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Angles-アングルスー  作者: 朝紀革命
10/14

世界の中心が1つとは限らない世界で…

日本は難しい決断を迫られていた。

それはイギリスと新たな同盟を結んだ暫定アメリカ政府が日本もその同盟への加入を要請してきた。

しかしタイミングを狙ってか、ドイツ・ロシア・中国の連合軍からも同じように協力要請をしてきたのだ。

長きに渡る日米同盟は今日までの日本の平和を守って来た象徴として歴史が証明している。

その一方で、現在のドイツとは官民一体となり、ゼロスの共同研究を長きに渡り行ってきた友好国であり、膨大な機密情報も共有している関係だ。

更に、地理的な観点から考慮すると中国やロシアと近い場所にある日本にとって、どちら側に付いてもそれなりのメリットとデメリットが伴う選択になる。

何より政治的な判断を下した所で、双方が欲しているのは日本政府の協力では無く“大谷ミナミ”と彼女が操るメシアだという事実は日本政府も重々に理解していた。

本人の本意とは関係なく、時の人となってしまった大谷ミナミの行動や言動に世間は嫌でも注目してしまう。

その為、多くのマスコミ関係者も大谷ミナミが何か行動する度に同行するように付き纏う状態となっていた。まるでセレブなハリウッドスターの気分だ。


メシアを発動させた翌日から大谷ミナミの業務は多忙を極めていた。

それは発動するはずの無いメシアが発動してしまった要因とメシアに関する更なる詳しい研究に駆り出されていたからだ。

事件から半年以上も経ったが、保管庫にはメシア・スノードラゴンが放った氷の世界は融ける兆しを見せないままだった。

氷の成分を分析したが100%純水という事だけが解った。それを証明するように今も黒装束を氷漬けにしている氷は、まるでガラスケースの様に濁りの無い透明感を保ち続けていた。

もちろん素手で触れたら、その瞬間に重度な凍傷を負ってしまう程の低温を保ち、その影響から東京研究所内で働く研究者たちは、まだ10月の中旬だというのに南極探検をする冒険者のような厚手の服装を着るなどの防寒対策をしなければならない状況となっていた。


久々に研究業務から解放された大谷ミナミは東京研究所の中央部にある中庭を見るでもなく眺めていた。

午前8時34分。

誰も居ない中庭は静寂に包まれ、雲ひとつ無い秋晴れの日差しを存分に浴び、とても美しく輝いて見えた。そのせいなのか、中庭が自分を呼んでいる気がしてならなかった。

そんな中庭に誘われるまま出入口の扉を開いた。その途端、何処からともなくキンモクセイの甘い香りを浸み込ませた秋風が優しく大谷ミナミを出迎えた。

どこか懐かしく、何故か寂しく、不意に不安を煽るような…そんな不思議な風だった。

中庭の端には申し訳なさそうに弱弱しく1本の木が立っている。その木に纏う葉は随分と赤く染まり、中には茶色く朽ちて今にも落ち掛かっている物もしばしば見られた。

この木が桜だと言われなければ、誰も気付かずに通り過ぎるだろう。仮に桜だと認識していても、華を咲かせていない桜の存在価値は随分と暴落してしまう。桜とは本来そういう物だ。

いや『人間の価値観など身勝手なものだ』と言う方が正確か。

――桜に例えるならば、今の私は満開を迎えている頃なのかしら? この前までは、何も考えずに渋谷を歩いていたはずなのに……だとすれば、私もいつかは枯れて存在価値が無くなってしまうのだろうか…存在価値が無いという事は逆にいえば自由に過ごせるという事。

