弟子の弟子
カウムさんの弟子になった次の朝。昨日のようにぷちトレーニングをしてシーフェルさんに呼ばれ朝食を食べる。師匠が水を飲みながら助けを求めるような目で見つめてきたが、シーフェルさんが睨むと慌てて自分の部屋に戻っていった。
今日の修行はクエストをこなしながら行うらしいので俺も早く準備するため、師匠の後を追うように席を離れた。
準備を終え、師匠と共に玄関を出ると一人の女の子が玄関前に立っていた。下を向いて何かブツブツと呟いているせいかまだ俺と師匠が目の前にいることに気付いていないみたいだ。
「何か用でもあるのかいお嬢ちゃん? 」
「わああああああ! 」
師匠が声をかけた瞬間、女の子は小さな身体をビクッと震わせ甲高く叫んだ。
「驚かせちゃったかの? 儂はカウム、隣の子が斗真君じゃ。決して怪しい者ではないぞ? 」
「斗真……貴方が斗真様でしたか! お会い出来て嬉しいです! 」
女の子は俺を見ると慌てて綺麗な黒髪を靡かせながらお辞儀をする。まさか知らない女の子にこんなこと言われるなんて想像していなかった。
「えっと……僕に用があるのかな? 」
「はい! ここに斗真様が住んでいると聞いて来ました! 無礼も承知ですが私を弟子にしてください! 」
「ん? 今なんて言ったのかな? 」
『弟子にしてください』と聞こえたが流石に聞き間違えだよな。だってまだこの世界に来たばっかりの人間だぞ?
「私を斗真様の弟子にしてください! 」
どうやら聞き間違えではなかったようだ……って
「エエエェェェ!!! 」
朝の街に響き渡っていった―――
***
「お茶です」
「あ、どうもありがとうございます」
女の子はシーフェルさんが置いたお茶を啜ってほっとため息をつく。外で話してるのもあれだろうと師匠が一階の客室に案内したのだ。家が大きいだけあって客間もかなり広い。三人座っているだけだと妙に落ち着かない。
「名前を聞いてもいいかな? 」
「私の名前はフラス・フィレンと言います。ところで師匠の件は……」
「その件だけどまだ俺には弟子を持つほどの実力も経験もないから難しいね。それに今はカウムさんの弟子だから弟子を取るなんて出来ないよ」
「そうですか……そうですよね。そんな簡単に弟子になんてなれませんよね! ハハハ」
笑っているが笑顔を引きずっている。でも俺はまだ修行している身。そんな中途半端な状態で弟子を持っても上手く行くわけがない。ここは大人しく引いてもらおう。
「儂は弟子をとってもええと思うけどな」
「「え? 」」
思わぬ言葉を言った師匠を見ると、悠々とお茶を飲んでいる。どうやら冗談ではなさそうだ。
「斗真君なら別に弟子を持っても上手くやっていけるじゃろうし、若い内にこういったことも経験しといた方がええじゃろ」
「しかし師匠。これは僕だけの問題ではありません。フラスさんにも関わる大事なことですよ。僕なんかよりも絶対に良い人がいます」
「でもフラスちゃんは斗真君がええと言っとるんじゃよ? ね? フラスちゃん? 」
「はい! 斗真様しかいないと思っています! 」
「しかし……」
「これは師匠として言っとるのじゃぞ? もし聞かぬと言うなら破門にしちゃおっかな~」
ぐ、それはずるい! これじゃ拒否権がないじゃないか! これは師匠に一本取られたな。
「わかりましたやりましょう。但し、教えることがなくなったら終わりですよ」
「ありがとうございます斗真様! いえ師匠! 」
***
ということで弟子を持ってしまった俺はフラスの実力を知るため、フラスと俺の二人で適当なクエストを受けた。ちなみにこれも師匠の提案だ。『フラスちゃんのことを知ってこい』と言って、一人でクエストにいってしまった。おそらく効率を重視して二手に別れたのだろう。楽しみにしていた修行もこれでなくなってしまいかなりショックだ。と言うか本当にあの人が師匠でいいのだろうかと頭の隅で考えてしまう。昨日はかっこよく写っていたのに今は面影すら感じない。
「師匠いましたよ。さっそく倒しますか? 」
「そうだな。この距離からでも行けるのか? 」
正面を見るとクエストの目標『ビックリサイ』が見えるが遠目に薄っすらと見える距離だ。流石に無理を言ってしまっただろうか。
「視界にはいっていれば問題ありあませんよ」
「え!? ほんとか!? 」
「本当ですよ。『炎』を背負う人間がこの程度のことが出来なければ笑われてしまいます。少し私から離れてもらってもいいですか? 」
言われたままに距離を置くと、フラスが右手に握っている杖が赤く輝き始めた。
「闇より生まれし紅炎よ、我が魔力と共に地を燃やし空を喰う天竜となれ! ドランディックフレイム! 」
赤く輝いていた杖から竜の姿をした巨大な炎が、瞬く間にビックリサイに飛んで行き雲まで届きそうな火柱が立ち上がった。
離れた場所にいるのに強い熱風が飛んでくるので思わず目を細めてしまう。フラスは嬉しそうに手を広げて笑っている。
「どうですか師匠! 最上級魔法で有名な『ドランディックフレイ』は! 自分で言うのもあれですが今のは中々の出来だと思います! 」
「これは凄過ぎるよ……」
火柱が消えた跡を近づいて見ると地面が喰われたのかと思うほどの穴が開いている。当然、ビックリサイの痕跡すら無い。
穴の直径は3mぐらいだったがこの威力は俺の想像を遥かに超えている……これ俺が師匠やってたらやばいやつだ。弟子にするには俺の身の丈を超えている子だ。とてもじゃないがこの子を師匠ならフラスを強く出来ると思うが俺では到底ムリだ。だってまず俺、魔法使えないじゃん!
