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Angles-アングルスー  作者: 朝紀革命
13/14

独裁宣言

ルーシーが失踪して3週間が過ぎようとしていた。


ルーシーがカナダ側の暗黒壁に現れる所までの映像は残っていたが、その後の様子を捉えた物は無かった。

しかし、その時ヘリコプターに搭乗していたパイロットの証言によると、ルーシーは空から降りて来た何者かと交戦した後に眩い光と共に姿を消したという。

そんなニュースが世界中に報道されていた。


――メシア使いであるルーシーが一体、何者と戦ったのか?


大衆が真っ先に思い浮かべた人物が大谷ミナミだった。

しかし同時刻、大谷ミナミはドイツ研究所の郊外で行われていたメシア強奪事件で犠牲になった者を偲ぶ式典に参加しているアリバイがあり、大谷ミナミ説は完全に否定される。

ならばと、次に挙げられた仮説が第3のメシア使いが現れた可能性だった。

しかし、ルーシーが失踪してこの3週間で新たなメシア使いに関する声明などは、どの国、どの組織からも未だに出されておらず、その可能性は一旦、仮説のまま議論を終結させたのだが――

何にしてもルーシーを失った事実に変わりは無かった。

そんな状況下で尤も窮地の立たされたのは間違いなくアメリカだった。

戦争の要としても、外交においても最強のカードだったルーシーを予期せぬ形で失ってしまったアメリカ政府は緊急に各官僚をイギリスのアメリカ大使館に収集させると、今後の方針を決める戦略会議が開かれる事となった。

まず議題に挙がったのが、先日のロシアが日本に対して威嚇をした際に、アメリカ政府として全く対応しなかった失態についてだった。

「これは不味かったですね。脅しとは言え、最低限の配慮というか、行動を日本側に見せておけばまともな言い訳も出来たのですが…」

「今更、何を言っても過ぎた事だ。それよりも早急にローリン在日大使にトップ会談の段取りを着けさせろ。相手は日本国では無い。大谷ミナミだ」

ビル国務長官は苛立ちを隠さず指示を出す。そんな態度にジョージ・ジャクソン大統領は顔を曇らせ目を閉じる。

重々しい空気が支配する会議室では必要以上に沈黙が流れていた――

次の議題では今後のモスクワ有効利用について話し合われ、軍事施設または補給施設などの設置が検討された。

しかし、ルーシーを失った状況を考えると、ロシア軍が再びモスクワの奪還作戦を企てる事も充分にあり得るという見解も出された。

様々な意見や憶測が出されたものの、やはり最終的には大谷ミナミ次第で戦局が随分と変化してしまう事だけが確認されるに留まり、有効で具体的な提案が出されないまま戦略会議は閉会した。


その翌日、ビル国務長官の指示に従い、ローリン在日大使は多くの報道陣が待ち構えている国会に向かい、日本の野津田官房副長官と直接会い、今後のトップ会談に向けての日程調整に入るのだが――

「ミスター・ローリン。恐らくトップ会談の日程は少し待った方が得策ですよ。何せ、今の日本の表向きのリーダーである田中総理大臣は、政治に全く興味が無いまま一気にトップまで昇り積めてしまった、ある意味で可哀そうなお方だ。彼と会談を行った所で有意義なものにはならないでしょう」

そう前置きした野津田副官房長官は自虐的な笑みを浮かべ「これは、まだ内密な話しなのですが…」と強調した後に告げる。

「来月初旬に開かれる特別国会で、政権与党の青い平和党の党首である大谷ミナミ氏を実質的な総理大臣にする為の新法案が提出されます。少々強引な法案ですが、この世界情勢に置いては仕方が無いと、恐らく国会の3分の2以上の賛成多数で受理させる見込みです。なので、その後で日米トップ会談の日程調整を行っても遅くは無いと思います」

そんな野津田官房副長官の笑みには、100%本位では無いが仕方が無い部分も多く占めている。そんな複雑な感情がローリン在日大使にも痛いほど伝わってきた。

「分かりました。大統領には時期早々だと伝えておきます」

2人は社交辞令以外の感情を持たない握手を交わし、日程調整は失敗に終わる。


その頃、世界では新たなメシア使いが本当に存在しないのか、と様々な国が様々な手法で血眼になって捜す現象が起きていた。

中には『自分はメシア使いだ!』と自ら名乗り出ては、警護や防衛、酷い時には研究協力などの名目で企業や個人に向けて巨額な資金をだまし取る“メシア詐欺”と呼ばれる事件が続出し、多くの偽メシア使いが逮捕された。