枯れた桜が羨ましく思えて仕方が無い。

そんな傷心にも似た憂鬱を抱きながら、大谷ミナミは溜め息交じりに腕時計を確認する。

――そろそろ行かなくちゃ…

まだ名残惜しい気持ちを残して、大谷ミナミは中庭を後にする。


政府が用意した黒いセダン型の高級車が、未だに半壊している東京研究所に到着すると、待ち伏せていた多くのマスコミが車の周囲に駆け寄る。

それから間もなくして正門から大谷ミナミが姿を現すと、その様子をカメラに収めようと眩い無数のフラッシュと共に大谷ミナミを取り囲もうと押し寄せる。

それを必死で制止する警備員の間を縫って、普段は絶対に着ないスーツ姿の大谷ミナミは足早に黒いセダンへと乗り込む。

マスコミやワイドショーのリポーターが騒々しく大谷ミナミにマイクを向けて、必死で質問を投げ掛けているが、自動車の扉は警備員によってすぐに締められ、何も応える事は出来なかった。

大谷ミナミが後部座席に座った事を確認した所で車が徐々に動き始める。それに合わせて周囲のマスコミから大量のフラッシュが車に向けて浴びせられる。

そんな事に構う事無く、黒いセダンは目的地である永田町へと走り出した。

何故、大谷ミナミが永田町に向かったのかというと、微妙な政治判断を迫られている鈴村内閣総理大臣が苦肉の策として大谷ミナミを重要参考人として国会に招致し、本人の思いを直接聞く事にしたからだ。

人前で話す事が苦手な大谷ミナミは今回の招致を断ろうとしていた。

しかし、研究所の上司や官僚たちの熱心な説得により渋々ながら了解をしてしまった。

それが今となっては後悔しか生み出さない。

――無理にでも断り続けるべきだったわ…

そんな経緯を得てからの今日を迎えた訳だから、自然と冴えない表情を浮べてしまうのは仕方が無い事だ。

窓際で頬杖を付きながら車窓から流れる景色を眺めると、街路樹には既に黄色く紅葉したイチョウ並木が揺れていた。そんな当たり前のような季節の移り変わりを見せつけられていると、世界が混沌としている事が架空の出来事に思えていく。或いは、実は世界の何処も平和で、自分だけに大掛かりなドッキリを仕掛けられているのではないか? と現実逃避してしまう。

――私にドッキリを仕掛けて、誰に何のメリットがあるというの?

そんな自虐的な苦笑を浮べていると、ニュースでよく映る建物がフロントガラスから徐々に姿を現す。それを見た大谷ミナミの心拍数と緊張が徐々に高まってくる……国会議事堂だ。


参考人招致を前に国会では既に通常国会が開始され、ある議題について話し合われていた。

その議題というのが『そもそも何故、メシア適性検査で適性ナシと判断されたはずの大谷ミナミがメシアを扱えたのか?』という内容だった。

「今回の件で再度、皆にメシア適性検査を受け直させるべきでは?」

「いや、そもそも論として、そのメシア適性検査がどこまで正確なのかを検証する必要があるのでは?」

様々な意見がぶつかり合うが、メシア適性検査に関しては日本だけでなく、世界中の課題となっている。

そのために具体的な対策案が出ない事は誰もが承知しているはずなのだが、与党も野党も何か言わずには居られない立場から、何となく意見をぶつけ合っている。

何とも日本らしい無駄な会議の縮図を、国会中継を通して国民に見せつけているのであった。

そんな不毛なやり取りを何ら着地点を見出す事無く終えたところで、本日の目玉である参考人招致に議題が移る。

今まで息を潜めていた会場隅にある観覧席から一斉にカメラやメモ帳などを取り出す物音が聞こえ出す。

今まで退屈で支配されていた国会の空気が一変する。

皆の準備が済むと国会に再び静寂が訪れ、妙な緊張感と共に国会は固唾を呑んで大谷ミナミの入場を待つ。


――カシャッ!……カシャッ!カシャッ!カシャッ!カシャッ!カシャッ!カシャッ!カシャッ!カシャッ!