感慨深く穴を見ていると隣から興奮した別のビックリサイが走ってきていた。さっきの火柱で怒っているのだろう。
「ここも私におまかせください。さすがにドランディックフレイは打てませんが問題ありません」
「そ、そうか。なら任せようかな」
「杖に宿いし真火よ。敵を焼き払いたまえ! ブレットフレア! 」
再び赤く輝いた杖から出た大きな火の玉がビックリサイに飛んでいき大爆発―――しなかった。
杖から出た大きな火の玉は飛んでいったはいいものの、ビックリサイに当たらずとんちんかんな方向に飛んでいったのだ。
フラスはまるで外れるのがわかっていたかのように悔しそうな顔をして
「ど、どうも張り切りすぎて狙いがずれたみたいです。次は当てます! 杖に宿いし真火よ。敵を焼き払いたまえ! ブレットフレア! 」
と言った。
誰にだってミスはあるものだ。完璧な奴がいたならもうそいつは人間をやめているだろう。
だが次の一撃もかすりもせず全く別の場所で大爆発した。
「まさかとは思うが……最初の魔法以外まともに当てれないのか? 」
「正確に言うと動いている敵に生まれてから一度も魔法を当てた覚えがありません……」
「よくそれで任せてくださいって言えたな! 流石の俺も驚いたぞ! 」
「今日こそは当てれると思ったのです! 結局当たりませんでしたけど! 」
「とりあえずフラスは下がってろ。ここは俺がなんとかするから」
剣を持って構えるとビックリサイに切りかかった―――
***
「鞘のついたままの剣で簡単に倒してしまうとなんて感服しました! 強化魔法なしであそこまで動ける人は初めて見ました! 」
「あ、ああ。俺も少しは凄いだろ? 」
簡単に倒せたのは初心者でも倒せると言われるビックリサイだからだ。動きっていってもただ空に高くジャンプして面を打っただけだぞ? あの動作のどこに感服するところがあったんだ? 俺からすれば、フラスの魔法のほうが何十倍も凄く見えたんだが。
「ところでその……」
下を向いてもじもじしている。お花摘みにでも行きたいのだろうかってそこまで空気が読めない人間ではないぞ。これは十中八九、魔法を外したことを気にしているな。街まで戻る時も魔法の話になると顔を曇らせていた。
「素晴らしい魔法だったよ。弟子に取る必要なんかないと思えるぐらいにね」
「そうですよね。私やっぱり……」
「でも動いてるものに当たらないんじゃ実践で役に立たない。だからそこが改善されるまでは僕の弟子として認めようと思う。それでいいかな? 」
「え? こんな私が弟子でいいんですか? 絶対に苦労しますよ? 」
胸ぐらを掴みかかる勢いで俺を見て言った。
「性格も良さそうだし、なによりやる気がある。なかったらあんな凄い魔法をこの若さで習得できないでしょ? この世界は努力したもん勝ちなんだから才能よりも俺はやる気の有無を第一に考えたんだよ」
仮に日本でも俺はやる気のある子を選ぶと思うけどまあそれは言わなくていいや。まあ、ただ俺に才能がないからある人のことが妬ましく思ってるだけなんだろうけど。
「師匠は私の魔法を見ていいと思って下さったのですね! それだけでもとても嬉しいです! これからもよろしくお願いします」
張り詰めたような顔が嘘のように消えて満面の笑みになっていた。
「こちらこそよろしくなフラス。ところでさっきから思ってたんだが俺を師匠と呼ぶのはやめてくれないか? 」
「何故ですか? 」
「俺自身そうやって呼ばれるのは恥ずかしいし、俺もカウムさんのことを師匠と呼ぶからごちゃ混ぜになるからこれからは『斗真さん』みたいな感じで頼む。あまり敬語もつけなくていいぞ。もっと軽い感じで話してくれ」
魔法も使えない俺が最上級魔法を使えるフラスに敬語を使われると違和感が半端じゃない。謎の罪悪感がついてくる感じに襲われるのだ。
「わかりました。これからは斗真さんと呼びますね」
ギルドに行って報酬を受け取ってから適当に商店街を見て回っていた。思ったより早くクエストが終わり暇になったこともそうだが、俺はまだこの町を見て回れていない。そこで町を見て回ろうかと思ったが、俺はすぐに迷ってしまう人間。一人で知らない町を回っていたら絶対夕食までに帰れない自身しかない。
そこでフラスに頼んで案内も兼ねて一緒に見て回っているのだ。
「この町、自由の町フリータウンは変な人も沢山住んでいますが、その分色々な店や物が並んでいます。なので他の町からも物目当てで沢山の人が足を運んで来るのです」