しかしというか、やはりというか、現状で本物のメシア使いは大谷ミナミ以外に見つからなかった。

そんな世界を背景に大谷ミナミの人気は好調を維持し続いていた。それどころか、人気は更に上昇している。

その人気に繋がっている大きな要因としてルーシーが居なくなった事が挙げられる。その事実を言い換えれば、世界で唯一のメシア使いという希少感が大衆には魅力的に感じているように見られる。

そして詐欺被害が出てしまう程のメシア人気は様々な関連グッズや映像関連のコンテンツで溢れ、全世界でメシア・ブームと呼ばれる現象が沸き起きていた。

その流れを受けて、日本国内での大谷ミナミが立ち上げた政党・青い平和党の支持率は脅威の89%を獲得していた。


一方、ロシア政府は先の戦争で疲弊した戦力を再び整える為に一度は中国国境付近まで後退していた。

しかし今回のルーシー失踪報道を受けると保守的だった方針から一転、徐々に西側に向けてロシア領土の奪還作戦を密かに開始する。

だが、ロシアの上層部には奪還作戦を決行するに当たり気掛かりな存在がある。もちろん日本政府だ。もっと正確に言えば大谷ミナミの存在だ。

彼女の機嫌を損なうような行為はこの先の戦局において、かなり不利な立場に追いやられてしまうのは火を見るより明らかだった。

それに加え、先の戦争では日本に対し、威嚇行為を行った事は紛れもない事実。

どんなに『結果的に日本領土には何の被害も危害も加えていない』と強く主張した所で、威嚇行為そのものが非難され、決して許されるものではないだろう。

――その事を大谷ミナミはどう思っているのか?

ロシア政府の閣僚たちは大谷ミナミの真意を確かめたい所だった。その上で、早急な日露関係の改善に努めなければならなかった。

そんなロシア政府は、まずロシア在日大使を官邸に向かわせると日本政府に対しトップ会談を申し込む事にした。

しかし、結果は先日アメリカ政府が辿った末路と全く同じだった。皮肉な事に、戦争を行っている当人同士の間で共通の認識が芽生えていた。

“大谷ミナミを敵に回したら国が滅びる”

ただ、その認識はアメリカ、ロシアだけに限った事では無く、既に全世界の共通認識となっていた。

その証拠に、ルーシーが失踪した一報が世界中を駆け抜けた直後から、各国の政界人や経済界のトップクラスから、まだ総理大臣に就任していないにも関わらず大谷ミナミ個人への会談申請が後を絶えず、青い平和党の党本部事務所の電話が鳴り止まない状態が続いた。

「サウジアラビア国王陛下からの会談要請がありましたが、来月の4日辺りでどうですか?」

「その日はカナダ政府の方と食事会じゃなかったかしら?」

「はい。ですので、その前に空いている15分間を使うのはどうでしょう?」

「流石に国王陛下を相手に、たった15分だけの会談なんて失礼でしょう。後で、改めて時間調整しましょう」

そんな具合で大谷ミナミと秘書の間では、常にスケジュールの調整に関する会話が行われていた。電子手帳のカレンダー欄には分刻みのスケジュールと夥しい数の件数でびっしりと占拠していた。

「はぁ~」

自然と漏れる溜め息の数が、波の数を超えてしまった。そんな錯覚に陥ってしまう程の溜め息について、大谷ミナミは自分と幸せの距離を更に遠ざけている気がしてならなかった。

――私は何をしているのだろう?

束の間に出来た空白の時間、大谷ミナミはふと冷静になって今の自分が置かれている状況を客観的に眺める。

各国のお偉いさんと会談やら食事会やらと無駄に慌ただしいだけの毎日。

そんな追われる仕事の内容は、国益という名の本音を包み隠した世界平和を装う笑顔たちの子守りみたいなものだった。

ハロウィンに飾られるパンプキンみたいな乾いた笑みに対し、自分もまた北極の氷で造られた彫刻の笑いを浮べながら固い握手を交わす。

そんな剥製みたいな姿を、嬉しそうにカメラを構えた各国の報道陣たちが大量のフラッシュを浴びせ続ける……茶番劇以外の言葉が思い浮かばない。

――何だ、コレ?

