想い出の中で優しく輝くものは
昔――妖にとってはさほど前でなく、御空がまだ幼かった頃。ちょうど彼を連れた変わり者の鬼と二人、山での暮らしに慣れてきた頃だった。
「深影さん、魚が釣れました。あと、庭の野菜ももうすぐ収穫できるんですよね?」
まだ高い少年の声が、開け放たれた扉から見える青年を呼びながら駆け寄ってくる。軽い足音をたて、こちらに来て彼を見上げるのは、一族からも弾かれた鬼の子供だ。
「うむ。よく覚えておったな、御空」
着物姿の鬼の青年に頭をなでられ、御空はくすぐったそうに笑う。
こうして御空が年相応の表情を見せるようになったのは最近のことで、それも深影に対してだけだ。
幼いながらも、自分の異質さ故に仲間から忌み嫌われたことを解っているのだろう。出会った頃は、それこそ人形のようだった。
彼はこれからもずっと、誰からも避けられ続けてしまうのだろうか。
「……深影さん?」
唐突に黙り込んだ深影を見上げて、御空が首をかしげた。
黒髪に金の瞳は確かに鬼としてはごく普通のものなのに――深影と御空たちの一族の目は、金か黒だ――、頭にはあるべきはずの角がない。
そう遠くないいつか、御空はもっと広い世界を見る。しかし、今の御空では向き合えない。
深影はずっとそばにいられるわけではない。妖としては深影は比較的短命なので、余計に変わり者とされてきた。永くないことは解りきっている。
御空も、いつまでも守られたままではいないだろう。
それに彼の持つ力は毒ではなく、誰かのために役立つ力だ。こんなところに、閉じ込めていてはいけない。
「御空」
だがそれまでに自分は、御空に何をしてやれるだろう。そう長くない時間の中で。
「――……」
こうしてまるで親子のように暮らしてはいるが、深影と御空は同族という以外、何の共通点もない。どこまでいっても、偽物でできた家族ごっこでしかないのだ。
それでも、偽物が本物にはなれなくとも、本物にはない本物以上の何かはきっとあると信じたい。
何も知らない、誰からも何も与えられたことのない御空に、深影があげられるものなんてたかが知れている。
「御空、愛しておるぞ」
自分が御空に向けるこの感情だけは、絶対に偽物ではないと断言しよう。
不思議そうな表情を浮かべた御空に、笑いかける。
「深影さん、愛って何ですか?」
「何よりも強いものだ。忘れるなよ、御空。俺は、御空を愛しておる」
*
懐かしい優しい声で紡がれた言葉を、御空はこれまで大切にして生きてきた。彼はもういなくとも、彼のくれたものは確かに御空の中に残っている。
「御空、御空! 早く!」
今度は弾む声が、御空を現在へ引き戻した。
ざざぁ、ざざぁと音を響かせる波打ち際で、リオが少し離れた場所にいた御空を呼んでいるのだ。
「あれ、綺麗。太陽に吸血鬼が言うのもおかしいけど、ほんとに」
近くに海があるからとここに来たのが、ちょうど陽が沈む前だった。
夕暮れの海は、陽が空と海とを赤く染め上げていた。その光に、リオの瞳が赤みを増している。
「ああ。美しいな」
ゆっくりと陽が沈みきると、リオのガーネットの目は、暗闇に妖しく輝く。さっきまでの光をも取り込んだかのように。
「行こっか、御空。どこまでだって、ついてってあげるから」
「うむ。……深影さん、俺は様々な愛を見ることができた。貴方のおかげで」
呟きは夜に散り、御空はリオの隣へと歩みを進めた。