確かにこの町の店には見たこともない物が沢山置いてある。もっと時間があれば1つ1つ聞いて回りたいぐらいだ。でもパンイチのおっさんが店番をしていたり、『漢の楽園』と書いてある怪しい店がポツポツと見えるが少し……いや、かなり気になるのが難点だが。
「楽しそうな町でよかったよ。もうそろそろ時間だし帰ろうかな。 ん? 」
ふいに前を見ると、3歳ぐらいの少女がくまのぬいぐるみを抱えて辺りをキョロキョロ見ていた。周りにはお母さんらしき人影はない。間違えなく迷子だろう。とりあえず近くの交番にこの子を連れて行こうと思い近づくと、黒いスーツを着たとても優しそうな
若い男が先に幼女に話しかけた。
「どうしたんだいえみちゃん? 迷子かい? 」
「うん……」
名前を知ってるならあの人は親戚なのかな? だったら連絡も取れるだろうし親の家も知っているはずだ。これで一安心だな。
「そうかい。じゃあお兄ちゃんと一緒にお母さんを探そうか。でも今日はもう遅いからお兄ちゃんの家に泊まって、明日探すのはどうかな? 」
「うん。わかった! 」
こいつ何言ってるんだ? まだ時間は17時台だぞ。それになんでお前の家に泊まる流れになってるんだ? 交番に行けよ。とりあえずこのままにしたら間違いなく誘拐を見過ごすことになる。
「何やってるのかなお兄さん。その子から今すぐ離れなさい」
「…………」
声をかけるも全く反応しない。無視してこの場を乗り切るつもりなのだろうか。こういった時、変人が何を考えているがわかる道具でもあれば便利なのだが。
「俺の方を見なさい! 」
肩を掴んでぐっと引っ貼ると、男の服の袖からワイヤーが飛んできた。慌てて身体を捻って回避して腰に手を当てる。少し当たってしまい服が破け見えた肌が少し赤くなっている。フラスも慌てて杖を構える。
「今の攻撃を回避するとは……驚きました。貴方は何者ですか? 」
「それはこっちのセリフだ! いきなり攻撃してきやがって! 今の当たってたらやばかったぞ! ロリコンなのは自由だが手を出すのは駄目だよな!? 」
「ロリコンだと……あんな熟女愛好者と一緒にするな!!! 」
落ち着いてネクタイを触っていた男がいきり立って叫んだ。
「……取り乱してしまいすまない。私はリベルテ団副団長 ロベリ コルダ。裏の世界では『ハイコンの探求者』として活動している。これで教えていただけるかな? 」
襟を両手でピシッと伸ばし軽く会釈をした。裏の世界での通り名は言う必要があったのだろうか。
リベルテ団と言えば、異世界に来た時に捉えたあのチンピラ達が属してたとこか。これは面倒くさいことになりそうだな。
まあ、名を名乗ってきたのだ。こちらも名乗らない訳にはいかない。
「俺は志功斗真。日本人でありカウムさんの弟子だ。」
「日本人……ほう。まさか貴様が最近噂の日本人だったとはな。部下がお世話になったようで探していたのだよ。まさか向こうから来てくれるとは思ってもいなかったぞ。表立って幼女を口説くのも悪くないものだな」
「ハイコンってなんですか? 」
「7歳以下に性的興奮を覚える人のことだよ」
「その通り。だから自分も狙われるんじゃないかと思っているそこの女よ。安心しろ。私の目は17歳のおばさんにしか写っていない」
「お ば さ ん……そんな言葉生まれて始めて言われましたよ」
まあこの歳でおばさんだなんて学校の男子に冗談で言われるぐらいしか無いだろう。しかしまさか俺を
フラスが同い年とは。もう2歳ぐらい下だと思っていた……って何か唱えてる!
すかざすフラスを羽交い締めにして抑える。
「フラス落ち着け! これは挑発だ! こんなところでお前の魔法を放ったらそれこそ一大事だ! ここは抑えるんだ! 」
「さっきの言葉に嘘偽りは微塵もないぞ。神にでも誓おうじゃないか」
「やはり許せません! あの男は女の敵です! 今ここで私が仕留めます! 」
「だからよせって! ここは俺に任せて下がってろ! 」
だがフラスの怒りは一向に収まらず、まだ俺の腕を振りほどいて向かっていこうとする。おばさんと言われただけでここまで怒るのか。女の人は難しいな。
「漫才でもしにきたのか貴様らは。特に志功斗真。君は僕の邪魔をした大罪とリベルテ団に喧嘩を売った罪があるのだからもっと緊張感をもって私の前に立ち給え」
そう言うとポケットから取り出した刃物を投げ飛ばしてきた―――