思わず、本音が漏れそうになる。

しかし、喉まで出掛かった言葉を必死で飲み込む。

全ては世界平和の為だ。

――自分が誰かの味方になれば、それは同時に誰かの敵になってしまう。

メシア使いを敵に回した相手は怯えて何もしないだろうか? いや、最悪の場合も想定しなければならない。

ならば、自棄になった国の代表が独裁政治に走り無駄な破壊行為に及ぶ可能性も視野に入れなければならない。

ならば、皆と平等に手を取り合って、偽りでも、綺麗事でも構わないから平和を分かち合おうじゃないか。

下らない戦争で、何の罪も無い命が散るよりは随分とマシだろう。

私の造り笑いで世界平和が続くのならば安いものだ。私は喜んで、死ぬまで笑みを絶やさない覚悟だ………

しかし、そんな大谷ミナミの覚悟とは裏腹に、世界の水面下では既に争いを掻き立てる火種が燻ぶっていた。

その火種は意外にも国家組織では無く、一般企業の定例会見が火元となった。

軍事産業において、アメリカ発(現イギリス本社)の最大手ニューテイラー・コーポレーションは日独共同開発をした最新兵器・ゼロスの製造及び販売の権利を獲得した事を発表する。

同時に、新規事業になるゼロス生産に伴い巨大な新規プラント建設の計画も発表した。

その会見で火種に繋がる懸念というのが、新規プラント建設予定地である土地というのがウラル山脈の僅か西にある商業都市・ペルミ地方だという案件だった。

ペルミ地方は先の戦争でロシアからアメリカが強奪した土地だった。

何の合意も無く勝手に自分たちの土地を売却されたとして、ロシア政府はアメリカ政府に激しく抗議すると同時に国連に対しても、第3機関による国際裁判を行う手続きに入る。

そこまで強く抗議する理由には自分たちの領土を勝手に売却された事もあるが、それ以上に懸念しているのが、最新兵器・ゼロスを自国で生産させられる行為そのものにあった。

もしも再び戦争になった場合にペルミ地方という立地を考えた時、ロシアの主要都市に配給され易いルートになっている。

そんな好立地に差新兵器・ゼロスを製造・運送される事となれば、ロシアからすれば戦局はより不利な状況に陥ると強く懸念した。


同時期、戦争の被害で兵士の人材不足に陥っていたロシア政府は軍事強化を端的に行う為に禁断の果実に手を伸ばす。

それはAI搭載兵器だった――

今から随分と遡ること2020年代。AIに関する研究開発はピークを迎え、様々な分野で製品化され社会に進出していた。

特に日本では人材不足で深刻だった介護医療や製造業の分野で活躍し、当時からAI技術は既に無くてはならない存在となっていた。

更に宅配業務に置いても無人運転を行う自動車や空路から宅配するAI搭載の自動運転型小型飛行機、通称ドローンが世の中に普及していた。

そんな時代背景の中である事件が起こる。

特別なプログラムが組まれたAIを搭載した掌サイズの小型ドローンが10グラム程の火薬を乗せて国際会議が行われていた会場で自爆し、会議に参加していた政治家が犠牲となった。

後日、テロリストが声明を発表し小型ドローンの脅威を世界中に示してしまった。

その事件を機に、AI操作による兵器の製造に関する規約に強い制限を設ける議論が始まった。

最終的に、非人道的観念から国連で、AI搭載兵器の全面的な研究・開発を禁ずる“無感情兵器廃絶条約”通称・反AI法が制定された。

そんな経緯を受けた世界は、戦争を行う際においても人間が直接兵器を扱わなければならなくなり、戦争=人間が大量に死ぬという本来の抑止力を維持し続けるという何とも皮肉な構図が出来上がっていた。