始めのフラッシュを合図に大谷ミナミが会場に姿を現すと皆が一斉に眩い輝きを浴びせる。

眩いフラッシュに目を細めながら大谷ミナミは慣れない足取りで参考人席に着く。それを確認した議長が会議を再開させる。

「それでは次の議題に移ります。まずは鈴村内閣総理大臣、お願いします」

議長の言葉に鈴村総理大臣はすっと立ち上がり、マイクの前まで向かった所で議長側と与党側にそれぞれ一礼し、マイクの位置を微調整する。

そして予め準備していた言葉を書いたメモ紙をポケットから取り出しマイクの前に置く。

「え~、今回の議論は皆様もご存じだと思われますが、現在、我が国・日本では世界中から大変厳しい選択を迫られております。もちろん、最終的には政治的な判断を下さなければならないのですが、その前に、是非とも当人のご貴重なお考えをお聞かせ頂きたく思い、今回、大谷ミナミさんにお越し頂きました。国会内でも様々な意見があると思いますが、まずは大谷ミナミさんの意見を聞いた上で、実のある議論を進めて行きたいと思っておりますので、今日はよろしくお願いします」

話し終えた鈴村総理は一礼しながらメモ紙を仕舞い込むと足軽に元の席へと戻った。

大谷ミナミの意見を聞きたいと言いながらも、鈴村首相を含む日本政府は予め大凡の見当を付けていた。

それは大谷ミナミの経歴を調べれば察しが付く。彼女は大学時代からドイツに留学し、その流れで研究所に就職するとゼロスの開発グループに所属する事となった。ならば、ほぼ間違いなくドイツ側に着く事を提言するはずだ……

「それでは早速ですが、参考人の大谷ミナミ氏の意見を聞かせて頂きます。お願いします」

議長が軽く会釈をすると、大谷ミナミに対しマイクの前に来るように手を前に出す。

――出番だ。

心臓が張り裂けそうな程に激しく脈を打っている。自然と顔が強張っている事が自分でも良く分かる。震える足に力を入れて、ようやく立ち上がった大谷ミナミは先ほど総理大臣が話していたマイクの前まで向かう。

会場は静寂と緊張に包まれる。国会に居る皆が自分に注目し、これから話す自分の言葉に興味を示している。マイクの前で高まる鼓動を落ち着かせるように深呼吸をして、手癖になっている首にぶら下げている母の遺品である何かの鍵を握りしめる。すると何故か、ドイツに居るアニカたちの顔が頭を過った。

そういえば、アニカはテレビの取材や学会など、頻繁に人前で話す機会が多かった。彼女は緊張しないのだろうか? 今度会ったら聞いてみよう。

そんな素朴な疑問を抱いていると、自然と笑みが零れ、徐々に緊張が解れてきた。肩の力を抜き、ジャケットの裏ポケットからメモ紙を取り出すとマイクにそっと口を近づける。

「あくまで私個人の意見なのですが、今のアメリカ政府は当初掲げていた崇高な理念と目的を見失っていると思います。当初、アメリカ本土を取り戻す為に暗黒壁の破壊を目的として研究活動を行っているはずでした。それが、いつの間にか希望を諦めて、夢をすり替えて、気が付けば、他の領土を奪おうとしているのです。その行為によって罪の無い多くの人々が無駄に殺されていく。それは決して許される行為ではありません」

大谷ミナミの言葉に会議に居る誰もが固唾を呑んで聞き入っていた。

「一方で、ロシアや中国も自分たちの国益の事しか考えておらず、数か月前まで戦争をしていた相手にも関わらず、都合が悪くなれば、すぐに停戦、共闘の繰り返し…その行為もまた、アメリカと同様に理念や大義に欠く行為で、私個人として同調できる要素はありません」

大谷ミナミの危機迫る口調に鈴村首相をはじめ、全国会議員は険しい表情に変わる。

「従って、日本国はどちら側にも付かない。中立の立場を取るべきだと提言します」

誰もが想定しなかった大谷ミナミの意見に、国会議員からはどよめきの声が漏れ、視聴席からは大谷ミナミの意見に賛同する意味での大きな拍手が起こった。

異様な空気に包まれる中、提言を終えた大谷ミナミは深々と一礼を済ませ、足早に国会を後にした。

大谷ミナミの提言は国会放送やマスコミを通じて日本国民の耳に届く。

“理念を貫く為の中立”

