想う相手に向けるのは
リオはこれまで、恋愛というものに縁がなかった。例えば今は御空と一緒にいるが、それはむしろ友人としての『ライク』であって、『ラブ』ではない。
だからか、目の前でうれしそうにしっぽをばふばふと振りつつも、恥ずかしげにうつむいている少年の話に興味を持った。
持ち前のものと、年相応の好奇心からである。
「ね、その子のこと好きなの?」
「!」
直球で投げられたリオの質問に、ぴん! とわかりやすいことに彼の耳が返事をした。
「いや、あの……うん」
まっすぐすぎるリオの視線に負けて、アスルはこくんとうなずいた。
「わー! どこが好きなの? いつ会った? 恋人?」
距離を詰め、リオはアスルに問いを重ねる。子供みたいに目を好奇心に輝かせ、絵本の続きをせがむように答えを待つ。
「こら、リオ。困らせてはならぬ」
「あー」
えりを掴まれ、御空に引き戻される。だって気になるじゃんとすねてみせれば、御空は小声でリオが予想しなかったことを言ってきた。
「好き、とは何だったか」
「……は?」
冗談を言っているふうでもなんでもなく、御空は至って真面目にそう聞くのだ。
ズレているとは思っていたものの、ここまでとは。
「えーっと、愛してるってこと? だっけ」
しかしリオも説明に自信がなく、あまり答えになっているとは言えない。
「慕っている、ということか?」
「うん、そうそれ」
確かリエが前に、それを好きという意味だと教えてくれたことがあった。
リオが御空の古い言葉遣いを理解できた、珍しいことである。
リオが答えたとたん、御空の頬にも朱が差した。拘束する手がゆるんだので、リオはまたアスルに向き直る。
「聞かせてよ。おもしろそう」
「会ったのは町で……。それで何度か会ううちに、仲良くしてくれて」
*
三日月の夜だった。木々の間に見える月はまるで弓のようで、満月までにはまだ日数がある。
しかしその分森は暗い。街灯のある町に近い場所ならまだしも、ここほど離れていれば足元も見えないほどだ。
夕暮れの通り雨の匂いが、まだ残っていた。時間が経っているのに残っているのは、時折葉が気まぐれにしずくをこぼすからだった。
濡れるのは、あまり好きではない。
しずくに濡れた耳をふりゅんふりゅんと振れば、まだ少し湿っていた。
人の血が混じっているせいで、満月の夜以外アスルは完全な狼の姿になることはできない。
不完全に変化すれば、人の姿の時より早く走れる。町に行って、どこかで雨宿りをさせてもらうつもりだった。
町の中、やっと人気のない屋根のあるところをみつけた時だった。
『!』
ぶわわわっ、と耳としっぽの毛が逆立った。近くで雷鳴が響いたのだ。
『どうしたんですか? 大丈夫ですか?』
傘をさした少女が、アスルに話しかけてきた。桜色のぼんやり優しい傘だった。雷と同時に雨が降りだしたらしい。
『え……?』
『雷、びっくりしましたよね』
よく聞こえる耳をふさいだアスルが、雷を怖がっているのだと彼女は思ったようで、気を遣ってそう言ったのだ。
『あれ、傘ないんですか? よかったらお貸ししますよ』
『あ、ありがとう……』
それが出会いで、混血とはいえ狼男である自分が人間に近づいてはいけないとわかっていても、うれしいと思ったのを忘れることができないまま、アスルは彼女と過ごすようになったのだった。




