミアQに対し、ユーフェミアAは全ての炎を自らの長剣に宿すように念じる。

「今日まで行ってきた鍛錬の成果を、今ここに… 炎竜の放火――!」

ユーフェミアAの怒りをそのまま具現化したように炎を纏った長剣から竜が現れる。

そんな炎竜と共にロザミアQに向かい斬りかかる。

「これが… お姉ちゃんの本気なの~?」

襲い掛かって来た炎竜に対し、ロザミアQは持っていた大鎌を一振りすると、呆気なく炎竜は真っ二つに割れて消滅する。

「そ、そんな…」

ユーフェミアA最大にして渾身の一撃だったにも関わらず、意図も容易く掻き消されてしまった。

心が完全に折れたユーフェミアAは体力も底を尽きてしまい、纏っていた炎も消え去るとその場で倒れ込む。

「後悔は無いよね~?」

倒れているユーフェミアAの近くに歩み寄るロザミアQは嬉しそうに大鎌を高く掲げる。

(私の人生も呆気ないものでしたね…)

死を覚悟したユーフェミアAは今までの人生を走馬灯のように巡らせながら思い出す。家族の事や学園の事。そして無惨に殺されたクラスAの事…

「みんな、ゴメンなさい。こんな弱いリーダーに従ったばかりに…」

悔しさよりも申し訳ない気持ちの方が強かった――ユーフェミアAの目に浮かぶ涙は、死んだクラスAに対する謝罪の念で支配されていた。

「それじゃあね。バイバ~イ」

覚悟を決め、目を閉じているユーフェミアAに向かい、ロザミアQは勢い良く大鎌を振り下ろす。

――カキンッ!――

金属同士がぶつかり合う音が甲高く鳴り響く。

予想外の音にユーフェミアAが驚きながら目を開くと、そこには琥珀色の刀がロザミアQの大鎌を食い止めている光景があった。

「その刀… サラサお姉ちゃん!」

「遅れて、すまない」

間一髪でロザミアQの大鎌を食い止めるサラサQが悔しそうな表情でユーフェミアAに謝罪する。

「…なんで、こんな所にサラサお姉ちゃんが居るの?」

ロザミアQはあからさまに不満そうな表情を浮かべながら周囲を見渡す。すると、黒い鳥籠の一か所だけ綺麗に破られた跡を発見する。

「ミリアリアお姉ちゃんから、ロザミアが何やら面白そうな遊びをしていると聞いてね」

「ふ~ん… それでミリアリアお姉ちゃんはどうしたの?」

「お前の大好きなマギーお姉ちゃんと遊んでいるよ」

「マギーお姉ちゃんと!?」

マギーQの名前を聞いた瞬間、ロザミアQの表情が徐々に曇り出す。

「ミリアリアお姉ちゃんはそんな事を言ってなかった!」

「だろうな。お前のマギー好きには周囲の私たちが手を焼くほどだったからな。あえて言わなかったのだろうさ」

サラサQは琥珀色の刀で大鎌を跳ね除けると、ロザミアQの身体が軽く吹き飛ばされる。

「でもレミーお姉ちゃんも一緒だったでしょ? まさか2人を同時に相手しているの?」

「そうだ。お前の好きなマギーお姉ちゃんだったら、容易い事だろ?」

「ふふふ… それもそうだね。でも困ったな~。サラサお姉ちゃんに関しては何の指示も出てないから下手に手は出せないよ~ 殺してもいいのかな~?」

そう言いつつもロザミアQは困った表情を浮べながら大鎌を構え、戦闘態勢を取っていた。

「ロザミアはまだ小さいんだから、早く宿舎に戻って寝んねしてな!」

サラサQの挑発にロザミアQは目を見開き顔を歪める。

「それ、ロザミアの前では禁句だよ?」

「…知っているよ」


――しばらくの沈黙――


一瞬にして2人の姿が消える。

「何が… 起きているの?」

ユーフェミアAの肉眼に二人の戦闘シーンは全く見えなかった。

(これがクラスQ同士の戦いなの…)

時より聞こえる衝撃音と風圧だけが2人が戦っている事を辛うじて証明している。

自分は何もできない。そんな非力さを感じつつ、サラサQの無事を祈る事しか出来ない。

そんなユーフェミアAの願いが叶ったのか、戦闘は唐突にして終焉を迎える。

「そこまでよ、ロザミア」

ユーフェミアAの聞いた事の無い女の声が聞こえると、今まで肉眼で追えない程の速さで戦っていた2人の動きが止まると揃って女の声が聞こえた方を向く。

「ミリアリアお姉ちゃん。何でここに?」

「撤退ですわ」

残念そうな表情で告げるミリアリアQに対し、ロザミアQは驚きつつも大きく首を左右に振る。

「嫌だよ。サラサお姉ちゃんがロザミアの前で言っちゃいけない事を言ったんだ。だから、お仕置きをしないといけないんだよ」

「ヘブンリー提督の命令ですわよ」

そんなミリアリアQの言葉を聞いた瞬間、ロザミアQは顔を曇らせる。

「……分かったよ」

不満そうな表情を浮かべるものの、大鎌を下ろし戦闘の構えを解除する。

そんなロザミアQを見て、サラサQも自らのメシアを下ろす。

ロザミアQがミリアリアQの元まで戻ると、それを見ながらミリアリアQがサラサQに問う。

「それでサラサQ、あなたはどうするの。私たちと一緒に戻る気はないの? もしも、このままマギーQと共に歩むのであれば、今後クラスQは愚か、この西アメスト共和国全体を敵に回す事を意味するのですよ」

「だろうな。だが…」

そう言いながらサラサQは無惨に殺されたクラスAの遺体を見渡す。

「お前たちがこれから歩む末路がこんな地獄だとすれば、私は全力で止めなければならない」

そんなサラサQの返答にミリアリアQは肩を竦める。

「あなたらしくない。私の知るサラサQは他人に無関心で自分にも無関心。メシアを振りまわしながら、TVと戯れている時だけが安らげる時間だろと思っていた… そんなあなたが、何故にクラスAやリーダーに肩入れするのですか?」

ミリアリアQの問いに、サラサQは微笑を浮べながら、ルーチェルAたちと旅をしたこの数日間を思い出す。そしてユーフェミアAと初めて出会った日の事やモーラAと試合をした事を思い出した… 

どの出来事も今までのサラサQの人生には無かった他人との触れ合いで、新鮮な気持ちに触れ、戸惑いを感じていたのだが――

「…何故だろうな。私も所詮は人間だったという事かな」

サラサQの言葉にミリアリアQは再び肩を竦める。

「訳が分かりませんわ。まぁ、良いでしょう。あなたの事もヘブンリー提督に知らせておきます。今度会う時は敵としてお会いするのでしょうね。ご機嫌よう」

「バイバ~イ」

上品にお辞儀をするミリアリアQと無邪気に大きく手を振るロザミアQは一瞬にして姿を眩ませた。

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