1–2:謎の刺青
2月7日:改稿
今にもスキップを始めそうなマリーの軽快な足取りは目の前の大きな建物の前で止まった。瞳に映るのは見たこともない大きな城がそびえ立っている様子だ。全体的に白で統一された城はまさに映画に出てくるようなもので、僕は驚きのあまり息を呑んだ。
「ボーっと立ってないで行くわよ、拓真」
「う、うん」
敷地内には城以外に綺麗に咲いた花や太陽光によって緑に輝く草木が生えた広い庭があり、さらに城とは別に平屋の建物まである。頑丈な鋼鉄で作られた門と褐色のレンガが積まれた塀は、城に入るものを何人も通さないようにと四方を囲んでいる。
彼女に促され、城に入ろうと大きな門に近づくと門番らしき人影が二人、不審な人物を入れまいとして立っている。心中、こんな変な格好の奴は即刻退散させられるのではと考えたが、要らぬ心配だった。
「私の知り合いだから、身構えなくても大丈夫」
「そうでしたか。申し訳ありません」
門番は下がって、後ろの大きな門を二人掛かりで開ける。
(はは、すげー。でも、マリーは王女だから当然と言えば当然か)
二人の門番は敬礼すると、開けた道を僕たちに譲った。
しかし、いよいよここは僕の知っている世界ではなさそうだ。つい先ほどの門番は兵士のように極厚の鎧を身に纏い、鞘に収まった長い剣を腰に差していた。マリーの弓もそうだが、こんな物騒な武器がそこら辺にあるような事がまずおかしい。
「すごい格好だね。騎士みたい」
「騎士みたいじゃなくて騎士だし、それに普通の格好よ。それより、私はあなたの格好の方が不自然に見えるけど」
本当にその通りだ。これより変な格好で外を出歩く者がいるだろうか……いや、いないだろう。
門番に通してもらった道を進むと、目の前には見上げるほどの高さの城がお出迎えしている。
城に入ると最初にとても広い大広間が目に入った。さらに天井はとても高い。普通のマンションでいう所の三〜四階ほどの高さだ。天井、壁には様々な装飾が施され、とても煌びやかだ。
「すごく綺麗だ」
城の中を360度見回すと、キラキラと色鮮やかに光るステンドグラス、天井から下がるシャンデリアと至る所が輝いていた。
拓真は未だにここで起こっていることが夢もしくは事実なのか判断できないでいるが、着実とこの世界のことを受け入れつつあった。
「当然よ!」
自信満々に腕組みをして、マリーは言う。
マリーはどこか男の子っぽい所があるように思う。王女だというのにとても清楚なお嬢様だとはこの時点では思えない。まあ、自分が想像している王女は空想の物語に住む存在で、その中では清楚というイメージがあっただけに、少し違和感があるだけかもしれない。
城の中には、ここで働いている者、鎧を着た騎士がたくさん出入りしている。「誰だ」と不審に思う者がほとんどだろうが、無視はされることなく、すれ違う人は皆挨拶を返してくれる。
広間を抜け、城の奥に進んで行くと、二階に続く階段が伸びている。階段は登ると途中の踊り場で左右に弧を描くように階段が別れ、二階に続いている。実に変わった造りだ。
「こっちよ」
マリーに呼ばれ、階段の一段目に足をのせようとした時、背後から声を掛けられた。
「マリー様、おかえりなさいませ。本日は…………? 横に立っておられる方はどなたですかな?」
声の主は白髪混じりの年配の男性だ。老人と言った方が正しい様にも見える。拓真のことを怪しむ様子はなく、単に疑問を抱いている様子だ。
「巨大樹の所で知り合ったの。名前は拓真。ここの事は何も知らないからって、私が案内してあげることにしたの。でも、服装が変だからまず着替えさせようと思ってここに連れて来たんだけど、ダメだったかしら?」
「いえいえ、マリー様のお知り合いなら構いません。怪しい者ではないのですよね?」
「服装が怪しいぐらいで、大丈夫よ」
「はは、その様で」
老人は軽く笑みを浮かべ、拓真の顔を耳にかけた度の強いメガネで覗く様にしている。
「そういえば、先ほどクラント様が帰ってこられましたよ。マリー様も着替えてきてはどうですか? 結構、汚れていらっしゃる様ですし」