話は戻り、今から数ヶ月前。

AI機能を搭載する介護ロボを製造するメ―カ―の㈱コトブキ社がAIに関するデータを不正アクセスにより何者かに盗まれた事を発表する。

当初はメシアに関するニュースが優先されていた為、然程取り上げられなかったニュースだった。

その後、事件は解決しないまま現在に至っているのだが――実際にはロシア政府が勧誘していた。


ロシア政府はコトブキ社から入手したAIデータを基に禁断の兵器であるAI搭載型の戦闘機と小型ドローンを開発する。

兵士の人材不足をAIで補充し、再び戦争を行う準備を徐々に整えていた。


そして――


ペルミ地方ではニューテイラー・コーポレーションが会見で発表した通り、新規プラントの着工に取り掛かろうとしていた。

そんな工事現場では地元ロシア住民たちの抗議デモが行われ、それを抑えるアメリカの警備員との間で小競り合いが連日のように行われていた。

そんな些細な摩擦だけで充分過ぎる程に、世界には目に見えない人間の感情という名の弾薬で溢れていた。


そんなある日、恐れていた事件が勃発する。


威嚇のつもりで発砲したアメリカ人警備員の拳銃が誤って、抗議デモ団体の代表の頭を撃ち抜いてしまった。

その事件を発端に一心即発だった両者の緊張の糸は切れ、感情の嵐に掻き立てられた群衆は一気に暴徒化し、流血の乱闘が勃発する。

双方共に多くの死傷者を出した大惨事に対し、ロシア政府は秘密裏に開発していたアメリカ人だけを標的にするプログラムを組み込んだAIと殺傷能力のある小銃を搭載したドローンを大量に放つ。

すると、ものの数時間でアメリカ側の警備員だけでなく工事現場に居合わせた54名のアメリカ人も全て射殺する。

その事件はアメリカだけでなく、世界各国で避難を浴びる事となり、今まで友軍だった中国も今回ばかりは非難声明を発表する運びとなった。

必然的な流れは誰にも止められるものではなかった。

事件後すぐに両国はお互いの軍を現地に向かわせる運びとなり、またしても戦争の匂いが徐々に薫り出す。

それはとても切なく、血生臭く、幾ら嗅いでも決して慣れる事の出来ない、古くから絶え間なく続く悪臭だった。

――国にばかり気を取られていた代償にしては大き過ぎる。それほどまでに世界平和を維持する事は困難なの?

日本で生活していた時には全く意識しなかったけれど、平和って奴は思っていた以上に気難しい性格をしているようね。

まるで自分の造り笑いを見抜いたように、或いは愛想を付かせたように、世界平和は大谷ミナミの支えていた両手の指と指の間に出来た僅かな隙を縫って零れ落ちる。


その事件から1週間後には、ウラル山脈を間に挟み、東側にロシア軍、西側にアメリカ軍の各々が集結していた。

再び開戦される準備をすっかり整えていた。

そんな両国の政府トップは日本政府に対し、戦闘への参加要請を出すとその見返りとして日本に巨額の経済支援の約束を提示する。


そんな要請に対し、日本政府は早急な対応を迫られていた。

国会では緊急特別本会議が開かれ、予定されていた新法案を通し大谷ミナミを正式に総理大臣に就任させると直ちに新内閣を発足させた。

その翌日には閣僚会議が開かれ、米露戦争に関して日本の立場が話し合われた。

今回の新内閣は大谷ミナミの新総理大臣以外のポストはそのまま留任する形となった。

その為、各大臣の立場や考えも把握していた。その上で大谷ミナミは自分の意見を述べる。

「今回の火種を紐解くと元はアメリカが強奪した土地を勝手に売買した件が発端となっている事は疑う余地がありません。

しかし、AI搭載兵器の使用したロシア政府の非人道的な行為は決して許されるものではありません。

何より国連で禁じられた兵器。今回はどう判断してもロシア側に非があると言わざるを得ない結論に反論は無いでしょう」

そんな大谷ミナミの考えに反論する閣僚は居なかった。そんな沈黙の賛成を示す会議室で大谷ミナミは話しを続ける。

「だとしても、本当にアメリカ側へ協力しても良いのでしょうか?