大谷ミナミの提言は正義感に溢れ、大衆の心を掴む言葉となった。

各テレビ局が出した緊急世論調査では軒並み大谷ミナミの提言に対し賛成多数を占める数字が弾き出された。

その結果から専門家の意見として“現実的では無い提言だが、政府は大谷ミナミの提言を全く無視する事はできないだろう”という見解を述べていた。

しかし、そんな専門家の推測も虚しく、それから3日後、鈴村総理大臣は各閣僚を集めた緊急会議を開き、最終結論としてアメリカ・EU同盟と手を結ぶ事を決断した。



国連が正式に認定したテロリスト集団“ニューアメリカ暫定政府”と名乗る勢力が何の前触れもなくロシアに侵攻して2日が経った。

明らかな奇襲作戦に対し、ロシア政府はすぐにアメリカ政府に対し、直ちに停戦するよう抗議する。

しかし、アメリカ政府はあくまで“自分たちとニューアメリカ暫定政府は無関係であり、停戦させる術は持ち合わせていない”と説明するに留まった。

ニューアメリカ暫定政府はベラルーシ側からロシア国境を越え、要領良く攻め込んだ。そしてロシアの首都モスクワまで残り30㎞地点まで難無く侵攻を済ませていた。

一方、中国との戦争を終えたばかりのロシア軍は国内軍備が随分と縮小してしいる状態だった為に戦力の殆どをモスクワに集めていた。

その為、ニューアメリカ暫定政府はモスクワ侵攻を目前にしてロシア軍の強い抵抗に遭い、随分と長い足止めを食らっていた。

更に、先日ロシアとの新たな同盟を結んだ中国軍とドイツ軍の派遣部隊がモスクワに合流すると、戦局は一変しニューアメリカ暫定政府は劣勢に立たされる事となり、撤退を余儀なく迫られていた。

しかし、その全てがアメリカのシナリオ通りだった……


ルーシーは相変わらず、地下にあるプラットホームで息を顰めていた。いつの間にか黒猫の姿も見えなくなり、最後の食糧である缶詰を食べ終えた。

――さて、これで食糧は尽きた。この後は何をして時間を潰せば良いのかしら?

そんな疑問を抱いていたルーシーを察してか、何の前触れも無く通信機の呼び出し音が地下中に鳴り響く。

『こちら作戦司令本部です。そろそろ準備の方をお願いします』

相変わらず、気に食わないニヒルな男の声だ。しかし、今回ばかりは久々に聞く人の声に少し安堵してしまった。

「準備は出来ている。いつでも出られるぞ」

ルーシーは既に荷物の中に用意されていた黒装束に着替えていた。更にメシア・ビッグアーサーも常に持っている状態で、嘘偽りなく文字通りの準備万全だった。

『了解しました。それでは今から10分後に地下から出て来てください。その際に荷物の中に我が国の象徴を仕舞っておいたと思うのですが、お気付きになりましたか?』

「あぁ…」

『是非、それを肩に掛けて強調しながら地上に出て来てください。他ならぬ、出資者たちのご希望なので…』

――下らない。

内心で思いつつも、今回の作戦で危険な任務に参加しているブライアンたちの顔を思い浮かべる。

彼らの為と思い従う事にしてやろう。何より今回の作戦で、この象徴が世界中に注目されるのは今後のアメリカにとって重要な意味があるのだろう。

そんな事を理解してしまった自分の無意識は、同時に自分の中に全く無いと思っていた“愛国心”の類いが、実は少なからず存在していたのだと思い知らされ、ルーシーは少しの驚きと戸惑いを抱く。

『今のあなたはあくまで“テロリスト集団・ニューアメリカ暫定政府”という立場です。しかし、今回の作戦を機に正規のアメリカ兵として世間に知らしめる意味も兼ねているので、お忘れなく…それでは検討を祈ります』