マリーは拓真に弓を教えた際に少し服を汚してしまっていた。
「お父様が帰ってこられたの!?」
マリーの目が今までになく輝いて見えた。よっぽど父親の事が好きなのだろう。とても嬉しそうだ。
「ええ、今は自室で休息を取っておられると思います。夜には大勢お呼びして、パーティーを開くそうなので、そちら用の服に着替えた方が良いかと思いまして」
「そうね。じゃあ、拓真のことはお願いするわ。ちゃんとした服に着替えさせてあげて。お互いちゃんとした服装に着替えて、あとで合流にしましょ! 頼んだわね、シルヴァ」
シルヴァとはこの老人の名だろう。
マリーは駆け足で階段を上がっていく。この世界に来て、ずっとマリーと一緒だったがここで一時、別れることになってしまった。
「承知いたしました、マリー様。それでは行きましょうか、拓真様」
「様なんて付けなくていいよ。拓真で」
様なんて付けられた事がないの僕はとっさに言い返した。
「いいえ、そうはいきません。今は、拓真様は大事なお客様なのですから」
強く言われてしまい、拓真は渋々と了承することにした。
今着ている変な服を着替える為、三階にあると言う客室へと向かうことになった。三階に着くと、扉という扉がずらりとたくさん並んでいた。
城の二階と三階は基本的に弧を描く様に部屋が並んでいる。そのため中心部分は一階から三階までは吹き抜けになっており、天井が高い。
老人はたくさんの部屋の中で階段から一番離れた部屋へと拓真を案内した。扉には301と書かれた札が扉より上の中央部分に貼られていた。
「こちらになります。どうぞお入りください」
「あ、ありがとうございます。お邪魔しまー……って、スゲー!」
会釈を済まして、部屋に入るとあまりの広さに驚いてしまった。これが客室なのかと疑うほどその部屋は広かった。
部屋の中には、あるもの全てがおおよそ値が張るものだろうというのが見てわかった。すべての家具はアンティーク調に揃えられており、部屋を入ってすぐ横の鏡は縦におおよそ二〜三メートルはあるほどに大きい。こんな大きさの鏡は見た事なく、気がつくと拓真は鏡に駆け寄っていた。鏡に映った自分の姿を観察するために。
「やっぱり、変わってるんだな……」
拓真は意識することなく、独り言の様に呟いていた。
未だ、ここが夢なのか事実なのかの判断はついていない。しかし、今ここに立っていると、とても夢とは思えなかった。夢だろうがなんだろうが、おそらく10年という時間が経ってしまっているのは紛れもなく事実。
病室で目を覚ました時に医者が言っていた言葉「16歳の誕生日おめでとう」その言葉が全てを表している。だが、失ってしまった時間を取り戻すことはできない。なら、夢だろうがそうでなかろうが、今ここで必死に生きるだけ。もし、夢であり、それが覚めてしまい、体の不自由な自分に戻った現実に直面したら、その時、考えればいい。今はとりあえず楽しむことにしよう、鏡に映る自分を見て、拓真はそう心に決めた。
「拓真様、服はこちらに置いておきますので準備が出来ましたら、部屋の外に案内の者を立たせておきますのでお声掛けください」
「わかりました」
「それでは、私はここで失礼致します。また後ほど」
「案内ありがとうございました」
広すぎる部屋に一人きりになった拓真は早速用意された服に着替え始めた。
(服を着ていて分からなかったけど、やっぱり、体つきも変わっているんだ)
鏡に映る自分を見て、ふと左胸に見覚えのないものが刻まれていることに気付いた。
「なんだぁ? これ……取れないぞ」
近くにあったタオルで擦ってみても、水で濡らして拭いてみても、一向に落ちる気配がしない。
もしかして、入れ墨? そんな風に見えたが、そんなに派手なものでもないし、服を着ればわからないので気にしないことにした。
「まあ、別にこれぐらいなら目立たないか」
その刺青らしきものは、縦に黒い線が四本並んであり、その四本の棒を横に貫くように長い横線が描かれた、ごく単純なものだった。
お読み頂き、ありがとうございました。