メシア使いの戦闘力はある意味で一国の軍隊よりも強力だという事は、もはや皆さんもご存じだと思います。

仮に私の真上から核爆弾を投下されても着弾する前にスノードラゴンが瞬時に凍らせるでしょう。また仮に四方から同時に大量の弾丸を浴びせられても、やはりスノードラゴンが周囲に分厚い氷の防護壁を生成して防いでしまうでしょう。

そんな化け物みたいな私を敵に廻した大国・ロシアが大人しく敗戦を認めるとは考え辛い…そうなると、その後の戦争は長期化に繋がり多くの犠牲者が出てしまう懸念は拭えない」

自らの苦悩を曝け出す大谷ミナミに対し、会議室に居る皆が黙って耳を傾けていた。

しかし、耐え難くなった周囲を代表する様に官房長官がすっと立ち上がる。

「総理、少なくともこの会議室に居る我々は大谷総理の意向に従います。そして、その総意は恐らく国民の多くも指示して貰える事と思われます。どうか、大谷総理の後悔が残らない選択を下してください」

そんな官房長官の意見に皆も黙って頷く。そんな光景を見て、大谷ミナミの意思は強く固まった。

「皆さん…ありがとうございます」


結局、日本政府はアメリカ、ロシアのどちらに付くのか、明言を避けた。

そんな曖昧な状態のまま、大谷ミナミはカザフスタンのアスタナ国際航空に到着する。

待ち受けていた多くの報道陣を尻目に黒いスーツ姿のSPに囲まれる大谷ミナミは颯爽と国際線のロビーを通り抜け、政治家専用のラウンジへと向かう。

「ミナミ! こっちよ!」

重々しい空気を吹き飛ばすようにアニカの陽気な声がラウンジに響く。

総理大臣になっても変わらぬアニカの態度に大谷ミナミは安堵する。

「あなた、私と会う度に偉くなってない? 本当に同じ歳なのかしら」

「そうね。精神年齢だと私の方が30歳位上かもね」

そんな冗談を交わし合いながら軽く抱擁を交わす。

「今回は本当に時間が無いらしいから、早速だけど約束の物を専用滑走路に手配してあるわ」

「ありがとう。ドイツ政府にも近いうち正式なお礼を言っておくわ」

「他ならぬ大谷ミナミ様のお願いよ、今なら世界中の誰でも喜んであなたの言う事を聞くわよ…それよりも大丈夫なの?」

「大丈夫よ。私が関与すれば戦争なんて一瞬で終わらせられる。そして双方に戦争なんて愚かな行為だと改めさせるわ」

「そうじゃなくて、あなたの方よ。メシアを大規模に扱うのは今回が初めてなんでしょ? あなたの身体に及ぶ影響は不明なのよね?」

「まぁね。でも研究の際にモニタリングした数値だと問題なかったわ。帰ってきたら、美味しい芋羊羹を準備しておいて。一緒に食べましょう」

造り笑いにも似た笑顔を残した大谷ミナミは強い足取りで専用滑走路に向かう。

もっと会話をしたいアニカだったが、この続きは帰ってからすれば良い。戦場に向かう友人の背中を何も言わずに見送った。


専用滑走路には迷彩柄をした軍用輸送ヘリが待機していた。スーツの上から白いダウンジャケットを羽織った大谷ミナミはドイツ軍の兵士に誘導されながらヘリに乗り込む。

「アニカさんから聞きましたが、本当に良いのですか?」

銀色のヘルメット被った兵士が心配そうに尋ねる。

「えぇ、大丈夫よ。あなたたちは私をウラル山脈の真下で投下した後、なるべく高い高度を保ったままですぐに帰還しなさい。それだけで今回の戦争は終わりよ。それよりも映像配信の手配は大丈夫?」

「はい。カメラを搭載したドローンをあなたが投下した直後に飛ばします。追尾機能が付いているのであなたの様子は逐一、世界に向けて配信されるはずですよ」

「分かったわ。それで充分よ」

大谷ミナミの意図している部分が全く理解できていない兵士だったが、一国の代表者の指示に逆らう選択肢はなかった。

兵士は大谷ミナミを後部座席に座らせ、安全ベルトを着用させると速やかに操縦席へと移動する。

「それじゃあ、出発します」

兵士の言葉と同時にヘリのプロペラが徐々に回転を始める。

「そういえば、避難の方は進んでいるのかしら?」

日本政府は輸送ヘリの手配と同時に、ドイツ軍と友好国軍の協力を得て、戦争とは関係の無いウラル山脈周辺に住む民間人たちを遠くに避難させるように要請を出していた。

「民間人の避難は既に完了しています。後はあなたをウラル山脈に届ければ、日本政府の要請は全て終えます」

「そう、ありがとう」

プロペラの高速回転が安定した所で徐々にヘリが上昇を始め、灰色に覆われた空へと飛び立つ。

――本当はメシアなんて使わなくても、人は分かり合えるはずなのに… でも、メシアを使うからには最大限利用させて貰うわ。もう二度とメシアを使わなくて済む世界にする為…