――やっと通信が切れた。

精神的なストレスを解き放つように溜め息を吐くと、小袋の底に入っていた大きなバスタオル程の星条旗を取り出す。

不本意ながらルーシーはニヒルな男の指示に従い、星条旗が目立つように両肩に羽織るように掲げた。

黒装束に星条旗という組み合わせが、お世辞にもお洒落とは言い難い事は鏡の無い地下に居ても充分に分かるほど違和感を抱く。

――こんな不格好な姿を世界中に曝け出して良いのだろうか? お洒落なフランス人に酷評されないか心配で仕方が無い。

そんな不安を抱きつつ、暗闇の中に浮かぶ階段を登り、久しぶりの地上へと向かう。


重い扉を開けると相変わらず壮大な自然に溢れた森林と山々に出て来た。

しかし、この前と違い、上空には満月では無く灰色に覆い尽された雨雲と報道機関の物と思われるヘリコプターが3機並んで飛んでいる。下品なプロペラ音が壮大な自然を威嚇するように鳴り響いていた。

――恐らく、10分は過ぎただろう。

ルーシーは大体の感覚で約束の時間を確認すると、両手で握ったメシア・ビッグアーサーの柄を地面に着け、そっと目を閉じて精神統一に入る。

相変わらずのヘリコプターのプロペラ音と若干強い風の音がルーシーの耳に雑音として入って来る。

――雑音が入るうちは、まだ集中が出来ていない証拠だ。

ルーシーは一度目を開けて、長めの深呼吸をして改めて神経を研ぎ澄ませる為、全身の力をそっと抜きながら、再び目を閉じて精神を統一する。

今度はルーシーの集中する意識に応えるようにメシア・ビッグアーサーが赤い輝きを徐々に放ち出す。

――良い感覚だ。これなら…

「行くぞ、ビッグアーサー!」

ルーシーは構えていたビッグアーサーを強く振り下ろすと、その刹那に激しい風が吹き荒れる。

一度しか実戦で使用していないはずなのに、ルーシーは既にビッグアーサーの扱いに慣れていた。

正確に言えば、本能が理解しているのだろう。喜ぶ身体が必然的に求めるように、理屈の概念を超えた本能の獣がルーシーの真理の一番深い場所を占拠しているのだ。

ビッグアーサーの特性は無条件で強風を起こす事ができる。そんな特性を利用して、絶妙な加減で調節すると自分の身体を自由に飛ばす事など造作も無い事だった。

ビッグアーサーが造り出した強風に身を任せると、ルーシーの身体は軽々と空高く飛び上がり、そのまま上昇気流に合流する。

――少し肌寒いけど、モスクワまでそんなに時間は掛からないでしょう。

センスの無い幼稚な例えになってしまうが、まるで魔法使いだ。この世の物理や原理を完全に無視した能力を恐らく、メシアを造った者以外は説明できないだろう。

或いは、メシアを造った者でさえ説明できないのかもしれない。

しかし、そんな難しい事は賢い学者たちに任せれば良い。私は私に課せられた任務を全うするまでだ。


戦地では撤退を始めたニューアメリカ暫定政府軍の姿が雲の隙間から僅かに目視できた。

更にその少し右側では首都モスクワの防衛成功に喜ぶ兵士たちの姿があった。戦車にはロシアの国旗以外に中国やロシアの国旗が掲げられていた。

――分かり易くて助かるわ。

そんな自分も分かり易く、星条旗を羽織って登場するのだから、お互いさまの精神は忘れていない。


急下降――→ズド――――ンッ!!!!