大谷ミナミは腰に提げたメシア・スノードラゴンを握りしめ、覚悟を決める。

「ウラル山脈頂上付近に到着しました」

運転をオート機能に切り替えた兵士が再び後部座席に移動すると、大谷ミナミの身体を固定していた安全ベルトを解除する。

「本当に良いんですね?」

改めて尋ねる兵士に対し、大谷ミナミは黙って頷く。

それを確認した兵士はスライド式の扉を勢いよく開く。

その途端、機内にはシベリアを支配する亡霊のような凍て付く風が吹き荒れる。

吹雪に立ち向かう様に扉に向かった大谷ミナミは目を閉じて精神を集中させる。そして一呼吸置いて、腰に提げているスノードラゴンを抜刀する。

「この一手が未来永劫の世界平和へ繋がる礎になる事を願って。メシア・スノードラゴン!」

高らかに掲げた直後にスノードラゴンが眩い輝きを放ち出す。

「行くわよ!」

固い決意を胸に大谷ミナミはヘリから躊躇うことなく飛び降りた。

それを確認した兵士も手筈通りにカメラを搭載したドローンをヘリから投下する。


上空は厚い雲に覆われ、ウラル山脈を肉眼で確認する事は出来なかった。まるで灰色の海原を沈んでいるように思えた。

落下の最中、冷気は全く感じられなかった。寧ろ、メシアを発動させた瞬間から体温は徐々に上昇しているようで、頬から僅かな火照りを感じる。

不思議な感覚だ。恐怖心は無く、それよりも解放感で充実している。目を閉じれば呻き声に似た不気味な音が聞こえてくる。

それはまるで、過去の戦争で散った亡霊たちが語る夢の続きか、または死神たちの食事を知らせる号令なのか――

地上まで残り数百メートルの地位で厚い雲が掻き分けられていくと、徐々にウラル山脈の輪郭が姿を現す。

頭から真っ逆さまに落ちている大谷ミナミはウラル山脈に向けてスノードラゴンの刃先を向ける。

そして――

一瞬の出来事だった。

大谷ミナミがウラル山脈の麓に着陸した途端、山頂に突き刺さったメシア・スノードラゴンを中心に半径1000kmという広範囲に完全なる氷の世界へと誘い、ウラル山脈の東西に分かれていた両軍の主力部隊は完全に氷漬けとなり、これ以上の戦闘は不可能となった。

ウラル山脈の頂上から眺める景色は崇高なる静寂の叫びか、或いは孤独な獣の涙か。

大谷ミナミは後方から追って来ていたカメラを搭載したドローンに向かい高らかに宣言する。

「この先、この世界で戦争を行いたければ、まず私を殺しなさい。この世界の平和に関する全ての権限は私が掌握する!」

自らの覚悟を独裁宣言に変えて、世界中に発信した。



――幼い頃から晴天が嫌いだった。

太陽に照らされた全てものを輝いて魅せるから。

そして輝く全ての物が嘘だという事を知っていたから。

私は嘘付きが嫌いだ。

だから、今の私も嫌いだ。

それは、あの頃の自分に嫌われる事を意味する。

「それが大人だ」と言い訳すれば、きっとあの頃の私は泣いてしまう。

私は誰も泣かせたくない。

だから、情けない言い訳はしない。

正面から私は私に嫌われよう。

そして世界に嫌われよう。

それで世界が少しでも平和になるのであれば、喜んで私は世界に嫌われよう。

その考えが間違っていると思われても、笑い飛ばして突き進もう。

そうすれば、あの頃の私も少しは笑ってくれるだろう。

最低だけれど、最悪では無い。

きっと明日も晴天だろう。

きっとお母さんも褒めてくれる。

きっと笑いながら死ねるだろう……


今の人間を止めなければ、本当の人間に辿り着けない。

本当の人間に辿り着かなければ、争いの連鎖を断つ事は永遠に出来ない。


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