ルーシーは狙いを定めて戦車が密集している中心に落下する。

その途端に凄まじい落下音が鳴り響き、その直後に激しい爆発音と砂煙が沸き起こる。

「何事だ!?」

「敵の砲弾か!?」

慌てる兵士たちは直ぐにレーダーを確認するが、レーダーの画面には何も反応も示していなかった。

奇襲にしても突然過ぎる。連合軍の誰もが言葉を失い、何が起きたのか事態を把握する為に双眼鏡を覗き込み、激しい音がした砂煙を確認する。

激しい砂煙が徐々に晴れてくると、その中から人陰が浮き上がる。

「おい! 砂煙の中に誰か居るぞ!」

そんな兵士の言葉に皆が砂煙の中心に視線を集める。

「ゴメンなさいね。あなたたちに恨みは無いけれど、コレ戦争なのよね」

ルーシーが戦車に突き刺さったビッグアーサーを引っこ抜くと、その周囲に配備されていた戦車も強風に煽られ仰向けになり身動きが取れない状態になっていた。

兵士の一人が赤く輝く槍を器用に振りまわす星条旗を羽織った黒装束を発見するが、未だに状況が把握できない。

「個人で攻め込んできたのか!? それも上空から…」

にわかに信じ難い光景だったが、兵士は現場で起きた出来事をそのまま通信機で上官に知らせる。

「こちらモスクワ! 上空から人が落下してきました。その衝撃で戦車1台が大破。その周囲に居た戦車数台も走行不能であります!」

『馬鹿な事を言うな! 人間は空から降って来ただと!? メシア使いじゃあるまいし! 正確な状況が把握でき次第、再度報告を入れろ!』

上官は怒鳴り散らしながら通信を切ってしまった。

察するに現場に居る兵士の報告を全く信じていないようだ。それもそのはず、その眼で見ている現場に居る兵士たちですら、未だに目の前で起こっている現実を受け入れられていないのだから

――その後、現場から上司に通信が入る事は二度と無かった。兵士が配置に着いていた一帯では何者かによって殲滅させられたからだ。その被害、戦車26台、兵士79名。

既にルーシーの頭の中には“破滅のメロディー”が流れていた。

――この感覚よ! 私はずっとこの高揚感を求めて生きてきたのよ。一度知ってしまうと病みつきになってしまう。メシアを扱う者だけが味わえる快感が全身を駆け抜ける。

――次はどこを殲滅すれば良いのかしら?

まるで鷲や鷹のようにメシア・ビッグアーサーの赤い輝きは、次の獲物を探す鋭い眼光そのものだった。

再び遥か上空に跳ね上がったルーシーは大規模な編制が組まれている部隊を見つけては、先ほどと同じ要領で空から急落下して瞬く間に殲滅していく。

成す術が無い。というよりは、目の前で何が起きているのか事態が把握できないまま、モスクワを守っていた部隊は全て殲滅されてしまう。

その情報を聞き付けて、一度は撤退を始めていたニューアメリカ暫定政府が再度部隊を編成し、ロシアに向かい侵攻を開始する。

すると、今までの戦闘が嘘だったみたいに、1日も経たないうちにモスクワへの侵攻が呆気なく達成する。

ロシア政府の大統領及び各閣僚たちは既に中国まで亡命を済ませ、重要な資料等は持ち出しまたは破棄されていて、モスクワ市内にあるロシア連邦の上院議事堂と下院議事堂はものけの殻となっていた。

ニューアメリカ暫定政府の兵士たちは歓声と共にモスクワ中央にある銅像の上に大きな星条旗を掲げる。

その映像はアメリカメディアを通じて全世界に向けて配信される。

同時にアメリカの報道官が緊急記者会見を開き、ニューアメリカ暫定政府の代表者と話し合いを着け、今回の作戦を持ってニューアメリカ暫定政府は正式にアメリカ政府の管理下に置く事で合意したと発表される。

そして全世界に大谷ミナミ以外にもオリジナル・メシアを扱える者が存在する事を公にする。

「我らアメリカの救世主、ルーシー・ケイトです」

大谷ミナミ以外にもメシアが扱える者の存在が明らかになると、世界は更なる恐怖と混乱が生まれた。

同時に、新たな憶測が広がる。それは“まだ2人以外にもメシアを扱える者が存在するのではないか?”という懸念だ。

世界が世界を信じられない。とても根深い疑心暗鬼に陥る事態となった。


モスクワの歓喜とは対照的に、原形を留めない残骸となった戦車の上に座り込んでいるルーシーは不満そうな表情を浮べていた。

――物足りない。

戦車の破壊は幾分かの気晴らしにはなっていたが、全く抵抗を見せない相手に対し、ルーシーは次第に物足りなさを募らせていた。

そして最後には虚しさと不満だけが残ってしまった。

――もっと、まともにビッグアーサーと対等できる者は居ないのかしら?

そんなルーシーの問いに対して、現時点では明確な答えが1つだけ存在する。

――会ってみたい。そして願う事なら、一戦交えたい…何も気にする事無く、単純に殺し合いたい…大谷ミナミ!

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